異なる何か/誰かに触れる――中東地域研究の魅力とは

研究はおもしろくて、難しい

 

―― 研究をしていて「おもしろい!」と思った瞬間を教えてください。

 

いつも、おもしろいです。特に、自分自身の当たり前、社会通念、あるいは学問における通説がひっくり返るような強烈な事実(fact)や論理(logic)に出会った時はおもしろいです。

 

例えば、イスラエル占領下のパレスチナでは、紛争の構図が日常の一部となっています。自動小銃を携えた兵士が人びとに対して日々監視の目を光らせていても、彼ら彼女らにとってはそれが日常であったりします。紛争が非日常である日本列島に住んでいる私たちには想像することすら難しいですが、パレスチナを見るときは「紛争が日常である」という事実を出発点に物事を考えていく必要があります。

 

他にも、世界から危険視されているグローバルな「テロ組織」が、拠点としている村にとっては地元の「自警団」のような存在だったり。強面の戦闘員たちは恐れられるどころか、頼もしいお兄さんとして子供やお年寄り慕われていたり。傍若無人な「独裁者」が、実はとても巧妙な方法で社会を分断して支配していたり。外国人移民を徹底的に差別し隔離することが、国家の安定にプラスになっていたり。

 

中東地域研究は、根本のところは外国研究・異文化研究だと思っています。まだまだ未開拓の問題領域がたくさんありますので、頭を柔らかくして、アンテナをしっかり立てていれば、頻繁に「おもしろい!」と思う瞬間がやってくるお得な学問ではないでしょうか。

 

ただし、「いつもおもしろい」というのは楽であることとは違います。研究自体は試行錯誤の連続ですし、孤独で地道な作業でもあるので、辛い時もしんどい時も多い。でも、時々訪れる「おもしろい」と思えることが、そんな辛さやしんどさを精算してくれます。

 

「おもしろい」ことを発見する方法、つまり研究の方法については、本や論文を読んだり、新聞やインターネットで情報を集めたりといろいろですが、やはり現地にフィールドワークに出かけるのが一番です。ドカーンと来ます。

 

 

suechika

 

 

―― 「難しい!」と思った瞬間も教えてください。

 

これまた、いつも難しいです(笑)。研究対象との距離の取り方が難しい。悩んでいると言ってもよいかもしれません。

 

研究をすると、最終的には論文や本のかたちで世に問うことになります。研究成果を文字にしていくなかで、中東という外国・異文化の何か/誰かを表象することになります。この表象とは、誰かに変わってその人のことを表現/代表する(してしまう)ことと言い換えた方がわかりやすいでしょうか。

 

つまり、自分の研究を読んだり聞いたりした人は、そこから中東の何か/誰かについての知見を得たり、イメージを持ったりするわけです。なので、研究者の側には、その責任や倫理が重くのしかかってきます。

 

言うまでもなく、学問には客観性が重要です。事実の発見であっても、論理の構築であっても、学問のルールにしたがって取り組まなければなりません。そして、研究の成果は学問のルールによって良し悪しが判断される。これが大前提です。

 

しかし、どれだけルールに従って客観的に書かれたものであっても、読み手の中東イメージに何らかの影響を与えることは避けられません。これは仕方がないことですので、「そんなことを考える必要はない!」と開き直るのも研究者としての1つの態度です。しかし、私自身としては、自分が文字にした中東がどのように受け取られるのかを常に意識しながら研究をすることを心がけています。「中東の専門家が語る中東」に社会的な影響力がないわけがありませんから。

 

 

―― 外国研究・異文化研究には論理だけではなく、倫理も大事だということですね。

 

文系理系問わず、すべての学問に言えることなのかもしれません。マッドサイエンティストにならないためにも(笑)。

 

とはいえ、中東をどのように語るべきか、こんなに真面目に考えているのに、中東の現実は観察者である私たちに優しくなかったりします。フィールドワークに出かけてみたら、「どうせ見物だろう」と煙たがられたりすることは日常茶飯事です。紛争地域では対立する勢力のどちらからも「お前、奴らの仲間だろ」と嫌がらせを受けたり、実際に拘束されたことも何度もあります。

 

要するに、どのような意図であれ、中東の何か/誰かを表象したときには、それに喜ぶ人と怒る人の両方が必ず出てくるということです。学問としての客観性が大事なのは繰り返すまでもありませんが、むしろだからこそ、学界の外に広がる社会とのつながりを常に見据えながら研究をしたいと考えています。

 

 

シノドスの運営について

 

シノドスは日本の言論をよりよくすることを目指し、共感してくださるみなさまのご支援で運営されています。コンテンツをより充実させるために、みなさまのご協力が必要です。ぜひシノドスのサポーターをご検討ください。

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「対話/ダイアローグから見た精神医学」植村太郎(12月16日16時~18時)

 

 

無題

 

vol.233 公正な社会を切り開く 

 

・ジェームズ・ミニー氏、鈴木啓美氏インタビュー「もっと楽しいお買い物を目指して――フェアトレードの魅力」

・【「民主」と「自由」――リベラルの再生へ向けて――】古川江里子「大正デモクラシーと吉野作造 ―大日本帝国憲法下での民主主義的政治の試みが現代に問うもの」

・【知の巨人たち】重田園江「ミシェル・フーコー――なぜ『絶望系』なのに読んでしまうのか」

・阪井裕一郎「学びなおしの5冊 <家族>」

 

vol.232 芸術にいざなう 

 

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」

 

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.233 特集:公正な社会を切り開く

・ジェームズ・ミニー氏、鈴木啓美氏インタビュー「もっと楽しいお買い物を目指して――フェアトレードの魅力」

・【「民主」と「自由」――リベラルの再生へ向けて――】古川江里子「大正デモクラシーと吉野作造 ―大日本帝国憲法下での民主主義的政治の試みが現代に問うもの」

・【知の巨人たち】重田園江「ミシェル・フーコー――なぜ『絶望系』なのに読んでしまうのか」

・阪井裕一郎「学びなおしの5冊 <家族>」