2022.10.11

日銀はなぜ利上げをしないのか――マイナス金利について考える

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

MMT(現代貨幣理論)はしばしば「トンデモ経済学」と評されるが、MMTを批判する側にもユニークな「トンデモ経済学」がある。その典型例のひとつは「利上げをすると国債暴落が起き、日銀のバランスシートが債務超過になる(なので、日銀は利上げができない)」というものだ。

一般に利上げをすると債券価格は下落するから(利回りは上昇)、利上げをすると国債価格に下押しの圧力が働くというところまでは正しい。だが、そこからさらに進んで、国債価格が下落して日銀のバランスシートが債務超過になるという話になると、話が途端にあやしくなる。そのために利上げができないという話になると、なおさらだ。

もっとも、日銀の「債務超過」は「国債暴落」や「ハイパーインフレ」と同様に訴求力のあるパワーワードなので、この話はさまざまな場面で繰り返し登場する。それが世の中の関心を引くためのネタの範囲にとどまっている限りにおいては面白いが、実際の金融政策の運営においてノイズとなるようなことがあれば困ったことだ。

以下ではこのことを踏まえつつ、「物価高」と金融政策の運営について考えてみることとしたい。

1.利上げと日銀のバランスシート

国債暴落で日銀が債務超過に?

日銀から公表されている「営業毎旬報告」でバランスシートの状況をながめると、現時点(2022年9月30日現在)において日銀は545兆円の「国債」を資産として保有している(端数は切り捨てにより表示)。その内訳は、長期国債536兆円、国庫短期証券9兆円。日銀の資産の合計は684兆円だから、実に資産の8割近くが国債ということになる。この数字をみれば、利上げで国債価格が下落すると日銀が債務超過に陥るのではないかという懸念が生じたとしても、不思議なことではないだろう。

だが、ここで留意が必要なのは、日銀は満期保有を前提に長期国債の買い入れを行っているということだ。この取り扱いにあわせて、国債の会計上の評価は償却原価法(取得時の価額と償還時の価額の差額を利息に相当するものととらえて、毎期均等に貸借対照表価額に加減する会計方式)をもとに行われており、この会計処理の際に国債の時価が入り込む余地はない。

もちろん、日本政府の信用力が低下して、償還時に額面を下回る金額でしか償還がなされないようなおそれがあれば、時価を反映させない会計方式は不適切なものということになるかもしれないが、そうでない限り、この取り扱いは自然なものだ(満期保有を前提とする債券について償却原価法をもとに経理することは、日銀固有の独特な会計方式ではなく、より一般的な原則に沿ったものである)。

したがって、「利上げをすると国債暴落が起き、日銀のバランスシートが債務超過になる」「債務超過になるのをおそれて、日銀は利上げができないままでいる」というのは立派な「トンデモ経済学」ということになる。

「統合政府」で考えると?

もっとも、政府と中央銀行のバランスシートを統合して、広義の政府のバランスシートをもとに財務状況を把握すべきという視点からすれば、中央銀行(日銀)だけでなく狭義の政府の状況も併せて考慮すべきということになるかもしれない。国債という債券の発行主体である政府には、利上げに伴って利払費の増加という問題が生じることになるからだ(もちろんこれは政府の債務が嵩む要因となる)。

この問題を考えるうえでは、次の2つのことに留意が必要となる。ひとつは国債費(国債の利払いや償還に要する費用を経理する歳出側の費目)の予算を計上する際に想定されている金利が1%を上回る水準(2022年度については1.1%)となっているということだ。したがって、もし仮に金利が1%まで上昇したとしても、それに伴う利払費の増加の相当程度は、すでに計上されている国債費の枠内に収まることになる。

もうひとつは、政府の発行している国債の平均残存期間(それぞれの国債の満期までの期間の平均)は9年程度となっており(2022年3月末の時点で9年0か月)、利払費の増加は既発債の満期が到来し借り換えが行われるのにあわせて徐々に生じていくことになるということだ(日本政府が発行している国債のほとんどは変動利付債ではなく固定金利債なので、既発債の利払費は流通市場で金利が上昇しても変化しないことに留意)。ときどき、「国の借金は1千兆円を超えており、金利が1%上昇すると途端に利払費が10兆円増える」という説明を見かけることがあるが、このような説明も「トンデモ経済学」の類ということになる。

