2014.10.08

絵本の読み聞かせが、子供の学力を伸ばす――全国学力・学習状況調査からの示唆

荒木啓史 教育社会学・比較教育学

教育 #絵本#読み聞かせ

子供の学力は、家庭の経済水準や保護者の学歴と密接に結びついている。昨今、そうした見解を様々なメディアで目にすることが多くなったが、果たして本当なのだろうか。また、仮に本当であるとしたら、どうすれば家庭の経済水準等にかかわらず、子供の学力を高めることができるのだろうか。

三菱総合研究所が文部科学省より委託を受けて実施した分析結果を見ると、確かに家庭の社会的・経済的な要素が子供の学力に影響を与えていることが明らかとなった。一方で、家庭環境にかかわらず、子供が小さいころに絵本の読み聞かせをすることにより、子供の学力が高まる可能性が示唆されている。そのエビデンスと、今後に向けた若干の示唆を紹介していきたい。

分析の背景 全国学力・学習状況調査

文部科学省は平成19年度から、全国の児童生徒の学力・学習状況を把握・分析して教育施策の改善を図るとともに、学校における教育指導や子供たちの学習状況等をより良くすることを目的として、「全国学力・学習状況調査」を実施している。

対象は小学校6年生と中学校3年生であり、国語と算数・数学の学力テスト[*1]に加えて、学習習慣や生活習慣に関するアンケート調査(児童生徒対象)、教育指導や学校経営の状況に関するアンケート調査(学校対象)もあわせて実施される。このうち学力テストは、主に基礎的な知識レベルを問う問題(A問題)と、応用力を問う問題(B問題)から構成されている[*2]。

[*1] 平成24年度調査では、国語と算数・数学に加えて理科のテストも実施された。

[*2] 全国的な学力・学習状況調査の詳細については、文部科学省ページ参照。(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/index.htm

平成25年度は、これらに加えて、児童生徒の家庭環境や保護者の教育に対する意識・行動等について、保護者を対象としたアンケート調査が実施された。三菱総合研究所では、文部科学省より「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究業務(経済的な面も含めた家庭状況等と全国学力・学習状況調査の結果との関係に関する調査研究)」の委託を受けて、以上の各種データを活用し、家庭状況と児童生徒の学力等との関係について詳細な分析を行った。以下で示す内容は、その結果の一部である。

家庭の社会経済的背景が学力を強く規定している

子供の学力や学習意欲と、家庭の社会経済的背景(Socio-Economic Status:SES)の関係については、これまで様々な先行研究において指摘されてきたが、全国学力・学習状況調査の結果を用いた分析においても、その傾向は明らかであった。

図表1は、小学生の家庭の世帯年収区分ごとに[*3]、学力テスト(国語と算数のA問題・B問題)の正答率を集計したグラフである。教科にかかわらず、またA問題・B問題にかかわらず、世帯年収の水準が高いほど正答率が高くなっている。

[*3] 保護者対象のアンケート調査においては、世帯年収について「200万円未満」から「1500万円以上」まで12区分(概ね100万円刻み)で質問しているが、ここでは3区分ごとに集約している。

例えば、国語A問題の平均正答率は、世帯年収400万円未満の児童は58.3%、400万円以上700万円未満の児童は63.6%、700万円以上1000万円未満の児童は68.2%、1000万円以上の児童は72.1%である。また、中学生を対象として同様の方法で集計しても(図表2)、世帯年収の水準が高い生徒ほど、教科や問題種別によらず正答率が高いことが分かる。

図表1 小学生の国語A・B問題と算数A・B問題の平均正答率(世帯年収区分別)
図表1 小学生の国語A・B問題と算数A・B問題の平均正答率(世帯年収区分別)
図表2 中学生の国語A・B問題と数学A・B問題の平均正答率(世帯年収区分別)
図表2 中学生の国語A・B問題と数学A・B問題の平均正答率(世帯年収区分別)

続いて、児童生徒の保護者の学歴別に、各教科の正答率を集計したのが図表3(小学生、父親の学歴別)、図表4(小学生、母親の学歴別)、図表5(中学生、父親の学歴別)、図表6(中学生、母親の学歴別)である。ここでも世帯年収と同様に、保護者の学歴が高いほど、教科や問題種別にかかわらず平均正答率が高くなっている。

例えば、小学生の国語A問題の平均正答率は、父親の学歴が小学校・中学校・高校の児童は59.7%、専門学校・短期大学・高等専門学校等の児童は62.8%、大学・大学院の児童は71.5%であり、母親の学歴別に見ても、また中学生においても同様の傾向が見られる。

