異なる何か/誰かに触れる――中東地域研究の魅力とは

「イスラーム主義」とはなにか

 

―― シリア・レバノンがどんな場所なのか、イメージが湧いてきました。シリア・レバノンの「イスラーム主義」について研究しているとのことですが、そもそも「イスラーム主義」ってなんですか。

 

イスラーム主義は、文字通り宗教としての「イスラーム」に「主義」を加えた言葉です。共産主義や民族主義と同じく「〜主義」ですので、基本的にはイデオロギーということになります。イスラームの教えに基づく政治や社会の建設や運営を目指すイデオロギーのことを指します。

 

このイスラーム主義を信奉する人びとを「イスラーム主義者」と言いますが、今の中東にもたくさんいます。少なくとも、イスラーム主義を掲げる組織、政党、団体を支持する人は少なくありません。そのことは、2011年の「アラブの春」後のエジプトでの議会選挙と大統領選挙において、イスラーム主義組織のムスリム同胞団の系列を組む政党が勝利したことに表れています。

 

もちろん、人びとがイスラーム主義組織を支持するとしても、その理由を「イスラームだから」と言い切ることはできません。イデオロギーだけではなく、政策の内容の善し悪しや他の組織や政党との比較のなかで支持/不支持を決めるからです。しかし、重要なのは、今の中東において、イスラームという宗教を掲げる組織や政党が普通に存在しており一定の影響力を持ち続けているということです。

 

 

―― イスラームの教えを、政治にもあてはめようとしているんですね。そして、人びとからの支持もあると。でも、「イスラーム主義」ってすごく過激なイメージがあります。よく、「イスラーム過激派」とか「イスラーム原理主義」なんて言葉をニュースで聞きますし。

 

イスラーム主義者はいわば政治や社会の「イスラーム化」を目指すわけですが、彼ら彼女らのなかには穏健な人もいれば、少数ではありますが過激な人もいます。

 

過激な人――「過激派」あるいは「急進派」と呼ばれます――には2種類あって、1つは、社会のすべての人に対して(彼らが考える正しい)「イスラーム」を押しつける、個人の心の奥までターゲットにするタイプ、もう1つは、暴力で政治や社会のイスラーム化を推し進めようとするタイプです。この2つは重なることが多いです。

 

一般的には、イスラーム主義よりも「イスラーム原理主義」という言葉が知られていると思いますが、それがそもそも他称・蔑称であること(当事者たちは使わないこと)や、偏狭で頑迷といったネガティブなイメージがつきまとうこと、それからしばしば武装勢力や過激派の同義語として用いられることから、日本の学界ではほとんど使われることはありません。

 

 

―― イスラーム主義の人が、みんな過激というわけではないんですね。穏健な人もいることがわかりました。

 

繰り返しになりますが、実際には穏健な人がほとんどです。イスラーム主義者は、法律や政治制度がイスラームの教えに基づいてつくられるべきだと主張します。そうだとすれば、現実はそうでない、あるいは、イスラームとは何か別のものによって法律や政治制度が規定されていると考えているわけです。

 

19世紀以降、中東には近代西洋起源の考え方や仕組みがたくさん入ってきました。特に、政治と宗教を分離すべきである、という世俗主義は中東の社会に大きな変化をもたらしました。近代西洋を範とした政治や社会が拡大するなかで、イスラーム主義者たちは政治や社会がイスラームの教えからどんどん離れていると感じている。

 

つまり、イスラーム主義者には、近代の西洋と同じような政治モデルをそのまま採用すると政治におけるイスラームの役割がダメになってしまうのではないか、という危機感があるんです。その意味において、イスラーム主義は、大昔からあったのではなく、近代以降に生まれたイデオロギーなのです。

 

 

関心を抱くきっかけはどこにでもある

 

―― そもそも、中東地域に興味をもったきっかけはなんですか?

 

中東を研究していると、この質問をよくされるんですよ(笑)。アメリカやヨーロッパの研究をしていたらあんまり聞かれないと思うんですが。

 

 

―― 中東はあまり身近な感じがしないので、興味を持ちにくいと思うんです。

 

中東を意識しだしたのはかなり早く、小学生から中学生にかけての頃だったと思います。その頃は1980年代後半で、夕方のテレビのニュースでは、連日ベイルートとテヘランからレポートが報じられていました。「ベイルート発共同〜」、「テヘラン発時事〜」とか。中東では、レバノン内戦(1975-1990年)とイラン・イラク戦争(1980-88年)がありました。レバノン内戦は15年、イラン・イラク戦争は8年、それぞれ1980年代を通して続いた長い戦争でした。

 

 

―― 戦争に興味があったんですか?

