2020.04.22

外国からの選挙介入、「ディスインフォメーション」から民主主義を守れ

川口貴久 国際安全保障

国際 #安全保障をみるプリズム

1.民主主義が直面する選挙介入のリスク

2020年米国大統領選挙が近づくにつれ、外国政府による選挙介入のリスクが注目を浴びている。

もちろん外国政府による選挙介入は近年に限った現象ではないが、今日では選挙活動、有権者の合意形成、投開票といったプロセスが電子化・デジタル化され、選挙介入の規模とその影響がかつてない程大きくなっている。

そして、現在、民主主義国家・社会が直面している選挙介入は死活的な問題になりうるものである。なぜなら、選挙介入は特定の候補者・政党への攻撃に留まらず、選挙そのものや代議制民主主義に対する攻撃だからである。

言い換えれば、選挙介入の目的は、候補者・政党・政策等の「特定対象」への政治不信を高めると同時に、全般的な「政治制度」への政治不信を高めることである。少なくともロシアによる2016年米大統領選挙への介入は、この2つの側面で米国民の政治不信を高めることが目的であった。(注1)

より問題が大きいのは後者の「政治制度」への政治不信である。特定の政治家・政党・政策に対する有権者の信頼が失われても、その政治的信頼は民主主義の枠内(政権交代)で回復可能だ。しかし、民主主義という仕組み自体に対する信頼が失われれば、制度内での回復は困難である。そして、今のところ民主主義に代替可能な政治制度は存在しない。これこそが民主主義が直面する最大のリスクである。

当然、外国政府による介入が選挙結果を変えたかどうかは検証しようがないが、介入者にとってはそれで十分なのだ。国民が「外国の介入によって選挙結果が変わったかもしれない」(下線強調は引用者による。以下同じ)と疑問を抱くだけで、その選挙で誕生した政治家や政策の正統性は損なわれてしまう。

本稿では、まず、外国による選挙介入の手法を俯瞰する。その上で、介入の重要な構成要素である「ディスインフォメーション(disinformation, 以下、「ディスインフォ」とする)」を深掘りする。ディスインフォは一般的には「フェイクニュース」と呼ばれる場合もあるが、「フェイクニュース」という言葉は曖昧かつ多義的でミスリーディングであるため使用するべきではない。ディスインフォの本質は情報の真偽それ自体よりも、標的とする集団・社会に分裂と分断を引き起こすことにある。最後に、日本で講じるべき対策と論点を提示したい。

2.民主主義を揺るがす様々な選挙介入の手法

選挙介入の手法は、偽情報流布を始めとするディスインフォに限定されない。ロシアによる2016年米大統領選挙では、体系的な手法が確認された。(注2)米国に加え、欧州、台湾等を例に、いくつか特徴的な手法を列挙する。

政治家・政党や選挙関連インフラへのサイバー攻撃

第一に、政治家や政党に対するサイバー攻撃と機密情報の暴露である。これは、どちらかといえば、特定の候補者や政党を貶める狙いが強い。

2016年米大統領選挙では、攻撃者、すなわちロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)は民主・共和両党関係者300人超にフィッシングメールを送付し、不正に入手した権限情報を悪用し、米民主党全国委員会(DNC)の内部文書やクリントン候補の選挙対策責任者ポデスタ(John D. Podesta)氏のEメールを盗み、暴露した。

米国だけではない。2017年フランス大統領選挙決選投票日(5月7日)直前の5月5日、テキスト共有サイトPastebinに大量のファイルがアップされた。これはマクロン(Emmanuel Macron)大統領候補の選挙事務所から盗み出されたメール情報等であり、Twitter上では#MacronLeaksのハッシュタグとともに情報が拡散し、6日にはWikiLeaksが情報(マクロン陣営から漏洩した数万通のメール、写真、添付ファイル等の約9GB)を掲載した。