図表3 小学生の国語A・B問題と算数A・B問題の平均正答率(父親の学歴別)
図表3 小学生の国語A・B問題と算数A・B問題の平均正答率(父親の学歴別)
図表4 小学生の国語A・B問題と算数A・B問題の平均正答率(母親の学歴別)
図表4 小学生の国語A・B問題と算数A・B問題の平均正答率(母親の学歴別)
図表5 中学生の国語A・B問題と数学A・B問題の平均正答率(父親の学歴別)
図表5 中学生の国語A・B問題と数学A・B問題の平均正答率(父親の学歴別)
図表6 中学生の国語A・B問題と数学A・B問題の平均正答率(母親の学歴別)
図表6 中学生の国語A・B問題と数学A・B問題の平均正答率(母親の学歴別)

家庭の社会経済的背景にかかわらず、絵本の読み聞かせが学力を伸ばす

では、子供の学力はすべてSESに規定されてしまうのだろうか。もちろん、そのようなことはない。

平成25年度に実施された保護者対象のアンケート調査では、属性情報だけでなく、保護者の行動や意識についても質問しており、その中で「子どもが小さいころ、絵本の読み聞かせをした」という項目について、「あてはまる」「どちらかといえば、あてはまる」「どちらかといえば、あてはまらない」「あてはまらない」の選択肢から回答を得ている。この回答を用いて、読み聞かせ積極群(「あてはまる」「どちらかといえば、あてはまる」)と読み聞かせ消極群(「あてはまらない」「どちらかといえば、あてはまらない」)にグループ化し、各群に属する児童生徒の正答率を集計したのが図表7及び図表8である。

これを見ると、小学生、中学生いずれにおいても、すべての教科、問題種別において、読み聞かせ積極群の平均正答率が読み聞かせ消極群よりも高いことが分かる。例えば、小学生の国語A問題の平均正答率は、読み聞かせ積極群は65.7%、読み聞かせ消極群は58.4%、中学生の国語B問題の平均正答率は、読み聞かせ積極群は70.1%、読み聞かせ消極群は62.3%である。

図表7 小学生の国語A・B問題と算数A・B問題の平均正答率(読み聞かせ実施状況別)
図表7 小学生の国語A・B問題と算数A・B問題の平均正答率(読み聞かせ実施状況別)
図表8 中学生の国語A・B問題と数学A・B問題の平均正答率(読み聞かせ実施状況別)
図表8 中学生の国語A・B問題と数学A・B問題の平均正答率(読み聞かせ実施状況別)

 

しかし以上の集計だけでは、絵本の読み聞かせが、本当にSESにかかわらず子供の学力向上に寄与するのか定かでない。例えば、読み聞かせの積極性が世帯年収や保護者の学歴により規定されている場合、図表7や図表8は読み聞かせによる効果ではなく、単にSESが学力に影響を与えていることを、読み聞かせの積極性というフィルターを通して示しているに過ぎない、といった可能性も考えられるからである。

そこで、絵本の読み聞かせだけでなく、世帯年収や保護者の学歴等のSES、保護者から子供への学歴期待、保護者の教育に対する考え方等、様々な変数による影響をコントロールした上で、なお学力水準を規定する要因を明らかにするため、統計的な手法の一つである重回帰分析を行った[*4]。

[*4] 分析で用いた変数や詳しい分析結果等は末尾の「参考」参照。

その結果、他の変数による影響を勘案しても、学力に影響を与えていることが示された主要な項目を整理したのが図表9(小学生)及び図表10(中学生)である。ここでは、国語及び算数・数学のA問題・B問題の正答率を高める効果が統計的に認められた変数に○、正答率を抑制する効果が認められた変数に▼を付している[*5]。

[*5] ここでは分かりやすさのため、有意に影響を与えていることが示された変数のうち、一部を抜粋・統合して記載している。空欄は、特に有意な影響が見られなかったことを意味する。

これより、例えば小学生の国語A問題については保護者が子供と一緒に図書館に行ったり、子供に対して高い学歴期待を持つ(大学まで進学してほしいと考える)ほか、学校以外の教育支出や保護者の学歴が高いと正答率が高くなる一方、保護者が相対的に低い学歴期待を持っていたり、学校生活が楽しければ良い成績をとることにはこだわらないと考えていると、正答率が抑制される可能性が示唆されている。

また、中学生の国語A問題・B問題については、子供が小さいころに絵本の読み聞かせをしたり、子供に対して高い学歴期待を持つほか、世帯年収や保護者の学歴が高いと正答率が高くなる一方、小学生と同様に、保護者が相対的に低い学歴期待を持っていたり、学校生活が楽しければ良い成績をとることにはこだわらないと考えていると、正答率が抑制される可能性が見出された。

