”グローバル・ジハード”と旧ソ連地域のエスノナショナルなイスラーム主義:ISの出現による競合・統合・内紛・瓦解・再編

3.なぜISは支援を提供しなかったのか:周縁からの資源の収奪

 

筆者は、IMU及び首長国の司令官たちによるISへの忠誠の表明と、ISによるホラサーン州やコーカサス州の設置がISのヴァーチャルな版図を広げることになったとしても、それがユーラシア地域におけるISのテロの頻発に直結する訳ではないと論じてきた。

 

その背景には、ISがシリアやイラク以外には十分な組織基盤を有しておらず、また自組織に忠誠を誓った勢力に対して十分な物的支援を行う能力や意志があるとは思えないという理解があった。ISは、その広報戦略によって新たな「グローバル・ジハード」運動の旗手としてのイメージを植え付け、世界中から闘争のための資源をかき集めてきた。よって、ISは元来、支援の「出し手」ではなく、「受け手」なのである。

 

このようなISの特性から、筆者は、首長国の多くの司令官やIMU指導部がISに忠誠を誓うことで、ISから十分な支援を得られると真剣に考えていたとは必ずしも思わない。むしろ、ISに流れてしまったエスノナショナルな紐帯(これまで自組織を支援していたディアスポラ組織、動員対象である自民族)を、ISの支部としての看板を掲げることで引き戻そうとした要素の方が強いと考えている。しかし、このような目的すらも実際には達成することができなかったのである。

 

このようにISがその支部に闘争資源を供給するのではなく、むしろ、これらの周縁地域から資源を収奪するという状況は、シリア内戦が激化する中で一層顕著に進んでいったように思われる。ISには、ロシア語、ウズベク語、カザフ語、キルギス語など様々なSNS及びツイッターの広報アカウントが存在する。Soufan Groupによれば、旧ソ連地域出身者がISで3番目の規模を誇るという状況を反映し、ロシア語はアラビア語や英語に次ぐ広報言語として使用されているという。

 

ブルッキングス研究所中東政策センターのマッキャント上級フェローは、「ISは意味なくコンテンツを乱発しているのではなく、戦略的アプローチを採用している」と述べている。キルギスの政治学者ウラン・ベトベコフは、マッキャントと同様の立場に立ち、2016年4月に公開されたISのロシア語広報部Furat Mediaのビデオに言及しながら、中央アジアを対象としたISの動員戦略に変化が生じていると述べる。

 

ISによって2016年4月に公開された動画とは、ウズベク人の老戦闘員とカザフ人戦闘員が家族と共に登場し、ISに加わるよう求める動画を指している。一つ目の動画は、これまでパキスタンやアフガニスタンでウズベク系の急進イスラーム勢力であるイスラミック・ジハード連合(IMUから分裂した組織)に加わっていたと述べる60歳代の老戦闘員(アブ-・アミン)が妻や娘、孫を連れてISに参加したと述べた後、全世代のウズベク人にISへの参加を求める内容となっている。動画はウズベク語で製作され、ロシア語字幕がつけられていた。カザフ人戦闘員が登場する二つ目の動画も戦闘員と共に乳児や幼児も映し出され、家族とともにIS支配地域に参集することを求めている。

 

 

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アブー・アミンの動画の広報バナー

出典:Радио Азаттыкより。なお同様の動画として北コーカサスのカラチャイ・チェルケスから来た老戦闘員とその家族へのインタビューもある。また2016年9月には、ロシア人義勇兵による広報動画も作成・公開された。

 

 

ベトベコフは、中央アジアでは家族機構の役割が大きく、このような事情に対応しようとして、ISの新しい広報動画が作られたと主張する。確かに、今までのISの動画は残虐な処刑シーンが多く、例えば中央アジア出身の少年たちが捕虜を殺害する動画など、注目を集めることを最も重視していたように見える。だが、この動画は、基本的に静寂な場所で戦闘員が質問に答えるという形式をとっており、今までと異なった印象を与える。家族を動画に登場させ、移住を促している点も特徴的である。

 

ベトベコフは、このような動画が出てきた背景として、ISが支配領域を徐々に失い、戦闘による犠牲者数増加等の問題に直面している状況があると述べる。ISの損失とは、2015年9月に開始されたロシア軍による空爆とアサド政権の反転攻勢を主因とするものである。つまり、ISは人的損失によって旧ソ連地域からの動員を強める必要性に直面する中で、新しい動員戦略を模索していることが動画から観察可能だという理解である。

 

個々の動画が実際にどれほどの影響力や効果が有するのかについては留保する必要があるだろう。しかし、こういった動画によってISが中央アジア地域からさらなる人的資源を獲得しようとしていることが伺える点は重要である。何故ならば、ISは旧ソ連地域で自らの支部組織(元IMUや首長国の司令官)が闘争を継続している状況を知りながら、彼の地でのジハードに参加することではなく、あくまでもシリアに来ることを求めているからである。つまり、ISという看板を得ることで自らに必要な動員資源を獲得するというIMUや首長国の司令官たちの思惑すらも、現実にはIS本部からは十分に配慮されていないのである。

