安保法制をめぐる「神学論争」をこえて――PSIと自衛隊の「武力の行使」

安保法制をめぐる「神学論争」をこえて

 

――お聞きしていると、PSIでの自衛隊の活動は、「戦争」行為に転化しかねないという印象を持ちます。

 

現実に今、北朝鮮の核・ミサイル戦力が完成しつつあります。そして、米国トランプ政権は、北朝鮮に対するPSI活動を強化するよう、国際社会に訴えています。

 

もし、北朝鮮が核搭載ミサイルを米国の敵性国に運搬しようとしているのを発見したら、自衛隊は黙ってこれを見過ごすことができるでしょうか。あるいは北朝鮮に対する制裁のレベルがさらに上がり、我が国の同盟国もしくは準・同盟国が本格的な海上封鎖を実施するとします。そのような状況下で、北朝鮮に大量破壊兵器等を積み込もうとする船舶を自衛隊が発見した場合、そのまま運搬を許すことは現実的でしょうか。

 

しかし、それらのケースにおいて自衛隊が実際にPSI阻止活動を行い、旗国の同意なく船舶を臨検、拿捕、破壊、そして積載貨物の押収といったことを行えば、それは「武力の行使」にあたり、「同盟深化アプローチ」に転換することになります。それは「集団的自衛権の行使」にあたる可能性が高く、自衛隊は「戦争」をすることを意味します。

 

PSIとは本質的にそうした可能性を孕んでいるわけです。そして、そうした可能性のある活動枠組に、日本は2003年から参加し続けてきたことは事実なのです。

 

 

――津山先生は先の安保法制審議の際の喧騒をどう見ていましたか? 「集団的自衛権」をめぐって侃々諤々の議論がなされましたが、お話を聞いていると、そのときにはすでに「集団的自衛権」の行使は実質的になされていたとみなしてよいと思うのですが。

 

安保法制が成立する10年以上も前から、自衛隊は「多国間安全保障協力」の実績を積み重ねてきました。この間、自公政権、民主党政権、そして自公政権へと2度にわたる政権交代がありましたが、この「多国間安全保障協力」という政策軸は一貫しており、それは「国際貢献アプローチ」だけでなく、「同盟深化アプローチ」も含むかたちで展開されてきました。この間、立法府において「多国間安全保障協力」が少なくとも合憲性の観点から争点となったことはありません。

 

とくにPSI参加以後、自衛隊は「訓練」とはいえ他国軍との間で「武力の行使」を含む本格的な多国間の軍事演習を繰り広げ、「軍」として「軍・軍関係」を拡大・深化させてきたという事実があります。こうした「多国間安全保障協力」の実績が、重要な前提事実であったはずです。先の安保法制の審議をするにあたっては、これらを「立法事実」として踏まえた上で、戦略あるいは政策としての必要性、妥当性が議論されると私は考えていました。

 

しかし、政府・与党側は安保法制の前提となる具体的な「立法事実」を何ひとつ示しませんでした。法案作成に至る経緯も不明であり、どんな作戦を想定して法案が提出されたのかもわからない。これでは、国益の観点から必要性、妥当性を審議することは困難です。

 

一方、野党側の批判の多くは憲法論議に終始しました。とくに、一部野党が法案全体に「戦争法」という「レッテル貼り」をしてしまったことで、戦略あるいは政策としての必要性、妥当性がほとんど議論されなくなりました。「護憲」を主張する人々は、現行憲法下でどのように国が守られてきたのか、今後どのように人々の幸福を守っていくのか、具体的に提示する必要があったはずです。

 

そのため、与野党双方の議論がまったく噛み合わないまま、全体として「神学論争」に終始してしまい、国民としては何がどう変わるのかほとんどわからないまま、ただ国論が分裂して終わったきらいがあります。将来の日本国民のためにも、非常に残念なことであったと思います。

 

 

――政府は自衛隊の多国間演習参加については言及しなかったのですか?

 

いえ。国会審議の最後の段階において、安倍政権は「自衛隊はすでに共同訓練に参加している」という事実をもって、安保法制を成立させるべき理由のひとつだと言い出しました。自衛隊が海外で「武力の行使」を含む多国間共同訓練に参加しているという事実があるにもかかわらず、その根拠法がないというのです。

 

本来ならば一番先にこうした前提が「立法事実」として確認されるべきだったのではないでしょうか。根拠法もないのに、なぜ、自衛隊はこうした海外活動を拡大・深化させてきたのか。

 