ここで再び、「子供が小さいころ、絵本の読み聞かせをした」ことによる影響に注目すると、小学生については国語B問題、算数B問題、中学生については国語A問題・B問題の正答率を有意に高める結果が示されており、すべての教科・問題種別ではないものの、幅広く絵本の読み聞かせによる効果を確認することができた。

図表9 小学生の学力に関する重回帰分析結果総括表(一部抜粋・統合)
図表9 小学生の学力に関する重回帰分析結果総括表(一部抜粋・統合)
図表10 中学生の学力に関する重回帰分析結果総括表(一部抜粋・統合)
図表10 中学生の学力に関する重回帰分析結果総括表(一部抜粋・統合)

なお、以上で紹介した分析結果からは、絵本の読み聞かせによる効果以外にも、学力向上という観点から様々な示唆を読み取ることができるが、その詳細についてはまた稿を改めたい。

家庭以外のアクターも含めた、社会全体での複合的な取り組みが求められる

ここで一つ、留意すべき点がある。それは、SESにかかわらず絵本の読み聞かせが学力を押し上げる効果を持つとはいっても、依然としてSESが子供たちの学力に与える影響は非常に大きいという現実である。実際、図表9及び図表10を改めて見ると、SESの代表的な指標である世帯年収や保護者の学歴が、学校種や教科・問題種別にかかわらず、幅広く影響を与えていることが分かる。

この実態を踏まえると、SESによる壁を乗り越えて、より多くの子供たちの学力を高めるためには、当然ながら絵本の読み聞かせだけでなく、家庭や学校、地域社会、行政等、様々なアクターが有効な取り組みを複合的に展開していくことが求められる。

例えば、三菱総合研究所が実施した分析(図表9及び図表10以外の分析を含む)の中では、家庭において「計画的に勉強するよう子供に促す」「子供と一緒に図書館に行く」「毎日子供に朝食を食べさせる」、学校において「全教職員が恒常的に児童生徒の状況を把握・共有する」「学力調査等のデータを活用しながら指導改善に向けた検討を重ねる」「家庭学習を徹底させる」といった取り組みを展開することにより、SESにかかわらず子供の学力が高まる可能性が示唆されている。

あわせて、さらに留意すべきは、絵本の読み聞かせに限ってみても、例えば経済的な理由により「読み聞かせをしたいが絵本を手に入れることができない」、「生計を立てるのに手いっぱいで、読み聞かせをしている時間的な余裕がない」といった事情を抱えている家庭・保護者もいるという現実である。そうした家庭・保護者に対して、単純に「子供が小さいときから絵本の読み聞かせをしましょう!」と呼びかけることは、逆に精神的な負荷を大きくするだけの結果となりかねない。

このような実態を勘案し、ただ各家庭に絵本の読み聞かせを促すだけでなく、例えばSESが不利な状態にある家庭に対して絵本を提供しながら読み聞かせの効果や方法を伝達する、家庭での読み聞かせに代替する機能を学校教育や社会教育の中で提供する、家庭や学校・地域の状況に応じた効果的な読み聞かせ内容・方法を精緻に検証して実践に反映する。そうした社会的な動きに結びつくならば、本稿で紹介した知見も、より有意義なものとなるだろう。

★参考:重回帰分析について

「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究業務(経済的な面も含めた家庭状況等と全国学力・学習状況調査の結果との関係に関する調査研究)」においては、小学生、中学生それぞれについて、各教科・問題種別の正答率を従属変数、保護者アンケート調査の各回答を説明変数として、重回帰分析(ステップワイズ法)を行った。以下のPDFにあるのは、分析に使用した主な変数及び加工方法が図表11、分析の結果、各教科の正答率に対して特に説明力が高い要因として統計的に抽出された15項目を整理したのが図表12~図表19である。

【PDF】絵本の読み聞かせが、子供の学力を伸ばす(重回帰分析)

サムネイル「Book swapping」世書 名付

http://www.flickr.com/photos/nseika/5234548420

プロフィール

荒木啓史教育社会学・比較教育学

1984年生まれ、埼玉県出身。社会情報大学院大学准教授。社会学博士(オックスフォード大学)、教育学修士・学士(東京大学)。2008年より2016年まで三菱総合研究所に勤務し、教育分野を中心として多数の調査研究・コンサルティングに従事。その他、タイにある東南アジア教育大臣機構・高等教育開発センター(SEAMEO-RIHED)のリサーチフェロー、世界銀行がホストする国際教育基金「教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE)」コンサルタントなどを歴任。現在、特定非営利活動法人サルタック代表理事、三菱総合研究所客員研究員も務める。

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