豪州でも選挙介入目的と考えられるサイバー攻撃が確認された。2019年2月18日、豪・モリソン(Scott Morrison)首相は、同国主要政党がサイバー攻撃を受け、その背景に「洗練された国家アクター」の存在を指摘した。報道によれば、翌3月、豪通信電子局(Australian Signals Directorate: ASD)は、攻撃を中国国家安全部によるものと判断した。ただし、攻撃者が収集した情報が5月の豪総選挙で悪用された証拠はないという。(注3)

第二に、選挙インフラや関連ベンダー等に対するサイバー攻撃である。これは、特定候補というよりも、選挙自体の正統性を失墜させる狙いの方が強い。

選挙インフラ等へのサイバー攻撃と聞いて、イメージするのは投票結果・集計結果の改竄かもしれないが、米国土安全保障省をはじめ各国当局や専門家は、「改竄のリスクはゼロではないが極めて低い」旨と評価している。(注4)

しかし、有権者にとっては重要なことは、選挙関連インフラに対してサイバー攻撃があったという「事実」である。サイバー攻撃の事実や改竄の「恐れ」だけで、その選挙の信頼性は失われる。

また結果を改竄されなかったとしても、投票場や社会インフラ(電力・交通等)に混乱が生じれば、選挙のやり直しや無効の声があがるかもしれない。

ディスインフォと影響工作

以上は、どちらかといえば「サイバー攻撃」に近い選挙介入である。だが、第三の手法は、偽情報流布に限定されないディスインフォであり、影響工作・浸透工作(influence operation)である。米司法省によれば、影響工作活動とは「社会分断を生じさせ、民主制度への信頼を貶め、あるいは地政学上の目標を達成するために、政治感情や公の議論に影響を与えることを意図」した活動である。(注5)したがって、この手法は、確かに特定の候補者・政党・政策への支持・不支持に焦点を当てる場合があるものの、本質的には選挙そのものや民主主義に対する攻撃とみて良い(この定義はかなり幅広いため、前述2つの手法も影響工作活動に含まれるだろう)。

2016年米大統領選挙および2018年米中間選挙に関連し、ロシア・サンクトペテルブルクに所在するインターネット・リサーチ・エージェンシー(以下IRA)社は、手動また自動プログラムを用いて、Facebook、Twitter、Instagram上で、米国の政治感情に影響を与えうる大量のメッセージを投稿した。またIRA社は2016年米大統領選挙前後、Facebookの正規サービスを利用し、同社に費用を支払って、少なくとも3,393点の政治広告を出稿した。RTやSputnik等の政府系メディアも同様のメッセージを発信・拡散した。

ロシアだけではない。米国情報コミュニティは大統領令13848号に基づいて、外国政府による米中間選挙(2018年11月6日)への介入を調査し、「投票妨害、集計結果の改竄、集計妨害等の米国の選挙インフラへの攻撃」は確認できなかったものの、「ロシア、中国、イランを含む諸外国による影響活動と情報キャンペーン」を確認した、と評価した。(注6)

欧州で有名なディスインフォは、2017年ドイツ連邦議会選挙中の「Our Lisa」物語であろう。「Our Lisa」物語とは、アラブ系イスラム教徒の移民らが13歳のロシア系ドイツ人の少女Lisaを誘拐し、暴行したと報じたもので、後に捏造と判明した。しかし、路上では反移民・難民デモが起こり、独語のロシア系メディアは右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に好意的なメッセージを発信し、AfDの躍進を支えた可能性がある。(注7)メルケル(Angela Merkel)首相の報道官が米オバマ(Barack Obama)政権の報道官ローズ(Benjamin Rhodes)に対して語ったところによれば、ドイツ政府は調査の結果、こうした捏造された情報は最終的に「ロシア人」によるものとの判断を下した。(注8)

