ポルトガルは「反緊縮」路線に転じたのか?――2015年総選挙と社会党少数派政権の意味

財政再建の「もう一つの道」?

 

議席占有率わずか37%の極端な過小規模内閣を支えるポルトガル左派の結束は、大衆迎合路線に振り回される他の“PIGS”諸国と同じく、当初は欧州を混乱させる要因と見られた(Mudde 2017, pp. 111-114)。確かに、社会党政権が採用した政策の中には、過去数年間の緊縮・構造改革路線を否定するようなものがいくつか含まれていた。ポルトガル航空(TAP)民営化交渉の白紙化、公共部門の賃金カット中止と昇進の凍結解除、一部の国民的休日の復活、年金給付の引き上げ(または保険料の引き下げ)などである。

 

しかし、これらを「反緊縮」あるいは「脱緊縮」への転換と見るのは早計である。コスタ政権は新たな公共投資を行わず、個人所得税の累進性の強化や法人税の引き下げ停止によって社会保障の財政基盤を強化しようとしたのであり、その意味で、再分配政策の見直しと並行して緊縮政策の緩和または減速を試みたに過ぎない。このような路線の青写真を描いたのは、リスボン大学教授やポルトガル銀行総裁の経歴を持つマリオ・センテーノ財相であった(センテーノは2018年初頭よりユーログループ=ユーロ圏財務相会議の議長)。

 

むしろ重要なのは、共産党と左翼ブロックが、社会党に反緊縮/反欧州の持論を強要することなく、穏健な緊縮路線を容認する方向に傾いた点である。急進左派2政党の現実化の背景には、パッソス・コエーリョ政権下での反緊縮運動の経験がある。他の“PIGS”諸国とは異なり、ポルトガルでは政府の危機対応に対する抗議運動がそれほど派手な形で起きなかったが、不安定雇用対策や過度の緊縮政策の差し止めなどに関して、議会請願や憲法裁判が活用された点に特徴があった。共産党と左翼ブロックは、こうした地道な活動に参画することによって、影響力を増しながら変化していった。

 

左派陣営の結束は、当初から対立や緊張を含んだものとして成立している。たとえば、統一社会税の雇用主負担分の引き下げ、国営ポルトガル貯蓄銀行(CGD)の資本増強、国家救済後の新銀行(Novo Banco)の売却などの政策を、急進左派2政党は鋭く批判した。しかし、急進左派2政党は、閣外協力の柔軟性をうまく利用しながら、1年限りとされた政権合意を新たな交渉の基準として活用し、左派政権を維持するための緊縮政策の穏健化に貢献し続けている(Príncipe 2017)。

 

2015 年の財政赤字が対GDP 比 4.4%を超えたことで、2016 年7月、欧州委員会はポルトガルに制裁金を課すことを勧告したが、実際には過剰財政赤字の是正期限が延長され、追加財政緊縮措置の実施が求められるに留まった。政権合意に縛られて財政再建が滞りがちな社会党政権がこれによって救われた面はあるが、それでもこの年の財政赤字が過去40年間で最低の対GDP比2%を記録したことは注目に値する。

 

2017年の実質GDP成長率は、事前予測を若干下回ったとはいえ、前年の1.62%を大きく上回って2.67%に上昇した(IMF統計)。この2年半の業績を通じて社会党は大幅に支持を回復し、2019年に予定される総選挙で単独多数を狙うことも不可能ではない勢いを持ちつつある。社会党政権の発足当初、右派はこれを「寄せ集めのガラクタ」(geringonça)と罵倒したが、今では政府支持派がこの言葉を誇らしげに用いているのは、そのためである。

 

 

残された課題と希望

 

もっとも、このような成功が、左派政権の手柄と言い切れない面もある。外在的要因として、ヨーロッパ全体の景気回復とユーロ安などによりポルトガルの輸出が拡大し、観光客が大幅に増加したことは無視できない(IMF 2018)。言い換えれば、ユーロ危機後に50万人もの人口流出を経験したポルトガルの国内市場は収縮したままであり、この間に産業構造の転換や非輸出部門の生産性の大幅な向上が見られたわけではない。

 

また、財政再建の実績が不十分であるにもかかわらず、トロイカの締め付けが緩やかになり、低金利の下での国債の募集が容認されたことも大きい。だが、単年度の財政赤字は低く抑えられているものの、政府財務残高は2017年時点でもGDPの125.7%に上り、リーマン・ショック発生前の水準(2007年の68.4%)をはるかに超えたままとなっている(EUROSTAT)。こうした制約を考えると、人々の所得が徐々に回復し消費パターンに変化が見え始めたことが、現時点で持続可能な経済成長に結びつく見通しはなお暗いと言うべきである。

 

それでも、左派陣営の協力によって新たな政治的選択の可能性が切り開かれたことは重要である。これまでポルトガルの主流政党は、ユーロ圏に留まるため、有権者の要求と無縁の政策の実施を強いられてきた。ポルトガルを襲った危機は、ギリシアのような放漫財政やスペインのようなバブル景気の結果ではなく、2000年代初頭から続く安定成長プログラムの強行とその失敗の繰り返しによって作り出された経済の長期的低迷の結果であった。もともと親EU派である社会党と社会民主党は、政策的に収斂するしかなかった。

 

2015年の総選挙によってサプライズ的に成立した左派の政権合意は、この状況に終止符を打つ可能性を秘めている。左派陣営の内部にあった「壁」が崩壊したことで、政権選択の幅が大きく広がったからである。1976年の民主的憲法の採択以降、多くの有権者を失望させ、その政治離れを加速してきたポルトガル政治の停滞が、社会党「超」少数派政権の経験を通じて打ち破られるかどうかが、今や注目される。その時初めて、ポルトガルの持続可能な発展の展望が見えてくることになるだろう。

 

 

【引用文献】

Freiré, Andre and José Santana Pereira (2016), “The Portuguese National Election of 2015: From Austerity to the fall of the Portuguese «Berlin Wall»,” Pôle Sud, Vol. 44, No. 1: 143-152.

IMF (2018), Portugal: Sixth Post-Program Monitering Discussions, Washington D.C.: IMF.

Lisi, Marco and Jorge M. Fernandes (2015), “O adeus ao ‘Arco de Governação’?: As eleições legislativas de 2015,” in Marco Lisi (org.), As Eleições Legislativas no Portugal Democrático (1975-2015), Lisboa: Assembleia da República, pp. 291-309.

Moury, Catherine and Andre Freiré (2013), “Austerity policies and politics: The case of Portugal,” Pôle Sud, Vol. 39, No. 2: 35-56.

Mudde, Cas (2017), On Extremism and Democracy in Europe, London and New York: Routledge.

Príncipe, Catarina (2017), “Anti-Austerity and the Politics of Toleration in Portugal: A way for the Radical Left to develop a transformative project?” in Catarina Príncipe (ed.), Anti-Austerity and the Politics of Toleration in Portugal: A way for the Radical Left to develop a transformative project? Berlin: Rosa-Luxemburg-Stiftung, pp. 7-20.

 

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