ロシア革命から100年――現代への教訓を探る

自由主義志向から社会主義志向へ

 

荻上 二月革命以降は、事態はどう推移したのでしょうか?

 

池田 最終的な決定は、じつは下っていません。ペンディングなんですね。なるべく早い時期に選挙をやって、憲法をつくるための議会、憲法制定会議を開いて、そこで最終的な体制は決めようということでした。ただそれまでのつなぎとして、臨時政府がつくられます。この臨時政府に全権が集中されました。

 

臨時政府に入っていたのは、多くは弁護士や医者といったエリートたち、自由主義者でした。それに対して、民衆の側では臨時政府をあまり信用していない。そこで、自分たち独自でいろいろな議論をする場である評議会、ロシア語でソビエトといいますけど、それぞれの街にソビエトができていきました。

 

荻上 臨時政府はソビエトを取り込もうとしたのでしょうか?

 

池田 そうした努力は大変なされました。臨時政府のエリートたちは、民衆が反乱を起こしたら大変だと自覚していましたから。ただ、自分たちはあまり人気がないというのはわかっているんですね。ですから、ソビエトの中で人気のある社会主義者を、臨時政府の中に取り込もうとします。そこでケレンスキーという、非常に人気のあった弁護士を司法大臣にしました。

 

5月以降になると、ソビエトの側のリーダーたちを大量に大臣に登用して、なんとか民衆の心をつなぎ止めながら、ロシアを安定した秩序に持っていこうとします。

 

荻上 こんな質問メールが来ております。「ロシア革命というとレーニン率いるボリシェビキの動向がクローズアップされがちですが、二月革命から十月革命までのあいだロシアを主導した立憲民主党やケレンスキーたちが、第一次世界大戦のさなかロシアをどのような形に導こうとしたのか、ご教授していただければ幸いです。」

 

池田 かなりフランスを意識していました。大統領と議会をおいて、という感じですね。ソビエトが各地にできていましたが、これは徐々に解消していって、通常の地方自治体に置き換えていこうと考えていました。要するに、ヨーロッパの普通の先進国に軟着陸できればいいということですね。

 

ところが、4月に亡命先のスイスから戻ってきたレーニンが、ソビエトこそが次の新しい政府の基礎になるんだということを、突然言い出します。「すべての権力をソビエトへ」と。ソビエトは自然に解消するのではなく、ソビエトこそが民衆の権力の真の母体になるという新しい発想を、レーニンが打ち出していくのです。

 

荻上 そもそもレーニンはどのような思想の持ち主だったのでしょうか?

 

池田 レーニンはバリバリの社会主義者でした。第一次世界大戦の勃発をみて、優れた先進国であるヨーロッパ同士が殺し合いをやっている。それはつまり、ヨーロッパあるいは資本主義というもの自体が限界にきている証拠であると考えます。それゆえ今こそ、資本主義の次の段階である社会主義に移らねばならない。そうして初めて戦争が終えられるんだ、というのが彼の考えですね。ですからレーニンの中では、戦争を終わらせることと、社会主義というより進んだ段階に移ることとがリンクしていました。

 

荻上 レーニンがソビエトに着目した理由は何でしょうか?

 

池田 レーニンはこれまでのような古い国家のあり方ではダメだと。国家というのは資本家が軍隊を使ったり、あるいは資本家に有利な法律を通じて、民衆を押さえつけるものであると、そう考えていましたから、国家なるものは徐々に廃絶しなければならないと考えていました。

 

国家をなくすと、いったい何が新しい政治の土台になるかといえば、もっと生活空間に根ざしたものなんだ、という考えは前からあったのですが、まさにそのようなものがロシアにできたと彼は考えたわけですね。実際にはソビエトというのは、二月革命の混乱の中で場当たり的にできてきたので、どこまで生命力があったのかは難しいですが、レーニンとしてはまさにこれこそが新しい国家、民衆の生活に立脚した国家の基盤になるものだと考えたわけです。

 

荻上 ソビエトの側はレーニンの呼びかけをどうとらえたのでしょうか?

 

池田 最初のうちはメンシェビキなどがリーダーシップをとります。彼らは立憲民主党と協力しながら、徐々にロシアをイギリス、フランスのような国家にしようと思っているわけですよね。ところが、戦争がなかなか終わらない。これが決定的でした。

 

二月革命をせっかくやったのに戦争が終わらないから、民衆の苦しみは変わらない。そうしたときに戦争をやめろ、戦争さえやめればすべて良くなるのだと、唯一いっているのがレーニンのグループだったのです。そうするとだんだん、レーニンの側につきたいというような人々が、ソビエトで増えていくわけです。

 

 

再び革命へ

 

荻上 そしてレーニン率いるボリシェビキが武装蜂起し、いよいよ十月革命が起こります。

 

池田 十月革命はレーニンを支持した水兵や兵士が主体となって起こされました。彼らは戦争をやめて故郷に帰りたいと思ってたんですね。10月25日、今の暦で11月7日に、冬の宮殿、エルミタージュ宮殿を襲撃、臨時政府の政治家を逮捕して、レーニンたちが主導する新しい社会主義の政府をつくったのが十月革命です。

 

荻上 それはどのような政治体制だったのでしょうか?

 

池田 まさにソビエトというものに立脚するというものです。各地域のソビエトが権力の源泉であって、それをソビエト大会が全体として束ねます。

 

荻上 立憲民主党やメンシェビキはどうなったのでしょうか?

