2016.04.04

世界で一人しか知らない歴史が目の前にあった

ユダヤ史研究・武井彩佳氏

情報 #教養入門#高校生のための教養入門#ユダヤ史

なにかに夢中になって眠れなくなったことはありませんか。今回登場する武井先生は、歴史研究が楽しすぎて夜中に何度も目が覚め、出産数時間前まで研究をし続けたほど。学部選択に悩む高校生に、最先端の研究をお届けする「高校生のための教育入門」。歴史ってそんなに面白いの? ユダヤ史を研究する武井彩佳先生に、歴史を学ぶ楽しさについてお話を伺いました。(聞き手・構成/山本菜々子)

ホロコーストのモノとカネ

――武井先生は『ユダヤ人財産はだれのものか』をご執筆されるなど、ホロコーストの生命や身体だけではなく、カネとモノといったテーマを扱っていますよね。それはなぜでしょうか。

人間はイデオロギーだけで人を殺せないと考えたからです。

よく、ナチスの支配下で洗脳され、ホロコーストに至ったと考えられていますが、政治的な信念だけで人を殺せるのか。そこまで強固な信念や信条を持つ人はなかなかないでしょう。隣の人の持っている土地が欲しいとか、あの人の役職がうらやましいとか、日常的な欲望の方が迫害のコアになっているのではと考えました。

実際は、ホロコーストは史上最大の「強盗殺人」でしたが、その側面についてはあまり語られていません。

たとえば、迫害から逃れるために海外へ移住したユダヤ人は、家や土地を安く買いたたかれました。また、ウクライナやリトアニアの森や谷でユダヤ人が射殺されたときも、彼らの衣服や装飾品は奪われ、処刑者のポケットに入ったり、闇市に並ぶこともありました。さらに、強制収容所でも手荷物は即座に奪われ、髪の毛までもがフェルト用品として利用されました。

このように、強盗殺人であったにも関わらず、なかなかモノやカネの話にはスポットが当てられません。会社なり株なり家なり、いろんな形態の財産を持っていたはずなのに、所有者が消えてしまった。じゃあ、いったいどこに消えてしまったのか。誰に吸収されてしまったのか、そしてどのように返還されたのか、考えはじめたのがきっかけです。

武井彩佳先生
武井彩佳先生

どのように返還・補償されたか

――どのように略奪され吸収されていったのかは、『ユダヤ人財産はだれのものか』をぜひ読んでもらうとして、大量に奪われた財産はどのように返還・補償されていったのでしょうか。

大きく分けて3つの対応に分かれます。

まず、ドイツでは、基本的に財産は返還されました。戦後約50年をかけて、個人財産や公共財産、相続人がいない財産などの返還に取り組んできたんです。東ドイツについては冷戦後に西側と同じような手続きで進められてきましたので、ドイツに関してはユダヤ人の財産は吐き出されたと言えると思います。

西ヨーロッパ諸国では、所有者が生存している場合は、個人財産は基本的に返ってきました。しかし、返還請求をたてる親類縁者がいない場合、各国でその社会に吸収されてしまいました。ドイツと比較すると返還はかなり甘いですが、それでもある程度はなされたと言えるでしょう。

一方、ドイツに侵略されたのち共産圏に入ってしまった東欧の場合は、基本的に返還がなされていません。例外的に一部の公共財産のみが返されました。一部の墓地やシナゴーグ、共同体の事務所などです。たとえばポーランドは330万人のユダヤ人のうち、300万人が殺されましたので、大部分の財産が社会の中に吸収されてしまったと言えるでしょう。

――相続人がいない財産はどのように処分されたのですか?

英・米・仏の西側連合軍は、相続人不在の財産を原資にして、ナチ犠牲者に補償しようと考えていました。しかし、ナチ犠牲者には、ユダヤ人だけではなく、共産主義者や同性愛者などの人々も含まれます。

実際、相続人不在の財産のほとんどはユダヤ人のものでした。というのも、ユダヤ人以外のナチ犠牲者の場合、本人以外の親族まで殺害することがなかったからです。だから、彼らの財産には相続人が存在しました。結果的に、残ったのは、ユダヤ人の財産ということになります。

