2021.03.09

森辞任事件異聞2――切り取りはあったのか?

田中辰雄 計量経済学

情報

1.事件の概要と調査票

切り取りとは、メディアが人の発言を報じる時に一部分だけ取り出し、結果として受ける印象が全部聞いた時と異なってしまうことをさす。報道の際、発言の一部分を取り出すことはやむを得ないが、取り出し方が偏っていてミスリードを生むとき、切り取りと言われる。政治家の発言に適用されることが多く、しばしば人々の話題になる。ただ、実際に切り取りでどれくらいの影響があるかを実データで調べた例は少ない。

この点で、森辞任事件は格好の調査対象である。広範に報道され、非常に多くの人が知る事件なので、アンケート調査で影響を調べることができるからである。まず、森辞任事件についてどう思うか尋ね、そののちに森発言を実際に読んでもらって、意見が変わったかどうか聞けばよい。切り取りがあれば意見が変わるはずである。これを試みたので結果を報告する。

結論から述べると、切り取りがあったかなかったかで言えば、あった。森発言を実際に読んだ人は、平均的には森氏を擁護する方向に意見を変化させていた。したがってメディアによる切り取りによって、森氏のイメージが悪化した事実は認められる。しかし、その程度は大きくはない。計測された意見の変化幅は標準偏差の14%程度で、受験でよくつかう偏差値になおすと1.4くらいの変化である。これは森批判の大勢をひっくりかえすほどではない。ただ、この推定値は調査方法が簡易にすぎるために過小推定になっており、実際にはもっと大きかった可能性がある。結論は保留せざるをない。結論が確定しないのは誠に申し訳ないが、それでも実データでの検証はあまり例が無いので、ここに記事として報告することにする。

2.事件経緯と調査概要

まず、事件の経緯をまとめる。メディア報道のなかで問題視された森発言は、「女性が入ると会議が長くなる」、「発言時間を規制しないといけない」、そして「わきまえた」女性が望ましいの3点である。

批判者は述べる。まず、女性が入ると会議が長くなるのは偏見であるし、仮に長くなったとしてもこれまでと異なる知見を入れるのだから長くなるのは当たり前である。女性の発言時間を規制しようというのはもってのほかであり、「わきまえる」にいたっては、男性優位である現状にたてつくなと言っているに等しく、日本社会の古い男性優位思想が如実に露われたとされる。

これに対し、一部保守論客から、これは切り取りによって歪められた解釈だという見解が出された。まず、発言時間を規制しようというのは他の人の引用で森氏の意見ではない。女性が入ると会議が長くなったのは森氏が会長を務めるラグビー協会での経験談であり、これに比べてオリンピック組織委員会の女性理事の話は的を得ていて良い(ので時間内に収まる)というのが森発言の趣旨である。意図としては、身内であるラグビー協会の女性を下げ、組織委員会の女性を持ち上げようとしたと解釈できる。

これに対して批判派は再度反論するだろう。個々の論点はともかく、全体として、森氏は女性が参加すると余計なことを言って時間ばかり食うと思っており、文句を言わない大人しい女性だけ入ってくればよいと考えている、それは言葉の端々から明らかであり、男の本音そのものである、と。

どちらの解釈が正しいかは本稿の問題ではない。本稿の課題は果たして切り取りによる意見の偏りはあったかどうかである。これを調べるために、アンケート調査を行い、回答者に森辞任事件についての見解を尋ね、その後森発言の該当部分を読んでもらった上で再度同じように見解を尋ねた。見解に変化があれば切り取りの影響があったと考えられる。

調査は2021年2月15日に実施した(調査会社はサーベロイド社)。すでに森氏の辞任は決まっており、後任候補の川渕氏が白紙撤回された時期にあたる。対象は20歳から59歳までの男女で年齢と性別は同数になるように割り当てた。総調査人数は1,207人である。サンプルを集めるに当たっては、バイアスがかからないように「最近の世論について」とタイトルをつけて募集を行った。

まず、最初に森辞任事件についての見解を尋ねる。設問は下記のとおりである。

問1:森オリンピック組織委員長が辞任しました。女性が入った会議は時間がかかる、という発言が差別的というのがその理由です。これについて以下にさまざまの意見を示しますので、そう思うか思わないか、あなた自身のお考えを5段階でお答えください。

(1)森氏の発言は女性差別だった

(2)辞任は当然だ

(3)発言は問題だが辞任するまでのことはなかった

回答分布は図1のとおりである。(1)は発言が女性差別だったと思うかどうかを尋ねたものでもっとも直接的な問いである。回答分布を見ると「そう思う」と「ややそう思う」をあわせて66.1%に達しており、「思わない」「あまり思わない」を選んだ11.9%を圧倒する。(2)の辞任は当然だ、についても賛同する人が56.2%で圧倒的に多く、森発言が差別発言であること、辞任はやむなしという点については広範な合意がある。

