2015.01.22

報告1 現今の国際体制の長期的俯瞰とミクロ的観察――2012~2014年の日中関係から見る

猪口孝 新潟県立大学学長兼理事長

国際 #多国間条約#new normal

東アジアはいまどこへ向かっているのか

こんにちは、新潟県立大学の猪口孝です。今日は「現今の国際体制の長期的俯瞰とミクロ的観察――2012~2014年の日中関係から見る」というタイトルで、東アジア、そして国際政治がどのように動いているのかを簡単にお話したいと思います。これは1938年から2014年までに戦争で亡くなった人の数を見ると、国際政治の動向が分かるというおおざっぱな話です。

まず1938年から45年の第二次世界大戦ですが、この8年間で4000万人が死んでいます。つまり毎年500万人の死者がでているということです。次に冷戦期の1945年から89年。これは第二世界大戦に比べると、ぐっと減って年平均10万人が死んでいる。とはいえ、44年もありますから、相当な人数が死んでしまっているわけですね。そして1989年から2014年、ここでは年平均1万人が死んでいます。これらはすべて国家間戦争のみの死者であって、内戦や紛争などの死者は除いています。1945年と1989年はこの意味で画期的な年であったわけです。

さて、実はこの死者の数を東アジアだけに絞ってみると変化はより激しくなります。東アジアでは、1980年代までに朝鮮戦争(1950-1953年)やベトナム戦争(1965-1973年)、中越戦争(1979年)などいろいろ起きていますが、その後、1980年から2014年にかけての戦死者は年平均ゼロという研究があるんですよ。

いやいや、中国とベトナムが1988年に南シナ海で衝突しているでしょうと思われるかもしれませんが、実は中国もベトナムもどのくらい負傷者や戦死者が出たのかを明らかにしていないんですね。あるいは2001年に起きた、中国の戦闘機がアメリカの偵察機を追いかけて、失速し、中国軍のパイロットが亡くなっています。これを国家間戦争と考えるかというと、そうではない。または2010年には北朝鮮によって、韓国海軍の艦船が沈められ46名が亡くなっていますが、これも国家間戦争なのか内戦なのか、なんとも言えない。それからも中国と日本、中国とベトナム、中国とフィリピンなどいろいろと小競り合いが起きていますが、どうやら戦死者はゼロなんじゃないか、というのがフィンランドのTimo Kivimakiという方の意見なんですね。

このように見ると、どうやら世界はいい方向に向かっているように見える。実は東アジアについては、まったく反対の2つの意見があります。心理学者のスティーブン・ピンカーは「人類は非暴力の方向に長期的には向かっている」と言っている。人間の暴力活動による戦死者を数千年単位で見れば、一時期ドラマティックに増えてはいるものの、いまは減ってきているという見解ですね。一方で、もう少し視野を狭くすると、政治学者のジョン・ミアシャイマーは「東アジアはアメリカと中国の覇権争いで一触即発だ」と言っている。それじゃあ実際のところどうなのか。私の考えを、2012~14年の日中関係から見ていきたいとも思います。

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日中はじわじわと近づきつつある

さて2012年には何があったか。日本では12月に首相が野田さんから安倍さんに代わりました。実は中国も同年11月に胡錦濤総書記から習近平総書記になっている。安倍総理が第二次内閣を組閣したちょうど1年後にあたる2013年12月26日は、非常に面白い日だったんですよ。というのも12月26日には毛沢東の誕生日、しかも2013年は生誕100周年にあたる年だったんですね。習近平はその日に天安門にお参りに行っています。そして2013年12月26日はご存知のとおり、日本は安倍総理が就任1周年ということで、靖国神社へ参拝している。両雄が参拝へ行っているというわけです。

時差の関係で、日本のほうが早く参拝に行っていますから、「安倍が靖国神社に行ったようだ」と中国は緊張していたようです。ただ結果的には、2005年や2010年、そして2012年の秋のときのような反日デモは起こらなかった。それが、習近平がドン!と構えていたためなのか、反日デモが反政府デモに変わることを恐れたためなのかは分かりませんが、とにかく、たいしたことは起きませんでした。

