2021.12.02

現金給付の正しい届け方――各自治体の工夫で問題点は解消できる

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

18歳以下の子どものいる世帯に対して10万円相当の給付金(クーポン券による給付を含む)を支給する現金給付の案をめぐって、活発な議論が続いている。政府案の閣議決定に至る過程で自民党内から「大変不公平な状況が起きる」(高市早苗政務調査会長)、「世帯合算が当然」(福田達夫総務会長)との指摘がなされたように、この給付金の現在の案にはさまざまな瑕疵があるが、どのようにすればこれらの問題は解消できるのだろうか。以下ではこのことについて考えてみたい。

なお、今回の給付金の受給者は生計中心者(父または母のうち収入の多いほうが基本)であり、住民票に記載される世帯主とは必ずしも一致しないが、以下では記述の簡素化のため、生計中心者について「世帯主」という表記を用いることとする。

1.「迅速な給付」と「所得制限」の間のトレードオフ

所得制限の妥当性とクーポン券併用の必要性について

今回の現金給付の問題点を簡単にまとめれば、「所得制限のかけ方に合理性がない(世帯合算の収入を基準としないために公平性が損なわれている)」、「クーポン券を併用することで本来なら必要のないコストが生じている(クーポン券の印刷などのコストに見合うだけのメリットがない)」ということになる(今回の現金給付の問題点の詳細については下記の記事をご参照ください。「ここがヘンだよ現金給付―社会政策における「標準世帯」モデルの終焉」)

このうち、前者については共働きで世帯年収が1200万円の世帯は給付を受けることができ、片働きで世帯年収が980万円の世帯は給付を受けることができないという事例を想起すれば、問題点は自ずと理解されよう(共働きで世帯年収が1900万円という設例は極端かもしれないが、世帯年収が1200万円という世帯は相当数ある)。

後者については、使途を限定したクーポン券を活用することで給付がきちんと子どものための支出に充てられることが担保され、よい工夫であるように思われる。だが、現金で購入する予定だったランドセルの購入に今回のクーポン券を利用して、浮いたお金でハンドバッグを買うことにすれば、5万円相当の給付を子ども向け以外の支出に充てることができるから、現金に代えてクーポン券を給付することに実質的な意味はあまりないということになる。

鈴木俊一財務大臣からは「クーポン券でお支払いすることで確実に子どものために使っていただく。必ず消費をしていただく」との説明もなされているが、クーポン券の利用で浮いた分のお金は貯蓄に回すこともできるから、クーポン券であればその分だけ確実に消費が増えるということもない。実際、経済企画庁(現内閣府)が1999年に行った地域振興券の利用実態調査によれば、交付された地域振興券の交付額のうち消費支出の増加に寄与した分は3割程度であったことが報告されている。

このように、クーポン券で給付を行うことには実質的な意味がないにもかかわらず、現金とクーポン券の併用という制度設計にしたため、その分だけ給付のための事務は煩雑なものとなる。

たとえば、中学2年生と高校2年生の子どものいる世帯については、まず中学2年生の子どもの給付を受けるために必要な意思確認の書類(各市町村から対象となる世帯あてに送付)を市役所や役場に返送すると、指定した銀行口座に5万円が振り込まれ、次に高校2年生の子どもの給付を受けるために必要な申請書類(各市町村から対象となる世帯あてに送付)を市役所や役場に返送すると5万円が振り込まれ、さらに来年3月頃に市役所あるいは役場からクーポン券が郵便で送られてくることになる。この場合、世帯ごとに申請を受け付けて現金給付のみで給付を行う場合と比べると、銀行振込の手続きが1回、郵便の送付の手間が1回余計にかかることになる(しかも、クーポンは金券なので書留郵便などによる送付が必要となる)。

このように、現金とクーポンの併用とすることで事務処理が煩雑になった結果、経費が1千億円近く割高になることも報じられているが、これは子育て世帯に対する今回の給付金の予算額(1兆9,473億円)の5%近い金額だ。クーポンによる支給をやめてこの事務費の増加分を給付金に回せば、今回の給付の対象から除外された世帯の子どもの半分近くに給付を行うことができるという計算になるから、クーポン券を併用することの費用対効果は著しく低いということになるだろう。

当初案からの「改悪」

今回の現金給付は公明党が衆院選の選挙公約に掲げた「未来応援給付」を起点とするものだ。同党の公約集(「2021衆院選政策集」)には、「0歳から高校3年生まで全ての子どもたちに未来応援給付(1人あたり一律10万円相当の支援)を届けます」とあるが、このことからわかるように、今回の給付の当初案では所得制限なしの一律給付が予定されていた。選挙期間中の説明によれば「1人あたり一律10万円相当の支援」は現金での給付が基本とされていたから、まとめると、この案は18歳以下の子どものいるすべての世帯に、子ども1人当たり10万円を「所得制限なし」の「現金」で給付するものであったということになる。

