アフリカが示す「国立公園観光化」の教訓――地域社会と円滑にかかわるために

国際環境NGOに委託された国立公園の運営

 

エチオピアにおいて西欧近代的な野生動物保護政策が本格的に導入されたのは、社会主義政権期(1974~1991年)である。植民地化された近隣諸国が19世紀末から野生動物保護に関する法制度を整備し、実効的な統治をはじめていたのに比べると、半世紀ほど遅れて保護思想の影響を受けだした。新しい保護区が次々と設立され、地域住民はその際に公園から強制的に排除されることもあった。

 

「住民参加型保全」理念がエチオピアに導入されるのは、1991年に現政権が誕生してからである。2000年代になると、野生動物保護のために観光を活用する策が登場した。1997年から2008年にかけて野生動物の保護区域が新たに10カ所増加し、現在、20カ所の国立公園と、3つのサンクチュアリが国土に占める割合は4.7%(総面積:52,478 平方キロメートル)になった。

 

保護区域の拡大にともない問題となっていたのが財政難である。わたしは1996年から1998年にかけてサンクチュアリでボランティア活動をしていたが、そのときには車の修理費やガソリン代さえも十分に捻出できない状況であった。政府は、野生動物保護分野に関心をもつ先進諸国に野生動物保護区を割り当て、インフラの整備や管理費の支出を含む保護プロジェクトの実施を要請していた。援助資金をそのまま環境保全関連費用にあてようとしていたのである。

 

すべてを国有地とするエチオピアでは、先に述べた南部アフリカ諸国や一部の東アフリカ諸国のように土地の私有地化も進んでいない。国立公園管理の民間委託は、このような政治経済の状況下で生じた苦肉の策といえる。

 

2003年に政府はネチザル国立公園(総面積514平方キロメートル、スウェインハーテビーストの保護のために1974年に設立)の管理をアフリカンパークス財団(以下、財団と記す)に委託すること決め、2004年に公表した。

 

 

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エチオピア固有種・絶滅危惧動物指定のスウェインハーテビースト(筆者撮影)

 

 

財団は、オランダを拠点とする国際環境NGOで、2000年の設立以降、ザンビアやマラウイ、チャド、コンゴ共和国、ルワンダ、ザンビアなどで国立公園の管理を担い、2020年までに15か所に拡大することを目標に掲げている。

 

財団の公式ウェブサイトでは、「適切に管理された国立公園は、単に生物多様性を保護するためだけではなく、その国の経済的資産として重要である。アフリカには1200もの国立公園が存在しているが、そのほとんどが実質的な管理がなされていない」と指摘する。

 

 

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ネチザル国立公園遠景(筆者撮影)

 

財団がネチザル国立公園の管理をおこなっていた2004~2012 年の 8 年間に、エチオピアは平均で11%の経済成長を成し遂げている。それまで道路や宿泊施設などのインフラが十分に整備されていないため、近隣諸国と比べて観光産業は発展しなかったが、高い経済成長を背景に、政府は道路の舗装、民間企業によるホテル建設など国家観光計画に沿った開発をすすめた。さらに、野生動物保護法を改正し、野生動物の保護区域の管理運営に民間セクターが参入できるよう規制緩和をおこなった。財団は規制緩和後の民間事業者の第一号となったのである。

 

 

国際環境NGOによる国立公園の観光化はなぜ失敗したのか

 

財団のアプローチの中心はエコツーリズム開発である。財団による管理後、ネチザル国立公園の入園者数は、2004~07年にかけて順調に増加し、象やバッファローの再移入が計画された。この計画には、人と野生動物の衝突を減らすためのフェンス設置がくみこまれていたために、これまでにも頻発していた住民との対立が懸念されていた。

 

さらに、契約時に住民の強制移住が盛り込まれていたことがわかり、大きな問題となった。この地域の民族集団コレ(Kore)とグジ(Guji)約1万人が、公園内に違法に居住していることが調査によって明らかになっていた。

 

国際人権NGOによると、1020世帯のコレを強制移住させる際に、代替地の提供、医療サービスの充実、学校や井戸の建設、当面の食料の提供および一人17ドルの補償金を州政府が約束したが、実際には守られず、半農半牧民のグジにいたっては、警察と公園関係者が463軒の家屋を焼き払ったという。国際人権NGOは、強制移住を非難する声明を世界に向けて配信することで、この保護区での深刻な人権侵害を訴えた。

 

その後、財団は、当初予定にはなかった地域住民との直接交渉を試みたが合意に至らず、2007年12月に中央政府との契約を打ち切った。のちに財団は、契約の途中解除は州政府がグジとの交渉に非協力的であったからだと述べている。財団は、2005年に南部諸民族州政府が管轄するオモ国立公園(1966年設立、総面積4,068 平方キロメートル)でも公園管理の契約を中央政府と結んだが、地域住民との交渉がここでも決裂し、2008年に中央政府との契約を途中解除した。

