2013.04.22

「アベノミクス」の先を考えるために

『アベノミクスのゆくえ』著者・片岡剛士氏インタビュー

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「アベノミクス」という言葉を耳にしない日はない。なぜ「アベノミクス」に、これほどまでの注目が集まるのか。そもそも「アベノミクス」を、どのように評価すべきなのだろうか。そして、その先に考えなくてはいけないこととは……? 日本経済を考えるための視点を提供し、現在・過去・未来から日本経済を考える片岡剛士氏の『アベノミクスのゆくえ』。期待と不安の入り混じる「アベノミクス」の先を考えるための決定版となるであろう本書について、片岡剛士氏にインタビューを行った。(聞き手・構成/金子昂)

「アベノミクス」を具体的に考えるために

―― 安倍政権が掲げている「アベノミクス」への注目が集まっています。本書では、アベノミクスそのものだけでなく、日本経済の過去、そして未来についてもお書きになられていますね。最初に、本書で何を書こうとしていたのかをお教えください。

過去20年間のデフレを伴う経済停滞から脱出するきっかけになるのではと、「アベノミクス」への期待が膨らんでいますよね。安倍政権が誕生して100日ほどしか経っていません。「デフレから脱却した」とは言えないながら、これほどまでに経済政策に注目と期待が集まっているのは、過去の政権とは決定的に違う何かが安倍政権にあるからだと思います。いったい安倍政権は過去の政権と何が違うのか、それをできるだけ具体的に執筆したいとまず思いました。

本書は2011年にシノドス・レクチャーでお話させていただいた「現在・過去・未来からみた日本経済」が枕になっています。レクチャーの後、光文社さんから「レクチャーの内容をまとめて出版しましょう」とお話をいただいていたのですが、出版までに2年もかかってしまいました。いまになってようやく本書を出版できたのは、アベノミクスによって、日本が経済停滞から抜け出す具体的なメカニズムが書けるようになるのではと感じたからです。

あとでお話することになると思いますが、アベノミクスは経済成長に偏った経済政策のパッケージです。経済成長は、みんなが暮らしやすくなることや、やりたいことを自由にできる環境をつくるために必要なものであって、それ自体を目的とするものではないはずです。つまり経済成長を実現した上で、何をするのかを考えなくてはいけません。

安倍政権が誕生して100日。まだ早すぎる話だとは思いますが、アベノミクスによって本当に日本経済は成長するのか、本当に成長できるのであれば、その先に安倍政権はどんな経済政策を準備しているのか。こうした意味で「アベノミクスのゆくえ」を考える必要があると思います。

本書を手に取ってくださる方の多くは、リフレ派っぽい、つまり金融政策に関する話を期待されているかもしれません。もちろん金融政策は重要ですし、デフレを脱するためには必要です。金融政策の話題も書いていますし、財政政策や成長政策についても現状の動きを踏まえながら書いていますが、むしろ本書では、なぜ今まで日銀がデフレに有効な金融政策をしてこなかったのか、なぜ政府はそれを野放しにしてきたのか、そして現在の経済停滞はどういう経緯で、具体的にどんな失敗によって引き起こされてしまったのかを、私の理解に照らしながら具体的に書いたつもりです。

失敗が生じるメカニズムを理解することで、成功するメカニズムもわかってくると思います。そして過去の失敗を踏まえることで、単純に「アベノミクス万歳!」と両手をあげるのではなく、アベノミクスがどのような経済政策なのかをより具体的に考えることができるのではないかと思うんです。こうしたことを考えるための素材を、本書では提供したつもりです。

経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策

―― その考えるための素材として、「3×3(スリー・バイ・スリー)のフレームワーク」を紹介されていますね。

「3×3のフレームワーク」は、失敗が失敗を生むメカニズムをできるだけわかりやすく読者の方に伝えるために考えた枠組みです。もったいぶって「3×3のフレームワーク」と書いていますが、これは「3つの政策手段」「3つの時点」「3つのステージ」とこれらの相互関係を図式化したものです。

まず「3つの政策手段」とは「経済安定化政策」「成長政策」「所得再分配政策」のことです。

「経済安定化政策」には、財政政策と金融政策があります。政府による公共投資や減税などを行う財政政策と金利の上げ下げやマネタリーベースの増減を行う金融政策によって、物価や循環する景気の波を安定化させようとする。ここで気を付けなくてはいけないことは、景気循環を低いところで安定させるのでなく、またすごい好況状態にもしないこと。すごい好況になると、例えばバブルを引き起こしてしまうようなリスクが高まりますよね。ですから経済安定化政策では、ケインズの言うところの「準好況状態」つまり、そこそこ良い状態を維持し続けることが目的となります。