 

このような傾向は、シリアでISと対立するアル=カーイダ系のヌスラ戦線(2017年1月より「シャームの征服戦線」と名称変更)が精力的に旧ソ連地域からの動員を試みていることも影響していると思われる。例えば、ヌスラ戦線と連携するウズベク系イスラーム過激派組織のイマーム・ブハリ旅団とタウヒード・ジハード大隊は、これまで各種広報動画を公開してきたが、2016年10月には「軍事教育ビデオ」という新しいシリーズを配信した。この動画は、武器の使用方法や戦闘の訓練などについて説明し、戦闘員の心構えも教授する内容である。ヌスラ戦線もロシア軍の空爆とアサド政権の巻き返しによって人的損失を強めていると言われているが、これを補うために旧ソ連地域に目を向け、動員戦略を練っている点では、ISと同様である。つまり両組織は、中央アジアからの動員を巡っても競合しているのである。

 

 

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イマーム・ブハリ旅団の戦闘員がカラシニコフの操作方法を説明している動画

出典:筆者が動画を画面撮影。

 

 

4.ISからの離反が意味すること:黄昏の中での組織再編

 

このようにISに忠誠を誓った勢力は、ISから支援を受けることは勿論、動員資源を担保する上での配慮すらしてもらえない状況下で瓦解していった。このことは、少なくともアフガニスタンのウズベク系イスラーム過激派勢力にとっては、一層の組織再編への呼び水となった。IMUでは、ガッジなど主流派がタリバーンに殺害された後、今まで沈黙を守っていた反主流派が2016年6月に声明を出した。この声明の冒頭では、自らをIMUと名乗り、ガッジがISに忠誠を誓った後に組織が分裂したことを明らかにしている。そして、IMUとして引き続きタリバーンやアル=カーイダに忠誠が残っていると表明し、(反主流派を中心とした)IMUの活動が終わっていないと宣言している。

 

 

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IMUの声明を掲載したツイッター・アカウント

出典:筆者による画面撮影。現在、当該アカウントは凍結されている。

 

 

英語、アラビア語、ウズベク語で書かれた声明(ロシア語版はない)は、直前に作られたツイッター・アカウントに当該文書をダウンロードできるファイル共有サイトのアドレスが記載される形で掲載されていた。また声明では、IMUとしての活動の継続を宣言したが、彼らの指導者は誰なのかは触れられておらず、しかも自らを少数集団(声明では「ガッジがISに忠誠を誓った際に少数集団はIMUに残り、その活動の継続することとした」)とし、「量的には以前のようにとは行かないが、活動は継続する」と述べていた。

 

元来、IMUの戦闘員については、アフガニスタン南部で活動を展開する勢力以外にも、北部でタリバーンやアル=カーイダと連携する勢力の存在が指摘されていたので、この声明それ自体は驚くべきものではない。しかし、この声明に反応するような形で2016年8月にIMUのムフティーであり、著名なジハーディストでもあるアブ-・バルミ(別名:アブ-・アッザーム)が、ISの蛮行に対して自らが沈黙していたことを謝罪し、彼らから離反する旨のウズベク語メッセージを発したことの意味は少なくないだろう。

 

アブ-・バルミは、IMUの武装闘争をイスラーム・イデオロギー面で支えてきた人物であり、ガッジと共にISに忠誠を誓ったIMU主流派の残党でもある。そのような人物が自らの誤りを認め、IS(ホラサーン州)から離脱し、暗にタリバーン及びアル=カーイダ(そしてこれらに忠誠を誓うIMU非主流派)の正しさを認めた点でメッセージには大きな意味があった。彼は、自らがかつて出した声明を理由として中央アジアの同胞諸兄が「虚偽のカリフ国家」(IS)に留まることはしないで欲しいと述べ、真の信徒たち、正しい方法に従いジハードを遂行する集団(タリバーン及びアル=カーイダ)に加わるよう勧めている。

 

 

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アブー・バルミの音声動画の映像

出典:筆者が動画を画面撮影。モザイク加工は筆者による。

 

 

動画では、ISの戦闘員が斬首した頭部と共に写っている写真がスライドとして何枚も表示され、ISの蛮行を強調する作りになっている。筆者もモザイクなしの動画を見たが、動画を通して視聴者にISの行動に対する疑問や嫌悪感を抱かせる効果はあると思われる。このような写真を通して、アブ-・バルミは一度ISに忠誠を誓った後、離反するという矛盾に満ちた自らの決定の正当化しようとしているのである。

 