 

 

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国立公園内で放牧がおこなわれる(筆者撮影)

 

 

財団の失敗の原因は、彼らが導入しようとした「観光業を活用する保全策」が、地域住民からみれば社会主義政権期におこなわれた「住民を排除する保全策」とまったく同じ方策とみなされたことにある。グジは、1982年に公園内から強制移住させられ、新政権への移行期の混乱に乗じて公園内に戻ってきた。たとえ将来の観光収入の配分を約束されていたとしても、その保障はなく、結果的には強制移住が再び実施されたにすぎないのである。

 

地域住民との円滑な関係の構築は机上の空論であった。財団から仕事を委託されていた州政府の役人(自身も牧畜社会の出身)の一人は、「公園の保全は、その地域にとって優先順位の低い小さな問題の一つでしかなく、交渉に応じる積極的な理由が住民側になかった」と述べた。

 

エコツーリズム開発を軌道にのせるには相当の時間を要する。たとえ一時的に成功したとしても、観光産業は不安定で、短期的視野で考えるとビジネスだけでなく環境保全もうまくいかない。何より問題なのは、短期的視野で実施される観光開発が失敗すると、国も民間事業者も責任を負うことなく、あっけないほど簡単にその土地を立ち去ってしまうことである。後に残るのは、土地を奪われた人々の苦い記憶だけである。

 

 

国立公園周辺の「地域社会の持続性」が鍵になる

 

最後に、日本への示唆について考えておこう。

 

日本の国立公園は、複雑な土地の所有・管理がおこなわれている状況や、公園周辺の地域社会との関係を考慮しなければならないことなどをみると、国立公園制度の発祥地であるアメリカよりもアフリカとの共通点が多くみられる。エチオピアの事例のように、国立公園の管理運営をすべて民間業者に委託することは、いまのところ日本では考えられない。国立公園は公共性が高く、専門的な技術や知識が必要されるために、国による管理がふさわしいと考えられてきたからである。しかし、アメリカやアフリカのように、今後環境NGOや民間企業が担う役割はますます大きくなる可能性がある。

 

まず、国立公園の観光化は進めていくべきであろう。今のままでは国立公園の魅力が十分に発揮できていない。しかし、民間事業者の参入を積極的に容認し、「地方創生」を本気で考えたいのであれば、国立公園内だけでなく、国立公園を含む地域社会がこれからどうあるべきなのか、土地や自然資源の所有や管理にどのような問題があるのかなどの情報を、計画段階から関係者が共有し、深く理解し、合意のうえで将来計画を長期的スパンで作成・実行していく必要がある。エチオピアの事例においては、プロセスはもとより、目指すべきゴールが関係者間で共有できていなかったことが、失敗の原因のひとつであった。

 

インバウンドの倍増だけを目的に、都会のコンサルタント会社が作成する観光推進計画を実施するのではなく、観光開発業者と住民が対等な関係のなかで地域の将来を検討することが重要になる。そのためには、環境省、林野庁、基礎自治体、民間事業者がスムーズに連携できるよう、縦割り行政の見直しやし、住民の意見が十分に議論される方法について検討する必要がある。

 

モデルに選定された8つの公園では、国、県、関係市町村、民間団体による「地域協議会」が設置され、「ステップアッププログラム2020」とよばれる計画が策定されていることから、どのように計画が実行されていくのかが今後の課題になる。税金を投入する以上、観光業への参入に積極的で、起業が可能な個人や大企業だけに焦点をあてるのではなく、より広範な地域づくりの視点が不可欠である。それがなければ、かつてリゾート法とバブル景気に乗って全国で展開された「リゾート開発」の失敗を繰り返すことになるだろう。地元住民は「観光」があまりに移ろいやすいことを十分に知っている。

 

国立公園の環境保全を考える場合、保全と開発の両立を検討するだけでも手一杯で、周辺の地域づくりにまで責任を持てないし、そこまで「円滑に」地域社会とかかわる覚悟はもてないという声は常にでてくる。しかし、保護区域をとりまく地域社会の実情を考慮しない保全・開発計画を実施しても、最後にはうまくいかなくなるという、あたりまえだけれども重要なことを、アフリカの事例はわれわれに教えてくれる。

 

※本稿は、拙著「新自由主義的保全アプローチと住民参加: エチオピアの野生動物保護区と地域住民間の対立回避の技法」(2016年)に加筆修正したものである。

 

参考文献

・World Tourism Organization (UNWTO) (2015) Towards Measuring the Economic Value of Wildlife Watching Tourism in Africa.

・西﨑伸子(2016)「新自由主義的保全 アプローチと住民参加: エチオピアの野生動物保護区と地域住民間の対立回避の技法」 山越・目黒・佐藤編『第5巻自然は誰のものか-住民参加型保全の逆接を乗り越える』『アフリカ潜在力シリーズ』(太田総編集、全5巻)京都大学学術出版会:211―243.

 

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