没後50年、21世紀中南米におけるチェ・ゲバラ

今年で、チェ・ゲバラことエルネスト・ゲバラの没後50年である。今なお、ゲバラに関する新しい書籍が出版され、ベレー帽をかぶった有名な彼の顔がプリントされたTシャツやステッカーが世界中で売られ、また先ごろは、ゲバラと、彼と共に革命に殉じた一人の日系人青年をテーマとした映画が日本とキューバ合作で製作されてもいる。多くの人々にとってゲバラは、今なお色褪せることのない英雄であるようだ。改めて、39歳の若さでこの世を去ったチェ・ゲバラの人生を振り返り、現在の中南米における彼の存在をみてみたい。

 

 

筆者撮影

筆者撮影

 

 

人生と思想

 

まずは、ゲバラの人生をたどり、彼が何者であるのかを概観しよう。ここでは詳細に述べる余裕はないが、日本語で読める伝記も充実しているため、末尾の文献リストをご参照いただきたい。

 

キューバ革命のゲリラ指導者というイメージが最も強いであろうチェ・ゲバラだが、キューバ生まれでもキューバ人の子でもない。1928年、アルゼンチンの比較的恵まれた中流階層の家に生まれた。成長したゲバラは医学部に進学し、在学中には、友人と南米大陸各地をバイクや徒歩、ヒッチハイクで回る旅をしている。この旅で、自らの育った環境とは全く異なる中南米の圧倒的な貧困や、貧しい労働者への搾取、様々な差別といった実態を目の当たりにしたことが、彼の思想に大きな影響を与えたとされる。

 

 

地図

 

 

旅を終えた後、彼は医学部を卒業したものの故郷での医師としての人生を選ばず、アルゼンチンを去ってグアテマラにたどり着く。これが1953年のことで、ちょうど、キューバではカストロ兄弟らが軍事政権に対して武装蜂起し、大敗した年であった。既にこの頃、ゲバラは革命に参加する意思を持っていた。それは、中南米人民を“帝国主義から解放”し、“正義”をもたらす革命といったものだったといえる。

 

グアテマラでゲバラはカストロの仲間と出会い、当時の左派系政府に対するCIAの転覆作戦の渦中で数か月を過ごした後、メキシコへ渡った。ここで、フィデル・カストロらキューバ革命運動のメンバーと出会うことになる。アルゼンチン人が人に話しかける際によく「チェ」ということから、この頃彼に「チェ・ゲバラ」というあだ名がついた。現在もキューバでは、皆彼をゲバラとは呼ばない。「チェ」とだけ呼ぶのが一般的である。

 

カストロらは、1953年の蜂起が失敗して投獄されていた後に、恩赦で自由の身となってメキシコに渡り、新たな反政府蜂起の準備を進めていたという経緯があった。キューバに縁は無く、参加する必然性は全く無かったゲバラだが、カストロの語る革命の思想や計画に賛同し、キューバで命がけの反政府ゲリラ闘争を行う計画に参加した。カストロらとメキシコからキューバに渡ったゲバラは、彼らと共にジャングルでゲリラ戦を展開した。彼は単なる従軍医師や革命の思想上の賛同者だったというわけではない。キューバやボリビアでゲリラとして実際に戦闘に参加していた。武器を手に、指揮官として部隊を率いていたのである。彼が決して非暴力主義者ではなく、他の仲間同様に、敵を手にかけていたことは事実である。

 

徐々に賛同者を増やした彼らの革命闘争は、およそ2年をかけて1959年に軍事政権に勝利した。革命勝利後、ゲバラはキューバ国籍を得て、革命政権で国立銀行総裁や工業相のポストに就く。しかし、政治の表舞台で活躍し続けることは望まなかった。

 

彼の思想は、反帝国主義、民族解放、ラテンアメリカ主義、そして共産主義であった。その中でもよく知られている特徴が「新しい人間(el hombre nuevo)」概念であろう。これは、資本主義を支持する人々が社会主義や共産主義を批判する際によく聞かれる、「国家により個人が消される」、つまり個人よりも国家が優先されるという主張に対するゲバラの反論でもある。

 

社会主義や共産主義では一見、個人よりも国家が強く、優先されているように見えるかもしれないが、そうではないと彼はいう。国や革命指導者たちの目的を自分のものとして受け取る大衆が、自ら熱狂的に、規律をもって社会主義建設のために働く。それは国家による強制でも、滅私奉公のようなものでもなく、目覚めた「新しい人間」が主体的に行うものなのであり、資本主義側からの批判とは違って、むしろより良い自由なのだ、というのが彼の主張である。いきなり人民全てがそうなるわけではないが、少しずつ、時には後退しながらも大衆は目覚め、新しい人間が作られていくという。

 

こうした思想に基づき、ゲバラは1965年に政治の第一線にいたキューバを離れて、アフリカのコンゴや南米ボリビアで革命闘争に身を投じる道を選んだ(注)。コンゴ動乱やボリビアの反右派軍事政権との闘争で、彼はいずれも“反帝国主義”“民族解放”のための革命を追い求めたが、キューバ革命のような勝利を得ることはできなかった。キューバを離れて2年後、ゲバラはボリビアで政府軍に捕らえられ、処刑されている。1967年、39歳であった。【次ページにつづく】

 

(注)これには、ソ連を批判したゲバラがカストロや当時のキューバ政府にとって厄介な存在になっていたという背景も指摘される。

 

 

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