2023.04.11

小学生と一緒に考える ということ

松井朋子 江戸川区子ども未来館「学びの指導員」

教育

小学生が自分の考えを発信すると「生意気だ」とか「わがままだ」と言われることは、いつの時代にもよくあることです。一方で、もっと子どもの意見に耳を傾けなければならない、と言われています。子どもの権条約12条の「意見表明権」を持ち出すまでもなく、一人一人の意見や考えを大切に聴くことは当たり前のことですが、やはり対象が「子ども」だと、「何もわからない子どもが」と思う大人が今の日本には多いのではないでしょうか。でもそんなことはありません。小学生だって、小学生だからこそ考えていることがたくさんあります。小学生と一緒に考え続けている、小さな取り組みをご紹介します。

江戸川区子ども未来館の法律ゼミ

江戸川区子ども未来館(以下未来館)は2010年4月に開館した、江戸川区立の小学生のための「学びの施設」です。進学や補習のための塾とも、児童館や科学館とも違う、小学生向けの様々な講座を展開しています。施設についてはここでは詳しく書きませんが、ぜひ検索してみてください。私はその未来館の職員です。

未来館では「ゼミ」と称して社会科学の分野―法律、経済、政治について3年サイクルでプログラムを行っています。ここでは法律ゼミを中心に述べていきます。毎月1回、第3日曜日の午後、区内や隣接する区、市からやってくる小学4年生~6年生約24名が、講師を務める大学の研究者、区民ボランティア、司法書士・行政書士、ゼミを卒業した中高生や大学生とともに、「法律」を学びます。法律ゼミと言ってもテレビの「○○法律相談」のようなものとも違いますし、未来の法曹界の人材育成でもありません。その目的は、「自分で考える力」を身につけることにあります。

このゼミのスタートは2012年4月。「良心の自由と子どもたち」(西原博史、2006年 岩波新書)で、「自分で考え、自分で判断できる子どもを育てるために、社会や大人が何をするべきか」を書かれた憲法学者、故西原博史先生、刑法学者の仲道祐樹先生(現早稲田大学)とともに始まりました。

子どもたちは考えられるのか

法律ゼミでは毎回講師がオリジナルのシナリオを書いて、その物語の中で起こる「事件」を、子どもたちが法律的に考え、「解決」しようとします。小学生が法律的に考えることなどできるのか? はい、何もしないで、「ほら考えてごらんなさい」、ではもちろん前には進みません。長年子どもたちとプログラムを進めていて感じるのは、①誰かが言い出すのを待つ ②正解を求める ③本音を語らない子が多い ということです。自分で考える力をつけるために、未来館ではいくつかの工夫をしています。

「考える」時間と場を作る

一つ目は少人数で考えること。24名程度の参加者は4~5人のグループに分かれて座ります。各グループには、法律の実務家──都内の司法書士の有志や東京都行政書士会江戸川支部の方々、子ども未来館のボランティア、卒業生らのスタッフが加わります。グループディスカッションでは、実務家の方々がファシリテーターを務めます。いきなり自分の意見を頭で考えて発言するのは、小学生にとってはハードルの高いことですから、先ず大きなサイズの付箋に自分の意見を書く。最初のうちは書けるまで10分ほど待ちます。この後付箋に書いた意見を一人ずつ述べて、全員の付箋を比較したり、分類をしたり、意見を交換する。その後講師が付箋をピックアップして全体に向かって読み上げたり、受講生に直接問いかけるなどして、まとめを行う。100分程度のゼミでこの作業を2~3回行います。いきなり発言するのではなく、じっくり考えて、書いて、小さいグループで発言する。うまく理解できない子には、ボランティアや卒業生がサポートをします。グループの中で意見の交換をすることで、それぞれの考えが深まります。

二つ目は理由を考えること。誰でも、良いとか悪いとか、好き、嫌いは直感で出てきます。ぱっとひらめいた直感も大切と伝えます。そのあと、なぜそう考えるのか、理由を考えようと伝えます。直感で自分はどう考えるかを付箋に書き、そのあと考えた理由を書きます。これに少し慣れてきたころに、屁理屈でない筋道の通った、相手を説得できる理由を考えようと伝えます。4~5月は付箋を書くことに精一杯でも、夏休み明けごろから同じグループになった友達を説得しようと、必死に自説を展開する子も現れます。

