2011.03.28

市場メカニズムを活用すべき電力不足対策

鈴木亘 経済学 / 社会保障論

経済 #電力不足#計画停電#総量規制#電力消費税

東日本大震災によって停止に追い込まれている発電所は、連日注目の的となっている原子力発電所だけではなく、東京電力の主力火力発電所にも広く及んでいるため、東京電力管内では、深刻な電力不足が今後もつづくことが予想されている。

夏場の電力抑制幅は現在の3倍の可能性

とくに危機的な状況が見込まれるのが、夏場の電力需要のピーク時である。東京電力は、今後7月までに、主力火力発電所の復旧や、停止中の古い火力発電所の再稼動、ガスタービン発電機の新設などにより、現在の約3800万キロワットから4650万キロワットまで供給能力を増強する予定であるが、例年の夏場の最大電力需要は5500万キロワット程度であり、差し引き850万キロワットが不足すると見込んでいる。

しかしながら、昨年のように記録的猛暑の場合には、最大電力需要は6000万キロワットに達する。また、原油やLNG(液化天然ガス)の調達見込みがいまだ立っておらず、東京電力の計画通りに供給能力増が進むとはかぎらないこと、夏ごろには消費者の節電疲れが出てくることなどを考えると、850万キロワットの不足で止まるという東京電力の見込みは、かなり甘い可能性がある。

実際には、経済産業省が見込んでいるように、1500万キロワット程度の電力不足を予定しておくほうが無難であろう。問題は、これだけの電力不足に対応する需要抑制をどのように達成するかである。

3月末現在、電力需要のピークは3500万キロワット程度であり、前年の約4000万キロから、計画停電や利用者の節電努力によって500万キロワット程度の需要抑制が行われている。しかしながら、夏場には1500万キロワットの需要抑制が必要であるとすると、単純計算で現在の3倍の努力が必要であることになってしまう。

これに対して政府は、(1)4月末を目処に一旦終了する「計画停電」の再開と強化、(2)企業に電力使用量の上限を課す「総量規制」導入、(3)夏の標準時間を1時間程度早めるサマータイム制度の導入などで対応する方針である。

しかしながら、現在の3倍の努力ということになると、計画停電や総量規制の実施は相当の厳しいものになることが予想され、生産活動に甚大な被害を及ぼすことは、ほぼ確実である。震災復興の財源確保のため、少しでも早く経済成長率を回復させ、税収減に歯止めをかけたい政府にとって、電力不足による首都圏の生産減少は、致命的な影響となろう。

計画停電・総量規制は愚の骨頂

現在行われている計画停電に対し、首都圏の人々は「東北の人々のことを思えば、これぐらい仕方ない」「国民がひとつになって危機を乗り越えよう」と、不便さによく我慢をしている。病院や老人ホーム、在宅医療をつづける患者にとっては、まさに命の問題が発生しているが、本当によく耐えている。

しかしながら、本来、計画停電や総量規制のような「社会主義的な手段」は、命の問題にとっても、生産活動にとっても、非常に「非効率」である。早い震災復興を望むのであれば、こうした手段をつづけたり、大規模に行うことは望ましくない。生産活動にとって非効率というのは、生産性の高い企業も、生産性の低い企業も一緒くたに休業させてしまうからである。

たとえば、同じ電力量で10の生産を行う優良企業と、2しか生産できないゾンビ企業(本来であれば死んでいる非効率な企業)があるとしよう。両方とも電力量を平等に半分にされると、各企業の生産はそれぞれ5(優良企業)、1(ゾンビ企業)となり、生産量がそれぞれ半分になる。両者の合計は6であり、元の12から生産量は半減する。

一方で、優良企業には休業させず、ゾンビ企業のみ休業させるということであれば、生産量は10である。つまり、優良企業は元の通り10の生産を行い、2しか生産できないゾンビ企業が休業して0になるから、元の生産量12に対して、事後的な生産量は10とわずかな生産減ですむ。

問題は、このように効率的な生産を行う企業とそうでない企業をどう選別するかということであるが、計画停電はすべてが一緒くたになるので、選別は不可能である。また、効率性は高くなくても、必要性の高い病院や老人ホームは電力供給をつづけることが望ましいが、そうした重要度に応じた選別も不可能である。

総量規制については、原理的には選別を行うことは可能であるが、非効率な中小企業や自営業ほど政治力が強いから(数が多いから)、政治的に効率性に応じた選別を行うことは不可能であろう。

効率的で弱者に優しい市場メカニズム

これに対して、市場メカニズムを活用すれば、効率性の高い企業を自然に選別することが可能である。ひとつのやり方は、池田信夫氏がかなり早い段階で提唱した「電力消費税」(http://news.livedoor.com/article/detail/5412902/)を導入することである。これは、電力需要を抑制するために税を課すというもので、実務的には電力料金を引上げるだけであるから、すぐに実行可能である。

