少数派であることを恐れない――現代アートを仕事にすること

私たちはなぜ美術館を訪れるのだろう。アートにはどんな力があるのか。今回の「高校生のための教養入門」では、そんな疑問を持って、森美術館のキュレーターとして活躍される荒木夏実さんを訪ねました。「アートを仕事にすること」は、荒木さんにとって、「社会とどう関わるか」につながる生き方の選択だったのです。(聞き手・構成/長瀬千雅)

 

 

同時代の世界とつながっていく

 

――荒木さんは、キュレーターというお仕事はどのようなものだとお考えになっていますか。

 

「展覧会の企画と実施をする人」というのが最も基本的な定義ですね。美術館に所属する人が大多数ですが、最近では特定の機関に属さないインディペンデント・キュレーターも増えてきました。日本では学芸員と言われることが多いですが、公立の美術館・博物館が多い日本では、学芸員資格を持った美術企画の専門職員という位置づけが主でした。今でも、県や市の職員として採用されてそのままずっと勤める人が多数です。インディペンデント学芸員とは言いませんから、キュレーターの方がもう少し独立性があって、総合的に任されているというイメージでしょうか。

 

 

――キュレーターという言葉が広まるにつれて、仕事の内容や働き方も多様化しているんですね。

 

組織やプロジェクトによっても違うと思いますが、森美術館ははじめから欧米型のキュレーターを志向しています。

 

 

――美術館の学芸員というと、作品を収集したり、美術史をひもといて研究したりということもあると思います。キュレーターにももちろんそういう機能はあると思いますが、より展覧会の企画・実施に力を入れているわけですね。

 

森美術館の場合はそうですね。プロジェクト型の現代美術館としてスタートしていますから。現在はコレクション(作品の収集・保管)もしていますが、同時代に世界で起こっていることにフォーカスして、今見せるべきものを見せていく、ということを重視しています。

 

 

――昨年、荒木さんは『ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界』を手がけられました。「ゴー・ビトゥイーンズ(=媒介者)」としてのこどもに注目して、こどもの視点で世界を見せる。出身地も経歴もさまざまな26組のアーティストが参加して多種多様なイメージに触れられる展覧会でした。このような展覧会の企画・構成は、どのように考えていくのでしょうか。

 

まず、長年にわたってたくさんの展覧会を見てきて、注目しているアーティストや作品がたくさんあるんです。アートは個から発する表現ではありますが、第一線のアーティストには、時代の要求と呼応する部分が必ずあります。ですから、世界各地で展覧会を見ていると、世界で何が起きていて、どんなことが問題となっているのかが浮かび上がってくるんです。

 

ゴー・ビトゥイーンズ展も、「こども」というテーマに関わるアーティストや作品を選んでいますが、こどもの周辺で起こっていることは、私たち全員に関わることですよね。たとえばこどもの貧困の背後には、必ず女性の貧困があります。さらにその裏には、男尊女卑のような、非常に不平等な社会がある。

 

こどもを追っていくことによって、ジェンダーの問題や、政治の問題、暴力、戦争、すべて見えてくるとも言える。ジャーナリズムとはまた違う視点で、それらを見せていくことができないか、というのが企画の出発点でした。

 

 

荒木夏実さん

荒木夏実さん

 

 

――観客の反応はいかがでしたか?

 

「ストーリー・コー」(http://storycorps.org/)という、対話を記録するプロジェクトから、2本の映像作品を出展してもらったのですが、それを見て泣いてしまっている男の子たちがけっこういたのが印象的でした。特に、高校生から大学生の男の子にぐっときていたようです。

 

1本は、ある母親と、10歳ぐらいのアスペルガー症候群の男の子との対話なんですね。非常に頭のいい子なんだけれども、少し社会性に欠けるところがあって、思春期にさしかかって周囲との関係の中で悩んでいく。その男の子がお母さんにいろんな質問をするのですが、お母さんが堂々たる態度で、嘘も言わず、誠実に、常にポジティブに答えを返していくんです。そして、最後に男の子が「ぼくはお母さんの期待に答えられた?」と聞くと、母親は「期待以上よ」と答えるんですよ。「あなたが息子で、本当によかった」って。

 

ストーリー・コーは、ニューヨークで設立されたインスティテューションで、家族のメンバー同士や友人同士など、一般の市民が対話しているその本物の声を記録して、そのストーリーをシェアしようというプロジェクトです。私が紹介したのはアニメーション化されたものですが、音声だけなら5万件以上アーカイブされていて、誰でも聞けるようになっています。