三つ目は、正解はない、ということ。子どもたちは「正解」が大好きで、大人に正解を求めます。4月の開講当初は、国語の授業のようにシナリオ読みの際にプリントの文章に線を引いて、「この場面の主人公の気持ちは」と、行間を読み取ろうとする子、自分の考えを付箋に書きましょうと言っても、正しい答えがわからないから書けない、と言う子がほとんどです。最初のうちは「だからさ、正解は何なの?」と大人に答えを求めます。結論に至る過程や理由よりも、正解が一番大事だと考える子が多いのです。でも私たちが生きている社会の問題には明確な正解がないことが多い。それをみんなで考えるのが、未来館の社会科学のゼミの基本にあるのです。ですから少しきつかったり、面倒であっても、考える時間を大切にします。受講生に、「正解」はないからどうしたらみんながハッピーに暮らせるかを考えようと繰り返し伝えることで、だんだんと自分の考えを書いて、発信するようになります。

もう一つ「正解を求めない」ということについて言うと、大人は子どもに意見を求めるときに、既に自分の結論を持っています。そしてその結論に子どもを導こうとすることがままあります。私自身子育て中に「ねぇ、どうする?」とあたかも子どもの意思を尊重するような態度をとりながら、子どもが私の意に反した要求をすると「でもさ、こっちの方が」と自分の考えに引き込もうとした覚えがあります。私だけでしょうか?学校現場やスポーツチームのような集団の場で同様のことはないでしょうか。ですから法律ゼミのスタッフの面々には「教える、導くではなく一緒に考えてくださいね」、とお願いしています。

四つ目の工夫。未来館(2階)の建物の1階にある「篠崎子ども図書館」との連携があります。その日のゼミのテーマに沿った内容の本―知識の本、絵本、単行本等々を、図書館司書と相談をしてゼミで紹介、貸し出しを行っています。100分間考え、さらに本を読むことで、考えを深め、視野を広げる試みです。区内の図書館全館から司書がピックアップした本を、どの子も複数借りていきます。小学生向けの「法律の本」はもちろんですが、物語なども多く貸し出されます。

考えたこと

次に子どもたちがどんなことを考えたのか、私は法律の専門家ではないので、法的な解釈はつけずに記録から少したどってみましょう。

例えば2020年の民法の回。シナリオの中で、「ロボットの名前(製造番号)を『ヘンなの』、とからかったり、いじったりするのは良いのか?」「損害賠償は発生するのか」という問いに対しての意見。

・嫌がっていなければいい。

・相手が嫌でなければいじめでない。

・言われた側が傷ついたら良くない。→・本人が感じていない、と言っても周りが嫌な気もちになったらだめ。

・気にしていなければ、損害賠償はないの?

・わざとでなければ過失。→過失だと賠償しなくていいのか?

・ロボットは法律上保護されていない。

・ロボットに精神的苦痛はあるのか?

・ロボットの製造番号は名前ではない。などなど。

・ロボットに精神的な苦痛、って、考えたことありますか?

憲法の回では、「決めごとのルールと人権」。みんなが話し合って決めるのが民主主義。メンバーが多くなったら選挙をして代表が決める、ということは全員が支持しました。学級会などで体験済みだからでしょうか。

目を引いたのは、

「殴り合いや、戦争で勝った方が決める権利がある。ホントは良くないけど、そういうこともあると思う」という意見。

・決めたルールに不都合や、変えたいと思ったときはどうするか? 

・一度決めたことが間違っていたら大変だから話し合う。

・自分の意見を代表者が集まる場所に、手紙を出して伝える。

・決めた人に考え直してくれるように、言葉や手紙で伝える

・変えたい理由を言って、相手を説得する。

・もう一度選挙をして決めなおす。

・一人でも困っている人がいたら話し合うのかな?

