2017.01.23

地球ってどこが特別?――遠い星から地球を知る「固体惑星科学」

「TeNQ」リサーチセンター長・宮本英昭氏インタビュー

情報 #教養入門#TeNQ#高校生からの教養入門#固体惑星科学

なぜ、地球には人類が存在して他の星にはいないのか。いつか、人が火星に住める日は来るのか? 「宇宙大航海時代」と言われる現代、世界各国から探査機が送りこまれ日々膨大な量の宇宙に関する情報が蓄積されています。そのデータを分析し、固体の表層を持つ天体の惑星環境の調査や地球との比較を行うのが「固体惑星科学」の研究です。進路に悩む高校生に向けて、各分野で活躍する研究者たちのインタビューをお届けしている「高校生からの教養入門」シリーズ。今回は、東京大学大学院教授で宇宙ミュージアム「TeNQ」リサーチセンター長の宮本英昭氏にお話を伺いました。(聞き手・構成/大谷佳名)

「なぜ我々は地球に生まれたのか?」

――宮本先生のご専門は「固体惑星科学」ということですが、どのような研究をされているのですか?

研究対象は宇宙の中の恒星の周りを回っている惑星で、その中でも固体の表層を持つ天体です。今、あらゆる天体に探査機が送りこまれ、日々膨大なデータが集められています。私自身が行っている研究は、主に天体の表層環境に関する探査データの解析を行い、そこから地球の表層環境との類似性や特異性を明らかにすることです。

まだ人類は惑星からサンプルを持ち帰ったことがありません。サンプルを持ち帰ることができたのは、月と2つの小さな小天体だけです。そのため僕らは遠くで見えているものを「こうなっているんだろう」と想像している段階です。ですから分析の精度を上げるのはすごく重要。物理、数学、化学、生物学、あらゆる分野を投入して分析します。それでも分からないことがあるときは、地球の石や隕石を調べて探査データと比較するなど、野外調査や室内実験を行うこともあります。

もう一つ、日本の惑星探査計画にもサイエンスメンバーとして参加して研究を行っています。これまでは火星探査機「のぞみ」、小惑星探査機「はやぶさ」、月探査機「かぐや」などの固体惑星探査プロジェクトに関わってきました。現在も、次期小惑星探査計画、月探査計画に参加しながら、実際に火星に着陸して固体や気象の探査を行う計画にも携わっています。

――なぜ表層が固体の天体を対象とされているのですか。

地球と同じという点で直接対比できるからです。僕らの研究の意義として、他の天体との比較を通して地球の普遍性や特異性を明らかしたいと思っています。比較の上でガスや太陽光などが重要だと考える研究者もいますが、僕はその中でも地球と同じ固体の表層を持っている天体は、生命の可能性も考えられますし、面白いと思って研究しています。

宇宙の研究は、単に天文オタクが趣味で星をずっと見ているのもロマンチックなのですが、そこでなぜ科学をやっているのかというと、結局は我々自身を理解したい、これから我々はどうなるのか知りたいからだと思います。特に興味深いのは、我々は宇宙の中でどういった位置づけにあるのか、なぜ人類が地球に存在していて他の星に生物がいないのか、という問題です。

他の天体と比べて地球がどう特別で、どういう部分に他の星と共通する物理学的な普遍性があるのか、それを明らかにすることで地球のことも分かってくる。ちょうど海外旅行などで他国の文化に触れた時に「日本のこんな所が特別だったんだ」と気づくのと同じことですね。

――これまでの惑星の研究を通して地球について分かってきたことを教えてください。

例えば、二酸化炭素が原因とされる「地球温暖化」。実は最初に気づいた人は金星の研究をきっかけとしたのです。金星は地球の近くにある惑星で、太陽からの距離もそれほど違いありません。ですから、太陽から受ける熱の量は同じくらいです。また、天体の大きさも同程度なので、それに比例して放射性壊変による熱の量(注)も同じくらい。どう考えても金星は地球と同じような環境なんだろう、と想像されます。

(注)放射性元素の崩壊により生じる熱(原発と似た仕組み)。主にその熱量によって火山や温泉ができる。総熱量は天体の大きさに依存する。

しかし、金星に降り立った探査機で調べてみると表面温度が450℃もあったのです。しかも金星は大気の90%が二酸化炭素でした。つまり温暖化の原因は二酸化炭素なのではないか、それなら地球も温暖化しているのか、とそこで初めて問題になりました。非常に本質的なことでも、地球に住んでいるとなかなか気がつかないことってあるんだと思います。それを他の天体を通じて知るというのは面白いですよね。

宮本氏
宮本氏

火星もかつては地球のようだった

――太陽系の惑星の中で一番多くのことが分かっているのはどの星ですか?