他国軍との協力関係の拡大・深化は、自衛隊の能力構築にどのような効果があり、我が国の安全にどのように貢献してきたのか。今後、具体的にどのような任務が必要とされ、どのような法的措置が必要になるのか。こうしたことがきちんと議論され、国民の間で共有されるべきだったと考えますが、審議最終盤の喧噪の中ではそうしたことは望むべくもありませんでした。

 

 

――違憲か合憲かという憲法論議から、「現実」ははるか遠くに来てしまっているのだと実感します。

 

戦後、自衛隊の創設時からずっと、日本は「吉田ドクトリン」と称される基本政策を採用してきました。安全保障政策という点では、自衛隊の「防衛力」は日本を防衛する目的に限定され、活動領域は日本本土および近海に限られていました。

 

当然ながら、海外における自衛隊の活動はまったく想定されていませんでした。自衛隊は「個別的自衛権の行使」のみの「専守防衛」に徹し、敵の根拠地を叩くことなど、たとえ自衛のためであっても「できない」とされてきました(ただし、「敵基地攻撃」自体は「合憲」とされてきましたが)。仮にこの「当初の政策群」を「安全保障政策1.0」とします。

 

先に申し上げた通り、冷戦終結を契機として、自衛隊の任務および地理的な活動領域は徐々に拡大・深化を遂げてきました。それはいわば、「安全保障政策1.1」、「安全保障政策1.2」、「安全保障政策1.3」…と変容していく過程だったといえます。

 

本土および近海に限定されていた自衛隊の活動領域は、「国際貢献アプローチ」の採用を契機に海外に拡大しました。また、自衛隊が米国とともに使用する「軍事力」は、世界規模の米軍戦略との関連で再定義され、海外における「武力の行使」も排除されない「同盟深化アプローチ」も、法的、能力的に可能となっています。

 

今や「集団的自衛権の行使」は合法とされ、自衛隊は本格的に敵基地攻撃能力の獲得を検討する段階に差し掛かっており、ついに憲法9条の改正が政治日程に乗る可能性が取り沙汰されています。こうして少しづつ変容した結果としての「現在の政策群」を「安全保障政策2.0」と名づけ、かつての「安全保障政策1.0」と比較してみると、もはやまるで違う姿になっていることに気づかされます。

 

 

――そうしたなか、日本の安全保障について、今後どのような議論が必要なのでしょうか?

 

今後の議論について言えば、これまで日本の安全保障政策が変容してきた経緯と、そうした変容を余儀なくさせた安全保障環境の変化を正しく認識することが大切だと思います。これは左右どちらの政治的立場であっても同じです。

 

先の安保法制の議論の際、首相補佐官が「法的安定性」を無視する発言をして物議を醸しましたが、「法的安定性」を重要視する人々こそ、安全保障環境が変化し続け、安全保障政策も変容してきたという事実を踏まえて、一連の政策群のどこに「法的安定性」があり、どこが変容してきたのかを精緻に議論すべきでしょう。

 

理想主義は結構ですが、教条的な「絶対平和主義」を唱えるだけでは、永遠に「神学論争」からは脱却できません。かえって我が国の平和と安全を害する主張をし、いたずらに国論を分裂させて終わりにし、平和とは逆の方向に国家を導きかねません。

 

それは、現実主義(リアリズム)の立場から安全保障政策を積極的に推進したい人々も同様です。現実的な必要性、妥当性を論理的に示すことなく、いたずらに「危機」や「脅威」を喧伝し、国民の不安心理を煽って特定の政策を推進することは厳に慎むべきです。

 

国家の防衛体制に隙があっては困りますが、国家の実力装置が民主的統制、立憲的統制から離れ、暴走することがあれば、途方もない悲劇に直結しかねないことも、厳然とした歴史の教訓です。現実の安全保障環境がいかに変化し、具体的にどのような政策が必要なのか、主権者たる国民にきちんとその「立法事実」とともに説明し、民主的、立憲的手続きに沿って国策を決定していくことが、長い目でみて真の国益に叶うことではないでしょうか。

 

その意味で、海外での「武力の行使」も想定され得るPSIへの参加、そして、これを契機とした多国間安全保障協力の拡大・深化という、すでに進行中の安全保障政策の大変化が国民にほとんど認識されないまま、安保法制をめぐる「神学論争」で国論が分裂したことは、きわめて重大な事態だったと私は考えています。アカデミアに属する研究者として、そして現実の政策実務に従事する者として、私がこの本を執筆した最大の理由はここにあります。

 

「軍」としての自衛隊:PSI参加と日本の安全保障政策

「軍」としての自衛隊:PSI参加と日本の安全保障政策書籍

作者津山 謙

発行慶應義塾大学出版会

発売日2017年10月14日

カテゴリー単行本

ページ数448

ISBN4766424670

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