波打つ景気循環は、水平なトレンド線上を上下するのではなく、右上がりもしくは右下がりのトレンド線にのった形で波を打っています。そこで成長を促し、トレンド線の傾きをより右上がりにするような政策が2つ目の「成長政策」です。経済成長を中長期的なトレンドで見るとき、資本・人口・生産性の変化によって経済成長が決まります。資本や人口をより効率的に活かせるような政策を行ったり、生産性を高めることで日本経済の潜在的な成長力を上げるのが成長政策の目的です。

最後が「所得再分配政策」です。所得再分配政策は、様々な事情でまずしい境遇に置かれてしまった人や怪我を負って働けない人、引退した高齢者の方などに、徴収した税を再分配することで、国民の皆さんが生きていく上で最低限の生活をおくってもらおう、元気に生活できる基盤を提供しようとする政策です。

市場メカニズムはよく「弱者をとことん弱者に、強者をとことん強者にする仕組みだ」と批判され、「経済学者やエコノミストは弱肉強食の世界を生み出す市場メカニズムを信奉している奴らだ!」とレッテルを貼られてしまうことがあります。確かに経済学は市場メカニズムが有効に作動するために何をすべきかを具体的に考える学問という側面はありますが、経済学の本流に立ちかえって考えると、このような批判は悲しい誤解からくるものだと思います。経済学には、市場メカニズムの持つ好ましい特性を探求するだけではなく、競争に参加する人々の間に無視できないハンディがあるのであれば、ハンディキャップを設けることで、強者と弱者が対等に競争できるようにするような方法を考えることも含まれます。そうして国民全体の所得や満足を底上げすることも含まれると私は思います。

いま政策を3つに分けてお話をしましたが、これらは個別に独立した政策ではなく、それぞれが相互に関係している政策です。3つの政策が、全体としてうまく循環しなくては機能しないんです。このことを理解することは「アベノミクス」を考えるときに非常に有用だと思います。

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悲観的な未来を変えるために「ポジ出し較べ」を

―― 次に「3つの時点」ですね。本書はサブタイトルに「現在・過去・未来の視点から考える」とありますし、まえがきでは過去・現在・未来についての下村治の言葉を引用されています。

下村治は池田勇人元首相のブレインとして活躍し、日本の高度経済成長を主導した人物です。彼は、現在の状況は過去の状態から単純に類推される話ではなく、未来の姿はいま予想する未来の現状から単純に導き出されるものではない、と言っています。私はこの言葉を真摯に再考する必要があると思っています。

日本の現状になぞらえて考えると、株価があがり円安も進んでいるものの、いまだデフレは続いていて、いろいろな部分で矛盾が生じている。少子高齢化問題もありますし、増税の兆しだってあります。単純に考えたら非常に悲観的な未来が待っているように思えますよね。でも問題があるとわかっているならば、その問題を解決することで、悲観的な未来が少しでも変わるのではないでしょうか。そのために行動することは、現在にも影響を与えるはずです。

マスコミや様々な学者が、アベノミクス批判をしています。私が残念に思うのは、例えば「黒田総裁が打ち出した大胆な金融政策にはリスクがあるから駄目だ」と批判するのであれば、その対案としてどのような政策が考えられるのか、何が必要なのか話してくれないことです。荻上チキさん風に言えば「ポジ出し」をしてほしいし、さらに言うと「ポジ出し較べ」をしたい。

……ちなみに私は「ポジ出し」という言葉は使っていませんが、もともと「ポジ出し」っぽいことをずっと言ってきたので、私が元祖じゃないかと思っています(笑)。

―― なるほど、忘れずに書いておきます(笑)。

とにかく放っておけば悲観的な未来が実現してしまいそうなとき、みんなが声を上げていくこと、具体策を提案していくことが大切です。日本の論壇の悪いところは、「駄目だ駄目だ」といい続けていればそれでなんとかなっていたことではないでしょうか。経済がそこそこよかった80年代は、それでもよかったのかもしれません。みんな浮かれている最中、小難しいことを言って、なんとなく「そうだそうだ」と同意して楽しむこともできたのかもしれない。でも今はそんなに楽観的にいられるような時代じゃありませんよね。社会に問題があるならば、それを良い方向に持っていくための案を積極的に提案することが大切です。

