2023.03.28

広大なアジアをこの一冊で鷲づかみ!――『現代アジアをつかむ』(明石書店)

佐藤史郎(編著)国際関係論 + 石坂晋哉(編著)地域研究

現代アジアをつかむ 社会・経済・政治・文化 35のイシュー

著者:佐藤史郎(編著)、石坂晋哉 (編著)
出版社:明石書店

いまこれを読んでくれている方は、きっと現代アジアに関心がある人でしょう。社会人の方であれば出張や駐在で、学生の方であれば留学もしくは海外研修で、それぞれアジアの国や地域を訪れた経験があるのではないでしょうか。また最近では、格安航空会社(LCC)の浸透により、アジアをリーズナブルに観光できるようになりましたので、アジアをもっと知りたいとの心持ちになっている旅行好きな方も多いかと思います。

現代アジアに関する本

現代アジアを知るためには、どうすればいいでしょうか。その1つが「本を読」むという作業です。アジアに関する本はたくさんあります。たとえば、アジア「各国」の事情を知りたければ、明石書店から刊行されている『~を知るための・・・章』(例:藤野彰編『現代中国を知るための52章〔第6版〕』明石書店、2020年)というエリア・スタディーズのシリーズ本があります。また、アジアの社会・経済・政治・文化に関する「イシュー」を知りたければ、たとえば東南アジアの「汚職」というイシューについては、外山文子・小山田英治編『東南アジアにおける汚職取締の政治学』晃洋書房、2022年)といった優れた本があります。

それでは、現代アジアの社会・経済・政治・文化に関するイシューを「網羅的」に取り扱った書籍はあるでしょうか。もちろん、あります。たとえば、『アジア学のすすめ』全3巻(弘文堂、2010年)、『アジア新世紀』全8巻(岩波書店、2002~2003年)などの叢書が書店の本棚を彩っています。

現代アジアを「鷲づかみ」的に理解しよう!

ここで紹介する『現代アジアをつかむ―社会・経済・政治・文化 35のイシュー』は、文字どおり、現代アジアの社会・経済・政治・文化に関する35ものイシューを「網羅的」に、しかも、複数冊に分かれたシリーズ(叢書)ではなく、たった「1冊」で扱っています。この本では、現代アジアの社会・経済・政治・文化をめぐるイシューについて、①どのような問題があるのか、②なぜそれが問題なのか、③その問題を考えるためにはどのような専門知識が必要なのか、④その問題に対してどのような見解や立場があるのか、⑤その問題を解決するための方向性とは何かを考えます。具体的には、表のように、社会・経済・政治・文化から35のイシューを取り上げることで、現代アジアの世界を「鷲づかみ」的に理解していきます。

現代アジアの諸相を「鷲づかみ」的に理解するためには、さまざまな専門分野の執筆者たちが協働する必要があります。そのため、第一線で活躍する総勢35名の研究者たちが、それぞれの専門分野の知識を活かして、現代アジアの諸相にせまっています。なお、総ページ数は512ページとなっています。まるで、「辞典」のような厚さです。にもかかわらず、本体価格は2,700円なので、読者フレンドリーとなっています。

現代アジアをチラ見してみよう!

ここで、第2章で取り上げている「シングルマザー・寡婦」のイシューに注目することで、現代アジアをチラ見してみましょう。

日本では、シングルマザーの貧困が社会問題となっています。第2章の著者、佐藤奈穂によると、日本におけるシングルマザーの貧困は、「子どもを自分で育てなければならないうえに、充分な所得を得られる仕事もない、そして親族関係やコミュニティのつながりの希薄化により、周囲からの協力や支援も得難い」という状況のなかで深刻化しています(本書29頁)。アメリカでも、女性が世帯主となる世帯(FHHs: Female-Headed Households)は、男性が世帯主となる世帯(MHHs: Male-Headed Households)に比べて、貧困割合が高いことが社会問題となっています。では果たして、アジアでは、シングルマザーを取り巻く状況はどうなっているでしょうか。

意外なことに、東南アジア地域では、FHHs(女性世帯主世帯)とMHHs(男性世帯主世帯)を比べると、前者よりもむしろ後者の貧困割合のほうが高い、と佐藤は指摘しています。東南アジアの社会では、「シングルマザー=貧困」というイメージは現実に即していない、ということが具体的な数値で示されています。佐藤は、東南アジアにおいてシングルマザーが貧困に陥らないために、いかなる仕組みがあるのかを、詳しく分析しています。

他方で、南アジア地域に目を移すと、シングルマザーを取り巻く状況は過酷なものとなっています。しかし、それでも、シングルマザーとその子どもたちの生を支えるための、ある仕組み(いわば「最後の砦」)がアジアの社会には広く存在している、と佐藤は指摘しています。

さらに第2章の後半では、アジアにおける寡婦(=夫と別れ再婚していない女性)をめぐる議論が紹介されています。詳しくはぜひ、本書を読んでいただきたいと思いますが、佐藤は、東南アジアの寡婦は「むしろ活き活きと活躍し」「女性たちの新しい道を切り開く存在にもなっている」と述べています(本書36頁)。

第2章では全体として、日本社会において深刻化している「シングルマザーの貧困」問題に着目したうえで、その問題が果たして東南アジアや南アジアでは実際のところ、いったいどのような状況になっているのか、なぜそうなっているのか、について明らかにしたうえで、さらに、問題解決に向けた手がかりを、現地フィールドワークから見えてくるアジアの現状の中に探ってみようとしているといえるでしょう。

図:『現代アジアをつかむ』本文のサンプル(第22章)

さあ、現代アジアの扉を開いてみよう!

さあ、本書『現代アジアをつかむ』を手にとっていただき、まずは気になる章から、つまみ読みしてください。各章のはじめには、イシューに関する問題とは何かをわかりやすく述べているとともに、重要なキーワードも記しています。それだけではありません。関連するいくつかの章も紹介しています。そのため、芋づる式に章を読み進めていくことで、いつのまにか、熱量があふれる多様性に満ちた広大なアジアを丸ごと理解できるようになっています。『現代アジアをつかむ』を通じて、一緒に現代アジアの扉を開いてみましょう!

プロフィール

佐藤史郎(さとう・しろう)
1975年大阪府生まれ。東京農業大学生物産業学部教授。立命館大学大学院国際関係研究科博士後期課程修了。博士(国際関係学)。専門は国際関係論、安全保障論。主な業績に『核と被爆者の国際政治学』(単著、明石書店、2022年)、『E・H・カーを読む』(共編著、ナカニシヤ出版、2022年)など。

石坂晋哉(いしざか・しんや)
1976年神奈川県生まれ。愛媛大学法文学部准教授。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門は南アジア地域研究、社会学。主な業績に『現代インドの環境思想と環境運動』(単著、昭和堂、2011年)、『ようこそ南アジア世界へ』(共編著、昭和堂、2020年)など。