火星です。表層環境をみてみると火星は地球に一番よく似ているので、生命の可能性を調べる上でも重要なんです。今ようやく本格的な探査が始まったところで、いろいろなことが明らかになりつつあるというフェーズにあります。

――将来、火星に人が住める日は来るのでしょうか。

火星は気圧が地球に比べて150分の1、平均気温はだいたいマイナス60度くらいですから、人間にとって絶対に住めないわけではないです。将来的には火星基地を作って表層で活動することも考えられていますが、それがいつ実現するのかはわかりません。今の技術でも可能だという人もいますが、実行すようとすれば莫大なお金がかかってしまいます。NASAも真面目にやろう検討はしていますが、そもそも火星は行くだけでもお金がかかりますから、すぐには踏み切れません。

将来的には人類を火星に送るにしても、その前にまず火星のことをよく調べる必要があるでしょう。そして着陸機を送って、きちんと地球に戻ってくることを技術的に実証してからだと思います。同時に火星からサンプルをとってきて、少しでも科学に役立つ研究を進めていけると良いですよね。2030年くらいにNASAは「サンプルリターン計画」(Mars sample return mission、MSR)を実行したいと言っていますが、まだどうなるかはわかりません。

――これからが楽しみですね。研究者の方々で、火星に生命体はいると考える人はどれくらいいらっしゃるんですか?

ほとんどの人がいないと思っています。火星の環境は極めて劣悪ですから。ただ一方で、地球になぜ生命が誕生したのかを考えると、その必然性はよくわからないのです。

水があって、有機物があって、熱源があって、宇宙からの放射線を遮断する磁場もあって……生命に必要な要素はいくつか上げることができるのですが、火星にもかつては地球と同じように磁場や有機物、熱源や火山があったことが分かっています。また火山が噴火した跡や、溶岩が磁場に影響を受ける形で固まった痕跡も見つかっているんです。液体の水も昔は大量にあって、海を作っていたと考えられています。水が流れていた大きな跡があるからです。

なので、地球に生命が誕生した35〜46億年前と同じくらいの環境なら、かつての火星でも達成されていた可能性が高いのです。それならば、火星にも生命体が生まれていたんじゃないか、というのは素直な意見かもしれません。「そうだとしても、今は全部死んでしまっただろう」という人もいますし、「微生物くらいは生き残っているのではないか」という人もいます。微生物には厳しい条件でもその環境に適応した形に突然変異するものがありますから、生き延びるのかもしれません。

――宮本先生は今でも火星に生命体がいると思われますか?

いると思います。微生物がものすごく限られた場所でこっそり生活している程度だと思いますが。タコ足の宇宙人なんかいるわけがないですからね。

――これまで火星の研究を通して地球のどんなことが分かってきたのですか?

太陽系の中の地球の位置付けは変わりつつあります。少し前まで、地球に生命がいるということはそれだけで意味のあることでしたが、それはもう片付いたと思います。つまり、火星にも海や火山や磁場はあって、かつては地球のようだったと分かった。じゃあ地球とは何なんだ、といま新たに問われています。

「宇宙の研究者ってこんなもんか」

――先生は高校生のころ、どんな風に過ごされていましたか?

高校生の時は本当にどうしようもない劣等生でした。最低偏差値が14とか……。

――えっ!?

周りの友達も30くらいだろうと思っていたので、統計的に偏差値50が真ん中と知った時はびっくりしました(笑)。宇宙のことは、なんとなく子どものころに面白いなって思っていて、色々な本を読んだり新聞記事を切り抜いたりしていました。でも中学生になると色気がでたりするじゃないですか。

そのころは科学とかオタクみたいに勉強するよりは、ちょっと大人の真似をしている方がカッコいいと思っていたんです。そうしたら、気づけば偏差値が30しかなくて、宇宙の研究なんてとんでもないし、自分の人生すらどうしようもなくなっていた。

親に大事に育てられて、将来は色々なことしてみたいと思い描いていたのに、途中でちょっと道を外れるともはや社会は受け入れてくれなくて。「お前なんかいらねえよ」って言われているようで、絶望の底に叩き落とされた気がしました。

でも高校3年のころに突然、「やっぱり自分の人生、何かしたい」って強烈に思ったのです。そういえば昔は宇宙に興味もっていたなあ、と思い出して近所の本屋に行ったんですね。そこで宇宙の本を開いてみたら、著者がみんな東大だったから、なんか分からないけど東大に行かないといけないのかなって。でも行きつけの麻雀屋で話したら、みんなに涙流して笑われましたよ(笑)。

でも自分なりに必死で勉強して、最初は一年浪人しても偏差値50になっただけだったのですが、バブルの時代であまり世の中もうるさいこと言わなかったのでもう一年浪人させてもらって、それで東大に入ったんです。その経験から思うと、高校生に世の中にこういう仕事があるって伝えるのは本当に大事だと思うんですね。

それに、高校生には人生を変えられる可能性がいくらでもあると思うのです。物理的に不可能なことなんかは別ですが、夢をもってそれに向かって頑張れば叶うと思うんです。ところが高校生くらいだと視野が狭いし、みんな同じようなものを見ているわけで、友達と話をしても何をしたらよいかわからない。

