東南アジアにおける「麻薬との戦い」――ジャカルタの現場から

戦争の影で

 

まず刑罰的なアプローチに極度に偏向した麻薬対策なため、検挙数を上げて成果をアピールする競争が、各地のBNN支部や警察の内部でエスカレートしている。数字を出すことが幹部の昇進につながるし、その数字が次年度予算にも反映してくる。そのため「パクリ合戦」が過剰になっていると警察関係者は語る。

 

おとり捜査も合法的に行われているかは怪しく、いわゆる犯意誘発型のものや、偽の証拠を仕込むことも多々あるという。また、密売組織を叩くのではなく、末端のプッシャーをターゲットにした取り締まりが多く、少量の薬物しか持たず、逮捕の際に抵抗もしない売人たちを一斉に検挙して数字を上げている実態も指摘されている。

 

 

ガサ入れで尋問をうけるプッシャーたち Poskotanews

 

また部署によっては捜査官にノルマを課している場合もあり、違法なおとり捜査や、脅迫による薬物使用者への自白強要が後を絶たないと市民団体は批判する。ある薬物依存者擁護団体の会長いわく、「脅迫されて、逮捕されるか賄賂を払うかの選択を迫られるが、どちらも断った仲間は強制連行から3日後に射殺された」と嘆いた。薬物使用者は、自分たちが弱い立場にあることを理解しており、捜査官の暴力や脅迫に抵抗することは少ないという。このことは、麻薬捜査が戦争の名の下で人権侵害の温床となっている可能性を示唆している。

 

また国の法律(2009年麻薬法)で、薬物使用者と麻薬売人の区別が曖昧なのも問題を生んでいる。「使用者」としての薬物依存者はリハビリの対象なので、「売人」だけを「パクってブチ込む」という建前が法的にはあるものの、これは空論に近く、実際には売人の多くが、逮捕後に捜査官との「交渉」で依存者扱いにしてもらい、刑罰を逃れるケースも多々報告されている。とくに組織の後ろ盾があるプッシャーたちの場合、逮捕されても「ケツ持ち」が何らかの手段で「依存症診断書」を手に入れてくれるので、刑務所行きからリハビリ厚生施設行きに切符が変わるのである。そのため、実際に刑を受けるのは、太いケツ持ちがいないプッシャーばかりとなる。

 

さらにいえば、強権的な捜査によって逮捕者や死者が増えたところで、薬物依存者が薬をやめられるわけではない。むしろ麻薬の供給量が減り、末端価格が高騰することで、無理して購入しようと強盗や窃盗、売春などの別犯罪を誘発するケースが多い。このことは治安の悪化に他ならず、街で市民を守っている「お巡りさん」の日常活動に大きな困難を強いることとなる。

 

そういう警察官のみならず、麻薬戦争は刑事司法制度全体、つまり法執行、検察、裁判所、刑務所への過重負担を深刻にしている。とくに切実なのが刑務所のキャパオーバーであろう。今、全国の刑務所人口の75%が麻薬関連の受刑者である。法務人権省の2016年9月のデータによると、受刑者総数約12万人中、麻薬関連者が9万1千人を超えた。

 

「パクってブチ込む」麻薬戦争は、ちょっとした遊び心でドラッグに手を出す「やんちゃ」な若者やセレブにも極悪非道の罪人レッテルを貼り、刑務所送りにしてきた。その結果、各地の刑務所は収容量を超えており、西スマトラ州の刑務所などでは昨年5月に暴動と脱獄事件が起きた。そこでは、収容人数がマックス400人のところ1800人も押し込んでいた。なんと収容率450%――これは世界でも劣悪で有名なハイチの刑務所の収容率に匹敵する数字である。

 

 

受刑者で溢れる南カリマンタンの刑務所 Sindonews

 

当然、刑務所ガバナンスも脆弱になる。麻薬密売組織の大物フレディ(死刑囚)の証言では、安給料の看守を賄賂で取り込んでいるだけでなく、取り締まり機関の幹部に上納金を支払っているため、「塀の中」で麻薬の生産と取引が自由にできるそうだ。ジャカルタのチピナン刑務所やポンドックバンブ女子刑務所などが有名だが、39の刑務所で麻薬ビジネスが横行しているとBNNも認めている。そして、こういう刑務所ではヘルスサービスが悪化しており、受刑者たちが注射針を使い回すために、HIV感染の高いリスクに晒されている。麻薬との戦いがHIV感染の拡大に貢献するという悲劇がここに見られる。

 

 

刑務所の腐敗に関して、看守よりもワニを置いたほうがよい、とコメントするワセソ Antara FOTO

 

また戦争の影で、リハビリ対策が混乱している実態も、あまり注目されていない。麻薬は公衆衛生の問題である。さまざまなメンタル理由で薬物への依存や、向精神薬の過剰服薬に至る「患者」をどう治療し、社会復帰につなげていくか。現代社会は、どこもその課題に直面しており、その失敗がもたらす社会コストは大きいと認識されてきた。