さらに言うと、日銀が利上げをしないといけないような状況のもとでは物価も上がっており、それに伴って企業の売り上げや家計の所得も増えているから(実質ベースではともかく名目額としては)、政府の税収も増えているはずである。利払費の増加を懸念する場合には、このことも併せて考えないといけないということになるが、どういうわけかそのことが見落とされるのも不思議なことだ。

問題は日銀当座預金に対する付利

「利上げで日銀が債務超過に」という議論をながめていて不思議に思うのは、なぜか「国債暴落」の話ばかりに注目が集まって、本来最も懸念すべきこと、すなわち日銀当座預金への付利の負担が嵩んで日銀が債務超過になるという現実の問題が見過ごされがちになるということだ。

「営業毎旬報告」で日銀の負債の状況を確認すると、当座預金(これは日銀の側からみると各金融機関に対する債務)は最近時点で493兆円に達している(2022年9月30日現在)。このうち各金融機関が日銀に積まなくてはならない法定準備に相当する分(所要準備額)は12兆円程度なので、残りの480兆円ほどは超過準備ということになる(厳密にはこの数字には準備預金制度適用先以外の金融機関(証券会社など)の日銀当座預金も含まれている)。

日銀当座預金に付利がなされていない場合(2008年10月に補完当座預金制度が導入されるまでは付利なしだった)、2006年にゼロ金利の解除を行った時と同じように、利上げの前にオペを通じて超過準備を吸収する必要があるが、現時点では日銀当座預金にプラスの付利をすることができるため、付利の水準を引き上げさえすれば利上げはできる。民間金融機関は資金を日銀当座預金に預入するか、コール市場などの短期金融市場で運用するかを考慮して資金運用を行っているから、日銀当座預金に対する付利の水準を引き上げれば、コール市場における金利の水準を上昇させることができるからだ(裁定取引を通じた金利の調整)。

このように、超過準備が存在するもとでも利上げ自体は実施できるが、ここで問題となるのは日銀当座預金に対する付利の引き上げに伴う負担増のことだ。たとえば超過準備に0.5%の付利を行うと、現状ではその金利負担は2兆円を上回る金額となる。日銀の期間損益は数千億円から1兆円台というオーダーだから、このような形で金利負担の増加が生じると、日銀の決算は簡単に赤字になる。

もちろん、利上げを行う局面では日銀の資産から生じる収益も増加する筋合いにあるが、ここで問題となるのは、日銀がこれまで満期までの期間の長い国債を大量に買い入れてきたということだ。金利が上昇する局面でも、すでに買い入れた国債のクーポンレートはそれに連動して上がることはないから、満期を迎える国債が増え、資産の入れ替えが進む前に金利を引き上げないといけない状況が生じると、運用と調達の間で逆ざやが生じるおそれがある。

これらのことを勘案すると、もし日銀の債務超過の話をしたいということであれば、「国債暴落」より先にこの問題を指摘することが本来の筋ということになるだろう。日銀は資本金1億円の金融機関であり、これまで積み立ててきた準備金などを含めても純資産が5兆円に満たない水準であることにも留意が必要となる。

日銀が債務超過になると?

