スィースィー待望論は「ムバーラク体制ver. 2.0」への道筋か

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「彼がナンバーワンだ」、「彼は力強い指導者である」、「彼こそエジプトの大統領にふさわしい」。筆者が最近の現地調査(2014年2月下旬~3月上旬)でカイロに滞在した際、エジプト人からしばしば聞いた言葉である。

 

彼とは、エジプト軍を率いるアブデルファッターフ・スィースィー。2013年7月にムハンマド・ムルシー大統領を失脚させた「事実上のクーデタ」を指導したとされる人物である。クーデタ後に成立した暫定政権では国防相の座に就いており、現在のエジプトにおける最高実力者とみなされている。

 

本稿執筆現在、スィースィー自身による大統領選挙への正式な出馬表明は行われていないが、彼の大統領就任を既定路線と考えるエジプト人は多い。無論、彼の出馬を疑問視する声も一部ではみられる。しかし、筆者は現地でエジプト人に接するたび、彼らが抱く「スィースィー待望論」を強く感じた。その一方で、ムスリム同胞団など反対派からなる「正統性を守る国民連合」(「親民主主義国民連合」と呼ばれることもある)は、依然としてクーデタの不当性を主張し、街頭や大学キャンパスで抗議活動を継続している。

 

よく使われる表現ではあるが、エジプト情勢は依然として予断を許さない状況にある。しかし、現在のところ、クーデタ以降のエジプト情勢はスィースィーの大統領就任を収束点として動きつつあるように思われる。本稿では、スィースィー待望論、およびこれに反発する同胞団の動向に注目し、最近のエジプト情勢の現状分析を行いたい。

 

 

強まるスィースィー待望論

 

「民主的に選出された政権を打倒した軍の行動を多くのエジプト国民が支持しています」。筆者が講演会などでこのように述べると、聴衆の方々の頭上にいくつもの「?」マークが現われる。「その軍事クーデタを指導した人物が次期大統領の最有力候補と取り沙汰されています」と続けると、「?」マークはさらに増える。

 

世界的に見れば、不人気な政権を打倒したクーデタを国民が支持するという事態はしばしば起こる。もちろん、2013年7月のクーデタについては、今なおエジプト社会で見解の相違がみられる。しかし、クーデタを支持する多くのエジプト人にとって、ムルシー前政権はエジプトの政治・経済・社会へ大きな混乱をもたらした「諸悪の根源」であった(詳しくは、前回の拙稿「クーデタはエジプトに何をもたらしたか?」を参照)。

 

彼らにとって、2013年7月の軍の行動は、同胞団による祖国崩壊を防いだ偉業であり、「諸悪の根源」を追放した「革命」への貢献として映っている。それは、ムバーラク政権崩壊をもたらした2011年の「1月25日革命」に続く「第2の革命」とされ、ムルシー政権崩壊の契機となった大規模デモの実施日にちなみ「6月30日革命」と呼ぶ者も多い。

 

エジプトでは、国民投票(2014年1月14~15日)で新憲法草案が承認されて以降、スィースィーの大統領選挙への出馬表明が間近と何度も噂されるが、それがいつも期待外れに終わるという事態が繰り返されてきた。

 

なお、この国民投票では98.1%の賛成多数で新憲法が承認されたが、この結果をもってスィースィーの大統領就任への道が整ったとする声が強い。当然のことながら、新憲法は暫定統治終了後の新体制の根幹にもなる重要な法典である。軍主導の暫定統治下で起草作業が進められたため、新憲法にはクーデタ後のエジプト政治の変化が強く反映されている。新憲法では、軍、司法機関、スンナ派イスラームの最高教育機関であるアズハル機構など支配的エリートの既得権益の確認・強化がなされている。

 

特に、軍に対しては、(時限規定ではあるが)国防相人事への承認権、軍事予算作成への関与、軍事裁判権の対象拡大など有利な規定が設けられた。軍の強い独立性と優越性を前提とする憲法と言っても過言ではない。

 

他方、イスラーム色の強かった旧憲法(2012年12月制定)と異なり、新憲法は宗教政党の禁止を明記するなど、同胞団ら反体制的なイスラーム主義勢力を規制する内容となっている。

 

つまり、先般の国民投票は、単に新憲法の是非を問うものだけでなく、クーデタとそれに伴うエジプト政治の変化、さらには軍主導の新体制発足を認めるか否かという審判でもあった。同胞団や青年運動など反体制派は国民投票のボイコットを呼びかけたが、旧憲法制定時の国民投票(投票率32.9%、賛成63.8%)よりも高い投票率(投票率38.6%)と賛成票を達成した。これにより、暫定統治を指導してきたスィースィー国防相の大統領選挙出馬へ道が開けたと考えられた。

 

最近では、2014年2月下旬のハーゼム・ベブラーウィー内閣総辞職に際して、スィースィーの出馬表明は間近とする声が高まった。新憲法によれば軍籍保有者は大統領職に就くことができないため、内閣総辞職に伴い国防相を辞したスィースィーが軍籍を離れて出馬表明すると噂された。しかし、彼は後継のイブラーヒーム・メフレブ内閣で国防相に再任され、出馬表明も行わなかった。

 

筆者はカイロのある研究機関を3月初めに訪問した際、スィースィーの出馬表明が遅れている理由について質問した。それに対して、同研究所員は、スィースィーは大統領選挙法の制定(3月8日、アドリー・マンスール暫定大統領が承認済み)と彼自身の選挙綱領の完成を待っているのだと筆者に説明した。ちなみに、再任されたのにすぐに辞任するのは少し変だと筆者が感想を述べたところ、何もおかしくないと強く反論された。現在も、多くのエジプト人はスィースィーの出馬表明を待ち続けている。市中では、スィースィー支援の勝手連的な運動が登場し、彼を讃える巨大ポスターも次々と出現中である(写真1)。

 

 

【写真1】カイロ市内ナセル駅周辺で掲げられたスィースィーの巨大ポスター。

【写真1】カイロ市内ナセル駅周辺で掲げられたスィースィーの巨大ポスター。

 

エジプト社会で広くスィースィーが待望されている要因としては、クーデタを支持する多くのエジプト人にとって、もはやスィースィーしか選択肢が残されていないという事実を指摘できよう。

 

「腐敗の権化」であったムバーラク政権を打倒した「1月25日革命」直後のエジプトでは、「腐敗」から一定の距離を取っていたと考えられ、かつ政権担当能力があると期待された政治的アクターとして、同胞団と軍が存在した。しかし、ムルシー政権の「失政」により、かつて多くの国民が抱いた同胞団への期待は消滅した。同胞団にもはや期待できない現在、彼らの期待はスィースィーが率いる軍へと向けられている。もちろん、エジプト社会に根強い軍への信頼感もこれを促がしている(2013年9月のゾグビー・リサーチ・センターの世論調査では、軍を信頼するという回答は70%)。軍への強い信頼感、そして軍なら何とかしてくれるという期待感から、スィースィー待望論が広がっているのであろう。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.265 

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