そこで、相続人がないものに関しては、「ユダヤ民族」という漠然とした集団が権利を持つことになりました。ユダヤ人は集団としてホロコーストのターゲットにされた以上、ユダヤ民族が相続人となるという、非常に集団的な考え方です。ユダヤ人の相続団体がその受け皿になりました。

――「ユダヤ人」のような民族を相続人にすることに、論争はあったのでしょうか。

当然のことながら、どうして個人の財産に対して、「ユダヤ民族」といった超越的な上位集団が権利を持ちうるのかという疑問はあります。国際法の常識からしても、前代未聞です。

ただ、当時はそういった思想的なレベルの話を超えて、現実にホロコーストで住むところも着るものもなくなってしまった人が沢山いました。とにかく、現状に対処する必要があったんです。したがって、亡くなっている方のお金は、同じような運命だったけれど、生き残った人たちに使うことになりました。

被害者が加害者に!?

――パレスチナ問題との関連性はどのようにとらえていますか。

それは難しいですね。ホロコーストのお金がすべてイスラエルの「軍事力の強化のためだけに使われた」というのはあまりにも単純化しているでしょう。実際、多くのお金はホロコーストの生存者のために使われています。

ですが、パレスチナ戦争で獲得した土地にプレハブ住宅を建てたり、軍事的に重要な国境地帯でドイツの返還財産の一部が使われたのもたしかです。

とはいえ、これは当然のことのように思います。これから国家として生き残っていこうというときに、軍事的に重要な土地に人間が足りておらず、他方で難民が多く流れてきているのであれば、そこに居住地をつくるのは合理的でしょう。

ホロコーストの生存者の援助という観点からは、彼らがそこで生活を再建できれば良いわけですから、彼らがパレスチナ紛争の駒として利用されたと一面的に言ってしまうのは難しいと思います。

そもそも、ホロコーストで亡くなったのはヨーロッパのユダヤ人であって、イスラエルとはあまり関係がないのでは、という見方がありますが、ユダヤ人の側からすると、亡くなった同胞の財産を新たに同胞の中心地になったイスラエルに動かすことになんの矛盾もありません。それを非ユダヤ人がみると、問題があるように見えることがある。

――よく、追い出されたユダヤ人が、パレスチナで追い出す側になって……という語られ方がありますが、そう簡単には言えないということですね。

特に日本では、「犠牲者が加害者に転化する」という見方が強いように感じます。ホロコースト被害者のユダヤ人が、イスラエルの建国によって今度はパレスチナ人に対する加害者になったと。そこには、道徳的な問いが含まれていないでしょうか。「つらい思いをしたひとが、なぜこんなことをしてしまうんだろう」と考えてしまう。

たぶんそれは事後的な見方で、そこに当時生きていた人々にとっては有効な問いではない、と歴史の研究者としては考えます。じゃあ、当時彼らに他の選択肢はあったのかと問えば、思い浮かばないんですよね。

――東欧のホロコーストで、殺された人たちの衣類や装飾品を取引する様子が、ご著書で紹介されていましたよね。単純に「なんで一般の人たちもこんなことをしてしまうんだ!」と憤りを感じて精神論的な問題にして分かった気持ちになってしまうなぁと、ちょっと反省しました。

東欧の現地の人たちが、殺されたユダヤ人の衣類をくすねたり、闇市で売りさばいたり、それを買う人たちもいるわけですが、現代の私たちの感覚からすると、「なんでこんなこと」と思いますよね。

でも、流通しているモノがほとんどない時代に、どういった背景のモノなのかみんな認識しているんだけれども、売り買いするのは仕方ないという感覚が当時では普通だったと思うんです。だから、現在の道徳的な問いは、その環境・その場においては有効ではないでしょうね。

ただ、当時の状況においてはすべて正当化しうると言っているわけではありません。現実に自分がその場にいたら、死者の財産の売買は特異な状況だと認識できるのか、考えさせられます。

それでも、居心地の悪さはあると思うんです。実際、戦後に東欧では財産の返還請求を恐れて、帰ってきたユダヤ人を殺してしまうケースがいくつかありました。そのうしろめたさは、戦後処理を停滞させた一因でしょう。

これは、現在のイスラエル・パレスチナ問題にも言えます。パレスチナ難民の帰還を認めたら財産返還要求が当然ながらでてきますから、それが出ないような強硬策を取っている部分があると思います。

きっかけは少女漫画?

