2010.06.27

社長の報酬は高すぎる? 安すぎる?

清水剛 経営学 / 法と経済学

経済

今年度より、上場企業は1億円以上の報酬を得た役員について、その氏名と報酬額を有価証券報告書で公表しなければならないこととなった。この結果、開示された報酬をみてみると、たとえばソニーのストリンガー会長兼社長の約8億1650万円(ストック・オプションの評価額込み)、資生堂の前田社長の1億2100万円などとなっている。

日米における社長の格差

しかし、このような社長の報酬は一体高いのだろうか安いのだろうか。

もちろん、私にとってみればとても想像できないような額だが(1年で1億円なんて!)、アメリカの経営者と比べると安すぎるという意見もある。アメリカの経営者の報酬を見てみると、アメリカの主要企業3,000社ぐらいのCEOの平均報酬はおよそ400万ドル(2010年。AFL-CIO調べ)だそうなので、1億円でもむしろ少ないほうということになる。

なお、日本の大企業の社長の平均報酬については約3,100万円という数値が出ているが(産労総合研究所調べ)、この数値はかなり小さい企業も含んでいるため、他の資料(賃金管理研究所の調査)を見てみると、だいたい3,500万円~4,000 万円の間といったところのようである。

もともと比べにくい数値ではあるが、日米で社長の報酬はざっと1ケタ違うと思っておけばよいらしい。

「夢の職業」、プロスポーツ選手と比較すると

もっとも、このような差は、日米でたとえば報酬の相場観のようなものが違うことから来ているのかもしれない。そこで、次に同じように社会において高く評価されている、いわば「夢の職業」であるプロスポーツ選手の報酬と比べてみよう。

日米ともに人気があるスポーツといえば野球なので、プロ野球選手の報酬をみてみると、まず日本は2010年のプロ野球選手会の調査で 3,830万円(2軍を含む。1軍のみだと6,948万円)。

これに対してアメリカのメジャーリーグの選手の平均報酬は約300万ドル(2009 年。Major League Baseball Players Associationによる)となっており、どこまでを見るかで若干ズレはあるもののやはり1ケタ違う。

日本の社長の報酬はプロ野球選手との比較でいえば、意外に妥当なところかもしれない。

プロ野球監督報酬の意外な事実

それでは、今度はプロ野球選手を束ねる「社長さん」に当たる監督はどうだろう?

監督の報酬を見てみると、意外なことが分かる。

日本では監督の報酬は公開されていないが、推定報酬で見て1億円ぐらいが平均といわれている。選手の平均給与のざっと2.5倍であり、トップレベルの選手よりは低いが十分高いといえるだろう。

ところが、メジャーリーグの監督の平均報酬は、こちらも確実な資料がないが、2007年でおよそ150万ドルといったところらしい。選手の平均報酬の半分でしかない。

つまり、(上の数値が正しいとすれば、だが)報酬で見ると、日本はプロ野球監督>プロ野球選手≒企業の社長であるのに対して、アメリカでは企業の社長≒プロ野球選手>プロ野球監督なのである。

組織か、プロジェクトチームか

なぜ監督の扱いがこんなに違うのだろう?

たとえば、こんな風に解釈できるかもしれない。アメリカでは野球チームというのは、いわばプロジェクトチームみたいなもので、それぞれ異なった能力(監督を含む)を持つ人々が集まってきてチームを組んでおり、それぞれの能力と貢献に応じて報酬が決まっている。監督の役割はもちろん重要だが、実際にプレーするのは選手であり、その貢献はどちらが大きいとも言えない。ゆえに、監督が選手より高い報酬を貰う必要はない。

これに対して、日本ではプロ野球はやはり組織であって、組織の長である監督は組織メンバーである選手よりも基本的に上位にあり、報酬も多いが責任も重い。ただ、組織である以上、長があまり多くをもらうと不公平になるので、プロ野球選手でもトップレベルよりは下の報酬になっている。

こんな風に考えてみると、日本企業の社長の報酬の絶対額がアメリカよりも低いことも納得できないだろうか?

アメリカでは、社長はいわばプロ野球選手と同じように個人として評価され、その中で報酬が決まっている。しかし、日本ではあくまで組織の長であり、組織の他のメンバーよりは高いが、高すぎてはいけないのである。

逆に言えば、日本のプロ野球選手は組織に所属していることで、何らかのメリット(名声とか、退職後の再就職とか)を得ていると考えられるのではないだろうか。

プロ野球の選手と比較してみる限り、肩を怒らせて「社長はもっと報酬をもらっても良いはずだ!」と言わなくてはならないほど低くもないし、逆に「社長は貰いすぎだ」というほど貰っているようにも見えない。おそらく、これまでの経験の中で決まってきた報酬なので、ひどく安いということもひどく高いということもないのだろう。

ただ、メジャーリーグの監督の報酬は、選手に比べてちょっと安すぎると思うのだが……それは私が日本の組織に生きているせいだろうか。

推薦図書

組織というものを経済学的に分析するための1冊。結構分厚いテキストなのだが、読む分には面白いと思う。組織を分析する方法は経済学だけではないけれど、経済学的にいかに分析するかは知っておいて損はないと思う。もっとも、先輩にして友人の経済学者に言わせると「経済学的な分析とは前提を明示した上で論理的に思考すること」なのだそうで、そうであればなんでも経済学的な分析になってしまうけれど。

プロフィール

清水剛経営学 / 法と経済学

1974年生まれ。東京大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学)。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。専門は経営学、法と経済学。主な著書として、「合併行動と企業の寿命」(有斐閣、2001)、「講座・日本経営史 第6巻 グローバル化と日本型企業システムの変容」(共著、ミネルヴァ書房、2010)等。

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