 

インドネシアでも、医療リハビリと社会リハビリの2つのプログラムが存在するが、麻薬戦争で大量の人たちが逮捕されてリハビリに送られるようになったため、施設もプログラムもパンク状態になっている。リハビリ施設も、大人数をさばくために、日程を短縮した不完全なプログラムを提供せざるを得なくなっており、それが不満で脱退し、町のクリニックで続きのリハビリを受けようとする薬物依存患者が増えている。その彼らを待ち構えているかの如く、クリニックの周りにはドラッグ売人たちがたむろしているという。

 

地元の薬物依存者支援NGOも、リハビリをサポートしてきた。とくにハームリダクションで用いる注射針の無料配布を進めてきたが、リーダーは次のように語る。「麻薬戦争が厳しくなって、集会に参加する人たちが激減している。みんな逮捕を恐れて分散して隠れるようになった。こうなると支援活動も困難だ。注射針も渡せなくなった。彼らはゴミ置き場から使用済みの針を拾うか、竹串を代用品として使うしかなくなっている。」当然こういう状況は、健康上の二次被害を生む。それを食い止めようとするNGO活動さえも、今では「ジャンキーを支持する仲間」というレッテルを貼られて糾弾され、社会啓蒙の活動場が収縮しているのである。

 

以上のように、麻薬戦争はさまざまな副産物をもたらしてきた。刑罰的アプローチに偏向することで、法執行機関による人権侵害、刑務所のキャパオーバー、そしてリハビリ現場の混乱などの問題が深刻化している。また、戦争の効果で麻薬の供給量が減り、市場価格が高騰している。その結果、海外、とくに供給元の中国やタイの麻薬密売組織からみると、皮肉なことにインドネシアは魅力的なマーケットになりつつある。組織にしてみれば、末端のプッシャーになる人材は町中にゴロゴロいるわけで、逮捕や射殺されたら別の人間をリクルートすればよいだけの話である。戦争でハイリスクを背負うのは末端のプッシャーだけであり、密売組織の幹部には痛くも痒くもないのが実態である。

 

 

政治の延長としての戦争

 

これほど社会に負のインパクトを与える麻薬戦争を、なぜジョコウィ政権は推進しているのか。そこに見え隠れするのが、権力の掌握と選挙政治の力学である。最後にそれを考えてみよう。

 

ジョコウィはジャカルタ州知事時代(2012-14年)に、ソフトでクールな「庶民派」リーダーとして国民人気を集め、2014年の直接大統領選挙で、対抗馬のプラボウォを破って大統領に就任した人物である(詳しくはここ)。

 

しかし、就任直後から彼の政権運営に陰りが生じた。ジョコウィのパトロンであり、かつ最大与党の闘争民主党の党首メガワティとの軋轢で、閣僚選びは難航した挙げ句、大きく譲歩を迫られた。また国会では野党連合に多数議席を握られ、立法府との力関係で不利な状況を作られた。こういう政治環境の中、ジョコウィのリーダーシップは埋没していき、当初の期待値の高さも手伝ってか、初年度の2015年、政権支持率は40%台に落下した。

 

この頃からジョコウィは「庶民派」という従来のイメージよりも、「決断できる」「強い」大統領というポジションを強く意識するようになったと思われる。とくに2016年は、その「キャラ転換」を迫る大きな変化があった。それは、彼の政友でジャカルタ州知事のアホックをめぐる政争である。

 

インドネシアでは、大きな選挙があると、その一年前あたりから世論調査が盛んになる。ジャカルタも同じで、州知事選挙を2017年4月に控え、世論調査が始まり、その結果、有権者の7割近くがアホックの業績を高く評価している実態が分かってきた。もちろんジョコウィはアホック支持で、彼の再選を後押しする準備をしていた。これに危機感を抱いたのがイスラム保守勢力である。

 

キリスト教徒で華人であるアホックの再選はイスラムへの脅威である、という触れ込みで、アホック再選阻止の運動を準備し始めた。その絶好の契機となったのが、ある集会でのアホックの発言で、イスラム保守勢力は、その発言を「イスラム教に対する冒涜」と難癖をつけ、彼を「宗教冒涜者」と認定して大規模な「反アホック運動」を展開した(詳しくはここ)。そのクライマックスが、2016年11月と12月に行われたデモ動員で、史上最大であろう50万人規模の群衆がジャカルタ中心部を埋め尽くし、デモ扇動者たちの演説に大歓喜を上げた。

 

この路上政治の盛り上がりに、ジョコウィも大きく翻弄された。デモ主催者たちは「宗教冒涜者」を庇う者も同罪だという主張を繰り広げており、ジョコウィにしてみれば、デモの矛先が自分に向けられかねない状況となった。大規模デモの勢いで、アホックは選挙で敗れた。さらに宗教冒涜罪で禁固刑となった。ジョコウィにとって、この制御不能の政治展開は大きな衝撃となった。

