なぜ北朝鮮はアメリカと非核化協議を始めることになったのか

3.なぜ非核化協議を始めることになったのか

 

2018年1月9日に、南北高位級会談が再開して南北対話が始まった。だが、南北の融和的な雰囲気とは裏腹に、この会談で韓国側が非核化問題を提起すると、それは南北対話ではなく米朝対話の問題であると北朝鮮側は不快感を示した。

 

南北対話の担当機関である北朝鮮の祖国平和統一委員会が運営するウェブサイト「わが民族同士」は1月17日に、「南北対話を非核化問題と結び付けようとするなら、そこから生じるのは破局的な結果しかない」という論評を掲載した。南北対話が始まったからと言って、北朝鮮は非核化問題を話し合うことは考えていなかった。非核化協議をするとすれば、南北対話ではなく、米朝対話なのである。

 

北朝鮮の核兵器は、アメリカに対する抑止力のために開発されてきた。韓国に対する抑止力ではない。だから南北対話の議題ではないというのが北朝鮮の理由である。しかも、南北高位級会談での北朝鮮側代表は、祖国平和統一委員会委員長の李善権(リ・ソンゴン)であった。南北対話の担当者が、外交上の問題である非核化問題を議論することは権限外である。まして、核協議に応じない方針を、朝鮮労働党は2013年3月31日に開催された中央委員会全員会議で発表していたので、なおさらである。

 

当時、米韓では北朝鮮が援助欲しさに核で瀬戸際外交をしているという話が流布していた。それを打ち消すために、「先軍朝鮮の核兵器は決してアメリカのドルと変えようとする商品ではなく、我々の武装解除を狙う対話の場と交渉卓上に載せて議論する政治的交渉物や経済取引物ではない」と発表したのである。

 

核兵器開発に拍車をかける「経済建設と核武力建設の並進路線」が採択されたのも、この会議である。瀬戸際外交の流布は、北朝鮮を本気で核兵器開発に邁進させて事態を悪化させる一因になったのかもしれない。李善権が、韓国が非核化問題を提起したことに不快感を示したのも、うなずける。

 

韓国では、南北対話で核問題を解決することを諦め、韓国が米朝対話の仲介者の役割をしようとする方向を示した。

 

2月9日、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長(国家元首)を団長とする北朝鮮高位級代表団が平昌冬季オリンピック開会式に参席するために訪韓した。2月10日、文在寅は金永南との会談で、非核化については直接に触れずに米朝対話を促した。その成果の一部は、2月25日に平昌冬季オリンピック閉会式に参席するために訪韓した、金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長兼統一戦線部長を団長とする高位級代表団によってもたらされた。

 

文在寅と会談した金英哲は、米朝対話の準備があると語り、韓国が促した米朝対話について北朝鮮では了解したことを明らかにした。しかし、金英哲も非核化協議については言及しなかった。3月3日に北朝鮮外務省スポークスマンは、韓国と国際社会の念願からアメリカとも対話が可能であるという立場を明らかにしたと発表したが、やはり非核化協議については触れなかった。

 

朝鮮労働党は「経済建設と核武力建設の並進路線」を採択した中央委員会全員会議で、核協議に応じない方針を表明していたから、非核化協議ができるかどうかは、朝鮮労働党の最高指導者の判断が必要であるはずである。すなわち党委員長である金正恩が判断しなくてはならない。そこで、3月5日に訪朝した韓国特使団と会談した金正恩が、非核化問題の協議と米朝関係の正常化のためにアメリカと対話ができると語ったのである。

 

朝鮮労働党が核協議に応じない方針を死文化させて、非核化協議に応じる意志があることは、3月25日から28日まで金正恩が初の外遊先である中国を訪問し、中朝首脳会談に臨んだことでより鮮明になった。それまで中朝関係は悪化していたが、イデオロギーによる世界観や歴史観を共有する社会主義政党の党外交によって迅速な関係回復が可能であったと考えられる。実際に、中国を訪問した北朝鮮の代表団は、金正恩以下、朝鮮労働党の最高幹部たちが多くを占めており、政府要人は僅かであった。

 

中朝首脳会談で、金正恩は「故金日成主席と故金正日総書記の遺訓により朝鮮半島の非核化に尽力することは、われわれの一貫した立場だ」と非核化の意志を示した。ただし、北朝鮮がいう非核化とは「朝鮮半島の非核化」であり、アメリカが目指す完全かつ検証可能で不可逆的な「北朝鮮の非核化」とは異なる。

 

「朝鮮半島の非核化」について、北朝鮮政府は2016年7月6日に、(1)韓国にあるアメリカの核兵器をすべて公開し、(2)韓国からすべての核兵器とその基地を撤廃して検証し、(3)朝鮮半島とその周辺に、核兵器をふたたび展開せず、(4)北朝鮮に核の脅威を与えたり使用したりしないことを確約し、(5)在韓米軍の撤退を宣言すれば、北朝鮮もそれに見合った行動を取ると声明を出していた。「朝鮮半島の非核化」は北朝鮮だけでなく、アメリカと韓国の非核化も求めているのである。

 

