西洋史=世界史をこえて――アジア史を基軸とした世界史を構想する

アジア史を基軸とした世界史を構想する

 

――本書ではアジア史を語るうえで、「アジア的な舞台構成」が重要だとされています。簡単にご説明いただけますか。

 

アジア史的な舞台構成は何といっても、草原遊牧世界と農耕定住世界の二元性にあります。草原遊牧世界と農耕定住世界の間では、たがいに気候・生態系の著しい差違があり、したがって生活・習俗・文化もかけ離れています。ひいては、人々の世界観・人生観も異なる世界が、隣り合い、斬り結んできました。これは日本史にも、西洋史にもみられない特徴で、東西が「分岐」したとすれば、すでにそこからはじまっているともいえます。その点、拙著の枠組みの核心にもなっています。

 

こうした二元的な遊牧世界と農耕世界の共存・交流・相剋が、アジア史の動態構造・ダイナミズムをなしています。いわゆる古代文明もすべて、二元世界の境界地帯から生まれてきたものですし、以後の歴史の展開もそこが主軸になります。

 

たとえば中国史でいえば、紀元前の漢と匈奴のせめぎあい、4世紀から5世紀の五胡十六国や、10世紀の五代十国などのいわゆる分裂時代、あるいは統一王朝だった唐や宋の興亡、モンゴル帝国・明清時代、とあらゆる歴史的な局面に、こうした二元世界の交流・相剋が関わっている、といって過言ではありません。

 

そして、それはほかの文明圏、インドや西アジアでも、ひとしく見られることです。もちろん具体的な局面や史実の様相は、中国と必ずしも同じではありませんが、大づかみな歴史展開の動因・構成は、むしろ多く類似しているといえるでしょう。

 

 

――アジア史を基軸とした世界史を構想するにあたって、宮崎市定や梅棹忠夫の仕事が重視されていますね。

 

はい。いま述べたことは、東洋史・アジアの史実経過を跡づけていけば、ごく常識的にわかることですが、しかしそれをわかりやすく図式化して、世界全体に敷衍し、位置づけたのが、梅棹忠夫の「生態史観」モデルです。発表当初の段階はまだまだ粗いものでしたが、これはいまこそ活用すべきだと思いました。

 

これに動態的な交通・交渉の発展と景気の変動の意義を強調する宮崎市定の視座を加えれば、気候変動・民族移動で展開するアジア史、とりわけその前近代のデッサンが描けるわけです。そこは拙著の叙述で、ぜひ熟読玩味いただきたいところです。

 

 

――西洋の前近代とは、やはりだいぶ様相を異にしていますね。

 

はい。にもかかわらず、従前は西洋中心史観で世界史が書かれてきました。基準になる歴史の舞台と道具立ては、西欧です。ところが西欧には、アジア通有のこうした二元世界がありません。そのためにアジアの歴史を説明できる概念や視角をもたないのです。

 

そうなると、西欧の農耕一元的な世界観と分析概念で、むりやり二元的・多元的なアジア史を解釈することになりがちです。さきほど西洋中心史観のことを「一部を全部にすりかえる」といいましたが、具体的にはこのような事情になります。

 

ですので、それでうまく説明できないと、けっきょく「暴力的」「専制的」「停滞的」「従属的」など、薄っぺらいネガティヴなことばで片づけてしまうことになってしまうのです。従前の世界史にはつきものの叙述表現です。

 

 

――アジア史を基軸とする世界史と、従来の世界史とはどのような違いが生ずるのでしょうか?

 

歴史学のなかで研究がもっとも進んでいるのは、もとより西洋史です。西洋・欧米の範囲でなら、その学説は精緻で、鉄案というべきものがありますし、またきわめて参考になるものです。

 

ただ、その研究成果・所説をどう活用するか、アジア史の考察と世界史の叙述にどう生かすかは、また別の問題でして、なればこそ、相対するアジア史自体の研究を深めてゆくのは当然のことですが、さらに加えてその成果の上に立って、西洋史学に問題提起もしてゆく必要があるわけです。

 

たとえば、地中海世界を西洋中心史観から解放して、アジア史基軸の世界史のなかに位置づけてやるのが、本書の試みの一つでした。古代ギリシアをオリエントの辺境としてとらえる視角は、すでに従前の西洋史学にも存在していますが、本書はローマ・イタリア・地中海世界全体をそうした位置づけにしておりまして、このあたりは、どうも顰蹙を買っている点かもしれません(笑)。

 

 

――いえ、とても面白く読みました!

