デジタルネイティブを取り巻くコミュニケーションの姿とは?――ネット時代の文化人類学

安全なのに、不安な社会!?

 

あと研究していてびっくりしたのが、ウィキペディアの匿名編集の割合を調べたときですね。ウィキペディアを編集するときは、利用登録をして登録名で編集をする「登録名編集」と、利用登録をせず、登録名ではなく編集したときのIPアドレスが表示される「IPアドレス編集」があります。後者の「IPアドレス編集」を一種の匿名編集とみなし、各国版のウィキペディアからデータを取ってきて、IPアドレス編集の割合を出してみたんです。

 

最初は英語版がもっともIPアドレス編集の割合が高いと思っていました。英語版のウィキペディアは論争が激しいので、どうしても登録名編集ではなく、IPアドレス編集が多いのではないかと。ところが、実際にデータを収集し、分析してみると、日本が一番多かったんです。日本は全体の4割がIPアドレス編集で、英語版が全体の3割でした。他の言語版ではだいたい1割か2割しかなかったんですね。日本社会は匿名を好み、自己開示が少ない傾向にあるんです。

 

90年代から情報ネットワーク研究に関わっていますが、日本社会は、他の主要産業国と比較すると、一貫して、オンラインでの自己開示が少なく、ネット利用の多様性も乏しいのです。世界的にみても、安全で清潔と評価される日本社会で、何となくネットへの不安感が強く、ネット上で匿名を好み、自分を積極的に出せないように思います。その理由を探るために、試行錯誤してきたのですが、質的調査、量的調査を積み重ねる過程で、「不確実性回避傾向」という社会心理的態度に着目することになりました。

 

不確実性回避傾向というのは、不確実性への耐性が弱く、不確実あるいは未知なもの・ことを避けようとすることで、社会生活において漠然とした不安感(anxiety)が高い社会では、不確実性回避が高いということがこれまでの研究から知られています。

 

不安感というのは、「危険(danger)」や「恐怖(fear)」とは異なります。危険や恐怖はその対象がわかっていますよね。「高所恐怖」は高いところが怖いし、「閉所恐怖」は閉所が怖いので対象がはっきりしている。ところが不安感というのは漠然として、捉えどころがないんです。そして、これまでの国際比較研究から、日本社会では、この漠然とした不安感が強く、不確実性回避傾向が高いことが分かっています。

 

それを踏まえ、私の調査研究が明らかにしてきたのは、日本社会では、不確実性回避傾向とネット利用の不安感との間に強い相関関係があるということです。ネット上にはいろいろなトラブルがありますよね。コンピュータウイルスに感染してしまうとか、自分の個人情報が漏洩してしまうとか。そういったケースをいくつか並べて、それに対する「不安感」と「実際の経験の有無」を調査したんです。すると中国やカナダ、アメリカもそうだったんですが、実際にネット上のトラブルを経験しているからこそ不安感も強い。けれども日本の場合だと、ほとんどトラブルを経験していないのに不安感だけがすごく強いんですね。

 

しかもこのネット利用に伴うトラブルへの不安感が、「不確実性回避傾向」と見事に相関するんです。つまり、不確実性回避傾向が高ければ高いほど、ネット利用の不安感が強いという結果が出てきました。これは他の社会では見られない傾向です。

 

不確実性回避傾向とネット利用の不安感に強い相関があることをどう考えればいいのか。日本社会の場合では、行動を起こす前から「困ったらどうしよう」と困る傾向が強いことを意味しているというのが、私の解釈です。実際に問題が生じてから困ればいいのに、「困ったことがあると困るなあ」と立ち止まってしまうところがある。

 

メールの場合だと「これを送っても、自分は面白いと思うけれども、相手はそうは思わないだろうな」とか、「送っても無視されたらどうしよう」とか、行動を起こす前に不確実性回避傾向が働いてしまう。だから日本ではネットの利用のしかたが他の社会に比べると若干おとなしいというか、活発度が低い面があるんです。

 

 

対人関係から見えてくるもの

 

―― 日本人はネットをあんまり活発に利用していないんですね。

 