図1

ただし、(3)の、発言は問題だが辞任するまでのことはない、については賛同が3割弱いる。そう思わない方が4割弱なので、多数派ではないが無視できる規模ではなく、意見は割れている。(2)と(3)の結果は矛盾しているよう見えるが、解釈は可能である。たとえば、回答者個人としては辞任するまでのことはないと思うが、ことがここまで広がった以上、辞任は当然だと考えているのかもしれない。他にも解釈の方法はあるだろう。なお、前記事で示した通り、(1)~(3)いずれも男女別あるいは年齢別に分けても大差はなく、これは国民的な結果である。【注1】

問題なのは森発言を実際に読んだ後、この回答が変わるかどうかである。次にこれを試みる。

3.切り取りはあったのか

用意した設問を以下に示す。森発言部分の引用が多いので長くなるが重要な問いなので全体を示す。なお、設問文があまり長くなると回答者が読まなくなってしまうので、森発言は必要な部分を含みながらできるだけ短くなるように選んである。

 

問2 森氏の発言は次の通りです。少し長いですがお読みください。

だけど女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言いますが、ラグビー協会は今までの倍時間がかる。(中略) 

女性っていうのは優れているところですが競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局女性っていうのはそういう、あまりいうと新聞に悪口かかれる、俺がまた悪口言ったとなるけど、女性を必ずしも増やしていく場合は、発言の時間をある程度規制をしておかないとなかなか終わらないから困ると言っていて、誰が言ったかは言いませんけど、そんなこともあります。

私どもの組織委員会にも、女性は何人いますか、7人くらいおられますが、みんなわきまえておられます。みんな競技団体からのご出身で国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。ですからお話もきちんとした的を得た、そういうのが集約されて非常にわれわれ役立っていますが、欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになるわけです。

これを読んだうえでもう一度あなたのお考えをお答えください。読んだ上で考えが変わらなければ、前問と同じ回答を選んでくださって結構です。

同じく(1)~(3)までの見解についてそう思うか思わないかを答えてもらい、どう変化したかをみてみる。変化を見るために、そう思うを5点、思わないを1点として点数をつけ、2回目の答えから1回目の答えを引いて変化値を求める。5点なので最高は4点(思わない1点からそう思う5点へ変化したとき)、最低は-4点(そう思う5点から、思わない1点まで変化したとき)となる。変化しなければ0点である。なお、わからないと答えた回答は除いておく。

結果は図2のようになる。横軸が変化値で、縦軸は人数比率である。まず、3ケースともに0の人が60~70%を占めており、読んでも意見を変えていない人が多数派である。しかし、逆に言うと意見を変えた人も30%~40%はいることになり、発言を直接読むことの影響は無視できない。また、意見の変化はプラス方向にもマイナス方向にも起きており、一方的というわけではない。森発言を実際に読んでみて、これならそれほど酷くないと思う人もいれば、こんなに酷かったのかと怒りを新たにする人もいることになる。人の感じ方は実に多様である。

図2

しかし、全体としてみると、傾向としては森発言への批判が弱まる方向への変化が優勢である。(1)で森氏の発言は女性差別だったという見解については、そう思わないという方向に変化した人が18.8%、逆にそう思うという方向に変化した人が8.8%で、思わない方向への変化が2倍に達し優勢である。(2)の辞任は当然だ、でも同様の傾向で22.4%対6.8%で当然とは思わない方向に変化している。(3)の発言は問題だが辞任するまでのことは無い、でも賛同する方向に変化した人が24.9%で反対の13.6%を凌駕する。全体としては森発言はそれほど問題ではないという方向に変化している。実際に発言を読んでみると、メディア報道で得ていたイメージほどは悪くないという感想の方が多数派だったことになり、したがって、切り取りはあったかと言われればあったことになる。

ただし、その大きさはそれほど大きくは無い。大きさを評価するために図1と図2のグラフの平均値を取って比較して見る。表1がその結果である。

最初の(a)列は図1の意見分布の平均値である。森発言は女性差別である、と、辞任は当然だ、は3.899と3.718と真ん中の3を超えており、そう思うという答えが優勢である。また(3)の辞任するまでのことはない、は2.783で3を下まわっており、そうは思わないが優勢である。森発言への批判が大勢であることが再度確認できる。(b)列は分布の標準偏差である。

表1

図2の読んだ前後での変化幅の分布の平均値が(e)である。これはいわば切り取りによる影響の大きさを表す。(1)と(2)では-0.163と-0.202でマイナス方向で、(3)では+0.166でプラス方向であり、いずれも読んだ後は森発言を容認する方向に意見が変化したことがここでも確認できる。(f)は標準誤差、(g)はt検定の結果でこの変化は統計的に有意である。切り取りによる効果は確かにあった。

