メキシコ麻薬マフィアの世界――『メキシコ麻薬戦争』を読む

メキシコ麻薬戦争とは

 

ここまで、麻薬マフィアの人物象と、逮捕劇などを見てきました。ここからは、麻薬戦争について整理していきたいと思います。

 

2006年12月、カルテロン前大統領が就任し、麻薬密輸組織の殲滅を宣言して、麻薬戦争が始まったと言われています。麻薬カルテルの大物ボスを次々に逮捕、もしくは銃撃戦で殺害しましたが、逆に麻薬密輸組織に関連した凶悪事件が急増してしまったのです。

 

犠牲となった人数ははっきりしません。一般にマスコミでは、カルデロン政権下(2007~2012年)の6年間に麻薬戦争に関連した犠牲者数は7万人といわれていますが、12万以上という数字も出ています。さらに行方不明者は2万6000人に上るといわれています。

 

まさに低強度戦争といっていい状況で、銃撃戦などでは数十人単位で死者が出、秘密墓地に何十人、ときに何百人も埋められているのが見つかったりもしています。事件の犠牲者は、犯罪組織のメンバーだけではなく、警察や政治家、裁判の証人、巻き込まれてしまった一般市民など様々です。

 

では、なぜ、どのようにメキシコで麻薬密輸が拡大していったのでしょうか。密輸は昔からあったわけですが、メキシコの密輸の歴史をさかのぼると、まず、1920年代のアメリカの禁酒法の時代があります。この時代にアルコールがさかんに北に運ばれます。1930年代に禁酒法がなくなると、ヘロインやマリワナが運ばれますが、60年代のベトナム戦争とヒッピー・ムーブメントの時代にはマリワナが大流行します。アメリカでの需要に応えて、メキシコでマリワナ栽培が盛んになっていきます。

 

70年代になると、南米産のコカインが主流になりますが、当時はコロンビアマフィアが、カリブ海経由でマイアミなどに送り込んでいました。しかし、80年代にレーガン大統領がこのフロリダ・ルートを壊滅させたことで、コロンビアマフィアはメキシコ人と手を組み、米墨国境を経由してコカインが運ばれるようになりました。

 

1994年に北米自由貿易協定が結ばれます。これによって、メキシコとアメリカの間で物資や人の行き来が飛躍的に拡大します。国境でチェックしきれない荷物にまぎれ、麻薬密輸も活発になっていったのです。

 

2001年になるとアフガニスタン戦争が起こります。アフガニスタンはアヘンとそれを精製したヘロインの世界的な生産国だったため、ヘロイン生産が縮小しました。これによってメキシコのアヘン、つまりケシの栽培が拡大することになります。これで、とくにシナロア・カルテルが大きな利益を得ました。

 

また2000年代に入ってから、合成麻薬(覚せい剤)がアメリカで流行します。ちなみに、麻薬の流行は当局による取り締まりとは関係なく、単なる流行りなんですね。需要が伸びればそれに合わせて供給が行われる。メキシコはアメリカという大消費地に近く、柔軟に対応できたので、麻薬産業はさらに活発になっていきます。

 

このような背景の中で、麻薬密輸組織はどんどん力をつけていきました。麻薬カルテルは麻薬の密輸だけではなく、誘拐や恐喝、みかじめ料の取り立てなど、様々に犯罪を多角化させていきます。さらには、軍隊並みに重装備するようになり、国家に武力で立ち向かえるまでになっている。メキシコでは、組織犯罪に関連する犯罪は、5%ほどしか解決されないといわれます。

 

加えて、麻薬カルテルは、密輸のような違法な活動だけではなく、合法的な経済活動にも浸透しているのです。日本でいう「ブラック企業」のように劣悪な条件で労働者を働かせ、違法に採掘した鉄鉱石を合法に見せかけて国外に輸出したり、合法的な企業活動を隠れ蓑にしてマネーロンダリングを行ったりしています。

 

 

マリワナをスターバックスのように?

 

麻薬の生産や密輸が「地場産業」として根付いているメキシコ北西部では、ナルコは文化の担い手でもあります。先に紹介した「ナルココリード」だけでなく、「ブチョン」とよばれる独自のファッションもあります。またメキシコではマフィアが主人公のB級ビデオ映画が数多くつくられ、また麻薬組織による暴力を取り上げた映画がカンヌ映画祭で受賞したりもしています。

 

宗教にも関わっています。先に述べたテンプル騎士団のほか、シナロア州クリアカンには、ヘスス・マルベルデという麻薬マフィアの間で人気の民間信仰の聖人もいます。彼はメキシコ革命時代のねずみ小僧のような義賊で、知事に睨まれ処刑されたといわれています。処刑された後も埋葬することを禁じられ、遺体はつりさげられたままだったそうです。それを拝んだ人に奇跡が起こったと。

 

それ以来、庶民の守り神として信仰を集めるようになりました。クリアカンは麻薬マフィアを多く生み出しているので、マフィアの人たちが願い事をしに来るするようになり、いつしかナルコの神様と呼ばれるようになったのだといわれます。

 

 

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(マルベルデ像)

 

 

サンタムエルテというメキシコの死神も注目を集めています。昔からひそかに信仰する人がいましたが、ここ10年の間でメキシコを中心に非常に人気が高まっています。女神なので、カラフルなドレスやかつらなどを身につけています。

 

なぜいま、メキシコで死神が信仰されるのか。死神信仰は、先スペイン期からの信仰にさかのぼるという説もあります。諸説ありますが、死を身近に感じる人が多くなったことが関連していると私には思えます。表の世界の、規範的なカトリックの神様には守ってもらえないと感じる、よりどころのない人々が、裏の世界の守護神に信仰を見出しているのかもしれません。

 

 

(写真:サンタムエルテ)

(写真:サンタムエルテ)

 

 

 

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