この方法では、電力料金を引上げても、利潤が出る効率性の高い優良企業は生産をつづける一方、効率性の低いゾンビ企業は休業をすることになるから、自然に効率性による選別が可能となる。また、病院や老人ホームなど、効率性とは別の観点から重要性が高い施設は、そもそも電力料金を引上げなければ良い。

問題は、電力料金を引上げると東京電力の収入になってしまうと勘違いされ、消費者が納得しないという点であるが、最終的に東京電力の売上高から、政府が電力消費税を吸い上げることになるから、東京電力を儲けさせることにはならない。このことをきちんと政府が明言して実行すればよい。

また、この経済危機に税を上げるとは何事だという声もあろうが、電力消費税収をすべてて震災復興に使う財源とすれば、消費者の納得も得やすいだろう。もちろん、雇用調整助成金や休業補償のようなかたちで、ゾンビ企業にも何がしかの恩恵があるように税収を補助金で分配すれば、ゾンビ企業側の反対の声も和らぐと思われる。

一方、政府が総量規制をどうしても行いたいのであれば、「電力使用権の売買市場」を創設すべきである。現在、政府で検討されている総量規制は、各家庭ではなく、大口の企業に対する総量規制であるが、恐らくは震災前の実績に応じて一律に何%といった電力使用量の減少ノルマを課すことになるのだろう。

この場合も、優良な企業とゾンビ企業の双方が平等に同じ割合のノルマを課されることは、効率性の観点から望ましくない。そこで、各企業は自分の課された電力使用量(使用権)を、自由に市場で売買できるようにする。仕組みは、温室効果ガスの「排出権取引市場」と同じである。

そうすれば、効率的な優良企業は、市場でお金を払って電力使用権を購入して、その分多く生産を行っても採算が合うので、高い生産水準を維持することができる。一方、非効率なゾンビ企業は、生産量を自ら減らして、その分の電力使用権を優良企業に売った方が得となる。

つまり、ゾンビ企業の休業に補助金を出しているのと同じ効果があり、ゾンビ企業は喜んで休業するので、電力需要が抑制されるのである。また、この場合には、東京電力は一切、収益が増えないので、国民も納得がしやすいであろう。もちろん、病院や老人ホームには最初の総量規制の段階で、減少ノルマを課さなければよい。

ピークロード・プライシングでじつは十分

もっとも、電力消費税や「総量規制+電力使用権市場創設」といった措置は、つねに必要なものではない。電力使用が混み合う夏場や冬場の特定の時間帯のみ、電力料金を引上げれば、本来はそれで十分なはずである。それは、電力事業というものの特性から明らかである。

電力需要というものはじつは非常に変動が激しく、電力使用量が混み合う夏場のピーク時とオフピーク時では、最大電力量は倍近くも異なる。また、一日の時間帯でも昼間のピークと夜のオフピークでは倍近い変動がある。つまり、電力事業の稼働率の変動は著しく、ピークなど全体のほんの一部にすぎないのである。

これに対して、電力事業というものは、どのようなときにも安定的な電力供給を行わなければならないという「供給義務」が課されているため、夏場数日間の昼間における一番のピーク時に対応するために、きわめて過剰な発電所設備を保有しているのである。このためじつは、普段は、発電所はあり余っている状態なのである。

このような過剰設備を許しているのが電力会社への規制であり、「総括原価方式」の下、どのように過剰な設備をもっていてもすべて電力料金に転嫁でき、しかも地域独占によって競争相手にさらされずに、料金を引上げられることが、その背景である。

これを経済学ではアバーチ・ジョンソン効果と呼んでおり、過剰設備、非効率の典型例とされる。また、電力会社も、経済産業省の官僚も、発電所設備を拡大することで利権があるので、こうした規模拡大にさらに拍車がかかる。

これは例えていえば、需要者という暴投ピッチャーに合わせるために、キャッチャーを5人も6人も配置しているという状況であり(しかも、そのうち2、3人は、普段寝ている)、非効率きわまりない。

キャッチャーを増やすよりも、暴投ピッチャーをさっさと交代させて、需要者というピッチャーのコントロールをよくするほうがはるかに効率的である。これが、経済学でいう「ピークロード・プライシング」の考え方である。つまり、ピークを解消するために、ピーク時にのみ、高い電力料金を取るのである。

混雑時に電力料金がドンと引き上がれば、企業は、その前後に操業時間をずらして使用を分散したり、電力料金の安い時間に蓄電をしたり、混雑時に自家発電を行って自ら対応する。つまり、需要側の対応によりピークを均すことが可能なのである。

