2014.12.07

リベラルで経済も重視したい有権者は一体どうしたらいい?

『日本経済はなぜ浮上しないのか』著者・片岡剛士氏インタビュー

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日本型リベラルの憂鬱

―― 将来見通しから、目前の解散総選挙に視点を移したときに、リベラルでかつ経済のことも真摯に考えたい人は、まさにジレンマそのものの状況だと思います。端的に、安倍首相という人が嫌いとだいう方は少なくないと思います。

安倍政権に嫌悪感を持つ方は、人の痛みを考えられる、優しい方が多いのだろうと思います。いわゆるリベラル層ですよね。

もともと「景気を良くしよう」という主張は、リベラル層が言うべきことであったはずです。よく言われることですが、欧米諸国では金融緩和はリベラル政党の主張であり、武器です。富裕な保守層ほど金融政策や景気対策には冷淡な傾向があります。ところが日本では保守とみなされる勢力が、金融政策を武器に政権を奪還してしまいました。

日本のリベラル層が経済政策に弱かったというのは、20年来の停滞の一つの要因だと思います。誰からも見落とされてきた場所にうまく入り込んできたのが、安倍さんのうまさだと思うんですよね。岸信介、安倍晋太郎の系譜で培われた勘のようなものがある方なのでしょう。国民に求められているものに敏感である、政治家として大成するために必須の特徴を備えていると思います。

逆にいうと、安倍さんにあるそういった感覚が、いわゆる知識人層のリベラルには決定的に欠けている。TPPや集団的自衛権も重要な論点であることは言うまでもありません。ただ、そういった論点だけを問題視して、いま生活に困っている人に手を差し伸べなくていいのか、国民全体が問題視していることにどこまでタッチできているのかという疑問が拭えません。自身の関心事のフレームだけで議論してきたのが、この国のリベラルだったように思えます。

「人はパンのみにて生きる者にあらず」も真実ですが、パンさえなければ、現実問題として生きられないのも真実なんです。「同情するより金をくれ」と言わざるを得ないリアリティを認識して、その上で「パンのみ」ではない社会をつくっていくための提案をするべきだと思うんですよね。

―― 主張そのものは文句のつけようのないくらい立派なものであっても、「いまの俺の生活はどうすればいいのか」という問いには答えられない。「これは新しい経済システムへの移行期的混乱なんだ」と答えるだけでは、「痛みに耐えて構造改革を断行する」と言っていた人とコインの裏表に思えます。

同じことが民主党にもいえると思います。民主党の言っていることは非常に立派なことです。税収を増やして社会保障を厚くしていかないといけない。お年寄りが一人きりで困るのでなく、できるかぎり国の関与を強める、これは正しいと思います。

だけど、それだけではきれいごとなんですよ。現実問題として財源がなければダメで、そこで増税をしてしまったら、いま困っているお年寄りはもっと困ることになるんですね。増税で取られた税金が仮に100%本人に戻ってきたとしても、状況は変わっていません。

状況を変えるためには、成長して、分配するパイを増やさなければただの分捕り合戦になってしまいます。どこかの困っている人に大きなパイが分配されると、どこかでもっと困った人が出てきてしまう。そのリアリティが決定的に欠けていると思います。

消費税と社会保障を切り分ける

―― 安倍政権の経済面での問題は、再分配や社会保障への冷淡さのように思うのですが、社会保障と税の一体改革により消費税が社会保障の財源にされてしまったことで、「消費税増税やむなし」という意見もよく見かけます。しかしこの本では「消費税増税による増収分をすべて社会保障費にあてるとしても、高齢化の進行により急増する社会保障費の財源を満たすのは不可能」(185ページ)と明言されていますね。

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ええ。マイルドな成長の持続があって初めて、増税分をどうやって撒くのかという話ができるようになります。消費税はパイが拡大するか縮小するかに関わらず、全員から均等に取るという性格の税ですが、それは低所得者の負担を重くします。

この本でも触れている通り、再増税以降の家計消費の推移を総務省「家計調査報告」で見ても、悪化が深刻なのは最も世帯所得の低い第一分位と第二分位で、さらに非正規労働者の悪化度合いが深刻なのも確認できます(180ページ)。それなのに再増税を行い、それを原資に社会保障を行うということは、低所得者から厚く取ってもう一度低所得者に戻すのと変わりません。さらに消費税の引き上げが、もともとあったパイを縮ませることにもなるので、多くとって少なく戻すことにもつながる可能性があります。

これでは困っている人が陥っている状況は、永遠に解消できません。社会保障には将来への支えという側面もありますが、現役世代が貧しくなれば、将来の老年世代はより縮小された社会保障の下で生きていかざるを得ません。これは矛盾の拡大生産に等しいのではないかと思います。

たとえば子育て支援はとても重要です。子育て支援の財源が消費税に紐づけられているから増税に賛成だという人もいますが、率直にいえばその主張は非常にナイーブだと思いますね。