 

その後の彼は、イスラム保守勢力の取り込みを進める。デモ主催者たちとの対話や、彼らのイベントへの参加を積極的に行うようになった。そして、このイスラム保守勢力に対して、自らの強いリーダーシップを訴える絶好の材料となったのが「麻薬との戦い」である。

 

実際、同勢力の一端を担うインドネシア・ウラマ協会(MUI)は、麻薬はハラム(禁忌)であり、BNNと一緒になって撲滅戦争を推進するという立場を取っている。そのBNNを従えて、麻薬との戦いを指揮するジョコウィのポジションは、イスラム保守勢力にどう映るか。「価値観を共有できる大統領」という評価が浸透していくのである。これがジョコウィにとって、政治権力の掌握に向けた重要な戦略になっている。

 

また、上述のように2017年に入ってからは公然と「発砲奨励」をしている。人権侵害の批判はあっても、国や若者を麻薬の脅威から守るためには、断固とした姿勢で強硬策を取るべきだとジョコウィは主張してきた。ここから芽生えてくる、「タフでマッチョなヒーロー」というリーダーシップ像は、おそらく2019年4月の大統領選挙において、ジョコウィの大きな政治資本になろう。なぜなら、ふたたび対抗馬になる可能性の高いプラボウォの売りが「タフなナショナリスト」だからである。

 

プラボウォは、退役陸軍中将で野党グリンドラの党首である。この右翼政党は、2014年の選挙でも「ジョコウィは軟弱だ、プラボウォは憂国の士だ」というキャンペーンを展開し、選挙戦後半は接戦となった(詳しくはここ)。2019年も、おそらく同じ選挙戦略で、ネガティブキャンペーンを繰り広げると思われる。その効力を無力化し、プラボウォ待望論を中和するには、どうすればよいか。自らをタフなリーダーとして売り込めばよい。麻薬との戦いを指揮することで、そのリーダー像が創られていく。この選挙政治の力学が、ジョコウィの行動様式を規定していると思われる。

 

 

おわりに

 

本稿は、インドネシアで現在進行中の麻薬と戦いが、どのように発生し、発展してきたのかを考察した。タクシン時代のタイや、ドゥテルテ政権のフィリピンでは、麻薬戦争の下で何万人も殺されており、国際社会の注目度も高い。それに比べると、インドネシアの実態は規模も小さく「静かな戦争」かもしれない。とはいえ、都市中間層の世論支持を背景に、弾圧的な麻薬政策を推進する政治的なロジックは共通しており、民主政治のひとつの病理として警戒すべきであろう。

 

麻薬を「外敵」と位置づけ、戦いをナショナリズムとシンクロさせて正当化し、末端のプッシャーという「トカゲのしっぽ」を極悪非道扱いし、薬物依存の脆弱な集団を犯罪化し、刑事司法制度に過剰負担をかけ、刑務所の腐敗を促し、HIV感染などの健康被害を拡大し、公衆衛生を脅かすことに貢献してきた「麻薬との戦い」は、強調される成果よりも負のインパクトが大きい。

 

これまで、アカデミックの世界において、麻薬戦争というテーマは公衆衛生学や犯罪社会学が扱うか(例えばここ)、最近では非伝統的安全保障の文脈で国際関係学が取り組むトレンドが目立っている。ただ、どの視点からも、デモクラシーの政治環境下で、為政者たちが麻薬戦争に乗り出す政治的な思惑には踏み込めない。しかし、実はここが麻薬戦争というプロジェクトの意味を理解する一番大事なポイントだと思う。それを示すためにインドネシア・ジャカルタの事例を紹介した。

 

おそらく、この戦争プロジェクトは、これからも他国に伝染するだろう。そのとき私たちは、また別の政治権力の力学が背景にあることを理解するだろうし、その負のインパクトを考えると、安易に「戦争加担」するような安全保障研究の議論に対しては、タフにマッチョに戦わなければならない。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

民主化のパラドックス――インドネシアにみるアジア政治の深層

民主化のパラドックス――インドネシアにみるアジア政治の深層書籍

作者本名 純

発行岩波書店

発売日2013年10月24日

カテゴリー単行本

ページ数224

ISBN4000248677

Supported by amazon Product Advertising API

 

 

シノドスをサポートしてくれませんか?

 

●シノドスはみなさまのサポートを必要としています。ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」へのご参加をご検討ください。

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●シノドスがお届けする電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

 

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.252 日本政治の行方

・橋本努「なぜリベラルは嫌われるのか?(1)」
・鈴木崇弘「こうすれば日本の政治はもっとよくなる! 政治の政策能力向上のために「変える」べきこと」
・中野雅至「日本の官僚はエリートなのか?」
・大槻奈巳「職業のあり方を、ジェンダーの視点から考える」