――先生はどのような高校生でしたか?

すべての意味で悪夢みたいな高校生でしたね(笑)。

――悪夢(笑)。

先生にとっても家族にとっても。自分も半ば悪夢……。英語や歴史は好きな一方で、数学は全くできない学生でした。日本史は漢字があまり覚えられなかったので、カタカナの多い世界史の方が好きでしたね。

それと、マンガが好きで『ベルサイユの薔薇』などで有名な池田理代子さんの『オルフェウスの窓』や、『女帝エカテリーナ』をよく読んでいたのも世界史に興味をもったきっかけでした。

『オルフェウスの窓』は、ロシア革命を背景に、ドイツに亡命している革命家と、男性のふりをして生きている女性の愛の物語なのですが、背景のスケールの大きさに圧倒されました。これを読むと、革命前夜のヨーロッパの雰囲気がよく分かります。

『女帝エカテリーナ』の方は、ドイツの貧乏貴族の娘がのし上がり、ロシア最強の女帝となる話ですが、男性遍歴もすごくて、数えきれないほど若い愛人がいたことで有名な人です。後に何かの面接で、尊敬する人は誰かと聞かれ、エカテリーナと答えたところ、ドン引きされた覚えがあります。

大学では文学部に進み歴史を勉強しました。

――西洋史に決めたきっかけはなんだったのでしょうか。

1989年のソ連崩壊ですね。当時は大学1年生だったのですが、これまで世界を2分していた勢力の片方が一気になくなったのにショックを受けました。ソ連っていったいなんだったのかと思い、崩壊後のソ連をシベリア鉄道で極東から旅をしました。列車の旅なので一週間お風呂に入れなかったのはきつかったですね。列車のトイレがあまりにも汚くて恐ろしく、極力水分・食料を取らずにモスクワまでいきました。

ユダヤ人の歴史について学ぼうと思ったのは、このような大学時代の旅行がきっかけです。私の中で、ユダヤ人はホロコーストの被害者だという認識でした。しかし、ドイツに旅行にいってみると、ユダヤ教徒のシナゴーグがあって、ユダヤ人たちが生活をしている。ホロコーストのような凄惨な出来事がありながら、どうしてこの場所で生きているのだろう? そう思ったのがユダヤ人に興味をもったきっかけでした。

もともと、日本における在日朝鮮人など、マイノリティの歴史に興味があったのもあります。

ベルリン。雪のホロコースト記念碑。
ベルリン。雪のホロコースト記念碑。

――在日朝鮮人ではなく、ユダヤ人を研究しようと思ったのはなぜですか。

距離の遠さと、ホロコースト後のユダヤ史は、日本では未開拓な分野であったことが決め手でした。

ユダヤ人は基本的に日本から離れた場所に住んでいます。そのため、より客観的に研究することができると思いました。ドイツ人だとホロコーストの罪悪感があって言いたいことが言えません。ユダヤ人だと、イスラエルをめぐる政治的な状況もあるので、都合の悪いことは言わないことが多い。日本人の立場だとしがらみもないので、何を言っても見逃してもらえる部分はある。とはいえ、自分がいつも戻ってくる場所は日本の排外主義や、歴史認識の問題です。日本のマイノリティの状況と重ねてみています。

歴史は新たに書かれていく

――「未開拓」というのは、どのような意味でしょうか。

現代史は、そもそも史料が多く、まだ公開されていない史料もたくさんあります。良い史料と出会えれば大学院生のような駆け出しの歴史研究者でも新しい論文を書くことができます。

たとえば、先ほどお話したユダヤ人のモノとカネについて取りあげた、私の二冊目の本『ユダヤ人財産はだれのものか』では、イスラエルの文書館で出てきたばかりの史料をもとに書いた本です。たまたま、イスラエルにいたときに、オープンになっていない史料の整理が終わったので、見られるようになったのです。

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イスラエルのホロコースト記念施設、ヤド・ヴァシェムの「名前のホール」。ホロコーストで亡くなった人の写真が600枚、タワー状に展示されている。

その史料は、殺されたユダヤ人がヨーロッパに残した財産をどう処分するかという問題を扱ったものでした。当時は、ほとんど誰もやったことのない分野だったんです。まだ誰も書いていない歴史を、自分の頭の中で組み立てていくわけですよ。すごく面白い。世界で一人しか知らない歴史が目の前にある。