 

戦争が好きなわけではありません(笑)。むしろ、その理不尽さや不毛さが気になっていました。きっかけは、たぶんガンダム(あくまでも1980年代のガンダム作品)です。

 

 

―― ガ、ガンダムですか。ロボットで戦うアニメですよね。

 

ガンダムは、少年アニメ特有の「戦うことのかっこよさ」もふんだんに入っていますが、それよりも戦争というものの理不尽さや不毛さ、むなしさのようなものを表現した作品でもあります。

 

そんなガンダムを観ながら、はるか遠い中東の地で繰り広げられていた終わりのない戦争にどこか心を痛めていたのだと思います。なぜ不毛な戦いを続けるのか、と。レバノン内戦もイラン・イラク戦争も、「どこどこの街を奪った、奪われた」といった一進一退の長期戦であり、消耗戦でした。

 

こういうときにガンダムを引き合いに出すと、その時点でガンダムを知らない今の高校生の皆さんはおろか、「またガンダムの話か」と一般の方までもドン引きしてしまうかもしれません。上司や先生から無駄に熱いガンダム話を延々と聞かされてガンダム・アレルギーになった方は少なくないでしょう。

 

しかし、それだけガンダムの影響を受けた人が世の中にいるということでもあります。アラフォー以上の政治学者は皆ガンダムを観て政治学に目覚めた、というのが私の勝手な仮説です(笑)。

 

 

―― 今まで、年上の方がするガンダムの話にあまり興味がなかったので、適当に聞き流していましたが、深い話なのですね。これからは背筋を伸ばして聞きたいと思います。

 

ガンダムの良し悪しはともかくとして(笑)、大事なことは、何かに関心を抱くきっかけはどこにでもあるということです。「なぜ?」と疑問を持ったり、「知りたい!」と興味を持ったりしたときは、自分の心に正直に向き合いアクションを起こしてみるとよいと思います。

 

というわけで、私自身、高校に入る頃には中東への関心を強く持つようになっていました。ちょうど、高校入学の前後には、中東にかかわる2つの大きな事件がありました。

 

1つは、イラン・イスラーム革命の最高指導者ホメイニー師がイギリスの作家サルマン・ラシュディに死刑宣告をした事件(1989年)です。この作家の書いた『悪魔の詩(The Satanic Verses)』という長編小説がイスラームに対する冒涜であると断罪された事件です。ある国の最高指導者が別の国の作家に死刑宣告をするという無茶苦茶な理屈と「熱さ」に、自分の知る世界とは異なる世界が存在することを強く感じ、ハートをわしづかみにされました。

 

もう1つの事件は、その翌年に起こった湾岸危機・戦争(1990-1991年)でした。イラクがクウェートに侵攻したこと自体にも驚きましたが、それまで対立してきた米国とソ連が事実上同じ陣営でイラクのサッダーム・フサインと向き合うという構図――ソ連は米国主導の多国籍軍の介入を支持しました――に驚き、また、それまで世界を規定していた東西の冷戦構造がガラガラと音を立てて崩れていく感覚を覚えました。

 

この2つの事件からは、中東には自分が住んでいる世界とは別の世界があるという感覚を持ちましたし、中東が世界全体の動きと強く結びついていることを知りました。中東を専門にする研究者になりたいと思ったのはこの頃だったように思います。

 

この頃、「いつかトルコかイランに留学したい」と親に言ったら怒られたことを覚えています。当時、留学と言えば、アメリカかイギリスが主流でしたから。大学に進学したら中東について勉強したかったのですが、現代中東を扱った研究は今と比べると本当にマイナーな分野でしたし、現代中東について教える大学の学部も皆無で、いろいろと悪戦苦闘することになります。それよりも、あまり勉強が好きではなかったので、大学に入ってからもしばらくは足踏みを続けました(結局は、大学卒業後に留学したのはイギリスの大学院でしたが……中東政治学を専攻しました)。

 

 

 

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