2018年11月の台湾統一地方選挙(九合一選挙)も中国からのディスインフォがあった可能性がある。台湾の公安事案・防諜を主管する法務部調査局の呂文忠局長は立法院内政委員会での答弁で、台湾統一地方選で「外国勢力による選挙介入」を把握し、外国勢力とは「中国大陸」であると明言する。(注9)とくにオンライン上のディスインフォの疑いが強かったのは高雄市長選挙である。下馬評では不利とみられていた国民党・韓国瑜候補(2020年総統選挙の候補者)が、民進党の牙城・高雄市で当選した。選挙期間中に公開されたYouTube動画「王世堅大戰韓國瑜 竟讓柯文哲笑到翻過去」(2018年11月15日公開)は再生数が伸び、1,500万回再生され、「韓流」ブームの一翼を担った。だが、台湾や高雄市の人口・有権者数を踏まえると、この再生回数は作為が働いた可能性が高い。問題は作為の発信源(台湾有権者or大陸)とその組織性であり、大陸からの関与が指摘されている。(注10)

上記以外にもアフリカ大陸や東南アジア各国で選挙介入が疑われる事態が多数確認されている。(注11)

3.「フェイクニュース」とディスインフォ

これらディスインフォへの対応は難しい。前項で紹介したディスインフォは、明らかな捏造(偽情報)もあれば、そうではない政治広告や特定候補の応援が含まれるからである。

ここでは「フェイクニュース」と比較検討しながら、ディスインフォの概念や特徴を検討してみたい。

「フェイクニュース」という言葉は使うべきではない

政治やメディアのみならず、「フェイクニュース」という言葉は日常会話でも市民権を得たようにみえる。しかし、この「フェイクニュース」はミスリーディングな概念であり、使用すべきではない。本稿では(また筆者によるその他の著作でも)「フェイクニュース」という言葉を可能な限り避けてきた。

「フェイクニュース」とはニュースの形式を装った偽情報であるが、(注12)この定義は曖昧でかなり幅広い。こうした定義に基づけば、「フェイクニュース」は風刺、単なる誤報、イエロージャーナリズム、ミスリーディングな記事、(外国政府等による)悪意ある捏造等の全てが含まれる。

大手プラットフォーマーも「フェイクニュース」を幅広い概念として捉えている。例えば、Facebook社は「フェイクニュース」の定義として、「偽の事実」「偽のアカウント」「偽のオーディエンス(筆者注:フォロワーやムーブメントの偽装)」に加えて、「偽のナラティブ(物語)」をあげる。「偽のナラティブ」とは、「不一致を利用し、紛争をつくるため、意図的に対立的なヘッドラインや言い回しをすること。事実関係に同意していたとしても、異なるメディアや視聴者は適切な物語が何であるかについて全く異なる見解を持っているため、もっとも対処が困難な領域」である。(注13)

性質の異なる現象、つまり異なる対策が期待される現象を「フェイクニュース」と一括りにするのは、その実態把握や効果的な対応を妨げている。

もはや「フェイクニュース」という言葉は、「テロリスト」の様に、権威主義国家において政府が反体制派を取り締まるためのレッテルと化し、民主国家においても政敵やメディアを貶めるための手段と化している。「トランプ大統領は史上最高/最低の大統領である」という単なる価値判断すら、「フェイクニュース」として批判されることとなる。また、「フェイクニュース」という言葉は外国による選挙介入のリスクを過小評価させる恐れもある。(注14)

ディスインフォの焦点

「フェイクニュース」研究でよく引用されるワーデル(Claire Wardle)らの研究によれば、少なくとも以下3つを峻別すべきである。

  • Mis-information:「誤った情報」であるが「悪意がない」もの
  • Mal-information:「正しい情報」であるが「悪意がある」もの
  • Dis-information:「誤った情報」かつ「悪意がある」もの(注15)

他方、安全保障研究の中では、ディスインフォの本質は情報の真偽そのものではなく、社会の矛盾や分裂を極大化する点を重視する分析もある(ワーデルの分類でいうMal+Dis-informationの重視)。ジョンズ・ホプキンズ大学のリッド(Thomas Rid)は次のように指摘している。

ディスインフォとは感情的反応を活性化させるもので、その目的は対象エンティティを分断させ、腐食させることにある。情報の真偽に焦点を当てるのはミスリーディングであり、感情と共鳴する時、手段(measures)はアクティブ(active)になる[注]。腐食(corrosion)がもっともよく機能するのは、それが既存の亀裂や歪み、または「矛盾」を悪用するときである。…後略… (注16)
筆者注:Ridの氏新著のタイトルおよびテーマであるActive Measuresとかけている。