過去と未来に制約された現在

話を元に戻します。

現在の経済状況は過去の取引に制約を受けるフロー市場と未来への予想が影響するストック市場の双方から影響を受けます。過去の話ですと、例えば昨日まで一パック198円だったイチゴが、突然1万円になったらびっくりしますよね。あるいはある日、「君を時給1000円で雇うことはできない。明日から時給10円で働いてもらう」と言われたら困るでしょう。こんな事態には滅多におちいらないのは、現在が過去の取引慣行に制約されているからです。

未来の話も例を出しましょう。安倍首相の積極的な金融緩和策発言や黒田総裁が打ち出した金融政策によって、日経平均株価は100日間で4割程上昇しました。このように急激に株価が変動したのは、人々が将来を予想しながら値付けをしているからです。つまり明日か数ヶ月後かわからないけれど、いつか企業の利益があがり、株価も上がるのではないかと期待したからこそ人々が株を買ったわけです。未来は、現在から考える未来の予想に影響されるんです。

将来の期待がかわるだけで大きく乱高下するストック市場と、慣行によって形作られたフロー市場。過去と未来、これら二つの制約を受ける形で現在が決まってくる。この3つの時点をもって、日本経済や経済政策を考えなくてはいけません。

経済情勢の把握、政策手段の選択・実行、政策効果の発現

―― そして最後が「3つのステージ」ですね。

はい。政策を決定するステージは3つにわけることができます。まず、いまはインフレなのかデフレなのか、好況か不況かといった形で経済情勢を把握するステージ。次に経済情勢に対応した有効な政策手段を、政府や日銀が選択・実行するステージ。そして政策の効果が発現するステージ。これらを「3つのステージ」と呼んでいます。

経済情勢から政策実行への過程にはタイムラグがありますし、実行された政策の効果が発現されるまでにも政策ごとにタイムラグが違います。これらのラグを考慮したうえで、政策手段を考えなくてはいけません。

さらに経済情勢の把握と政策手段の選択・実行に大きな影響を与えるものがあります。それがいま黒田総裁がしきりに使っている「レジーム」です。

政策担当者は一人の人間ですから、当然、経済政策の知識や社会的な通念に縛られながら、現在の経済情勢を把握し、政策手段を選択・実行しています。ケインズは「いかなる実務家も政策担当者も、過去の経済学者が打ち立てた知識や理屈からは逃れることができない」と言っています。既得観念は、首相や日銀総裁、各大臣や官僚といった政策担当者が政策を行う際の原理である「レジーム」に影響を与えている。私だってそうです。

「一人あたりのGDP成長率を見てもアメリカと遜色ない」「デフレが続いても実質経済成長率が高ければ問題ない」と言う「デフレラブ」な人たちは、デフレが続くことは日本経済にとって悪いことではないと考えているのでしょうし、大胆な金融政策を打ち出すことが必要だと主張する人たちは、デフレを止めなくてはいけないと考えている。

安倍さんが総理になったことで、今までの「デフレラブ」な状態から、「デフレはヤバい」とレジームがチェンジしています。さらに黒田総裁が、過去20年間、日銀がとってきた金融政策ではなく、大胆な金融政策を打ち出しました。このように政策担当者のレジームが変わることで、政策手段も変わり、政策を受け取る人々の予想や行動が変わっていくわけです。

以上が「3×3のフレームワーク」です。日本経済、経済政策を分析することで、いま日本経済はどんな状態なのか、アベノミクスは何をしようとしているのか、そのゆくえに何があるのか、何が必要なのかを、読者の皆さんを考えていただくために、あえて「3×3のフレームワーク」という枠組みに一章を割り当てたということです。

アベノミクスをどのように評価するか

―― 本書では「3×3のフレームワーク」を参考に、過去の日本経済の失敗や未来の日本経済について考えています。アベノミクスが掲げる「大胆な」金融政策、「機動的な」財政政策、「投資を喚起する」成長戦略について、片岡さんがどのような評価をされているかお話ください。

この本でも「評価」という言葉を使ってアベノミクスを考えているのですが、まだ評価するよりも行動することが大切な段階だと思っています。ただ本を書くためには「評価」しなくちゃいけないので、評価という言葉を使いました。

アベノミクスの掲げる「3本の矢」、具体的には「大胆な」金融政策、「機動的な」財政政策、「投資を喚起する」成長戦略は、「3×3のフレームワーク」でいう「3つの政策手段」の「経済安定化政策」と「成長政策」はあるものの、「所得再分配政策」が欠けていますよね。つまりそれだけ成長に特化した政策だということです。

経済安定化政策のうち、金融政策で「2%のインフレターゲット」を掲げたことは、経済情勢を正確に判断し、現状で考えられる理屈に応じたものであると評価しています。一方、財政政策についてですが、2012年度の補正予算として10兆円規模の財政出動を打ち出していますが、本にも書いたように、10兆円規模の財政政策を行うならば違う方法が望ましいと私は考えています。