 

彼らのアプローチは明確に、マイノリティーの視点です。長い間刑務所に服役して出所した人とその家族とか、ゲイのカップル同士など、さまざまな事情を抱えた人たちが、マイノリティーとしての痛みや、乗り越える苦しみを、包み隠さず話している。私もはじめて対話を聞いたときは涙が止まりませんでした。

 

 

――そのようなソーシャルプロジェクトが現代アートの美術館で紹介されるということ自体も、とても面白いです。「何がアートか」という考え方そのものを更新していくというか、そこもやはりキュレーターの腕の見せどころなのでしょうか。

 

ストーリー・コーのように必ずしもアート作品ではないものをある文脈に乗せて紹介するということもありますし、アーティストの側でも変わってきています。たとえば、アラブのアーティストの中にはかなりダイレクトに政治的なメッセージを感じさせる作品を作っている人もいます。これはジャーナリズムです、これはアートですというような境界はなくなってきていると思います。

 

 

研究者とキュレーターの違い

 

――キュレーターの仕事の喜びの一つに、すぐれたアーティストと仕事をすることがあるように思います。どんなところに面白さを感じますか。

 

アーティストはみんな、ものすごくよく「見て」います。私たちには考えられないような一瞬をとらえます。映像作家のフィオナ・タンは『トゥモロー』という作品でスウェーデンの高校生たちを撮影しているのですが、彼らの顔にはティーンエイジャー特有のプライドと不安、自己顕示欲、いろんなものが溢れ出ているんです。やはり、フィオナはそういうものをとらえる天才なんですね。普通の人が忘れていってしまうようなことを、信じられない能力と時間をかけて観察して、作品にしていく。その態度には感服します。アーティストはそれぞれに個性が強いですからさまざまな問題が生じますが、彼らとのトラブルは越えられないトラブルではありません。

 

 

――反対に、アーティストにとってキュレーターはどういう存在なんでしょうか。

 

キュレーターは作品や展覧会について文章を書きますよね。批評も含めて。するとアーティストから、「誰にも話さなかったことがどうしてわかったんですか」と言われることがあるんです。ほかには、「自分でも考えたことがなかった見方だ」とか、「荒木さんはそんなふうに読み取ったんですね」とか。アーティストにとっては、潜在意識にあったものが引き出されたり、自分自身が予想もつかない視点が出てきたりすることが面白いわけです。作品は、生まれた途端にさまざまな人の視線にさらされて、一人歩きしていくものです。誤読も含めて、さまざまな読み取られ方をしていくことが作品の面白さだし、深さだと思います。

 

 

――その読み解きを、最初に、深く行う存在がキュレーターということでしょうか。

 

批評家や研究者などさまざまな人がそれをするとは思いますが、キュレーターの場合は、必ず物理的なモノと対峙しないといけないわけです。「この作品はこのスペースに入るのか?」というように。展覧会を作るということは、頭の中で考えるだけのきれいな仕事ではないんですね。こちらが望む作品を展覧会の時期に借りられるのか。輸送費はいくらかかるのか。予算内におさまるのか。おさまらないとしたら何を優先し、何を諦めるのか。しかも必ずデッドラインがあります。物理的な条件をすべてクリアしなければいけない。常に現実的な判断の連続です。

 

 

――非常に実務的な仕事であると。

 

もちろんです。アーティストと一緒に新作を制作することや、カタログの出版、広報宣伝担当者との打ち合わせまで、すべてにキュレーターが関わります。何よりも、お客様が安全に楽しめる展覧会になっているかどうか。アーティストがいくら「こう見せたい」と言っても、危険があったり解説が不親切だったりということは避けなければなりません。アーティストの気持ちも尊重しながら、説得もする。

 

ですから、信念を持って物事を進めていける人でないと、キュレーターには向かないですね。責任とリスクがとれて、プレッシャーを楽しめるぐらいの人でなければ。【次ページに続く】

 

 

山本高之《どんなじごくへいくのかな、東京》2014年 ビデオ・インスタレーション 森美術館「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」展示風景 2014/5/31-8/31 撮影:阪野貴也 写真提供:森美術館

山本高之《どんなじごくへいくのかな、東京》2014年 ビデオ・インスタレーション
森美術館「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」展示風景 2014/5/31-8/31
撮影:阪野貴也 写真提供:森美術館

 

 

 

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