「矛盾」とは、対象エンティティ(国家、社会、特定のコミュニティや選挙区)が抱える問題や争点である。実際、攻撃者は「矛盾」に焦点を当てている。例えば、2016年米大統領選でIRA社が投稿したコンテンツの大部分(Facebookへの投稿の92.9%,Instagramへの投稿の81.9%,Twitterへの投稿の94.0%)は「クリントン」「トランプ」に言及せず、米国社会・有権者の分断を促すような移民、人種、銃規制、ジェンダー等に係るものであった。(注17)

こうした状況は、情報の真偽に焦点を当てるアプローチはディスインフォ対策として十分ではないことを示唆している。

コンテンツではなく発信源にもとづく対処

選挙介入の話に戻ろう。外国による選挙介入対策で重要となるのは情報の発信源である。前述のとおり、ディスインフォは必ずしも情報(コンテンツ)の真偽だけで判断できないことに加えて、情報の真偽判断や規制は国民の「表現の自由」等の規制に繋がる恐れがある。

しかし、外国政府やその下部組織によるディスインフォは全く事情が異なる。(注18)それは「国際違法行為」、(注19)国際法が禁止する「不介入原則違反」に該当する恐れがある。選挙介入は国際法の不介入原則に違反すると、例示的に宣言されている。2016年米大統領選挙直後の11月10日、国務省法律顧問のイーガン(Brian Egan)は声明を発出した。彼によれば、国家によるサイバー活動は、他国による違法介入(unlawful intervention)を禁止する国際法と衝突する可能性があり、具体例として「例えば、国家によるサイバー活動、他国の選挙開催能力を妨害したり、他国の選挙結果を改竄したりするような活動は、明らかに不介入原則違反となるだろう」と述べた。(注20)

ディスインフォがそれ単独で直ちに武力行使(use of force)に該当する可能性は低いものの、サイバー攻撃等の他の手段との組み合わせやその効果によっては、自衛権行使の要件とならないとはいえない。ディスインフォに限定したものではないが、2016年米大統領選投票日の直前の10月31日、オバマ大統領はプーチン大統領に緊急回線で「国際法は、武力紛争法を含めて、サイバー空間での行為にも適用される」との言葉とともに警告したと報じられた。(注21)これが事実なら、ロシアによる選挙介入を武力紛争法の範疇内と捉えたことになる。またドイツのある専門家は前述の2017年総選挙を前に「ロシアによる選挙介入があれば、欧州各国は北大西洋条約5条を発動すべきである」と主張した。(注22)

国際法上の解釈と宣言政策は慎重に区別されるべきだが、ディスインフォを含む外国政府による組織的かつ大規模な選挙介入が重大な報復を引き起こす可能性は否定できない。

報復を前提とした場合、問題はディスインフォの発信源の特定(アトリビューション)である。サイバー攻撃やディスインフォのアトリビューションは、情報機関の判断と同様に100%断定できるものはない。アトリビューションは常に一定の不確実性を有するものである。(注23)

プライベートメッセージへの浸透

ディスインフォのアトリビューション問題をさらに複雑にしているのは、端末間(Peer to Peer: P2P)通信プラットフォーム、つまりプライベートメッセージアプリである。

FacebookやTwitterは公開範囲の設定にもよるが、基本的にはオープンなプラットフォームであり、投稿者のコンテンツに誰でも自由にアクセスできる。他方、LINEや海外で普及しているメッセージアプリWhatsAppは基本的に個人間のクローズドな空間であり、外部からは見えない。

しかし、そこでは公然と選挙活動や政治活動が行われている。WhatsApp社は2019年4月2日、直近のインド総選挙に関連する偽情報が流布されていることを踏まえて、対策を強化すると発表した。その発信源の多くは、インド国内の政治政党とみられている。

