「夜」の世界に光を照らせ

実相から離れていくものに

 

―― 生活保護の寛容度についても調査していますね。

 

生活保護も今まで光が当てづらい分野でした。そして、「ニュースソースの原則」とぼくが呼んでいるように、非常に悪質な不正受給や、生活保護を断られて飢え死にしてしまったという両極端の事例が報道されがちです。その結果、人びとが生活保護に持つイメージは現状とかけ離れたものになっている可能性があります。

 

この調査では、生活保護が保障する「最低限度の生活水準」について、アンケートを実施しました。回答者には、「医者にかかれること」「専用の浴室」「冷房」「携帯電話」といった、生活保護受給者と自らの日常生活に、最低限度必要だと思われるものを聞く形式になっています。ここでぼくらは「就活・仕事用のスーツ」という項目を入れました。

 

と、いうのも生活保護を受けている人達のほとんどが働くような場所は、スーツを着るような仕事ではありません。飲食や個人商店、ブルーカラーの仕事をすることが多い。ですから、就活用はともかく仕事用のスーツは不要です。しかし、アンケートでは生活保護受給者に対し、スーツは「必要」なのに、インターネットや携帯電話は「不要」と答えた人が多いことに驚かされます。実際にはインターネットや携帯電話の方がその所得階層の人びとにとって生活や仕事の命綱になっています。少なからぬ人のイメージが生活保護受給者の実像と乖離しているわけですね。

 

また、「弱いものがさらに弱いものを叩く」のが生活保護バッシングであるという言説を良く耳にします。確かに表だって叩いているのはそういった層なのかもしれませんが、ある意味では一番生活保護に冷たいのは富裕層だといってよいかもしれない。表面的な言辞は穏やかでも、生活保護者が行うべき生活について不寛容なのはむしろ富裕層なのです。こういった人は、生活保護を受けざるを得ない人がどのような状況でいるのか理解出来ないのではないでしょうか。見たことも聞いたこともないから想像がつかないんでしょう。その結果、実相からはどんどん離れた認識を形成してしまいます。

 

とはいえ、富裕層にいきなり低所得者層の状況を実感しろといっても無理がある。だからこそデータが必要なんです。実相からかけ離れたものを少しでも近づけることができる。一対一でのコミュニケーションだと、だんだんと言語の統一が行われているので、言葉での説明が意味を持つと思うんです。ですが、同じような言葉の環境にいない人に伝える場合は、数字で語ることがとても有効です。

 

もちろん、数字を示されなくても納得のいく本はありますが、前提条件を共有できていない人からしたら、コミュニケーションがとれていないことになります。ぼくは、論壇自体も今が変わりどきだと感じています。かつては興味関心や言語的な感覚が同じ人や、近い人だけで構成されてきましたが、これからはどんどん外部にも議論を広げていかなければいけません。そこを繋ぐツールとして数字は非常に有効なものになるのかもしれません。

 

 

yorukei

 

 

確度の高い情報へ

 

―― 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

 

この本の読み方はいくつかあると思っています。面白データ本だと思ってもらってもいいですし、今までの偏っていたイメージを数字で再検討した本だとも言えます。

 

ほぼ未開拓の分野についての統計を、だいぶ荒っぽい形で出しているので、『夜の経済学』にはツッコミどころが満載です(笑)。ぜひ、読者の皆さんで追試をしていただきたいと思っています。

 

その際も単に「違う!」というダメ出しではなく「こうするともっと正確な調査になるのではないか」と提案し、「ここが違うので別のデータを使用してみたら、こうなりました」と自分で実証してみて欲しいんです。調査方法も公開していますし、いくつかの調査については時間をかければ誰でもできるものになっていますので、読者の皆さんにも積極的にデータを使ったり、集めたりして検証して欲しいと思います。そうすることで、より確度の高い情報に向かっていくことが出来るのではと感じていますね。

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

・橋本努「新型コロナウイルスとナッジ政策」
・三谷はるよ「市民活動をめぐる“3つの事実”――「ボランティア」とは誰なのか?」
・五十嵐泰正「『上野新論』――「都市の時代」が危機を迎えたなかで」
・倉橋耕平「メディア論の問いを磨く――言論を読み解く視座として」
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