2013.02.03

誰もが「合理的」に行動している

『思考の「型」を身につけよう』著者、飯田泰之氏インタビュー

情報 #新刊インタビュー#思考の型

「もっと独創的な発想はできないものか……」「論理的な思考ってどうすれば身につくの?」日常生活をおくる上で考えなくてはいけないことは山ほどあります。しかし改めて「考える」ことを考えてみると、いったいどうすればいいのかわからない。あるいは他人と差をつけるために自由な発想をしたい。こんな思いをされたことのあるひとはたくさんいることでしょう。

そんな人たちのために、若手の経済学者としてさまざまなメディアで活躍する飯田泰之氏が経済学的な思考法を身につけるための本 ――『思考の「型」を身につけよう』を出版されました。「思考の型」とはいったいなにか。経済学的な発想はどんな役に立つのか。お話を伺いました。「99%の平凡な人々へ「自由な発想」は、もういらない!?」(聞き手・構成/金子昂)

―― 本書を執筆された動機をお聞かせください。

経済学部の講義では、経済学者とそれぞれの学説、具体的な政治状況とそれに対する政策的解決策などを教えます。しかし「大学の授業は社会で役に立たない」という批判をよく耳にするように、経済学者の名前や学説は、試験のために覚える必要はあっても、それが社会で直接役に立つことはない。経済政策の立案に携わる人にとっては学説を理解することは重要だとは思いますが、実際に政策の立案に携わる人は100人に1人もいないでしょう。ぼく自身、経済学者の名前を知っていることが実生活で役に立ったことはありません。

では「大学の授業は社会に役立たない」という批判は正当なものなのでしょうか。ぼくはそうは思いません。というのも、ぼくは大学4年間を通して学生たちが学ぶべきことは、その学問の「思考の型」だと考えているからです。

一見すると社会では役に立ちそうもない学説や理論を学び、さまざまな問題を繰り返し解くことは、その学問特有の「型」を習得するための訓練となっています。そしてこの「思考の型」は、社会に出たあとに非常に役に立つものなのです。いま学生の皆さん、そしてこれから学生になる皆さんには、本書を読んでいただいて「思考の型」を身につけることを意識しながら講義を受けていただきたい。そして、すでに大学を卒業されている皆さんには、いまから「思考の型」を身につける訓練として本書を活用していただきたい。そう思って、本書を執筆しました。

―― その「思考の型」とはどのようなものなのでしょうか。

一言でいえば、考えるための出発点です。

部屋の掃除を例にお話しましょう。掃除を始めるときに、どこから掃除を始めると効率的か、どの手順で掃除をすべきか部屋全体を見渡しているうちに、面倒になって掃除をやめてしまうことがあると思います。とにかく手を動かしていた方がよかった。そんな経験に心当たりのある方はたくさんいると思います。

そんなとき、たとえば「高いところから取りかかる」や「本棚にある大型の本を一か所にまとめる」など、いくつかのルールを決めておくとどうでしょうか。このようなルールがどの掃除においても最適な手順となっているかはわかりませんが、掃除をしないまま時間を潰してしまうこともありません。それなりに適切な方法であれば、むやみやたらに掃除をするよりも効率的でしょう。この型にはまった掃除方法が、本書でいう「思考の型」です。

本書の「はじめに」で書いたように、ぼくは「自由な発想」や「ゼロから考えること」は「思考の型」が身についてから考えるべきだと思っています。むろん掃除のような、いつでもできることは自由に考えてもいいのかもしれません。でも失敗が許されないビジネスシーンで、ゼロから自由に考えるのは心もとないですし効率が悪い。であるならば、100点かどうかはわからないけれど、少なくとも0点にはならない、70点くらいは確実に取ることのできる「思考の型」を身につける方がいいのではないでしょうか。

―― 本書ではその「思考の型」を経済学的な思考法を応用してお書きになられています。

経済学でなければ「思考の型」を身につけられないわけではありません。それぞれの学問にはそれぞれの「思考の型」があります。たとえば法学の場合、言葉ひとつで、ある法律がまったく機能しなくなってしまうことがあります。ですから非常に注意深く言葉を選びます。たとえば接続詞の使い方 ――「または」と「ならびに」は厳密には違いがある―― を教える。法学者の名前を一生懸命覚えても社会で役に立つことはまれでしょう。しかし言葉に対して慎重になること、このような「思考の型」は、社会に出たあとでも非常に役に立つはずです。