北コーカサスでも、FSBがISの北コーカサスにおける司令官(4人)の1人として名指ししていたザリム・シェブスホフが2016年1月に首長国に再度忠誠を誓う音声データを公開したと報じられている。シェブスホフについては、そもそもISに忠誠を誓っていたのも不確かと言われるが、彼が司令官を務めるカバルダ・バルカル共和国のイスラーム過激派勢力においては、現状でもIS支持派と首長国支持派に分裂・対立していることになる。

 

このようにISに反発したり離反したりする動きは、アフガニスタンのウズベク人の間でも、北コーカサスの諸民族の間でも見られるが、その背景にISそのものの求心力の低下(組織としての弱体化、義勇兵への報酬等の支払い能力低下、これらに伴う動員力の低下など)が指摘されている。

 

このため、今後は、シリアやイラクへ向かう人々の流れよりも、シリアやイラクから各地(北コーカサスや中央アジア、そしてアフガニスタンなど)に戻ってくる人々の動きの方が多くなると分析する向きもある。そしてアナリストたちは、このような勢力が戻ってくることによって当該地域が不安定化すると警鐘を鳴らしている。このリスクは帰還する義勇兵の数が多ければ多いほど高まるため、旧ソ連地域では大きなリスクになり得る。しかし、ISから離反した勢力が戻る先には、かつてのようにこの地域を代表するエスノナショナルな急進的イスラーム主義組織の姿はもはやなく、ISという「グローバル・ジハード」運動によって分裂と内紛、そして再編を強いられ、瀕死の状態で点在するイスラーム過激派武装勢力が残っているだけなのである。

 

 

おわりに

 

本論では、ISという「グローバル・ジハード」運動と旧ソ連地域のエスノナショナルなイスラーム主義運動の関係を考察し、ISによって旧ソ連地域のイスラーム主義組織がいかなる影響を受けてきたのかを明らかにした。そしてISの浸透がむしろ旧ソ連地域のイスラーム主義勢力を内紛に向かわせ、弱体化を一層加速させている側面があることを示した。こうした中でISから離反する勢力も出始めており、現状、急進イスラーム勢力の新たなる再編が進んでいるようにも見える。しかし、それは、活力に満ちた躍動的な再編ではなく、緩やかに黄昏に向かっている再編だと筆者は考える。

 

ISが旧ソ連地域に提起している問題には多様な側面がある。シリア内戦の発生やISの登場によって多くの義勇兵がシリアやイラクに向かっており、この中には必ずしもこれまで急進的なイスラーム運動に参加していなかった人々も多いとされる。その意味で、ISの登場は、旧ソ連ムスリム地域における急進的イスラーム主義運動の活性化や起爆剤になり得る側面もある。現に未遂に終わったものも含めれば、ISの潜在的支持分子によるテロや武装蜂起に関する報道は多数出ている。また今後も単発的なテロがロシアや中央アジアで発生する可能性は排除できないし、その脅威を過小評価するべきではない。

 

しかし、こうした流れが既存の急進的イスラーム勢力を活性化させたり、勢い付かせたりする状況には必ずしもなっていない。本論は、その理由の一つとして、ISの出現によって旧ソ連地域の急進的イスラーム主義運動が様々な問題に直面し、それらに十分に対処することができなかったことを明らかにした。そして、ISの台頭によって、むしろ旧ソ連地域のエスノナショナルなイスラーム主義運動が退潮に向かうという逆説的な状況が生じていることを示した。

 

今後、仮に旧ソ連地域出身の義勇兵がシリアやイラクから帰還し、単発的なテロが発生したとしても、それが長期的に見て、旧ソ連地域における急進的イスラーム主義運動の活性化に繋がるのだろうかという問題がある。つまり、単発的なテロのリスクだけではなく、政権を脅かす継続的な武装蜂起やテロが差し迫った脅威として存在するのかという問題である。筆者は、現状、前者のリスクは引き続き高いと考えるが、後者については必ずしも高いとは言えないと考える。

 

ISによって同じ民族が分断され、同じ急進的イスラームをイデオロギーとして掲げる組織が武力衝突したという事実、あるいはコーカサスなどで窮地に陥りながらも闘争を展開した勢力と、彼らを見捨てシリアやイラクに向かった勢力がいたという事実は、旧ソ連地域におけるイスラーム勢力の団結や連帯を阻害するわだかまりとして残るだろう。よって、バラバラになった勢力がすぐに再編・統合され団結する可能性は低いと考える。そして、少なくとも北コーカサスにおいては、ロシアがこのような状況はテロリスト殲滅の好機だと見なし、粛々と、しかし苛烈な攻撃を加えるだろう。こうした状況の中で、旧ソ連地域のエスノナショナルなイスラーム主義運動が反転攻勢へと転じることは容易ではない。

 

勿論、バラバラになった勢力の統合を目指す強いリーダーシップが働けば、旧ソ連地域のイスラーム主義運動が新たな局面を迎える可能性も排除できない。しかし、このような指導者が既にほとんどいない中で誰が彼らをまとめることができるのかという問題は、それでも残り続けているのである。

 

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