12億人の民主主義――政権交代の可能性が注目されるインド総選挙の見取り図

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「NaMo(ナモ)」対「RaGa(ラガ)」――選挙戦の構図

 

今回の総選挙は、与党・国民会議派と最大野党・BJPの対立を基本軸として展開している。それぞれの党を中核として、会議派であればUPA、BJPであればNDAという政党連合が形成されており、1998年以降はいずれかが政権を担っている。

 

後述するように、インドでは地域政党や特定のカーストを支持基盤とする政党が支持を伸ばし、さらに左派政党の勢力もあるなど、単純な二大政党制とは言えない。しかし、1991年総選挙以降、100議席以上の議席を獲得したのは会議派とBJPだけであり、数多ある政党のなかで両党が突出した存在であることは間違いない。

 

ここでは、BJPと会議派の選挙戦を、ナレンドラ・モディとラーフル・ガンディーという各党の指導者の対比を通じて見ていくことにしよう。ちなみに、インドでは両者を指すとき、名前を略する形で「NaMo(Narendra Modi)」と「RaGa(Rahul Gandhi)」と称されることも多い。

 

10年ぶりの政権奪還を目指すBJPが切り札として首相候補に指名したのが、ナレンドラ・モディ氏(64歳)である。同氏は、1950年にグジャラート州北部の町に生まれた。モディ家は「その他の後進諸階級(OBC)」と呼ばれる低位カーストに属しているとされ、モディ氏自身は幼少時、地元の鉄道駅でチャイ(お茶)を売って家計を助けていたという。ヒンドゥー・ナショナリズム運動の中核的組織である「民族奉仕団(RSS)」に入団し、雑用係から始めて次第に頭角を現し、1980年代後半にはRSSの政治ウィングであるBJPに派遣されて幹部まで上り詰めた叩き上げの政治家である。

 

2001年には、地元グジャラート州の州首相(Chief Minister)に就任。積極的な投資誘致やインフラ整備等を通じて州の経済成長をリードし、その手腕が高く評価されて昨年9月にBJPの首相候補に指名された。2012年7月には、日本政府の招待で訪日したこともある。州のトップから連邦首相候補というルートは、州知事が大統領になることの多いアメリカのパターンを彷彿とさせる。

 

その一方で、モディ氏には「反イスラム的」ではないかとの指摘が常につきまとっている。きっかけは、2002年にグジャラート州でヒンドゥー教徒とイスラム教徒の間で発生した暴動への対応だった。イスラム教徒に多数の死者を出したこの暴動で、モディ氏は州首相の座にあったにもかかわらず、被害の拡大を防ぐために十分な措置を講じなかったことが意図的だったのではないかとして非難が浴びせられた。外国でも、これを問題視した米英がモディ氏へのビザ発給を拒否するとして厳しい姿勢で臨んだ(英国は昨年、方針を事実上転換)。その後の調査でモディ氏本人は潔白となっているが、この問題はいまも同氏にとって最大のネックとなっている。

 

こうした経歴が示すように、モディ氏はBJPという党を良くも悪くも体現する人物だと言える。BJPは経済再生を掲げて選挙戦に臨んでおり、「グジャラート・モデル」を全国に広げようとするモディ氏は「党の顔」としてうってつけの存在だ。

 

同時に、BJPは「ヒンドゥトゥヴァ(Hindutva)」と呼ばれるヒンドゥー・ナショナリズムを標榜する政党でもある。ヒンドゥー・ナショナリズムとは、一言で言えばヒンドゥー教とその文化に基づいた政治・社会体制を構築すべきとの思想であり、イスラム教徒等の宗教マイノリティからは根強い警戒感を持たれている。BJPもこの点は認識しているようで、今回の選挙戦ではヒンドゥー・ナショナリズム的な政策は極力控えめにするとともに、イスラム教徒の支持を得るべくソフトなイメージの表出に腐心している。

 

 

【左】BJPの選挙ポスター(上がモディ首相候補)【右】10年にわたり政府を率いた国民会議派のシン首相(いずれもケーララ州にて、著者撮影)

【左】BJPの選挙ポスター(上がモディ首相候補)【右】10年にわたり政府を率いた国民会議派のシン首相(いずれもケーララ州にて、著者撮影)

 

 

これに対し、「セキュラリズム(政教分離主義)」を掲げる現与党の国民会議派は、今回の総選挙を「“包摂的な民主主義”か“分断的な権威主義”の選択」と位置づけ、自らこそがインドの多様な層を代表する政党であると主張している。同党の選挙戦を指揮するのがラーフル・ガンディー党副総裁(43歳)だ。ラーフル副総裁は、しばしば「ダイナスティ(王朝)」と呼ばれるネルー・ガンディー家の御曹司であり、曾祖父にネルー初代首相、祖母にインディラ・ガンディー首相、父にラジーヴ・ガンディー首相を持つほか、ソニア・ガンディー現党総裁は実の母である(ここでいう「ガンディー家」は、マハトマ・ガンディーと血縁上のつながりはない)。

 

ラーフル氏も早くから文字通り「プリンス」として、会議派に早くから将来を嘱望され、2004年の総選挙で下院議員に初当選し、現在2期目を務めている。2007年9月からの約5年半では、幹事長として党の青年・学生組織を担当したこともあった。

 

会議派内では、今回の総選挙に臨むに当たり、BJPのモディ首相候補に対抗して、ラーフル副総裁を党の首相候補とすべきとの意見が根強くあった。ラーフル副総裁自身も、指名されれば受諾する用意があるとして意欲を示していた。ところが、今年1月の党大会では党として首相候補は指名しないと発表。そもそも会議派には総選挙に際し首相候補を指名する伝統はないというのが理由とされたが、劣勢に立たされている会議派が選挙前から敗北を織り込んでいるのではないかとの受け止め方が目立った。

 

また党大会では「会議派の選挙戦を指揮するのはラーフル副総裁」との方針が示された。しかし、その後も同氏は「首相になることはプライオリティではない」「政治に対する自分の情熱は特定のポストに就くことよりもずっと深い」と述べており[*1]、真摯な姿勢を伝えようとするあまり、かえってまわりくどい言い方になってしまっている感がある。

 

対照的な両指導者に対する評価は、世論調査で顕著に現れている。大手メディアグループのインディア・トゥデイ・グループが今年1月に発表した調査では、「誰がもっとも良い首相になるか」との問いに対し、BJPのモディ首相候補を挙げた回答者は47%に上ったのに対し、会議派のラーフル副総裁は15%にとどまった。むろん、インドの首相は直接選挙で選ばれるわけではないし、有権者にとって党の指導者が投票先を決める唯一の判断材料ではないが、選挙戦における両党の勢いの差がこうした結果に映し出されていると言える。

 

[*1] “’It’s a contest between two competing ideas of India’”, The Hindu, April 24, 2014. http://www.thehindu.com/news/national/its-a-contest-of-two-competing-ideas-of-india/article5941163.ece

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.265 

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