べンジャミン・フェレンツの史料も、心に残っています。彼は、第二次大戦後、ホロコーストの射殺集団、アインザッツグルッペンの裁判を担当した人物です。どれだけ凄惨な話なのか、と思い開いてみると、不謹慎ですが、すごく笑えた。暗い話や残酷な話の合間に、ジョークがあり、ユーモアを忘れずにいた。暗いからこそ、前を向いていく姿勢が必要だったのだと思った瞬間です。

ですので、朝の9時から5時まで史料室にこもっていました。50年前の史料を延々と読んでいるのですが、楽しすぎて。歴史像が頭の中で湧き上がってくるのがあまりにも楽しくて、興奮で夜中に何度も目が覚めました。イスラエルには6か月ほどいたのですが、ひたすら読んで、ひたすら史料をコピーしてという毎日で、それがとても楽しかった。

――歴史は知られていることを勉強するイメージが一般的にありますが、実は新しい歴史を「書く」こともあると。

そうですね。自分で史実がどうであったのか掘り起こしてゆくのが、現代史の醍醐味だと思います。

ヤド・ヴァシェムの「名前のホール」にある無数のファイル。300万ページものホロコースト証言がおさめられている。
ヤド・ヴァシェムの「名前のホール」にある無数のファイル。300万ページものホロコースト証言がおさめられている。

「強いマイノリティ」!?

――ユダヤ史の難しい点はどこですか。

やはり、史料がないと研究者は書けませんから、史料を見せてもらえるのかでしょうね。ユダヤ関係はインサイダーじゃないとアクセスできない部分があります。ユダヤ関係の文書館に入り浸って顔を売るとか、ユダヤ人の友人を介してお願いをするとか。正攻法で申請をしてもダメなことがあるんです。

――ユダヤ人とほかのエスニック集団との違いはありますか。

「特異な点がない」と言ってしまうのは、事実ではないでしょうね。たしかに、数の点で少数派であり、多数派の歴史観とは合致しません。エスニック集団としての在り方を打ち出している点では一緒でも、ユダヤ人社会は政治の面でも経済的な面でも特異です。同じような状況に置かれているほかのマイノリティは、彼らほどの社会的地位も政治的成功もおさめていません。「マイノリティ」という言葉自体に「弱者」という意味が読み込まれていますが、ユダヤ人に限ってはそう簡単な話ではない。誤解はあるかもしれませんが、ユダヤ人は「強いマイノリティ」といういい方ができるでしょう。

特に、ホロコーストの補償問題に関しては、ユダヤ人はかなり成功しています。日本の在日朝鮮人は、ドイツにユダヤ人がいるのと似ているような関係性ですが、社会での受け止められ方が違いますよね。

かたや、ヘイトスピーチがはびこる日本に対し、ドイツは非常にうまくユダヤ人社会を取り込んでいます。さらに、そのことがドイツの国際的な信用につながっているのです。この違いはいったいなんなのか。よく考えるのですが、いまだに答えは出ません。

ユダヤ人が巧みなのは、ポジショニングが非常に上手く、自分たちの利益がドイツ側の利益も兼ね備えている点です。私もはじめは、ホロコーストから入ったので、ユダヤ人は犠牲者だというイメージが強かったのですが、非常にレジリエンスのある集団だと思います。

政治と宗教と民族がかかわる交差点に

――ユダヤ史に興味をもった高校生はどの学部に行けばいいですか?

やはりユダヤ史をやるのであれば西洋史だと思います。イスラエルから入る場合は、中東研究でしょう。日本の中東研究の主流はアラブ研究なので、イスラエル研究はこれから活発になっていくと思いますが、今はヘブライ語もアラビア語もできる研究者が増えてきました。新しい時代に入りつつあると思います。

とはいえ、現在はいろんなアプローチがあるでしょう。政治や経済からユダヤ研究もできますし、学際的な分野だと思います。

ニューヨークのスタジアムで、正統派ユダヤ人の大集会が開かれた時の様子。
ニューヨークのスタジアムで、正統派ユダヤ人の大集会が開かれた時の様子。

――ユダヤ史を学ぶとどんな役にたちますか?