北朝鮮にとって非核化協議とは、アメリカや韓国に「朝鮮半島の非核化」を受け入れさせることを意味する。ただし、「朝鮮半島の非核化」の内容が変わることもあり得る。1995年には「新平和保障体系」という在韓米軍の撤退を求めない政策をアメリカに伝達したことがあったので、他の「朝鮮半島の非核化」の条件さえ満たせば、在韓米軍の撤退を求めない可能性もある。

 

いずれにせよ、米韓に「朝鮮半島の非核化」を受け入れさせるために、北朝鮮は国際的な支持を求めていくであろう。金正恩の訪中も、「朝鮮半島の非核化」を中国に支持してもらうためと考えられる。金正恩の訪中は、北朝鮮側から急に申し入れたもので、南北首脳会談や米朝首脳会談に向けて中国の支持を得ようとしていることが伺える。

 

中朝首脳会談で、金正恩は、「韓国と米国が我々の努力に善意で応え、平和と安定の雰囲気を作り出し、平和の実現に向けて段階的かつ歩調を合わせた措置を取るなら、朝鮮半島の非核化問題は解決可能だ」と語ったという。北朝鮮が目指す非核化が「朝鮮半島の非核化」であることは、ここでも分かる。ということは、非核化を進めるにあたって、北朝鮮は米韓と向き合わなければならない。そのためには、北朝鮮が求める「朝鮮半島の非核化」について、中国やロシアの支持があれば心強い。なぜなら、中国やロシアは六者会合の時代から、「朝鮮半島の非核化」を支持してきたからである。

 

4月10日には北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外務大臣がロシアを訪問して、セルゲイ・ラブロフ外務大臣と会談した。具体的な内容は発表されていないが、これも「朝鮮半島の非核化」に対する支持を得るためであると考えられる。

 

朝鮮労働党は4月20日に中央委員会全員会議を開催して、核実験とICBM・中長距離ミサイルの発射実験を中止し、北部の核実験場を廃棄することを決定したと発表した。さらに「経済建設と核武力建設の並進路線」が完璧に達成されとして、新たに経済建設に集中する新たな戦略路線を発表した。

 

これは、基本的には、2017年11月29日に「核武力完成の歴史的大業を果たした」と金正恩が語ったことの延長線上にあると考えられるので、朝鮮労働党の既定路線になっていたのかも知れない。その日から、北朝鮮では核実験もミサイル実験もしておらず、実質的に「経済建設と核武力建設の並進路線」が達成された状態であった。

 

ただし、北朝鮮が「路線」の終結をわざわざ発表することはきわめて珍しい。「路線」とはある一定の地域における期間を限定した政策であるから、終結を発表する必要はない。そのため、アメリカに対して、非核化の意志があることを示すつもりで終結を発表したのかも知れない。しかし、党中央委員会全員会議で金正恩が語ったことは核保有国として核軍縮を進めていくという内容でもあるので、非核化についての概念がアメリカとかけ離れていることが伺える。

 

しかも、北朝鮮は非核化協議と米朝首脳会談について、国内では報道していない。金正恩が非核化協議に応じるとした発言は大きな決断であるが、まだ朝鮮労働党の末端まで説明した様子がなく、場合によっては元の対立状態に戻る可能性も考えているのかもしれない。米朝首脳会談の開催には、まだ数多くの障害が残っているのである。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?

北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?書籍

作者宮本 悟

発行潮書房光人社

発売日2013年9月24日

カテゴリー単行本

ページ数295

ISBN4769815557

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宮本悟(みやもと・さとる)

朝鮮半島研究

1970年生まれ。同志社大学法学部卒。ソウル大学政治学科修士課程修了〔政治学修士号〕。神戸大学法学研究科博士後期課程修了〔博士号(政治学)〕。日本国際問題研究所研究員,聖学院大学総合研究所准教授を経て,現在,聖学院大学政治経済学部教授。専攻は国際政治学、政軍関係論,安全保障論,朝鮮半島研究。〔著書〕『北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?:政軍関係論で読み解く軍隊統制と対外軍事支援』(潮書房光人社,2013年10月)。〔共著〕「国連安保理制裁と独自制裁」『国際制裁と朝鮮社会主義経済』(アジア経済研究所,2017年8月)pp.9-35,「北朝鮮流の戦争方法-軍事思想と軍事力、テロ方針」川上高史編著『「新しい戦争」とは何か-方法と戦略-』(ミネルヴァ書房,2016年1月)pp.190-209,「北朝鮮の軍事・国防政策」木宮正史編著『朝鮮半島と東アジア』(岩波書店,2015年6月)pp.153-177。〔論文〕「「戦略的忍耐」後と北朝鮮」『海外事情』第65巻第7・8号(2017年7月)pp.60-71,「ストックホルム合意はどうやって可能だったのか?―多元主義モデルから見た対朝政策決定―」『日本空間』第19集(2016年6月)pp.136-170,「千里馬作業班運動と千里馬運動の目的―生産性の向上と外貨不足―」『現代韓国朝鮮研究』13号(2013年11月)pp.3-13,「朴槿恵政権による南北交流政策」『アジ研ワールド・トレンド』第19巻6号(2013年6月)pp.9-13,「中朝関係が朝鮮人民軍創設過程に与えた影響」『韓国現代史研究』第1巻第1号(2013年3月)pp.7-29など。

 

 

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