もっとも、各家庭まですべてピークロード・プライシングをするというのは、消費者は驚き、反対も大きいであろう。東京電力の電力需要の過半は企業需要であるから、まずはフランスの電力公社(EDF)が1957年から導入しているように、企業に対して、季節別・時間別・業種別のピークロード・プライシングをはじめることが現実的である。

これにより、ピーク時とオフピーク時の料金差は10倍以上となるので、相当の需要変動を均すことができる。消費者については、そこまでの変動は対応が難しいだろうから、徐々にはじめて2、3倍程度のピークロード・プライシングをしてはどうか。もちろん、病院や老人ホームは対象外である。

原子力発電所は不要になる可能性

この需要側に働きかけるピークロード・プライシングを徹底すれば、現在の過剰な設備など必要がなくなる。つまりは、原子力発電所が不要になる可能性も高いと思われる。

実際、原子力発電所は一旦発電を始めると炉を落とすことが難しく、ずっと発電をつづけなければならないので、需要に応じた調整はできない。大きな需要変動を調整しているのは、じつは火力発電所なのである。このため、火力発電所の稼働率は、平均的に50%以下の水準である。

よく原子力発電が日本の電力供給の3割を占めているので、原子力発電なしには日本は立ち行かなくなるといわれるが、それは間違いである。原子力発電所は需要変動に対応できないために100%近い稼働率であり、火力発電所が普段は炉を落として稼働率を下げているので、原子力発電所の電力供給割合が異様に高く(火力発電の電力供給割合が異様に低く)みえるだけである。

これを火力発電所の稼働率を引き上げ、需要の変動をピークロード・プライシングである程度均せば、原子力発電所の発電量など、少なくとも東京電力に関しては不要となる可能性が非常に高い。

それだけに、ピークロード・プライシングの導入論議には、東京電力や経済産業省の官僚たちの激しい抵抗が予想される。彼らは、ピークロード・プライシングによって、原子力発電が不要であることが分かってはまずいのである。また、過剰な発電所設備が不要になることも不都合なのである。

実際、現在のようなオフピーク時に、安易に、各家庭に大きな影響がある計画停電を行った東京電力の意図は、原子力発電がないと大変な事態になるという印象を国民に植えつけたいということがあるのかもしれない。また、病院や老人ホーム等の弱者まで困難に陥れることにより、需要抑制策はもうこりごりと思わせ、発電所の供給拡大策に、国民の理解をえやすくする副次的効果もあるだろう。

さらに、夏場の対策として、政府が安易な計画停電や総量規制の導入を口にした背景にも、東京電力や経済産業省の官僚たちの隠れた意図や暗躍があるように思われる。しかし、今回、大きな問題を起こした東京電力や電力行政をこのまま温存し、国民に不要に大きな痛みを課す「社会主義政策」はまったく不要である。いまこそ、ピークロード・プライシングを導入する好機である。

ついでにいえば、西日本と東日本で電力の周波数が違い、変電設備が貧弱で、1日100万キロワットしか電力会社間で融通しあえないことも、今回露呈した大きな問題である。これは、電力会社の地域独占を守ろうとする既得権保持行動にほかならないだろう。国が公費を投じてでも、変電設備を拡張してリスクを分散したり、電力会社間の競争を促すことは合理的であると思われる。

推薦図書

少し古いが、東京一極集中の問題とその対策について、経済学の立場から処方箋を提示したパイオニア的な著作であり、日本不動産学会賞を受賞している。このなかの第4章「東京圏における電力受給の諸問題」として、電力中央研究所の大河原透氏が、電力抑制の手段として、本文に述べた電力のピークロード・プライシングの試算を行なっている。当時、学部3年生であったわたしも、八代先生のアシスタントとして、日経センター主催のこのプロジェクトに参加していたが(第7章「所得分配面からみた東京問題」(八代尚宏・鈴木亘)を執筆)、大河原氏が冗談まじりに「職を賭して、親会社達(各電力会社)の意向に反するピークロード・プライシング試算をしました」と話していたことを覚えている。それだけに、現在にいたってもなお、貴重な研究といえるだろう。政府関係者も是非参考にして欲しい。

プロフィール

鈴木亘経済学 / 社会保障論

学習院大学経済学部教授。1970年生まれ。上智大学経済学部卒。経済学博士(大阪大学)。主な著作に、『生活保護の経済分析』(共著、東京大学出版会、2007年、第51回日経・経済図書文化賞受賞)、『だまされないための年金・医療・介護入門』(東洋経済新報社、2008年、第9回日経BP・BizTech図書賞)等。

この執筆者の記事