状況は台湾でも同様である。台湾では人口の90%以上がLINEを利用し、シニア層も当然のように利用している。2020年の台湾総統選挙・立法委員選挙期間を通じて、LINEにより有権者間での政治的メッセージが交換されている(写真1を参照)。投票日前夜、台北市内・総統府前の凱達格蘭大道で開催された民進党支持者の大規模政治集会でも、参加者はスマホを片手にLINE等を操作し、受信・情報を拡散していた(ただし、集会会場は人混みのせいでネットワークが非常に繋がりにくい状態であった)。(注24)

写真1: 台湾有権者のLINEの政治的メッセージ

(左)高雄市内のあるタクシー運転手(国民党支持者)のLINEプロフィール画面、(中・右)プライベートメッセージを経由する民進党支持のメッセージ。

出典:いずれも2020年台湾総統選挙・立法委員選挙期間中に筆者が撮影したもの。

こうした個人間のメッセージはサービス提供・運営側のプライバシー保護により、当局や研究者によるディスインフォの検知・対応や攻撃者の特定を困難にしている。台湾に本社をおくセキュリティ企業TeamT5の分析によれば、LINEは台湾のシニア層コミュニティでも広く普及し、シニア層は若年層に比べてデジタルリテラシーが相対的に低いため、ディスインフォのもっとも脆弱な標的となっている。同社は、マレーシア、シンガポール、中国等の外資企業が発信する親大陸・親国民党の偽情報を多く確認したという。(注25)

4.日本における選挙介入・ディスインフォ対策

日本では、どのような点に留意し、デジタル空間上での選挙介入やディスインフォ対策を講じるべきだろうか。

最大のリスクは憲法改正に関わる国民投票

入手可能な公開情報によれば、現時点で「外国政府が、日本の国政選挙に対して、デジタル空間上で組織的に干渉した」事実は確認されていない。しかし、仮に将来、憲法改正に関わる国民投票が実施されれば、それは周辺国にとって魅力的な標的となるだろう。恐らく、外国の干渉がなかったとしても、憲法改正に関わる国民投票は国論を二分する。熟議の結果や過程の中、国論が二分されるのは受容すべき事態である。しかし、外国政府による分断は許容されるべきものではない。また、外国の干渉の事実が明らかになれば、国民投票の正統性は失われるだろう。

筆者個人としては、国民投票を行うかどうかを含めて、それは主権者たる国民とその代表たる国会議員の判断に基づくべきと考える。しかし、外国による選挙介入・ディスインフォ対策が講じられていない中で、国民投票を行うことには反対だ。前述のとおり、国民投票は外国政府の干渉のリスクがあり、対策が不十分な中、万が一、外国政府が国民投票に介入したとなれば、日本の民主主義と憲法にとって回復不可能なダメージを与える可能性があるからである。ある専門家が指摘するように、国民投票法で議論すべきは、CM規制よりも選挙介入対策だろう。(注26)

ファクトチェックは万能薬ではない

では必要な対策は何か。外国による介入対策という意味では、ファクトチェックは有効な対策ではない。確かに、ソーシャルメディアおよび伝統メディアの発信内容に関するファクトチェックは重要だが、外部からの悪意ある組織的干渉に十分に対抗できない。

第一に、ファクトチェック機関は本質的に、量、速度、コストの面で偽情報に対抗できない。拡散される偽情報の速度と量に対して、どれだけ自動化されようとも、ヒトの関与を要するファクトチェックは対抗できない。そもそも一度、偽情報が拡散した場合、それが偽情報と判明しても被害拡大を防ぐことは難しい。COVID-19に関するトイレットペーパー枯渇騒動がその典型である。

第二に、より本質的なことは「見張り人を誰が見張るのか」という問題である。当然、ファクトチェック機関も政治的に偏向している可能性があり、外国による介入の媒体にすらなる可能性がある。ファクトチェック機関を利用する場合、主要メンバーの政治的選好や資金の流れを把握することは不可欠である。ファクトチェック機関側は自らの体制やプロセスを開示する必要がある。