 

池田 立憲民主党はかなり早い段階で人民の敵とされ、弾圧されていきます。他の社会主義者も、最初はある程度までソビエトで活動できたのですが、18年の半ばくらいからはどんどん活動を禁止されていきます。

 

レーニンは民衆への約束を守って戦争をやめたわけですが、しかし内戦が始まってしまう。さらにはシベリア出兵なんかが起こりますから、日本やアメリカが介入してきます。その中で共産党としては、他の政党に自由にさせる余裕はなくなっていく、ということです。

 

荻上 いま共産党という言葉が出ましたが、ボリシェビキが共産党になっていくわけですか?

 

池田 はい、そうです。それまではロシア社会民主労働党という名称でした。これはドイツやイギリス、フランスの社会主義政党と同じような名前なんですね。それに対して、自分たちは金持ちと協力して戦争をやっているような、他国のいい加減な社会主義者とは違うんだと。自分たちはまったく新しい世界に突入していくんだ、ということをはっきり全世界にアピールするために、共産党と名前をガラッと変えちゃうわけです。

 

荻上 民衆は共産党の動きを支持したのでしょうか?

 

池田 レーニンは政権をとって戦争をすぐにやめました。あるいは、地主の土地を奪って農民に与えるという政策もやったので、最初はかなり歓迎されたはずです。ところが、戦争は終わったけれども、経済の崩壊というのはそう簡単には止まらない。社会のエリート層であった立憲民主党の人たちを弾圧し始めるので、企業活動も滞っていく。そうすると、だんだん共産党に対する支持も弱まってはいきます。

 

荻上 ここでリスナーから質問が来ています。「ロシア革命が起きた結果、民衆の生活は楽になったのでしょうか?」

 

池田 これは大問題だと思うのですが、直接には楽になっていないですね。民衆の求めていることとレーニンが考えていることはまた別で、レーニンは民衆のエネルギーにうまく乗っかって権力をとるわけです。

 

もちろんレーニンは主観的には、自分たちのやり方でやれば民衆はもっとも幸せになるはずだと思っています。今は苦しい時期だけど耐えねばならないと。しかし結局、内戦に民衆は苦しめられる。言論の自由もなくなってきますし、経済も厳しい統制がなされます。レーニンからすると、それが社会主義なのだということなのですが。

 

荻上 共産主義体制というと監視社会といったイメージがありますが、そうしたイメージはどのくらいの段階から形成されたものなのでしょうか?

 

池田 17年の12月には政治警察、KGBの原点になるような組織ができていますから、そうした意味ではかなり早い時期から監視社会的な芽は現れていますね。

 

レーニンたちもいろいろな改善の努力はするのですが、根底のところで、自分たちの考えが正しいのだから、民衆はそれに従わねばならないと考えている。そうでなければ、それは革命の敵だという前提に立っています。そうなると、人々の自由も失われますので、創意工夫がなくなっていく。そういう社会が風通しが悪くなり停滞していくというのは、ある程度蓋然性が高いですね。

 

荻上 ロシア革命から100年ですが、あらためてロシア革命をどう評価しますか?

 

池田 これまで我々はロシア革命を、民衆が専制的な権力に向かって立ち上がったと、ロマンチックに考えてきたわけですけれども、やはり革命をやっている人たちはいろいろな人がいるわけです。いろいろな思いや考えが束ねられていったわけですから、本来であれば人民の敵だとか、反革命だとかと簡単にはレッテル貼りはできないはずです。

 

しかし、革命の中で人々が熱狂すると、そういうことが起こってしまうんですね。革命はロマンチックですが、実際には革命が起こると人が死にます。それは政治の問題だけではなく、流通の混乱なんかでも弱者が死にます。ですから、我々は革命を知ることで、混乱を避けるあり方というのを知ることができるのではないでしょうか。知恵を絞って、お互いに譲り合いながら考えることが、あらためて大事なのではないかと思います。

 

荻上 現在は大衆の不満の受け皿として、排外主義やポピュリズムが活性化していますよね。そうした点への教訓もありそうですね。

 

池田 極端に走るのは、あるいは、みんなで熱狂するのは楽しいですから、一時的にはそうなってしまうのですが、それで多くの人が不幸になっていくことはある。ロシア革命でも、自制を呼びかけた人もいますから、そうした点もあらためて見直す必要があるのではないかと思います。

 

 

Session-22banner

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)

ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)書籍

作者池田 嘉郎

発行岩波書店

発売日2017年1月21日

カテゴリー新書

ページ数256

ISBN4004316375

Supported by amazon Product Advertising API

 

 

シノドスをサポートしてくれませんか?

 

誰でも自由にアクセスできる本当に価値ある記事を、シノドスは誠実に配信してまいります。シノドスの活動を持続的なものとするために、ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」のパトロンをご検討ください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

無題

 

シノドスが発行する電子マガジン

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをQ&A形式でやさしく解説
・専門家たちが提言「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を知り、学ぶ「知の巨人たち」
・初学者のためのブックリスト「学びなおしの5冊」

……etc.  

https://synodos.jp/a-synodos

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.248 「論壇」の再構築に向けて

・大内悟史「こうすれば「論壇」はもっと良くなる――政治や行政を動かす「意見」や「論争」を」
・中里透「物価はなぜ上がらないのか?――「アマゾン効果」と「基調的な物価」のあいだ」
・牧野雅彦「知の巨人たち――カール・シュミット」
・西垣通「人工知能を基礎情報学で解剖する」