過去を生きた人びとに寄り添って――「島」から学ぶ、歴史社会学

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ウェーバーの歴史社会学的発想

 

―― 連字符社会学は現在の視点から見ていくのに対して、歴史社会学は過去に内在した視点で見ていくと。具体的にはどのような視点なのでしょうか?

 

最もメジャーな社会学の大家として、マックス・ウェーバーがいます。ウェーバーは近代国家や近代法、あるいは近代的な官僚制のメカニズムを明らかにしたほか、そこに巻き込まれて生きている人びとの意識構造や生活様式などを、西洋社会の数百年の歴史的経験を踏まえながら分析した、歴史社会学の開祖の一人です。

 

ウェーバーの歴史社会学的発想というのは、非常に壮大でダイナミックなもので、たとえばウェーバーは、近代社会の「法による支配」のあり方は合法的支配だということを言ったんですけれども、このときに一般的な合法的支配のイメージをひっくり返すようなことをやってしまうわけです。

 

 

―― 一般的な合法的支配のイメージはどんなものだったのでしょうか。

 

一般的な法による支配のイメージは、たとえば正義による支配や、理性による支配といったものだと思いますが、ウェーバーはそうは言わないんです。ウェーバーは「法律や規則に基づいて、支配をおこなう権限を与えられた者が、さまざまな命令権を発動する。そうしたことが正当であると人びとが信仰している社会こそが、近代社会である」と言うんですね。

 

ちなみにウェーバーは、前近代社会の支配様式を「伝統的支配」と呼んでいます。伝統的支配とはウェーバーによると、昔から継続してきた伝統的な秩序、あるいはそうした伝統的な秩序によって権威を与えられた人間による支配が正当であるという信仰に基づいた支配のことです。

 

たとえば宗教的な権威者であったり、王権であったり、地域の首長であったり、そういう人びとが支配をおこなうことが正当であると人びとが信仰している、これが伝統的支配であると言ったんです。けれどもウェーバーは、近代の合法的支配も相変わらず、人びとの信仰がもとになっていると指摘するんです。

 

近代社会のど真ん中で無自覚に生きている多くの人びとは、法による支配、合法的な支配というものは、理性や正義による支配だと思い込んでいたわけですから、これが信仰の問題だというウェーバーの議論は、非常にショックを与えるようなものの見方だったんです。

 

やはりウェーバーは、歴史社会学的な発想があったからこそ、そういうものの見方ができたのだと思います。

 

 

「近代」が問い直された時代

 

―― 石原先生が歴史社会学に興味を持ったきっかけはなんですか?

 

あまり自分のことを語るのは得意じゃないですが(笑)、私は1990年代の前半に大学に入学しました。学部生のときはちょうど「戦後50年」をめぐる知的雰囲気があったんです。90年代初めに米ソ冷戦体制が一応崩壊して、その体制下で封印されてきたものがワーっと、日本や東アジア諸地域からあふれ出てきていました。「近代とはなんだったのか?」「戦争とはなんだったのか?」「戦後とはなんだったのか?」といったことが改めて問い直された時代でしたね。

 

そうしたなかで、歴史学はもちろんのこと、歴史社会学のような歴史的な視点を持つ社会学でも、冷戦体制下の知的枠組み、イデオロギーの対立から自由になろうとする雰囲気がすごく強かったですね。そうした知的雰囲気のなかで、たとえば「植民地帝国」という言葉だとか、あるいは「総力戦体制」という言葉とか、「ポストコロニアル」などという言葉がさかんに言われるようになった。

 

 

―― そういった言葉を耳にしているうちに、気がついたら歴史社会学に興味を持っていたと。

 

そうですね。学部生の頃は歴史社会学を研究していくんだという意識はあまりなかったですが、結果的にそうした日本や東アジアという文脈のなかで、近代や文明というものを根本的・根源的に問うという、ラディカルな歴史社会学の潮流というものに、意識せずにシンクロしていたんだと、いま振り返ると感じますね。

 

 

沖縄から歴史社会学へ

 

―― 大学院に入る頃には、歴史社会学の研究にターゲットを絞られていたんでしょうか?

