都市に住むことの本当の価値とは?――「東京一極集中の弊害」論の誤り

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飲食が街の姿を変える

 

――都心部で特に住みたい場所として選ばれるのは、どのようなところなのですか?

 

不動産業者や都市計画の人たちに聞いた話ですけど、80〜90年代の住みたい場所として人気があった場所、人が住む場所の指標としてまかり通っていた考え方は、近くにコンビニエンスストアとレンタルビデオ店がある物件だったそうです。しかし、今はそんな時代ではない。

 

コンビニは当たり前に、田舎でもあるし、レンタルビデオ屋は、必要なくなりむしろ減っています。じゃあ人は何の近くに住みたがっているのか。答えは、活気のある商店街とお気に入りの飲食店なんだそうです。てっきり、24時間型のトレーニングジムとかそういうものかと思いきや、ぜんぜんそうではない。

 

若い世代に人気があるという意味では、実は中央線の人気は不動です。商店街も活気があるし、深夜でも営業している飲食店が多い。やっぱり中野や高円寺といった中央線の沿線の都心に近い地域は人気が高い。しかし、僕の本は、そうは書いてません。

 

むしろ、あくまで中央線は、初心者向けの街というスタンスです。これは、取材の結果そうなった。中央線の街は、ちょっと保守的だし、1980年代、90年代の残り香が強いんです。むしろ、もっと上級者が選ぶ街は、そういう場所ではなくなっているというのが、本書の趣旨でもあります。

 

僕が推しているのは、都心に近いやや東側の街。例としてあげているのは、日本橋人形町です。ここは、都心に近い利便性と、古くからの老舗が多い下町風の飲食店が残っていながらも、バルやオーガニックレストランのような新しい形態の非チェーン店系の飲食店も増えている。古い東京と新しい東京のハイブリッドとして多様性のある街です。こういう場所が、いまどきの住む場所としてのポイントが高い街になっています。

 

これは多くのヒアリングを通して僕が感じたこと、さらには都市計画系の人たちともよく話すことなんですが、今求められているのは「根付いて暮らす」感覚なんです。勤務先の会社ではないコミュニティを持つことの重要性として、地元になっている。だから商店街や下町風情が人気が出ている。

 

現代的な都市生活は、長距離通勤をしない、住む場所の近くで遊ぶ、の2つ。それは、「職住近接」「食住近接」ということになる。これが結果としての都心回帰です。あと飲食の場所が、新橋銀座新宿といった繁華街から、住宅の街に移動しているというのもあると思います。街バルブームなんかが典型です。

 

 

――なぜ、飲食を中心に街の様子が変化しているのですか?

 

これは、世界的な流れです。クラフトビールやクラフトフードなどで重要なのは、これらのお店が、どれも地元に根付いた都市文化の新しい形だと言うこと。つまり、ポートランドやブルックリンなどの都市部で起きている食文化の新しい流れは、都市への人口集中と結びついている。実は僕はこうした流れを、住民自治の意識が高いという話と結びつけるのは苦手なんです。

 

チェーン店の大量生産大量消費型経済が終わろうとしているという話、ポストリーマンショック的な消費意識の変化。それはあまり乗れない。乗れるとしたら、集積度の高い都市ならではの、多様な消費文化という解釈です。

 

『フード左翼とフード右翼』(朝日新書) という本でも書きましたが、都市の人がオーガニックが好きで、地方の人がジャンクフードが好きなわけではなく、都市には人が多いから、オーガニックで高価なレストランを利用する人もジャンクフードも生き残るだけの消費の多様性があるという話です。

 

あと食と都市文化を考える上で、日本独自のものとしておもしろいのは「横丁」ですよね。東京には多くの横丁が存在します。赤羽のOK横丁、北千住飲み屋横丁、大井町駅東口東小路、吉祥寺ハモニカ横丁などです。その多くは、かつて闇市として生まれてきたという歴史があります。かつては治安も悪く、サラリーマンしかいなかった横丁が昨今はもっと幅広い年代の人たちで溢れる場所になっている。

 

なぜ流行ってるのかというと、安くて質のいいフードを提供する店が多いから。都心部って地価が変動するから、実は飲食店に向かないんです。経済学者のタイラー・コーエンは都心の地価の高い場所のレストランは、おすすめしないという言い方をする。家賃という固定費を前提として、業態や価格帯、サービスのレベルを考える飲食店において、家賃が大きく変動する都心部は、向かないというのがコーエンの主張です。

 

その意味では、横丁は、都心にあっても家賃の変動が少ないんだそうです。なぜなら、ここはある種の既得権益で守られている。地価の変動とは別に、土地専有権で守られているので家賃の振れ幅が小さい。ある種の経済特区的な側面がある。

 

それに加えて、昨今の人手不足を伴う人件費の高騰で、かつてのデフレ特化型チェーン系飲食店が、これまでのコスト計算での経営が維持できなくなっている。個人店舗の飲食店が太刀打ちできる時代が、こうした経済的背景で生まれつつある。

 

こうした横丁のある街は、住む場所としても人気が出てきています。以前と違って治安も悪くないので、女性の比率も高くなっています。本の中では、北千住なんかを取り上げています。