・基準はどのくらいなのか。→みんな? ある程度…半分以上の人が困った時。等々、

いったん決まったルールでも、変更すること、そのために自ら動くことが必要と考える子どもの姿があります。

未来館の強みと弱み

未来館の法律ゼミの手法全てがOKと思っているわけではありませんから、両面について考えてみます。

まず強み。

一つ目は多様な人たちが子どもの周りにいる、ということです。前述したように、ゼミでは法律的な知識のある実務家が議論をファシリテートし、専門家ではないけれど人生経験豊富な大人が、議論についていけない子の隣に座って丁寧に解説をしたり、言葉を引き出します。課題を抱えて苦しそうな子には、元教員の女性がつく。時には元警視庁の刑事さんだったボランティアが、「こういう事件の現場では・・・」などと話してくれる。未来館の卒業生の中高生は、受講生に年齢が近い分子どもたちと一緒に学び、支え、時には講師に対して「あそこはわかりづらかった」と忖度なしに注文を付ける。このような雰囲気を続けることで、それぞれの年度のゼミが作られ、子ども自身が自分で考える環境が整っていきます。

二つ目は同じ学校やクラスからの参加者が稀であるということです。私は社学系の講座の他に哲学対話(講師:立教大学 河野哲也教授)のゼミを担当しています。この二つのゼミで小学生と話していて感じるのは、自分の言ったことを相手がどう受け取るのか、それがその後自分にどのように跳ね返ってくるのかということに、とても敏感だということです。「こんなこと言ったら、どう思われるだろう」と、ものすごく気にする。一つ間違うと「いじめ」にあうかもしれない、という状況を恐れているためかもしれません。ですから「小学校の学級会や話し合い活動では、高学年になると真剣に言っても相手にされない」とか、「発言したことでどんなふうに思われるか怖いから、本音は言わない」、と、当たり前のように話す子が多いのです。

未来館のゼミでは、何を言っても明日の学校生活での影響を気にする必要がありません。ここは月に1回、自分の考えたことをどう言っても、何を言っても大丈夫な場所だ、とわかると遠慮なく発言をするようになります。

しかしこの「学校とは違って」は、弱点でもあります。ゼミの参加者同士や私も含めたスタッフが顔を合わせるのは月に1回だけ。家庭でのお出かけや学校行事等でゼミを欠席する場合もありますから、継続性という点では難しいのが実情です。学校の授業のように「前回やった続き・・・」はできません。また「自分の考えを言っていい場所」を子ども自身が納得するまでに、早くて3か月。遅い子どもだと半年以上かかりますし、「難しい」と言って、離脱してしまうケースもあります。何とか1年間続けて欲しいと思っていても、4月開講当初のメンバー全員が3月までそろったということは、残念ながらまだありません。

終わりに

子ども未来館法律ゼミの試みはとても小さなもので、まだまだ完成形ではありません。

ゼミを始めた当初、講師が「僕にも何が正しいのかわからない。だから一緒に考えよう」と、子どもに投げかけました。子どもたちが考えられる場を私たち大人が作り、一緒に考えようとすると、きっと子どもたちは一生懸命考えて、発信する。そう思いながら続けています。

2023年4月、法律ゼミが3年ぶりに開講します。今回は、憲法を志田陽子先生(武蔵野美術大学)、中川 律先生(埼玉大学)、刑法を寺中誠先生(文教大学)、民法を宮下修一先生(中央大学大学院)、永下泰之先生(上智大学大学院)、牧野高志先生(平成国際大学)が講師を務められます。

今ワクワクしながらゼミの開講準備を進めています。さぁ、どんな子どもたちがやってくるかな。どんなことを考えるのかな。

プロフィール

松井朋子江戸川区子ども未来館「学びの指導員」

1958年江戸川区生まれ。大学卒業後一般企業に就職。「寿退社」後、専業主婦。出産、子育てとともに、P.T.A.、子ども会、民生・児童委員(主任児童員)、学習ボランティアなど、地域活動にも積極的に参加。また水泳インストラクターとして、スポーツクラブや地域の小学校6校で指導にあたる。2010年江戸川区子ども未来館開設を機に、「学びの指導員」となり、社会科学、哲学対話、音楽等のゼミ・講座のコーディネート、プロデュースを行なっている。

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