民間の金融機関であれば、バランスシートが毀損して債務超過のおそれが生じるのは深刻な事態である。銀行なら、預金が流出し、市場からの資金の取り入れも困難になるであろう(もちろん、そうなる前に金融庁から業務改善命令が出る)。日銀も顧客(日銀の場合は民間金融機関)から預金を受け入れ、決済サービス(為替業務)を提供しているという点では民間金融機関と同じだから、日銀が債務超過になった場合に業務の運営に大きな支障が生じるのではないかと懸念する人がいたとしても不思議ではない。

この見方がはたして妥当なものであるか確認をするには、債務超過の噂が広まって日銀に取り付け騒ぎが起きたらどうなるかを考えてみることが役に立つだろう。一般に取り付け騒ぎというのは、預金の払い出しを求めて預金者が銀行に殺到することだから、この場合は民間金融機関の人(現金受払事務の担当者)が日銀の本支店(あるいは戸田の発券センター)に行って日銀当座預金を引き出し、現金に変えることになる。

だが、冷静に考えると「現金」というのは日銀券のことであり、日銀券というのは、その所有者(占有者)から日銀がお金を借りていることを表す債務証書である。となると、民間金融機関が日銀から当座預金を引き出すというのは、預金という形で日銀に対して持っている債権を(日銀の側からみると民間金融機関に対する債務)、日銀券という形の債権(日銀の側からみると発行銀行券という形の債務)に置き換える作業を行っているに過ぎないということになる。

民間金融機関では取り付け騒ぎが起きると現金の確保に苦労することになるが(最終的には日銀特融が発動されて現金が当該金融機関の窓口に運び込まれる)、日銀についてはその心配も基本的にない。現金には、それを相手方に渡すことで決済を完了させることができるという優れた性質があるが(ファイナリティ)、保管や運搬には多大なコストがかかるから、民間金融機関が必要以上に現金を払い出して、手元に置くことも得策ではない。

これらのことを踏まえると、取り付け騒ぎが起きて日銀の業務の運営が困難になるという心配はないということになる(もちろん、インフレに歯止めが利かなくなって家計や企業の間に換物運動が起こり、その結果、現金に対する需要が増えて預金の払い出しに歯止めが効かなくなるケースを考えることはできるが、それはここで論じていることとは別の話である)。

日銀の業務が円滑に遂行されるためには、各金融機関が日銀に一定額の預金を積んでいる状態が確保される必要があるが、各金融機関が顧客から受け入れている預金については、その一定割合を日銀に積まないといけないという制度があるから(法定準備)、この点においても業務に支障が生じるおそれはない。もちろん、法秩序の維持が困難になって、準備預金を積まない金融機関に履行を求めることができないような状況になれば、法律に規定があるからといっても安心はできないが、そのような状況のもとでは日銀券は文字通り紙切れになっていることだろう。

なお、債券価格の下落に伴う含み損を考慮すると、いまオーストラリア準備銀行は債務超過の状況にあるとされるが、そのことによって中央銀行としての業務に支障が生じたり、金融市場の混乱で豪ドルが急落したというような話は聞かれない。

2.日銀はなぜ利上げをしないのか

このようにみてくると、「利上げをすると債務超過になるため、日銀は利上げができない」というのは「都市伝説」の域を出ないということになるが、それでもなお「日銀はなぜ利上げをしないのか」という疑問は残る。そこで、この点について「トンデモ経済学」とは異なる観点から理由を考えてみることとしよう。

物価は上がっているのか?

消費者物価指数(総務省)のデータを見ると、ヘッドライン(総合)、コア(生鮮食品を除く総合)のいずれについても、今年の4月から指数の上昇率(前年同月比)が2%を上回って推移している。当面はヘッドライン、コアともに上昇率が3%近辺で推移するものと見込まれる。2013年4月の金融政策決定会合の公表文で掲げられた「(2%の物価安定目標を)2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」というコミットメント(約束)は、9年の歳月を経てようやく達成されたことになる。

もっとも、こうした中にあってもコアコア(食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合)は足元0.7%の上昇にとどまっている(図表1)。ここからわかるのは、「物価高」は食品とエネルギーを中心とする限られた範囲のものであり、物価の高騰は全般的な広がりを欠いたものとなっているということだ。携帯電話料金の値下げの影響がまだ一部残っていることには留意が必要だが、その点を考慮してもなお、物価の基調が十分に強まっているとは言えない。

