リスク分担の政治に向けて ―― 日本の背負った人類史的な課題

東日本大震災は、海外でも前代未聞のメディア・カヴァレッジがなされた。それまでの関心事だったエジプト民主化運動のニュースはほとんど扱われなくなってしまったほどだ。

 

フランスでは、夜のニュース番組が米同時多発テロ以来の視聴者数を記録したという。役所には日本支援を呼びかける垂れ幕が掲げられ、市民も追悼と連帯をみな口々にする。知人は「阪神淡路大震災のときはそこまでの関心はなかった」という。

 

ドイツでは3月末に近年稀にみる規模で、数百万人を動員した反原発デモが行われた。デモ隊が掲げていたプラカードには「チェルノブイリ=フクシマ」とあった。福島原発の事故がつづく最中に行われた、南西部バーデン・ビュルテンベルク州での選挙では、地元の与党CDUが緑の党の躍進を前に大敗北を喫した。これは、日本の原発事故によって、与党が進める原発政策への批判が高まった結果だとされている。

 

これも震災の規模や死者数、さらにシュールリアルで刺激的な映像が垂れ流しつづけられたことを考えれば当然かもしれない。たしかにスマトラ沖やハイチの大震災でも、日本人を含め、世界中の多くの人々が胸を痛めた。だが、グローバルに知覚される不幸は、決してグローバルな不幸を意味しない。それは「対岸の火事」であるという安心感に支えられがゆえに共有される現象である。しかし、今回の日本の震災への関心は、そのような今までの図式に収まらない何かが、あるように感じられる。

 

チェルノブイリ事故を受けて、「リスク(危険)」が現代社会の抱える「宿命」である、と指摘したのはドイツの社会学者、ウルリッヒ・ベックである。現代社会のリスクには、さまざまなものがある。たとえば、近代化と個人化の過程で、人々を共同体(地域や会社)から解放しようとする意思は、逆にセーフティネットから切り離された個人を生み出し、不安を抱かせるようになる。あるいは、グローバル化によって世界の富を増産しようとして相互依存が進めば、市場価額の変動が国民経済を直撃するようになる。これらは、近代化のプロセスの中で生まれてきたリスクにほかならない。

 

 

「リスク」という宿命

 

ベックの指摘は現代社会が抱えるアポリアを鋭く指摘するものだった。つまり、人間を解放しようとする意思が増大すればするほど、社会ではリスクが増大し、人間を脆弱なものにしてしまう。こうした根本的な逆説を抱えることを説いたのである。

 

科学技術の進歩や制度的保障の拡充によってリスクは回避できる、という指摘もあるかもしれない。しかしリスクそのものの逓減の努力は、リスクの増加となって跳ね返ってくる。たとえば、農産物の不作を回避しようとすれば農薬を用いることになる。また地球温暖化のリスクを回避しようとすれば、今度は原子力依存という別のリスクが生じかねない。あるいは、放射性物質を排除するヨウ素剤は発ガンのリスクを引き起こすかもしれない。

 

つまり、リスクを管理しようとすると、別のリスクを招きよせてしまうのである。こうした副次的リスクを抑える措置は、また別のリスクを生じさせ、リスクの連鎖を生み、そしてリスクが現実のものとなったときの影響は、加速して大きくなる。

 

今回の大震災は自然災害であり、原発事故も津波によるものであるから、このような構図は当てはまらない、という指摘もあるだろう。だがベックは、東日本大震災後に寄せた論考で、「災害」という概念そのものが文明を前提にした考えであり、震災大国の日本で原発推進を進めようとしたこと自体が人為的なものであること、すなわち「震災」は人間によって引き起こされたものだということを強調している。「科学技術や社会の対極にあるような『純粋な自然』がもはや存在しない歴史的段階で、自然災害や環境の危機を論じる」パラドクスに、わたしたちは自覚的でなくてはならない(C’est le mythe du Progrès et de la Sécurite qui est en train de s’effondrer, in Le Monde,25 Mars,2011)。http://www.lemonde.fr/idees/article/2011/03/25/la-societe-du-risque-mondialise_1497769_3232.html

 

 

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