しかし、そもそも、ファクトチェック機関の信頼性を検証できるリテラシーやスキルのある有権者は、ファクトチェック機関に頼らずとも自分自身でニュースや情報の信頼性を検証できるだろう。(注27)「フェイクニュース」の判断が難しい有権者が疑いもなくファクトチェック機関を信頼すれば、それは本末転倒である。

重層的な選挙介入・ディスインフォ対策

日本は日本の文脈で国民投票を念頭においた選挙介入対策を講じる必要がある。「文脈」とは、日本の置かれた地政学的環境、国内政治上の争点や社会の「矛盾」、選挙制度、有権者が利するメディアやプラットフォーム等である。

選挙介入、とくにディスインフォは高度情報社会と不可分のリスクであり、万能薬は存在せず、重層的な対策が必要となる。

第一に、政府レベルでは、表現の自由・言論の自由を考慮して、コンテンツ(情報の中身)にもとづく規制は行うべきではない。しかし、メタデータ(注28)(とくに発信源)は別だ。

もちろん、サイバー攻撃もディスインフォも、アトリビューションは難しい。攻撃者は、日本国民・有権者を装ってディスインフォを仕掛けるだろう。それゆえ、膨大な有線のデジタル情報を収集・監視・検知する能力、そしてディスインフォを検知した場合の対応能力が求められる。また防衛省・自衛隊の「相手方によるサイバー空間の利用を妨げる能力」は現状、有事に限定されているが、「妨げる能力」を選挙介入というグレーゾーン事態に適用できるかを検討すべきであろう。(注29)

第二に、メディアやプラットフォーマーでは、メタデータに加えてコンテンツも含めた検知・対処が必要である。自主規制、共同規制、政府規制、いかなる形態であれ、もっとも重要なことは規制するためのポリシー、基準、プロセス、アルゴリズムを一定程度開示しながら透明性を高めることであろう。当然、攻撃者もこれら基準等を把握した上で、検知・規制をかいくぐる。それを前提としても、有権者やユーザに対する説明責任が期待される。高いレベルの透明性と説明責任がなければ、民主主義国家と権威主義国家、オーウェルの『1984年』の世界との境界は限りなく消滅する。

第三に、究極的には有権者レベルでのデジタルリテラシー向上である。すでに、義務教育や高校教育で一部導入されているが、デジタル情報のリテラシーはもはや教育問題のみならず、(大げさに言えば)個人が現在社会で生き残れるか否かの問題であり、国家の安全保障問題でもある。

デジタルリテラシーは、進化するディスインフォ戦術やプラットフォーマーの対策の最新状況を反映することが望ましい。例えば、Facebookでは個人が外部サイトのURLを含むコンテンツを投稿すると、「i」マークが表示される(写真2)。これをクリックすると、外部サイトの情報が表示される。例えば、WHOIS情報をもとにした当該ドメイン(≒URL)の登録日が表示され、情報源の信頼性を図る上での尺度や参考の一つとなる(ドメイン登録日が古いほど安心ということはないが、数か月以内に登録されている場合、突貫作業で構築された偽サイトの可能性が相対的に高い)。情報それ自体および情報源の信頼性を判断するためのスキルが必要だ。

写真2:Facebookによるコンテンツ表示の例

出典:Facebookより

ディスインフォを始めとする選挙介入は、特定の政策や候補者・政党の当落に影響を与えるだけではない。対象となる社会集団の政治的感情をいたずらに煽り、合意形成を妨害し、コミュニティを分断し、民主主義への政治不信を高めている。民主主義に代替する政治制度がないとしたら、選挙介入問題は死活的に重要である。選挙介入問題は、中露と日米欧の「体制間競争」の側面も帯びつつある。

選挙に限らず、ディスインフォ自体は司法システム(注30)や医療システム等、社会制度全般に対する信頼を弱体化させることも狙いである。将来的には選挙に限らず、日常的なディスインフォに対抗していくことが期待される。

※本稿の見解は執筆者個人のもので、いかなる法人・グループ・組織の見解を代表するものではない。また本稿は、サントリー文化財団による2019年度研究助成「学問の未来を拓く」(助成対象プロジェクト「デジタル民主主義と選挙干渉:日本・アジアにおける選挙干渉のリスクと脆弱性」)の成果の一部である。