図表1 消費者物価指数(消費税調整済)の推移

(資料出所)総務省「消費者物価指数」

このような物価の弱い動きは、物価が上がって大変という生活実感からすると意外なことのように思われるかもしれないが、景気回復の動きが極めて緩慢で、消費と生産が2019年の水準にまで回復していない現状を考えれば、不思議な話ではない。時々、消費や生産が「コロナ前」の水準を回復したという報道がなされることがあるが、ここで留意が必要なのは、新型コロナの感染拡大によって景気が悪化する前に、消費増税(2019年10月に税率を10%に引き上げ)による下押しがすでに生じていたということだ。したがって、「コロナ前」の水準を回復したというのは、消費増税で落ち込んだ水準まで経済活動の水準が戻ったということを意味するに過ぎない(新型コロナが経済に与えた影響について国際比較をする際に、2019年10-12月期における各国の経済活動の水準をベンチマークにする例がしばしばみられるが、このような形で比較をすると上記の点が見過ごされてしまうことになる)。

こうしたもとで、需要不足がなお残り(内閣府の調査では2022年4-6月期の時点で15兆円。GDP対比2.7%)、このことは物価を下押しする方向に働くことになる。このところ需要不足は縮小しつつあるが、といっても先行きは楽観できない。食品や光熱費(電気代、ガス代)などの「物価高」のために、家計のマインドには低下がみられ、家計消費も減少に転じている。

10月7日に公表された「家計調査」(総務省)の実質消費支出については「3か月連続の増加」という報道がみられるが、これはあくまで「対前年同月比」で見た場合の話であり(去年の夏は新型コロナの感染拡大と天候不順の影響で消費が落ち込んでいたことを想起)、季節調整済みのデータで実質消費の水準の変化を確認すると、消費は7月から2か月連続で減少している。賃金の上昇が「物価高」に追い付かず、実質賃金の低下が生じている現状では、消費の力強い回復は見込みにくい。

いま生じている「物価高」が資源価格の高騰を起点とするものであることを踏まえると、物価の先行きを考える際には国際商品市況の動向も注視する必要がある。この点についてリフィニティブ・コアコモディティーCRB指数の推移をみると、今年の7月以降は振れを伴いつつもほぼ横ばいで推移しており(6月から7月にかけては大きく低下)、指数の水準は今年の2月末あたりとほぼ同水準となっている。日本の場合にはこの間に為替が円安に振れたことに留意が必要となるが(これは輸入物価の押し上げ要因となる)、資源高に起因する物価の高騰は間もなく頭打ちとなるだろう。

これらのことを総じてみると、対前年同月比でみた場合の物価上昇はしばらく続き、場合によっては3%を上回る上昇が生じるものの、来年の春には物価上昇のペースが鈍化に転じるものと見込まれる(上振れ方向のリスク要因は円安がさらに進むこと)。このことと、需要不足が引き続き残ることを併せて考えると、円安と物価高への批判の声に押される形で金融引き締めの方向への政策転換をすることには慎重でなくてはならないということになる。

振り返ってみると、2000年の夏(8月)に速水総裁のもとでゼロ金利の解除を決めた後、海外要因の影響もあって景気の変調が生じ、2001年3月に量的緩和政策の導入という形で事実上のゼロ金利政策への復帰を余儀なくされるという事態が生じたが、いま利上げをしたら、当時と同じような状況に直面することになりかねない。金融引き締めの方向への政策転換に慎重な見方を示している黒田総裁のスタンスは、この意味においても適切なものだ(つまり、日銀は「利上げができない」のではなく「利上げをしない」ということになる)。

マイナス金利の見直しを

景気の回復が緩慢なものにとどまり、物価の基調が十分に強いものとはなっていない現状では、金融引き締めの方向への政策転換を行うことには慎重でなくてはならないが、このことは現行の金融政策の運営枠組み、すなわち長短金利操作付き量的・質的金融緩和の枠組みを一切変える必要がないということを意味するものではない。

現行の枠組みのもとでは、日銀当座預金の残高の一部(政策金利残高)にマイナスの付利(▲0.1%)をするとともに、長期金利(10年物国債利回り)をゼロ%程度で推移させることを通じて金融政策の運営が行われているが(イールドカーブ・コントロール)、日銀当座預金へのマイナスの付利、すなわちマイナス金利政策についてはそろそろ見直しを検討すべき時期を迎えている。