まず2月に成立したこの補正予算は、2012年度のものですから、2013年3月に終わってしまうんですよね。たった1ヶ月、余裕を見ても数ヶ月しか期間がないんです。それに10兆円の内訳をみると、多くが公共事業に使われることになっています。私が勤めるシンクタンクでもそうですが、官庁からの依頼を受けてたった一ヶ月で調査をして、必要ならば新たに外注をし、報告書を作り、お金の清算をするなんて到底無理なんですよね(笑)。

せっかく10兆円もの財政出動をするのであれば、もっと即効性のあること、国民が早期に実感を持てることをしたほうがいいと思います。つまり効果の発現が比較的早い手段をとったほうがいい。そこで、例えば定額給付金のような形で、国民に10万円程度を配る。仮に10兆円を給付金という形で配るのであれば、だいたい一人当たり7万8000円が手元にいきますから、4人家族なら32万円くらいになりますよね。円安によってガソリンの価格があがっている、大変だと言われている今、そして金融政策の効果が発現する1年から1年半くらいの間、定額給付金があるかないかで国民の方々の印象は随分と変わってくると思います。

消費税増税は時期尚早

―― 消費税を増税することが検討されていますよね。本書でも、消費税を増税すべきか否か言及されています。

予定どおりに実行されるとすれば、来年の4月から消費税は増税となります。そして消費税増税の是非は、今年の秋口で把握可能な経済統計を見て判断することになっています。秋口ということは、まだ金融政策の効果が出ていない可能性が高いでしょう。ですから私は、もう1年くらい増税のタイミングを伸ばしてもいいんじゃないかと思っています。景気が良くなってある程度全体のパイが増えれば、所得税や法人税の税収もあがりますから、その後に消費税増税に踏み込むほうがリスクは少ないでしょう。

「財政状況がとても悪いので、消費税増税は早めにやらなくてはいけないのではないか」と言われる方もいますが、焦って増税をしてしまうと、将来10%や15%にあげることが必要であったとしても、それができなくなってしまうと思うんです。98年に消費増税を行ったとき、消費税の税収はあがったけれど、所得税や法人税の税収が下がってしまって全体の税収は落ち込んでしまいました。もし今回、再び消費税を増税して、やっぱり税収が落ち込んでしまったら、消費税増税を行うことの政治的ハードルがさらに高まってしまうのではないでしょうか。

アベノミクスは成長に特化した経済政策ですから、20年間の経済停滞を払拭し、経済を成長させることによって税収をあげることを追求するほうが、将来、仮に消費税を上げる必要がでてきたときに、リスクが少ないと思います。

成長戦略ではなく、成長政策を

―― アベノミクスは成長に特化した経済政策とのことですが、肝心の「投資を喚起する」成長戦略について、まだ具体的な話が出てきていないように思います。

「投資を喚起する」成長戦略については、6月に決まることになっていて、まだ具体的な話は出てきていませんね。いま私に言えることは、必要なことは成長“戦略”ではなく、成長“政策”だ、ということです。

いま安倍政権は、特定の産業や分野にターゲットを絞って、成長戦略として積極的に関わっていくと言っていますが、本当にそれでいいのかという気がします。産業や人々の考え方は多様化していますし、あくまで民間の経済活動をサポートすることが、政府の役割なのではないでしょうか。本書では、頻繁に話題になるTPPとエネルギー政策について考えてみました。

先ほどお話したように、私はアベノミクスの金融政策は、過去20年間の停滞を打ち破るのではないかと非常に評価しています。ただ15年間続いたデフレの世界からインフレの世界へと変化するということは、それなりにリスクを伴うわけです。皆さんがいま思い浮かべるインフレになった日本の姿が、実際インフレになった際の姿とは違う可能性も十分にあります。

全体としては成長できたけれど、円安によって直接的に恩恵を受ける輸出業者や資本財を生産している日本のイケてる産業、比較優位のある企業だけが儲かるという可能性もあります。金融政策で全体のパイを増やしたあと、パイの中身については、所得再分配政策で対応しなくてはいけません。「金融政策万歳!」なんて言っている暇はないんですね。

金融政策は経済停滞から抜け出す必要条件だと思いますが、十分条件ではありません。金融政策では解決できない問題がいくつもあるんです。金融政策にばかり焦点が向かいがちなアベノミクスですが、その他の政策をどれだけ本気で考えているのかがまだ見えてこないので、注目しなくてはいけないでしょう。