たとえば、SNSをとりあげてみましょう。日本でも、ミクシィ、フェイスブック、ツィッターなどSNSは広く普及し、利用されているように思います。ですが、いわゆるフレンド数の国際比較をみると、平均100人を越える社会が多いのに対して、日本のSNSフレンド数は平均だとおよそ30~50人程度にとどまります。フェイスブック利用者も2000万人を越えたと言われていますが、人口比で考えたときには2割にも満たず日本は決して利用率の高いグループではありません。

 

日本でフレンド数が伸びない理由には、対人距離が関わっていると思います。ボワセベンという人類学者は、対人距離を近い順から、「近親者、最も親しい友人」(第1ゾーン)、「自分が積極的に親しい関係を維持している親密な友人、近親者」(第2ゾーン)、「重要だがやや受動的に親しい関係を維持している友人、親族」(第3ゾーン)、「日常生活において実際的な意味で重要な人びと(自分が知らない人につないでくれる人)」(第4ゾーン)、「自分にとってほとんど意味を持たない単なる知り合い」(第5ゾーン)の5つのゾーンに区分したモデルを確立しました。

 

日本では、このモデルの第2、第3ゾーンに属するような、既知で比較的親しい人たちとの関係が社会的に重要とされていて、まずはその人たちとの付き合いが優先される傾向にあります。そのためフレンド数もそれほど増えていかないんです。それに対してアメリカのデジタルネイティブを調査すると、彼らの場合は、第4ゾーンが大きな役割を果たしています。彼らの場合、転職したり、新しいことを始めようとしたり、イベントを企画したり、さまざまな社会的場面で、第4ゾーンを必要としているのです。つまり、第2、第3ゾーンの人は、お互いすでに知り合いで、そこから人脈が広がることはないのに対して、第4ゾーンの人は新しい関係をもたらしてくれるわけです。

 

だからアメリカの場合は第4ゾーンがものすごく大切で、別の言い方をすると、第4ゾーンの人たちとの関係が大切だからこそ、フェイスブックというプラットフォームに意味があるんです。実際には彼らも決して自ら進んで実名をネット上に出したいとは思っていないんですが、フェイスブックは第4ゾーンの人たちと繋がる機能を提供してくれているので、彼らにとっては必要不可欠なんです。

 

 

アメリカ人も気を遣っている

 

―― 日本とアメリカの比較で、他になにか興味深い点は見られましたか?

 

日本人は空気を読んで相手を気遣うのに対して、アメリカ人は他者に気遣いなどしないのかと言ったらそんなことはなくて、アメリカ人も気を遣っているんですよ。たとえば「SMS(ショートメッセージサービス)を書くときに気を遣うか」という質問では、半数以上が気を遣っていると回答しているし、「友達からのSMSは数時間以内に返信すべき」という質問項目に対しては7割以上が返信すべきと答えています。「返信が半日ないといらだつ」と回答した人は全体の3分の2です。

 

日本のデジタルネイティブの特徴としては、音声通話をしないというのがすごく多いんですね。「緊急時を除いて、夜遅くには音声通話をしない」という人が全体の8割近くなんですけれども、アメリカだと半分もいないんですよ。これはどうしてなのか彼らに聞いてみると、「電話がかかってくるのが嫌だったらサイレントモードにしておく」というんです。自分で携帯電話が鳴る状態にしておいて、それで夜中に鳴ってしまったら自分の責任だし、相手も夜遅くに電話をかけるときは、本当に必要であればかける。基本的には夜中にかけないというのは一種のマナーとして捉えているんですよね。

 

ところが日本の場合には、不確実性回避傾向が働いていると思うんですけれども、先回りして空気を読んで、「夜中にメールして呼び出し音で起こしちゃうんじゃないか」「そんなことをしたら相手から嫌われるんじゃないか」といったように、「マナー」として捉えずに「空気を読む」というかたちになってしまう。だから、なんとなく息苦しさがあるんじゃないかと思います。別にアメリカ人が気を遣わないわけではなくて、「気の遣い方」が違うんですよね。アメリカ人は基本的には自分が判断してやったんだからしょうがないと考える点がちょっと違うのかなと思います。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

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