現代世界の成り立ちの構造がある程度見えます。というのも、彼らは各地に散らばっており、政治と宗教と民族がかかわる交差点にいつもいる人たちなのです。

ちなみに、ユダヤ人と言えば「お金もち」というイメージがあって『ユダヤ人の大富豪に学ぶ』みたいな本がいくつも出ていますが、研究してもお金持ちにはなれません(笑)。

――お金持ちにはなれないんですね……。ちなみに、ユダヤ=陰謀論みたいなイメージをもつ高校生もいるかもしれませんね。

そういうものを怪しい!と思う人は現代史を学ぶのに向いていると思います。ローマ時代の歴史をやっていて、いまの政治的利益にかかわることはほとんどないですが、やはり現代史は政治や経済の問題に直結している問題です。ちまたで言われていることは本当なんだろうか? と疑いの目をもてることは非常に重要です。

――疑いの目ですか。それ以外に、現代史に向いている人はいますか。

フットワークが軽い人ですね。いろんなところに行って、いろんな組織に飛び込む。ジャーナリズムに近い面もあるのですが、それを文書館でやっていくのが現代史の研究者だと思います。

――歴史家の人はずっと本を読んでいるというイメージがありますが、フットワークが必要なんですね。

特にユダヤ史をやる場合、ユダヤ人自体が国境内にとどまらない存在です。ですので、複数個所にいく必要があります。イスラエル、アメリカ、ヨーロッパ……各地に史料がありますし、多言語を読める必要があります。彼らは多言語でコール&レスポンスしていますから、それに対応しなければいけない。

あと、体力も必要でしょうね。各国を飛び回って、史料を探して、コピーしての繰り返しで、体力がすごく必要です。体力のある30代のうちに、80歳くらいまで仕事に困らない史料を集めることがかなり重要です。私も、博士論文を書いたときは、イスラエル、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツの文書館にいきました。

――スタートダッシュが重要なんですね。

そうですね。そこからは長距離ですが、やはり史料をもっていないと書けないですから。今はテクノロジーも発達していますが、生の史料を見ている人は強いと思います。原史料を見ている人の書くものは、明らかに匂いとか、雰囲気とかが違う。2次史料をもとに語られるものとは違う像が立ち上がるのを感じます。

――歴史の研究者になるにはどうしたらいいのでしょうか?

もし、研究者になるのであれば、私は研究に対する執念が大事だと思っています。特に女性の場合は、出産などのライフサイクルと重なってしまうので、あきらめてしまう人が多い。研究は時間がかかるし、海外を飛び回ることもありますから。でも、自分が面白いと思ったのであれば、執念をもっていかないと、特に女性が研究を続けるのはいまの社会の状況では難しいですね。もしかしたら、ミーハーな感覚が必要かもしれません。面白いからやるんだという。

個人的な話ですが、私は、出産数時間前までノートパソコンで仕事をして、出産の翌日から本の校正をしていました。この話をすると、ちょっと変人扱いされるのですが(笑)。でも、それくらい研究は楽しいです。まだ書かれていない歴史が外にはいっぱい待っていて、史料たちが眠っていると思うと本当にわくわくします。

実際の現場に足を運ぶこと、本当かな?と思ったら自分で調べてみることは歴史研究だけではなく、すべてにおいて非常に重要です。高校生のみなさんもぜひ、興味をもったことを執念深く考えてみてくださいね。

高校生おすすめの3冊

ユダヤ人といえば旧約聖書ですが、そのためだけに聖書を読むのはつらいです。これは聖書を現代風に語り直した本で、不貞あり、策略あり、人も死ぬ、とにかく笑いながら読めます。

ホロコーストの展開と、その性格がよくまとめられています。

ホロコーストとパレスチナ問題のつながりや、補償問題に興味がある人にお勧めします。

プロフィール

武井彩佳ドイツ現代史、ホロコースト研究

学習院女子大学国際文化交流学部教授。早稲田大学博士(文学)。
単著に、今回取り上げる著書の他、『戦後ドイツのユダヤ人』(白水社、2005年)、『ユダヤ人財産は誰のものか――ホロコーストからパレスチナ問題へ』(白水社、2008年)、『〈和解〉のリアルポリティクス――ドイツ人とユダヤ人』、(みすず書房、2017年)などがある。

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