ここでこの変化の大きさを評価して見よう。(h)列は元の分布の標準偏差(b)で割った値であり、いわば読んだ後で意見分布が標準偏差何単位分変化したかを表している。値を見ると-0.143、-0.164、0.125で絶対値での値が近い。平均すると0.14程度なので、標準偏差の14%程度変化したことになる。受験でよくある偏差値に換算すると1.4程度で、偏差値がたとえば50から51.4に変化する程度の変化である。これは普通の感覚ではそれほど大きくな変化ではないだろう。

もうひとつの評価方法として、読んだことによる意見変化が、意見分布を拮抗まで押し戻せたかどうかを見て見よう。そのためには意見分布の平均値(a)の中間値3からのずれの大きさを、切り取りによる変化(e)で割ってやる。(1)で言えば、平均値が3.889なので、3との差0.889を、読んだことによる変化-0.163で割る。すると5.449となる。これは読んだことで森発言を容認方向に意見が変化したとしても、それで意見が拮抗するためにはその5.449倍の変化が必要であることを意味する。同様に計算すると、(2)では3.559倍、(3)では1.306倍になる。いずれも拮抗させるには足りない。(3)の、問題だが辞任するまでのことは無い、については1.306倍で1に近いのであるいは拮抗しうるが、(1)(2)については遠く及ばない。計測された値による限り、切り取りはあったがその効果は大勢を変更するほどのものではない。

4.考察:過小推定

しかし、話はこれで終わりではない。この推定には過小推定の可能性があるからである。要因は3つある。

第一に、これはインターネット調査なので、サンプルはネットユーザである。ネットユーザの場合、ネット上には森発言の文章がかなり流れたため、調査時点で回答者がすでに森発言を読んでしまっている可能性がある。すでに読んでいる場合には、アンケート中で再度読んでも当然ながら答えに変化はない。世の中にはネットを使わない人もいるので、ネットユーザだけで調査すると変化が低く出る方向にバイアスがかかることになる。いまどきネットを使わない人など居るのかと思うかもしれないが、スマフォを持ってもLINEとYouTubeとメールだけで、ニュースは従来通りもっぱらテレビと新聞という人も高齢者を中心に多く存在する。そのような人まで含めれば本来は読んだ後の変化はここで得た値より大きくなったはずである。

第二の偏りは、インターネットユーザに限ったとしても、調査会社のモニターはヘビーユーザに偏ることである。ネット調査会社のモニターは性別・年令・学歴・居住地・職業などについてはそれほど全人口と変わらないが、ネットの利用時間だけは平均よりはるかに大きい。調査会社のモニターになるくらいであるから日常的にネットに接している人たちなのである。そのようなヘビーユーザであれば、普通のユーザよりも森発言をじかに目にする機会が多いだろう。これも意見変化の推定値を小さめに推定させる。

第三に、調査文中の森発言が長文なので読まずに回答する人がありうる。問2の森発言部分はアンケート調査としては異例の長さである。回答者はこの部分をスクロールしてとばしてしまっているかもしれない。その場合も読んでいないのであるから、意見の変化は起きず、やはり過小推定になる。

このように過小推定になる要因は多い。偏りのない推定値を得るためには、過小推定の補正を行う必要があるが、補正のための情報が無いため結論は保留せざるを得ない。あえて私見を述べれば、(3)については倍率が1.3程度なので、補正すれば意見は拮抗あるいは逆転することがあるかもしれない。しかし(1)(2)については3倍、5倍の差が補正で消えるとは考えにくい。ただ、これらはいずれも憶測なので正しくは何とも言えない。誠に申し訳ないが極めて簡易な今回の調査でわかるのはここまでである。

最後に研究者としてぼやきを述べさせてもらうと、このような突然生じた事件に応じた研究のためには自由に使える資金が必要である。科研費をはじめ多くの研究資金は申請から実施まで1年程度かかるのでこのような突発的な事態に対応できない。せめてわずかな個人研究費を5年程度積み立ててプールしてから使えるようにできることを望みたいものである。

【注1】森辞任事件異聞-対立軸は何か、シノドス、2021/3/2, https://synodos.jp/society/24122

プロフィール

田中辰雄計量経済学

東京大学経済学部大学院卒、コロンビア大学客員研究員を経て、現在慶應義塾大学経済学部准教授兼国際大学GLOCOM主幹研究員。

編著に『著作権保護期間―延長は文化を振興するか?』、「フェアユース導入はコンテンツ産業にプラスかマイナスか」、「クリエイター側は著作権保護をどうみているか―日米国際比較―」などがある。

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