このような給付を行うことがそもそも適切なのかということについては、さまざまな意見があるものと予想されるが、もし仮にこの給付を是とする場合には、当初案のほうが現行の政府案よりも筋の通ったものということになる。この案であれば、不備のある所得制限によって給付に不公平が生じることはなく、実質的な意味の乏しいクーポン券の発行のために事務費が嵩むこともないからだ。

もちろん一般論としては、給付にあたって所得制限を付すことには一定の意義があるが、その場合には給付の有無を決定する基準が合理性・妥当性のあるものとなっていなくてはならない。昨年夏の現金給付(特別定額給付金)の当初案(所得制限付きの30万円の給付)においても見られたように、世帯主の収入を基準に所得制限をかけることについては、給付の公平性の観点から問題があることが繰り返し指摘されてきた。今回の給付案に対してなされた「大変不公平な状況が起きる」(高市早苗政務調査会長)、「世帯合算が当然」(福田達夫総務会長)との指摘は、この線にそった妥当なものだ。

にもかかわらず、今回の給付における所得制限は児童手当の給付に利用されているものをそのまま援用する形となったため、世帯主の収入をもとに支給の有無を決定する児童手当の問題点をそのまま引き継ぐものとなってしまっている。

まぜるな危険:「迅速な給付」と「所得制限」の仕分けが必要

このような問題点があるにもかかわらず、児童手当の枠組みを利用して今回の給付が行われることとなったのは、既に手元にある児童手当の受給者の情報(銀行振込の口座番号など)を利用することで、申請を待たずに迅速な給付を行うことができると考えられたためだ。プッシュ型でスピード感のある給付が実現するとのPRも各方面でなされている。

だが、このようなメリットについては相当割り引いてみることが必要だ。留意すべき点のひとつは、「迅速な給付」が公的な給付における公平性を損ねる形で実施されることになってしまうということだ。もうひとつは、児童手当の枠組みを利用して給付をすることができるのは現に児童手当を受給している世帯に限られ、16~18歳の子どもを対象とした給付金については今回も申請を受け付けたうえで給付を行うことが必要になるということだ。15歳以下の子どもに対する給付についても、交付にあたって受給者の意思確認が必要となるから(この給付金は民法上の贈与契約(民法第549条)にあたるため)、書面のやりとりを経ずに行政の側から自動的に給付を行うプッシュ型の給付は、実際には実現できないことになる。

このような混乱が生じてしまうのは、世帯単位で収入を集計する準備を怠ってきたにもかかわらず(現在の技術や情報のもとでも世帯単位の収入の把握が可能であることについては後述)、「迅速な給付」と「所得制限」の間のトレードオフを十分に考慮しないまま、外形的に両者の要件を満たしたような体裁をとって給付を行おうとしているためだ。

このような中途半端な対応によって問題が生じることを避けるには、所得制限なしで一律給付を行うことで「迅速な給付」を確保するか、「迅速な給付」を実施する世帯の範囲を絞ったうえで(この具体的な方法については後述)、それ以外の世帯については支給の基準を世帯主の収入ではなく世帯合算の年収に置き換えて給付を行うことにするか(所得制限の基準となる年収の具体的な水準については現在の案によらず柔軟に見直すことができる)、いずれかの対応を採ることが必要ということになる。

2.現金給付の届け方について考える

所得制限なしの一律給付

「0歳から高校3年生まで全ての子どもたち」を対象に給付を行うという当初の案の趣旨を踏まえれば、所得制限なしで10万円の給付を全額現金で支給するという一律給付の案が、有力な代替案ということになるだろう。このように現金で一律給付を行えば、現行案の所得制限のもとで生じる不公平はなくなり、クーポン券併用とすることで生じる事務経費の負担増も回避することができるからだ。

この場合にはこれまで支給対象となっていなかった世帯にも給付を行うことが必要となるから、それに見合う財源の確保が必要となるが、給付の対象となっていない子どもは総数の1割程度であることや、クーポン券の併用をやめることで900億円程度の事務経費の縮減が可能になることを踏まえれば、今回の給付金のために措置される予算の額を5%程度増額しさえすれば、この点は対応が可能だ。

留意すべきなのは、このように一律給付を行う場合にも、対象となる全世帯に対して改めて申請を求める必要はなく、中学生までの子どもを対象とした給付については児童手当の枠組みを利用することで給付を行うことができるということだ。つまり、児童手当の枠組みを支給の有無の判定基準として利用するのではなく、給付金の給付の際の振込先(銀行口座)の情報を得るためのツールとして利用することで、一律給付の対象となる子どもの総数の9割程度については簡易な手続きによって給付が可能ということになる。

