比べてみないと、相手も自分も、分からない――物差し同士も照らし合わせて

「自分」を知るための物差しを

 

―― どんな高校生に比較政治学をオススメしますか?

 

素朴な疑問をバカにしないで考え続けるのがいいと思います。それこそ最初にお話した「『1センチ』と『1キロ』のどっちが『大きい』の?」みたいな問いを、「そんなの違うに決まっているじゃん」で終わらせないで、どうして単位が違うものを比べちゃいけないのか、真剣に考え始めるといつしかドンドン深みに分け入ることができます。

 

日本とジンバブエの産業政策を比較するのはダメなのに、どうして日本と韓国なら比較しても構わないか。日本と韓国では議院内閣制と大統領制で、制度が異なっているのに、どうして比較することができるのか。よーく考えてみると、すごく難しいですよね。

 

 

―― ありがとうございます。最後に、高校生にメッセージをお願いします!

 

分けないと、分かりません。他と比べないと、あなたのユニークさも、日本のユニークさも分からない。自分を知るためにも、日本を知るためにも、いまの世界を知るためにも、他の人、他の国、他の時代と比べる物差しを自分で作って、いろいろなものを比較してみてください。

 

比較する対象によっては、自分の物差しでは通用しない場合だってあります。そんなときは比べるものを変えるだけではなくて、使う物差し自体も変えてみてください。他の人の物差しに照らし合わせながら、自分の物差しについてよく考えてみてください。そうすると、同じ物差しの上で目盛りだけを大きくするボリューム・アップではなく、物差しそのものを変えるスケール・アップ、スケール・シフトしていけるはずです。これは研究に限らず、自分の「いま、ここ」を知るためにも大切なことです。

 

 

方法としての比較が分かる! 高校生のための三冊!

 

 

「方法としての比較」について詳しく知りたければ、何といってもコレ。最初はちょっと難しく感じるかもしれないけど、最後まで喰らいついて読めば、某深夜番組のように熱くやり合うのではなく、学問としてクールに政治を分析するというのはどういうことなのか、読む前とは全く違う地平まで連れて行ってくれる。

 

 

 

なぜアジアは急速に成長を遂げたのか。政治が市場における競争を制限することによって生じる優遇である「レント」に注目しながら、韓国・中国・台湾・インドネシア・フィリピン・マレーシア・タイ・ベトナム・インドのそれぞれについて、一貫して比較している。一つひとつパズルを解くような楽しみをじっくり味わいたい。姉妹編に森井裕一編『ヨーロッパの政治経済・入門』(有斐閣ブックス、2012年)もある。

 

 

 

 

互いに照らし合わせることで、それぞれが「何」なのか、自分とはどういう「存在」なのか、はっきりすることがある。日本語と韓国語はまさにそうした一対であることだけでなく、「対照させるという方法」についても示している。韓国語に限らず新しいコトバを学ぶということは、自/他の境界が根底から揺さぶられる体験である。学問のコトバへようこそ!

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

・橋本努「新型コロナウイルスとナッジ政策」
・三谷はるよ「市民活動をめぐる“3つの事実”――「ボランティア」とは誰なのか?」
・五十嵐泰正「『上野新論』――「都市の時代」が危機を迎えたなかで」
・倉橋耕平「メディア論の問いを磨く――言論を読み解く視座として」
・山田剛士「搾取される研究者たち」
・平井和也「コロナ情勢下における香港と台湾に対する中国の圧力」