欠けている所得再分配政策

―― 見えてこないと言えば、アベノミクスでは所得再分配政策について言及されておらず、どういった政策を打ち出そうとしているかがわかりません。生活保護や年金問題など、多くの方が気になる政策だと思いますが、片岡さんはいかがお考えでしょうか。

アベノミクスは成長に特化した経済政策だとお話しましたが、所得再分配政策をどうするのかは非常に気になるところです。

例えば生活保護費の引き下げです。「大胆な」金融政策がうまくいった場合、インフレ率があがりますから、母子家庭の方や高齢者、怪我や難病などで、働きたいけど働けない人たちへの給付が下げられてしまうと、インフレ率を考慮した実質的な給付額が下がってしまい、そのことでより困難な状況に置かれてしまう。最初にお話した例で言うと、本来は助け船をださなくてはいけない、市場における弱者に対して非常に厳しい政策をとることにつながってしまうわけです。

ただ安倍政権も、話題にはあまりなっていないようですが、社会保障についても議論しています。おそらく消費税増税の問題が話題になるころに、クローズアップされるようになるでしょう。社会保障の問題などは、成長がうまくいった先に安倍政権がどんな政策を行っていくのかを、国民も含めて議論をしなくてはいけないと思います。

じっくりと、何度でも味読して欲しい

―― アベノミクスがどういった経済政策なのか、そしてアベノミクスの先に議論しなくてはいけない点がわかってきました。最後に、読者の皆さんに、本書をどのように読んでいただきたいかお話ください。

去年、出版した『円のゆくえを問いなおす』は、為替レートを軸に日本経済について書きました。『円のゆくえを問いなおす』は、あの辛口で有名な山形浩生さんが「密度の濃い本だ」とべた褒めしてくださって私はびっくり仰天。すごく嬉しかったんですよ。

実は今回の『アベノミクスのゆくえ』は、『円のゆくえを問いなおす』で頭を悩ましていた方は、さらに頭を悩ましてしまうのではないかと懸念しています(笑)。為替レートのワンテーマでなく、全部を凝縮して書いたつもりです。私は新書だから新書らしく、ハードカバーだからハードカバーらしく書こうという気はまったくありません。今回も70枚くらい図表を使っています。締切に間に合わせるために他の仕事をやりくりしながら3月は全く休みなしで書きましたが、きっと編集者の方も困ったでしょうし、大変な苦労をされたことでしょう(笑)。予想に反して読みやすい本になっているのだとすれば、それは編集に携わった全ての方々のお陰です。

あえてわがままを言わせていただくと、じっくりと何度でも味読していただけたら嬉しいです。そして多少の誇張と宣伝をお許しいただくと、『アベノミクスのゆくえ』は本書発売時点でのアベノミクスに関する本の中では決定版だと自負しています。さっと読める本ではないと思いますから、嫌だと思うかたもいらっしゃるかもしれません。でもテーマ別に読んでいただいても楽しめるように書いていますから、気になる部分だけ読んで、長く楽しんでいただければと思います。

例えば第3章の「過去から考える日本経済」では、なぜ経済停滞に陥ってしまったのか、どの政策のなにが悪かったのか、あのとき誰がどんな発言をしたのか、いま活躍している人たちは過去にどんなことを発言していたのかといった話は、多くの方に面白く読んでいただけると思います。

経済はもともと人間が関わっている話ですから、当たり前の話かもしれませんが、人間の判断や行動によるところが大きいんですよね。『日本の「失われた20年」』は、既存の実証研究を参照しながら、ある意味、人間の判断や行動といった要素からあえて距離を置いて経済現象に着目していくというような感覚で20年間を整理しました。しかし『アベノミクスのゆくえ』は、もっと人間に近づいて書いたつもりです。つまり二つの本は補完的な関係にあるんです。

現在の議論は、この20年間の累積を見ていかなければ語れない部分があると思います。もし主観を排した形で振り返るのであれば『日本の「失われた20年」』を、事態の経緯をより詳しく知りたい方は『アベノミクスのゆくえ』を手に取っていただければ、さらに面白くお読みいただけるのではないかと思います。

毎日いろいろなことが生じます。私も2ヶ月くらい前に生じた話は、つい忘れがちです。そういう状況のもとで、過去の失敗や経験を踏まえ、現在の日本経済やアベノミクスの意味、今後どういう展開になっていくのか、何が必要になるのか、そしてこれからどのように暮らしていき、どのように政治に関わっていくのかなどを読者の方が考えていく際のご参考になれば大変嬉しく思います。

(2013年4月12日 オランダヒルズにて)

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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