このような所得制限なしの一律給付については、「バラマキ」との反応がすぐに現れるが、この点については給付金を課税対象所得という取り扱いにすれば、給付にあたって予め所得制限をかけたのと同様の効果を、所得税・住民税の賦課徴収を通じて確保することができる。この給付金は公的機関(各市町村)が支給するものなので、各世帯における給付の有無や給付の金額については行政の側で容易に把握することができる。所得税・住民税の申告や所得税の年末調整においてこの給付金に係る事項において申告漏れがある場合には、以下の仕様で市民税の賦課徴収の際に給付の有無をチェックすればよい(住民税は前年度の所得を課税ベースとして賦課徴収がなされるため、来年度の課税において調整すればよいことにも留意)。

今回の給付金の事業実施主体は市町村となるから、各世帯に対する給付の有無についてはマイナンバーと紐づけて管理することができる。一方、各世帯の構成員(今回の給付の場合は子どもの父母に当たる者)の所得税・住民税の課税については、マイナンバーと紐づけて事務処理がなされている(源泉徴収票・支払調書・所得税の確定申告書・給与所得者の扶養控除等申告書のそれぞれにマイナンバーを記入する欄があることを想起)。したがって、これらの情報を照合すれば、給付金に対する適切な課税が確保されることになる(所得税法上、現物給付も課税対象所得になるため、クーポン券での支給についても現金による給付と同様に扱うことができることに留意)。マイナンバーについては行政事務に利用できる範囲が厳しく制限されているが、この点については必要があれば法改正を行えばよい。

世帯収入を基準とした給付への変更と生活困窮者への迅速な給付

給付金の支給の際に所得制限をかけることにこだわる場合には、迅速な給付が求められる低所得の子育て世帯に対する給付とそれ以外の世帯に対する給付を分離したうえで、後者については給付の有無の基準を世帯収入に置き換えて給付を行うようすることが適切ということになる。世帯合算による収入の把握については、そもそも児童手当の枠組み自体が父母の収入を把握したうえで給付の有無を判定するという仕様になっているから、容易に把握が可能である。

もちろん、給付の基準を世帯収入にする場合には現行の児童給付の情報をもとに直ちに給付を行うことはできず、場合によっては申請をもとに給付を行うことが必要となるが、16~18歳の子どものいる世帯については、現行の案でも申請を受け付けて給付を行わなくてはならないから(児童手当の給付は中学校卒業時までなので、児童手当の情報を利用して給付を行うことができないため)、それと同様の取り扱いを15歳以下の子どものいる世帯についても行えばよいということになる。

この場合、15歳以下の子どものいる世帯については申請を行う手間が増えるが、現行の案でも受給にあたって意思確認のための書類の提出が必要となるため、事務処理の負担増は口座番号の記入くらいのものということになる(「児童手当の受給のために登録しているものと同じ口座に振り込む」という欄を設けて、チェックボックスに「レ」点を記入すればよい)。

生活が困窮したり、家計が急変したという事由で迅速な給付が求められる世帯については、今年の夏に給付された「低所得の子育て世帯に対する子育て世帯生活支援特別給付金」の振込口座の情報を利用すれば、簡易な方法で速やかに給付を行うことができる。最近時点で家計急変が生じた世帯などについては申請による対応が必要となるが、それ以外の世帯について上記の方法を利用すれば、申請の事務処理のためのリソースは例外的な対応が必要となる申請者のために割くことができるから、円滑な給付の実現が可能となる。

各自治体の独自の取り組みで問題は解消できる

この給付金については制度設計や財源の確保が国においてなされていることから、各自治体はそのフォーマットにしたがって給付を行わなくてはならないものと思われがちだが(世帯主の年収を基準に所得制限を付したうえで、子ども1人当たり5万円を現金、5万円をクーポン券で支給)、この給付金の事務は、各自治体(市町村)を実施主体として行われるものであり(自治事務)、実際の給付に当たっては各自治体の判断で独自の対応を採ることが可能である。

たとえば、クーポン券による支給がその地域の実情に合わないと判断すれば、10万円全額を現金で給付することが可能であるし、国からの予算措置に加えて独自に財源を確保すれば、所得制限を付さずに実質的に一律給付を行うこともできる。今回の補正予算では各自治体が自由に使うことのできる補助金(地方創生臨時交付金)の増額も予定されているから、それを財源として活用することもできるだろう。

こうしたもとで、クーポン券の印刷やクーポン券の利用に関する広告宣伝費に予算を投じるほうがよいのか、それともその分を節約したうえで独自の財源を付け加えて実質的に一律給付を確保することがよいのかは、各自治体に判断が委ねられているということになる。

今回の給付金をめぐる今後の経過は、それぞれの自治体がどのような姿勢で市民と向き合っているのか、どのようなことに重点を置いて行財政運営を行っているのかを推察するうえでも、興味深い情報を提供してくれることとなるだろう。 

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

この執筆者の記事