子育て支援が本当に重要なのであれば、それは消費税という逆進性の高い税収を財源にするのではなく、いついかなる状況でもしっかり支出させることを、国に約束させるべきなんです。

国は経済成長を安定的にしていれば、税収は毎年きちんと担保できます。そもそも税収は経済成長のパイが膨らめば膨らむほど多くなります。増税をしなくても取れる、つまりそれは安定財源なんですよ。もっとも今までは政府がしっかりと経済運営をしてこなかったから、安定財源たり得ないわけですけれども。

「日本は消費税負担の低い国」の誤り

―― 「日本は先進国よりも消費税率が低い」という論調もよく見かけます。

それも正確ではありません。国の税収に占める消費税の割合は、すでに欧米諸国のそれと同じくらいなんですよ。

たしかに欧州の多くの国は、消費税率を20%以上に上げています。8%の消費税率で、なぜそんなことが起こってしまうのか。

それは、法人税や所得税がしっかりと取れていないからなんです。問題にすべきは法人税や所得税です。けれども悲しいことに日本では、欧州の20%超の消費税率に対して8%しかないので、まだ消費税で取れるはずだと言われているんですよ。それをすれば所得税や法人税の税収は縮まってしまうので、たしかに消費税の比重はぐんと上がります。でも全体の税収は低くなる。これは明らかに非効率です。

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―― 所得税などの直接税の比率を下げ、消費税のような間接税の比率を上げる、いわゆる「直間比率」の是正は日本経済の宿願のように言われてきました。それがいまだに宿願でありつづけているのは、どのような理由によるのでしょうか?

富裕層であれ低所得者であれ、高齢者であれ、みんなが等しく負担することが公平なんだという発想が根強い気がします。

また、高齢化が進むということは現役世代が減るということなので、勤労者が減ってしまいます。そうなると、働いていない人からも安定して徴税したい。ならば消費から取るのがわかりやすいだろう、そういう要請があったのだろうと思います。でもこれは、大きな間違いの元だと私は思います。さらにそれを社会保障の財源にすることは、もっと大きな間違いでしょう。

直間比率の是正と社会保障がリンクされるようになったのは、細川政権での福祉目的税構想がまず挙げられます。そのときも目的税構想ではありましたが、頓挫したわけですよね。

その後、少子高齢化が現実化していくなかで、民主党政権下で社会保障と税の一体改革が始まり、巧妙に目的税というアリバイが潜り込まされた印象です。

しかし、そもそも社会保障の基幹財源に消費税をあてている国など、日本以外にありません。もともとそんな国はないんです。

いわゆる社会保障四経費と呼ばれている年金、医療、介護、少子化対策などの給付の半分が、日本では税で賄われています。これは世界に類のない特殊事態です。日本の社会保障はいわゆる社会保険方式なので、保険料を払わなければ給付を受けられない。そのバランスが崩れていることを政府は長らく放置してきて、それを税金で手当てしていくと言っているわけですよね。

税金でやるということは、たとえばそれによって財政赤字が膨らめば、将来の方の負担につながるわけです。現行の年金は、大企業のトップに対しても等しく給付されていて、その財源はみんなの消費への課税で賄われている。これは理不尽です。

むしろたくさん所得のある方は、もらった年金を戻すような仕組みもあって然るべきです。なおかつ相続税や資産課税をより強化していくことも必要です。資産の把握は現状のシステムでは難しいのですが、そこにかけるコストは十分に元が取れるのではないでしょうか。

所得税についても、経済停滞が長く続くなかで、「所得の高い人から多く取る」という累進性が弱くなってしまっています。こういったところを是正する改革を行えば、まさに豊かな人から貧しい方へ、困っている方への再分配ができるんですね。

再分配のための基幹財源を消費税で確保するのはおかしい。この点は具体的に野党のほうから追求されて然るべきだと、私は思いますね。実行可能な形での改革案も作れるはずです。

税金は消費税だけではありません。どの税制を使ってどこに再分配すればもっとも効率的なのか、まずそこから考えてみるべきです。仮に資産課税をあてることになって、官僚が「資産の捕捉は困難だ」というのであれば、何が困難なのかを示させた上で、どういう調査を行えば可能なのか、あるいはどのような機関を設ければ可能になるのかを議論すべきです。金融資産への課税もひとつのアイデアだと思います。

こういった可能性は八田達夫先生や岩田規久男先生といった、政府に対して遠慮なく主張をされてこられた専門家がずっと主張されてきたことです。けれども、なぜか資産課税による財政健全化という方向性はほとんど忘れ去られてしまっています。消費税を上げないと社会保障が維持できないという思考が、受けとめるべき良識として広まっていることに違和感がありますね。【このつづきはこちらから!

(2014年11月21日 三菱UFJリサーチ&コンサルティングにて収録)

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プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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