 

 

都市が持つ最大の経済外部性

 

――「職住近接」の暮らし方に変わってきているのは、なぜなのでしょうか。インターネットが普及して、これからは離れた場所でも仕事ができる環境になるのではと想像しますが。

 

有名な未来学者のアルビン・トフラーが『第三の波』(1980年)という本で、近い将来、都市はなくなるという予言しているんです。つまり、テレワークが進み在宅勤務ができるようになれば、人はわざわざ家賃が高くて混んでいる都市に住む理由はなくなると。しかし、実際には都市の時代になってしまった。

 

トフラーの予言がなぜ外れたのか。彼は、交通テクノロジー、情報テクノロジーの発展によって、移動のコストが安くなれば、人はどこに住むという「場所」へのこだわりそのもののコストが安くなると考えたんです。あと一方で、第2の波=製造業の時代の基本原理が「集中」、つまりは人口と工場の集積が利益をもたらした時代が終わると、「分散」の時代になると予言したんです。その結果、都市はなくなると予想した。

 

でもそれは間違いだった。交通と情報のテクノロジーによって、移動のコストが安くなったのは予想通り。では何を予測しそこなかったか。それは都市の外部経済の部分です。彼が考えていた都市の負の経済外部性は、都市のデメリットである「混雑」「大気汚染」の2つでした。

 

でも正の経済外部性は考えていなかった。それは「人と接することで得られる知識や情報」だと思います。後者が勝ったというのが、都市への人口集中という結果と考えるべきです。

 

現代の都市では、「渋滞」は時間差出勤や公共交通機関の発展によって1970年代よりもかなり改善された。都市の自然環境は、郊外よりも随分まともになった。これは先進都市の話なので、北京みたいな場所は別ですけど。

 

トフラーは、「集積」の時代の次は「分散」の時代になると思っていましたが、実際には「さらなる集積」の時代になった。これは意見が分かれるところかも知れませんが、僕は「在宅勤務」「テレワーク」は、大規模には普及しないと思います。

 

実際、Yahoo!のように、「在宅勤務は禁止」と明確に言う流れの方が進むんだと思います。Yahoo!にせよGoogleにせよ、現代の最先端の企業はすごく「近接性」のメリットに対して意識的です。彼らは、都心のど真ん中にオフィスを構える。なぜなら、彼らのビジネスは「アイデア」を生むことだからです。

 

アイデアは、人と人の接触から生まれるし、他社との接点に生まれる。都市は、こうした他社との接点の宝庫だから価値がある。それが都市が持つ最大の経済外部性です。

 

 

「都会に住むのが後ろめたい」気持ち

 

――一方で、最近ではメディアでも「田舎暮らしブーム」などと言われ、地方移住が大きく取り上げられています。

 

最初にも話したように「脱都市」や「里山資本主義」のような考え方が人気を集めています。大都市を基盤とした経済を見直し、独立した小規模な経済システムをつくろうという考え方です。

 

少子化による人口減少で地方が消滅していく。それを避けるために地方移住をしよう。そもそも東京は混みすぎているから機能を分散しなければいけない。そのような議論が前提になっている。そこまで政策的な話ではなくとも、「やっぱり田舎で暮らしたほうがいいよね」という話ってすごく受けるんです。

 

なぜかというと、「都会に住むのが後ろめたい」という感情がある気がする。それは、人工的に都市開発を進めること、農業生産物がある農村から離れた場所で、人がまとまって住むことの後ろめたさ。だから東京への一極集中って、なんかやめた方がいいみたいに人は思ってしまっている。

 

けど、多くは嘘ですよ。なぜかなくならないのが「都市集中は自然環境破壊につながる」という誤解です。でも少し考えてみれば、都市生活の方がエコだとわかるんです。

 

実際、一人当たりの石油資源のエネルギー消費率は、都心になればなるほど少ない。一番わかりやすいのは、クルマの保有率が低いのは、東京や大阪といった大都市部。東京や大阪では公共交通機関を使う率が高いからです。絶対数が大きいからエネルギー消費が多いと思われがちですけど、1人当たりで考えないと意味がない。都市の方が圧倒的にエコ。

 

あと、1人当たりの住む場所の面積にしても大都市部の方が少ない。これが最大のエコロジーでしょう。でも都市生活を支える大量輸送のために、大量にエネルギー消費を行っているじゃないかという反論があるかもしれない。

 

「フードマイレージ」という、食品が加工、流通のために一箇所に集められてから全国に流通する際の余分なエネルギー消費を批判する考え方がありますけど、これも地産地消が正義で、食品の流通は悪というイデオロギーが強すぎて、前出のタイラー・コーエン(『エコノミストの昼ごはん――コーエン教授のグルメ経済学』)も環境地理学者のルース・ドフリーズ(『食糧と人類 ―飢餓を克服した大増産の文明史』)も明確に否定しています。

 

「都会に住むのが後ろめたい」から、都市こそエコロジーといった方向に人々の意識が変わらないと、「反都市主義者」による「人口の拡散」論が後を絶たないでしょうね。

 

(本記事はα-Synodos vol.200号から転載です)

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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