アフリカの風

アフリカとの出会い

 

2007年の春、初めてアフリカの地を踏みしめた。どこまでも青く透き通る空、赤土の匂い、力強い緑。ぼくはバックパックを背負い、ケニア、タンザニアを1ヶ月間歩きまわった。

 

もともと世界のあちこちに興味があり、アジアやヨーロッパを旅することが多かった。しかしアフリカ大陸は、当時のぼくにとっては非常に遠い場所に感じられた。そもそもアフリカ大陸にいくつの独立国家があるか知らなかったし、歴史的背景も、奴隷貿易やアパルトヘイトといった、ごくわずかな例を除きほとんど知らなかった。

 

この旅の後、ぼくは渡米し、南部アフリカ各国の地域開発、支援を行なっているNGOへ所属することにした。旅人として訪れた土地を、少しでも「生活する人間の側」から見てみたかったのだ。半年の研修を経て、ザンビア共和国への派遣が決まった。電気も水も安定しない田舎町へと向かい、HIVエイズやマラリアなどの予防、啓発活動や、初等教育の拡充などといった仕事を行なっていた。

 

任期が終わり、米国へ帰国する頃になると、なんともいえない消化不良の思いが胸の内に積もっていた。地域開発の任を背負い、先進国から来た人間として、少しでも地元の人々の役に立ちたいと思ってこの地へ来た。しかし、ぼくの行なってきたことは本当に彼らのためになっていたのだろうか。ぼくはどこか、エイズやマラリアで簡単に命を落とす、この貧しい地域の人々を「可哀想」だという目で見てなかっただろうか。先進国で生まれ育ったというだけで、この人たちよりも優れた人間であるという傲慢はなかっただろうか。

 

こんな事件があった。

 

ぼくが遠出からオフィスに帰ってくると、何やら騒ぎが起きている。どうやら、スタッフ全員が出払っている隙に泥棒が侵入したらしい。ぼくの部屋も物色された跡があり、電子機器やお金がいくらかなくなっていた。

 

近所の人の目撃証言により、近所に住んでいた少年が犯人であることが判明した。少年は、盗んだお金で中古の携帯電話を買っていた。盗まれたiPodも少年の家から見つかった。同年代に、携帯電話を持っている友人などいない少年にとって、携帯電話は通信のツールではなく、自らの物欲を満たすステータスだった。充電することさえできない携帯電話を、なぜ少年はそんなに痛烈に欲しいと思ったのだろう。

 

この少年の犯罪には、ぼく自身、大きな責任を感じている。電気もままならない地域で、ぼくの持っていたPCやカメラ、iPodといった電子機器は、さぞかし魅力的なものに思えただろう。少年がそれまで感じることのなかった物欲を、ぼくがその地域に赴任したということで刺激してしまったのだ。

 

結局少年は、小さな村のあちこちで「泥棒少年」だというレッテルを貼られ、社会のつま弾き者になってしまった。ほどなく、彼は遠く離れた親戚の家に引き取られた。傲慢にも「アフリカの貧しい人々を助けたい」と思っていたぼくは、結局のところひとりの少年を犯罪へと駆り立て、その人生をまるっきり変えてしまったのだ。

 

もちろん、これはぼくだけの責任ではないということは理解している。さまざまな要因が重なった結果、このような事態が生じてしまったのだ。しかし、良かれと思ってやっていたことが、自分の想像の及ばぬ所で人々に害を与える可能性があるのだということに対し、ぼくが無自覚だったことはたしかだった。

 

 

アフリカの現状を問題提起するために

 

その後米国へ戻り、米国や中米で後輩を教育する仕事に就いた。09年にはザンビアへ戻り、学校建設などにも携わった。そういった生活のなかで、現代社会の抱える多くのひずみにも、自然と目が向くようになっていった。

 

ザンビア共和国は、アフリカ大陸南部に位置する内陸国だ。周辺諸国には不安定な国も多く、とくに北のコンゴ民主共和国では、終わることなき内戦の火が常に燻っていた。ザンビア国内での経済格差も、みるみる内に広がっていった。首都のルサカは人口140万人ほどの中規模の都市だが、近年海外からの投資が急増し、大規模なショッピングモールなどが次々と建設されている。中間所得層も増え、休日には家族で映画を見たり、ショッピングに興じたりといった光景も見られるようになっていった。

 

しかし、それと反比例するように増えたのが圧倒的貧困層の人々だった。経済が集中し、発展していく段階の都市には、その富を求めて多くの流入者がやってくる。より勢いを増した社会のなかで、一般市民のなかからも富を掴むものが現れてきた。経済競争は加熱し、都市における価値判断基準は金銭の多寡がモノを言うようになってくる。

 

そうなると排除されていくのが、経済的価値を生み出し難い人々だ。貧困層の子ども、老人、障がい者といった社会的弱者は、経済の流れに取り残されるようにして排除されていく。100USドル以上もするようなシャツに身を包む若者がいる一方、明日を生きるための胃袋を満たせず、自らの命の尊厳を切り売りし、路上で果てる子どもたちが大勢いた。

 

世界中から支援の手が差し伸ばされ、国際機関からも多大なる援助を受けている国が、なぜこうも歪んだ経済を生み出してしまうのだろう。

 

ほんのわずかなお金で助かる命が、ゴミのように捨てられていく。石油や、特殊な鉱物資源の採掘可能な土地では、周囲の住民の環境を無視した開発が行われ、その利益の多くは、一部の特権階級や海外の企業、国々へと流れていく。万単位で住民の虐殺が行われても、その問題が世界規模で論じられることは少なく、極東の島国、日本のメディアでは「価値の低いニュース」として捨てられてしまう。

 

沢山の人々の草の根の活動は、たしかに人々の生活を変え、人々を取り巻くシステムにも影響を与えていたが、あまりにも微力だった。目の前の事態に応急処置を施す対症療法だけでは、このひずみを治療することは困難に思えた。まずは、問題を広く認知してもらわなければ。この問題が、アフリカの特別な場所の問題などではなく、社会的動物である人間全体の問題であるということを提起しなければ。そんな思いが募っていった。写真や言葉を駆使した「報道」という手段が、ぼくにとって最善の道に思えた。

 

 

 

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無題

 

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