高校生のころの僕も、宇宙のことを知りたくて本屋に行ったら、天文とか星座の本とか「火星に人面岩が!」みたいなトンデモ話の本ばかりで、本当の科学はどういう世界なのか全く分からなかった。宇宙に関する興味深い話、真に人生をかけるべき仕事は実はいろんな種類のものがあって、だからこそ視野を広げるのは本当に大事だと思うのです。

――視野を広げる前に進路の選択を迫られて、「まだ自分のやりたいこと見つかってないのに……」という人も少なくないと思います。

進路の選択が早いか遅いかは別にして今の風潮として、全く主体的ではなくて自分で考えないで済んでしまうところは残念ですね。周りに言われるがまま、特に疑問も抱かずに標準的なところに落ち着こうとするのは勿体ない。就職が良いらしいから工学部に来たけど、就職か進学か自分では決められないなんて人も見受けられます。それで親のいう通り進学しても、今度は就職先は学科の専門に関連するところしかなくて幅が狭いと愕然としたり。

そうではなくて、社会は何を求めていて自分は何がしたいのか、自分の心の中から決めて、その方向に進めると良いと思います。物事の本質を見て自分の頭で考える。これは受験勉強では誰も教えてくれなくて、日常生活から学ぶことです。

それとやはり若いうちは多少の苦労をした方が得だと思います。自分の選んだ道なら失敗しても納得いくというか。誰かに言われた通りにして、失敗したら「あいつを信用したのに……」って恨むなんて、そんな人生寂しいですよね。

TeNQ(テンキュー)』を立ち上げたのも、ガラス張りの研究室でみんなに自分たちの恥ずかしい姿を見せるのが目的なんです。僕なんか全身ユニクロずくめの短パン・Tシャツで、だらしない格好でコーヒー飲みながらちくちくWeb見ている。「なんだ、宇宙の研究者ってこんなもんか」、「これなら俺でもできる」、そんな気持ちが若者に些細な勇気を与えるんじゃないかと思いました。僕の高校生のころの経験を踏まえて、やりたいことを最初から諦めてしまわないように何か手助けできないか、と考えてたどり着いた、僕なりの一つの回答です。

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TeNQリサーチセンター

「これをやりたい」という心が大事

――宇宙に関わる仕事に興味を持っている方へのメッセージをお願いします。また、これからはどんな分野が注目されるでしょうか。

これからは天体の探査がより活発になってきます。探査機の値段も安くなって、色々な星のデータが取りやすくなるでしょう。僕らもラボ内での分析や実験をやっていると、「もうすこし探査データがとれたらもっと科学が進むのにな」と思うことがあります。

天体の探査計画では、ロケットを作る人から探査装置を作る人、資金を集めてくる人、世の中の人々に支援してもらえるように説明する人まで、たくさんの人たちが集まってチームになります。同じように、宇宙の研究には色々な人が関わっていて、その中で自分が得意だと思うところをがんばる。全体としてその分野に自分ができる貢献をしていく、ということになります。

一つ言えるのは、例えば固体惑星科学を研究する場合、基礎物理とか地学の一分野に限られるんじゃないかと思われるひともいるかもしれませんが、それは間違っていて本当に色々な分野が関わっています。生命体に関わるなら生物学だし、火星に基地を作ろうとするなら土木工学、探査機作るなら機械工学とか電気工学。だから「これをやりたい」という心の方が大事で、そこに自分の専門性をどう生かしていくかという話なんです。

みんながみんな同じロケット作るのでは宇宙開発は進まないので、色々な背景を持つ人が集まってきて主体的に動いていくわけです。だから「私は○○学部卒だからこの宇宙なんてできない」とか、大学に入るときに全部決まるなんていうのは大きな間違いです。自分のやりたいという思いを大事にしてそこに突き進んでいけば、自然とその道の人が導いてくれたり、自分で気づくことも多いでしょう。そういう志をもって、一方で実力を磨く。この二つが必要だと思います。

プロフィール

宮本英昭惑星科学

東京大学大学院教授(総合研究博物館教授兼任)。宇宙ミュージアムTeNQリサーチセンター長。1995年東京大学理学部を卒業し、2000年に博士(理学)取得。アリゾナ大学月惑星研究所客員研究員など経て2016年より現職。専門は惑星科学、特に探査機のデータ解析や探査計画の立案。最先端の研究成果を社会に広める活動として、小学校に先端科学を展示するスクール・モバイルミュージアム事業(2012年度キッズデザイン賞受賞)を主催。東京ドーム内の宇宙ミュージアムTeNQを監修し、東京大学総合研究博物館との連携プロジェクトとして研究室を移設。主な著書編書に『宇宙のふしぎ なぜ?どうして?』(高橋書店)、『 鉄学 137億年の宇宙誌』(岩波科学ライブラリー、共著) 、『惑星地質学』(東京大学出版会)。

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