 

ありがとうございます。そうみることで、大航海時代と環大西洋革命・西洋近代という世界史的・グローバル的な転換の意味が、いっそうクッキリとわかると考えます。アジア史と西洋史・近代史をいかに結びつけるのか、そこが世界史構築のポイントだったわけです。

 

前近代の二元世界のアジア史を説いてきた「中央ユーラシア史」の研究・学説というのがあります。ユーラシア内陸におけるモンゴルなど、遊牧民・草原世界のプレゼンスを重視する視座で、従来の歴史学の不十分なところを補ってくれる学説です。わたしも多大な影響を受けておりまして、いよいよ勉強の必要を痛感しております。

 

しかし難点もあります。着眼点が内陸に偏って、農耕世界・海洋世界の史実経過やその意義に目配りが不十分になってしまい、近現代への転換をうまく説明できていないように感じます。それを地中海世界の位置づけをみなおしてアジア史につなげることで、一貫した世界史にしようとしたわけです。

 

 

新しい世界史における日本の位置づけ

 

――最後に、アジアを基軸とした世界史において、日本はどのように位置づけられるのか教えていただけますか。

 

日本列島はユーラシア圏のなかで、もっとも後進的なところです。東の果てですので、やむをえないところです。逆の西の果てはイギリスですが、こちらは大陸へのアクセスがずっと容易でして、その分、歴史も早く始まっています。それでも、ユーラシアで後進的な西欧の中でも、イギリスは最後進国でした。日本はさらにそこからはるかに遅れをとっていました。

 

気候・生態系でいえば、日本列島は湿潤モンスーン気候の農耕地域であり、しかも乾燥草原地域の遊牧世界とは無縁でした。つまりは二元世界ではない農耕一元世界ですので、その点で西欧に似ています。もちろん日欧はたがいにまったく異なる世界ですが、しかしアジア史とはそれぞれいっそう異質だという点で、両者は近似しているのです。

 

そのためか、日本史と西洋史はとてもよく似ています。日本人がすんなり西洋製の歴史学をとりいれることができたのも、その概念や方法を用いて違和感が少ないのも、そこに起因しているようです。

 

 

――正直、西洋の道具立てを用いず日本を見るのはとても難しいと思います。

 

そうです。逆に言いますと、日本人は西洋中心史観に親和しやすく、アジア史に疎いということになります。先にも申し上げましたように、日本人が手がけた東洋史が西洋史に似てしまう、西洋中心史観になってしまうのも、根本的な原因はそこにあるのでしょう。いよいよ意識してアジア史を構築していかなくてはなりません。

 

ともあれ、西洋史・西洋中心史観のモデルを使えば、だいたい日本史は説明できますし、そのような編成になっています。先に例をあげました「中世」も、日本史ではおおむねあてはまります。

 

それでいて、日本は東アジアに近接していますので、その相互影響は史上の大きな論点になります。とりわけ明治維新以後の近代史が重要でしょうか。

 

もちろんそれだけにとどまりません。日本列島と朝鮮半島・中国大陸の関係史は、あたかもヨーロッパ・オリエント間の密接な関係とパラレルになってくるわけで、両者を比較することも可能でしょう。その様相・内実の異同を精細に研究すれば、世界史の叙述に近づけるのではないでしょうか。われわれもかつてオスマン帝国と清朝でそのような取り組みをやってみたのですが、時代・地域ともにいろんな局面で、そうした試みがこれから重要になってくるのではないでしょうか。

 

世界史序説 (ちくま新書)

世界史序説 (ちくま新書)書籍

作者岡本 隆司

発行筑摩書房

発売日2018年7月6日

カテゴリー新書

ページ数269

ISBN4480071555

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