―― 必ずしも経済学的な「思考の型」である必要はないんですね。

そうですね。じつは「事前に(問題の答えがわかる前に)ベストな解答を見つけることはできない」ということが数学的に証明されています。先ほどの掃除の例を使って説明すると、そもそも掃除を始める前に効率的な方法を考えるのは無意味ですし、掃除上手の友達から教わった方法と雑誌に載っていた効率的な掃除方法が異なっていたとして、どちらが本当に正しいのか事前にはわからないんです。悲しいかな、ぼくたちにできることは、無数の最適化の手法を学び、地道にその手法を試していくことだけなんですね。

ですから、もし「このやり方が絶対に正しい」と公言している人がいたら、眉に唾をつけてその話を聞いてください。そして、さまざまな最適化の方法を試してみてください。その際に使用する最適化の方法は、経済学の思考の型でもいいし、法学の思考の型でも、心理学、社会学の思考の型でもいい。数多くの思考の型を身につけ、シーンごとに使用する思考の型を使い分けてみてください。

その上で、初めて「思考の型」を身につけるというのであれば、ぜひ経済学的な「思考の型」をオススメします。経済学は社会科学のなかではもっとも「思考の型」を意識して教育課程が組まれている学問です。また皆さんが日常生活で直面する問題の多くが経済的な問題でしょう。ですからまずは本書を読んで、経済学的な「思考の型」を身につけていただきたい。そして、そのあとで違う学問の思考の型も身につけてみてください。

―― なにか具体的な「思考の型」を紹介していただけないでしょうか。

ふたたび掃除の例を使いましょう。

先ほど掃除をするとき、部屋全体を見渡しているうちに面倒になって掃除をやめてしまう、と話しました。しかしいくら全体を見渡しても、なにから手をつければいいのかがさっぱりわからない。そんなとき経済学では、問題を絞り込むことから考えることを始めます。

まず部屋全体を見渡して、ブロックごとにわけてみましょう。机まわり、テーブル、本棚、ベッド……。次に、机まわりの掃除に関してもそれぞれを分割して考えてみてください。たとえば、机の上、引き出しのなかなど、ですね。そして机の上であれば、まずは机の上にあるものをどかしてから掃除をするだとか、引き出しのなかであれば、机の上に中身を出してホコリを取るといった個別に効率的な掃除方法を考えます。

その上で、机の上と引き出しのなかで、どちらから掃除を始めることが効率的か、互いの関係を考えることで掃除を始めることができるわけです。テーブルや本棚について同様に分割して考えた上で、それぞれの関係から総合的に判断すればよいのです。

本書ではこれを「幸せ」を使って説明しています。また、より具体的で経済的な例として「どのように利益を増やすか」をテーマに考えていますので、気になる方はぜひ手にとってみてください。

―― 最後に読者へのメッセージをお願いします。

『思考の「型」を身につけよう』では、読者の皆さんに「思考の型」をお伝えしたいのはもちろん、他にも知っていただきたいことがあります。

第4章では「機械的で非人間的」と誤解されがちな「合理性」という言葉が、「主観的な幸せを最大化すること」であると説明しています。つまり統一的な幸せの基準があるわけではなく、それぞれが幸せと思うことに努力していると考えるんですね。

誰もが合理的であるならば、自発的に行われた取引はお互いが納得しているわけですから、それぞれの厚生を向上させているはずです。本書でも言及していますが、このことから、価値観がすれ違っているときに交換のチャンスがあることに気がついていただけるでしょう。

さらに「自分だけが賢くて、みんなは馬鹿」という戦略の立て方が間違っていることもわかります。誰もがいろいろなことを考えて努力している。一見馬鹿馬鹿しいことに見えても、そのひとの合理性にしたがって行動している。自分以外のひとの価値観を認めることが大切なんです。

経済学の理論のひとつひとつには、問題を分割する技術や解決するための技がつまっています。本書には、できるかぎり日常生活で活用できる思考の型、技を書いたつもりです。本書が皆さんの「考える」を始めるにあたっての出発点にしていただけたら幸いです。

(2012年12月20日 飯田泰之研究室にて)

プロフィール

飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

この執筆者の記事