(注1)川口貴久、土屋大洋「デジタル時代の選挙介入と政治不信:ロシアによる2016年米大統領選挙介入を例に」『公共政策研究』第19号(2019年12月)、40-48頁;川口貴久「ロシアによる政治介入型のサイバー活動:2016年米大統領選挙介入の手法と意図」国際情報ネットワーク分析 IINA、笹川平和財団(2020年3月30日)。

https://www.spf.org/iina/articles/kawaguchi_01.html

(注2)2016年米大統領選挙の詳細については、注2および川口貴久、土屋大洋「現代の選挙介入と日本での備え:サイバー攻撃とSNS上の影響工作が変える選挙介入」(東京海上日動リスクコンサルティング、2019年1月28日)の別紙1および2。http://www.tokiorisk.co.jp/service/politics/rispr/pdf/pdf-rispr-01.pdf

また本稿は紙幅の関係で、2016年米大統領選関連の注釈を割愛している場合があるが、全て上記別紙1および2に記載している。

(注3)Colin Packham, “Exclusive: Australia concluded China was behind hack on parliament, political parties,” Reuters (September 16, 2019).

(注4)2016年米大統領選期間中、国家情報会議(National Intelligence Council: NIC)は、米国内で導入されている電子投票システムの改竄リスクは「不可能ではないが、可能性は低い」旨と評価した。ブルッキングス研究所のドイツ人研究者シュテルルミュラー(Constanze Stelzenmüller)氏もドイツの投票技術について同様の評価を下している。

David E. Sanger, The Perfect Weapon: War, Sabotage, and Fear in the Cyber Age (New York: Scribe, 2018), pp.226; Constanze Stelzenmüller, “The Impact of Russian Interference on Germany’s Elections,” Testimony before the U.S. Senate Select Committee on Intelligence (June 28, 2017).

(注5)U.S. Department of Justice, Report of the Attorney General’s Cyber-Digital Task Force (2019), p.1.

(注6)DNI Coats Statement on the Intelligence Community’s Response to Executive Order 13848 on Imposing Certain Sanctions in the Event of Foreign Interference in a United States Election (December 21, 2018).

(注7)Juan Carlos Medina Serrano, et. al., Social Media Report: The 2017 German Federal Elections, Political Data Science (Technical University of Munich Press, 2018), p.27, pp.53-54.

(注8)Benjamin Rhodes, The World as It Is: A Memoir of the Obama White House (New York: Random House, 2018), p.606.

(注9)「立法院第9屆第6會期內政委員會第8次全體委員會議」(2018年10月22日)、312-313頁。中国によるサイバー空間を通じた影響力行使について、JETRO・アジア経済研究所の川上桃子氏から貴重な指摘・示唆を得た。

(注10)例えば、Paul Huang, “Chinese Cyber-Operatives Boosted Taiwan’s Insurgent Candidate: Han Kuo-yu came out of nowhere to win a critical election. But he had a little help from the mainland,” Foreign Policy (June 26, 2019).

(注11)長迫智子「今日におけるDisinformationの動向:“Fake News”から”Disinformation”へ」国際情報ネットワーク分析 IINA、笹川平和財団(2020年5月公開予定)。https://www.spf.org/iina/index.php

ただし、上記は介入者が不明であるもの(沖縄県知事選挙等)を含む。

(注12)例えば、ケンブリッジ・ディクショナリーは、fake newsをfalse stories that appear to be news, spread on the internet or using other media, usually created to influence political views or as a jokeとする。

https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/fake-news

(注13)Guy Rosen, VP of Product Management, “Hard Questions: What is Facebook Doing to Protect Election Security?” Facebook News Room (March 29, 2018).

(注14)川口・土屋「現代の選挙介入と日本での備え」、50頁。

(注15)Claire Wardle, “Information Disorder, Part 1: The Essential Glossary,” First Draft (July 9, 2018); Claire Wardle and Hossein Derakhshan, Information Disorder: Toward an interdisciplinary framework for research and policy making, the Council of Europe (September 27, 2017).