 

そうでもないんですよ。

 

私は卒業論文で、米軍占領下の沖縄について書きました。地上戦後の沖縄は、冷戦体制もとで米軍の軍政下に置かれ、基地が次々と建設されていました。そうしたなかで1960年代、「全沖縄軍労働組合(全軍労)」という沖縄住民の米軍基地労働者の労働組合ができ、当時の沖縄の社会運動のなかで非常にラディカルな動きをみせていました。当時の全軍労の運動を中心に、1960年代沖縄の社会運動をめぐる状況について、無謀にも取り上げようとしたんですね。

 

私が学部生だった1995年、沖縄で小学生が海兵隊員に集団レイプされて、非常に大規模な抗議行動が起こりました。その抗議行動と連動する形で、学者出身の大田昌秀知事が米軍基地を2015年までに撤去するというアクションプランを打ち立てたんですね。これは今ではほとんど忘れられていて、まもなく2015年になろうとしていますが……。

 

大田知事が打ち立てたプランは、もちろん先のレイプ事件への抗議行動の高まりが背景にあったわけですが、日本の近代化のなかで構造的な差別を受けてきた沖縄をめぐる状況を変えていくんだという、「戦後50年」と米ソ冷戦体制の終結を意識した行動だったわけです。沖縄が日本の総力戦で地上戦に使われて「捨て石」にされ、戦後に日本が独立して復興していくなかで米軍に譲り渡され、第二の「捨て石」にされた。近代以降の日本・東アジアのなかで幾重にも「捨て石」にされてきた、その構造を少しでも変えなさいというメッセージだったんです。

 

私も、そうした社会状況の影響を無意識に受けていたんでしょうね。そういう、かなり具体的なところから、歴史社会学に入っていきました。

 

 

新たな「島」との出会い

 

―― 研究対象がたまたま歴史社会学的なものだったということなんですね。

 

そうなんです。卒業論文は意外と書いていて楽しくて、なんとなしに大学院に進学してしまいました。ただ、沖縄の研究をそのまま続けていくかに関しては、もちろん自分の実力不足もありましたが、はたして性格的に向いているのかという問題もあって、すごく大きな迷いがありました。さらに、そもそも大学院に入ってはみたけれど、研究者としてやっていけるのかどうかという自信もなくしてしまい、修士論文も気が進まないなかで書いていましたね。

 

このまま留年してどこか就職でも探そうかななどと考えながら、沖縄の戦後の軍事占領下のことについて調べていたときに、たまたま小笠原諸島の父島でも、日本軍は沖縄と同じように地上戦をやるつもりだったと知ったんです。

 

そこで、小笠原諸島の戦時中や敗戦後の状況について書かれた論文や資料を入手して読んでみたんですね。むろん、小笠原諸島の南にある硫黄島で地上戦がおこなわれたこと、敗戦後は小笠原諸島・硫黄諸島(火山列島)が沖縄と同様に米軍占領下に置かれていたことは、私も知っていました。でも、小笠原諸島の住民たちが強いられた、ただならぬ「戦争経験」や「戦後経験」について、初めて知ることも多かった。小笠原諸島って、今でこそ世界自然遺産登録で非常に有名になりましたけれども、20世紀のちょうど終わり頃って、ほんとうに「忘れられた島」だったんですよ(笑)。

 

ただ、この時点ではまだ、小笠原諸島について本格的に研究しようとは思っていなくて、なかば興味本位で資料を集めていたんですけれども、調べているうちに、小笠原諸島の200年間の社会史を正面から扱った研究は、歴史学でも社会学でもほとんど発表されていないことに気がついたんです。また、早いうちに現地に行って話を聞いておかないと、戦前・戦中に生きていた人たちの記憶が失われてしまうだろうとも感じました。じっさい、私がお話を聴かせていただいた方がたも、いまでは半数以上の方が亡くなってしまっています。

 

こういう状況のなかで、だったらちょっと研究してみようかなと、ちょっと調べてみようかなと思ったわけです。そしたら博士課程に進学する気力が湧いてきまして(笑)、まだその時は博士論文のテーマにするつもりまではなかったんですけれども、とりあえずこれやってみようかと。それで、博士課程に進学して調べ始めてみたんです。そしたらまあ面白かったんですね、これが。ちなみにこの博士論文をもとに『近代日本と小笠原諸島――移動民の島々と帝国』(平凡社、2007年)という本を書きました。

 

 

―― 小笠原諸島について研究していくうちに気がついたことについてお話いただけますか?

 

そうですね。やや後づけ的な言い方ですが、歴史社会学の根源的な問いである、近代とはなにか、つまり主権国家や国民国家とはなにか、あるいは近代的な市場や資本主義とはなにか、近代的な法とはなにかといった、そういうベーシックな問いに対する解答が、この島の歴史経験には非常にラディカルな形で表れているなと、調べていくうちに気づいたんです。

 

それで本格的に研究してみようという気になって、実はもうそのときはすでに博士課程の2年生くらいだったんですけれども(笑)、それでやっと博士論文をこのテーマで書こうという決心がついたんです。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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