マイナス金利政策の導入が決定された2016年1月のことを振り返ると(実施は2月の積み期間から)、当時は景気の減速が生じる中、物価に弱い動きが広がり、デフレへの逆戻りの懸念が現実のものとなっていた(実際、生鮮食品を除く総合でみると、16年中の消費者物価指数は、2月の0.0%を除くといずれの月も対前年同月比マイナスで推移した)。マイナス金利政策は、このような状況を踏まえて導入されたものであり、資源高と円安の影響で物価に上昇圧力が働いている現状においても同じ政策を続けるべきかとなると、一考の余地があるということになるだろう。

そもそものことを言えば、日銀当座預金にマイナスの付利をするタイプのマイナス金利政策は、金融緩和措置というより「銀行税」の性格をもつものだということも考慮に入れる必要がある(金融緩和措置とするためには、日銀が国債を買い入れたり、貸出を行ったりする際の金利をマイナスにする必要がある。マイナス金利政策が導入されてからしばらくの間、銀行株が総じて下落基調で推移したことも想起)。

マイナス金利政策の導入に伴うマイナスの影響は、コロナオペ(新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペ)の利用残高に相当する日銀当座預金へのプラスの付利や、特別当座預金制度(経費削減や再編を行う金融機関の日銀当座預金にプラスの付利を行う制度)の導入などを通じて相当程度減殺されてきてはいるが、異次元緩和からの「出口」に向けた移行を円滑なものとするためにも、見直しに向けた調整を進めていく必要がある。

長短金利操作付き量的・質的金融緩和の「長期」の部分、すなわち10年物国債利回りをゼロ%程度で推移させるという金融調節についても、「ゼロ%程度」の変動幅を±0.5%に拡大させるなどの見直しが求められる。現時点において許容されている長期金利の変動幅は±0.25%となっているが、米国の利上げの影響もあってこのところ長期金利は0.25%の天井に貼りついて推移する局面がみられる。

このような場合にさらに金利の上昇圧力が生じると、それを抑えるために特定のレートで「無制限に」国債を買い入れるという対応が必要になるが(指値オペ)、このような調整を行うと、その分だけ満期までの期間の長い国債をバランスシートに抱えることになるため、「出口」への円滑な移行を確保するうえでは好ましくない。

長期金利の変動幅を0.25%からさらに拡大させることについては、これを利上げととらえる向きもあるが、「ゼロ%程度」の範囲はこれまでも±0.1%から±0.2%へ(2018年7月)、±0.2%から±0.25%へ(2021年3月)と変更されてきたわけであり、0.25%という数字にこだわることには合理性がない(長期金利の変動幅の設定は、定められた変動幅の上限近くで長期金利が推移するよう金融調節を行うものではなく、レンジの間では状況に応じて上下に自由に動き得ることに留意)。

「80兆円」をめどに買い入れを行うとされてきた長期国債の買い入れについては、日銀が保有する国債残高の増加のペースが次第に鈍化して、最終的には「80兆円」という数字そのものがなし崩し的に金融政策決定会合の公表文から消えたという経緯があるが、「ゼロ%程度」についても変動幅を徐々に拡大させ、なし崩し的に目標レンジをあいまいにしていくほうが、「出口」に向けた調整を円滑に進めていくことができるだろう(このような調整を行わないまま、金利を実勢と合わない水準に抑えつけるようなことがあると、イールドカーブ・コントロールをやめた時点で金利が大きく跳ねるおそれがあることに留意)。

景気の回復が緩慢なものにとどまり、物価の基調的な動きがまだ弱いものにとどまる中、資源高と米国の金利上昇という海外発の要因によって「物価高」が生じている現状は、金融政策の運営に大きなストレスをもたらすものであるが、ゼロ金利の解除をめぐる過去の経緯なども踏まえ、引き続き慎重な対応が求められる。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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