(注16)Thomas Rid, “Can Russia Use the Coronavirus to Sow Discord Among Americans?” The New York Times (March 16, 2020).

(注17)Renee DiResta, et.al., The Tactics & Tropes of the Internet Research Agency (New Knowledge, 2018), p.76

(注18)本節の議論の初出は、川口・土屋「現代の選挙介入と日本での備え」、44頁。

(注19)サイバー攻撃・サイバー活動と国際法の専門家であり、タリン・マニュアルを編集したシュミット(Michael N. Schmitt)によれば、選挙介入は国際法における「グレーゾーン」、つまり戦争行為ではないにせよ「国際違法行為(internationally wrongful acts)」に該当する場合があると指摘する。Ellen Nakashima, “Russia’s apparent meddling in U.S. election is not an act of war, cyber experts says,” The Washington Post (Feb. 7, 2017); Michael N. Schmitt, “‘Virtual’ Disenfranchisement: Cyber Election Meddling in the Gray Zones of International Law,” Chicago Journal of International Law, Vol.19, No1. (August 16, 2018), pp.30-67.

(注20)Brian J. Egan, Legal Adviser, Department of State, Remarks on International Law and Stability in Cyberspace, Berkeley Law School (November 10, 2016) [Berkeley Journal of International Law, Vol.35, No.1, 169-180に収録]

(注21)William M. Arkin, Ken Dilanian and Cynthia McFadden, “What Obama Said to Putin on the Red Phone About the Election Hack,” NBC News (December 20, 2016).

(注22)Thorsten Benner & Mirko Hohmann, “Europe in Russia’s Digital Cross Hairs: What’s Next for France and Germany and How to Deal with It,” Snapshot on Foreign Affairs, 2016.

(注23)アトリビューションについては、川口貴久「国家によるサイバー攻撃からのセキュリティ」安全保障をみるプリズム(安全保障研究報告シリーズ), シノドス(2019年3月18日)https://synodos.jp/politics/23376

(注24)2020年1月の台湾総統選挙・立法委員選挙全般に関する総評は、湯淺墾道「【サイバー】台湾総統選、フェイクニュースの影響限定的─香港デモの衝撃大きく」時事通信 Janet(2020年1月20日);土屋大洋「台湾総統選、サイバー介入は」日本経済新聞(2020年1月29日)を参照。

(注25)TeamT5, Information Operation White Paper, Part 1 of 3, Observations on 2020 Taiwanese General Elections (March 2020), pp.19-20.

(注26)会田弘継「ピント外れの『国民投票法』改正議論」『中央公論』(2019年5月号)、74-81頁。

(注27)川口・土屋「現代の選挙介入と日本での備え」、52頁。

(注28)メタデータとは、データ内容のコンテンツそのものではなく、データに関連するデータを指す。SNS投稿を例にとれば、投稿内容自体がコンテンツ、投稿者のアカウント情報、投稿日時、投稿に対するオーディエンスの反応(「いいね」の数や「いいね」したアカウント)がメタデータに該当する。

(注29)Takahisa Kawaguchi, “Japan’s Defense Policy in Cyberspace,” in Yuki Tatsumi & Pamela Kennedy, eds., Key Challenges in Japan’s Defense Policy (Washington D.C.: Stimson Center, March 2020), pp.27-38.

(注30)Suzanne Spaulding, Devi Nair & Arthur Nelson, “Beyond the Ballot: How the Kremlin Works to Undermine the U.S. Justice System,” Center for Strategic and International Studies (May 1, 2019).

プロフィール

川口貴久国際安全保障

東京海上ディーアール株式会社 主席研究員。この他、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)客員所員(2021年6月~)、一橋大学非常勤講師(2022年4月~)などを兼任。1985年生まれ。専門は国際政治・安全保障、リスクマネジメント等。主な著作に、『ハックされる民主主義:デジタル社会の選挙干渉リスク』(土屋大洋との共編著、千倉書房、2022年)など多数。※2022年4月末時点での情報。

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