その後も、尖閣諸島周辺でごちゃごちゃと小競り合いはありましたが、中国山東省青島市で開催された2014年4月の第14回西大西洋海軍シンポジウムでは、他国の艦船と不慮に出遭った際にどのような対応を取るかが話し合われた結果、Code for Unplanned Encounters at Seaが採用されます。これはおおざっぱにいえば、「突如遭遇した場合でもお互い危ないことは自制しましょう」という行動規範に合意したということですが、これに中国も参加している。4月はそういう段階だったんですね。

2013年から2014年には「fire-control radar」を使用したり、「unusual approach」を繰り返したりすることがありましたが、前者は自制しようということになったわけです。しかし、全体として日本、中国ともに戦力強化、準備拡充の方向に向かっています。

両国の関係は冷えたまま、良くも悪くもない感じが続いていましたが、11月に北京でアジア太平洋経済協力会議が開催され、アジアのインフラストラクチャーが発展するような基金や支援を行おうという話になりました。このとき習近平総書記と安倍晋三総理も会談をしていますが、これは実に2年半ぶりの会談でした。あのとき習総書記はムスッとした顔をして、安倍首相をあしらっているような態度をとっていますが、ニコッとでもしたら中国国内で「日本に甘い!」と言われかねないからでしょう。とにかく日中首脳が11月に会談した、と。2014年12月13日は南京虐殺77周年記念で、習総書記は、過去を忘れては絶対いけないが、一部の軍国主義者が罪を負うべきところを間違えて日本人民全体を憎んではいけないと言っている。この20年来あまりないラインである。東京裁判のラインに近いともとれる発言です。

というようなざっとこの2年を見てみると、日中関係はどちらにも転びそうな感じはあるけれども、政府のレベルではジワジワと近づきつつあるようです。これは会談後の合意文書にも読み取れる。というのも日本は「領域については譲らない」という立場を示していて、一方の中国は「いまは白紙であり、将来世代に任せる」と言っているのですが、合意文書では「立場が異なるところもあるけれど、いろいろ取り組みをやっていってもいい」といったニュアンスの、うまい落としどころを見つけているわけです。現在は、この合意文書に基づいて、両政府の下にあるさまざまな機関で、どういうかたちで日中関係を進めていくのかを話し合っている状況です。

2014年11月から12月にかけて習総書記は近隣諸国関係を米国など大国との関係よりも優先順位を上げると言っています。後者に対しては新しい国際機関や新しい国家グルーピングなども含めて、積極的に前向きに出てくるだろうし、前者に対しては冷静によく計算された行動に出てくるでしょう。

war normalからnew normalへ

長期的な視点からもう一回見たいと思います。第二次大戦後、中国と日本は多国間条約にどこまで参加しているか、多国間条約締結批准にどれだけ熱心か。多国間でグローバルな問題について合意を作ることによって、なんとか世界を引っ張っていこうとしているかを見ようということです。

国連に登録してある多国間条約をすべて調べてみたところ、長年積み重なってきた国際的な合意はものすごく多岐にわたるものでした。中でも人権、平和、貿易やコミュニケーション、環境、知的所有権、労働の政策分野で圧倒的な多数の国家が多国間の取り決めで国際体制を累積的に構築していた。この6つの指標で多国間条約締結・批准から見て一番パフォーマンスが良いのはスウェーデン、続いてイギリスとメキシコ、その次に日本などの多く国々があります。

日本もどうやら頑張っているほうではある。ただ、人権や貿易などの指標はやや弱く、国際的に見ると、まだまだ世界に貢献するために頑張れる。これは中国にも言えることです。中国は知的所有権でまだ弱いと言えそうです。そして安倍総理も習総書記も、いろいろな声明を出していて、人類に貢献できるようなことをしたい、多国間の合意を進めていきたいと考えているようですから、これから頑張ってもらえれば、仲が悪くならない方向に少しずつ進んでいくような気もします。

米国や欧州連合などの先進国が内優外患で地球的な関係、国家間の関係に迅速に、うまく対処できなくなっているようなとき、それを補足、補充していくために、中国や日本などがグローバル・ガバナンスを引っ張っていくことが期待されています。その両者が競い合って緊張を続けているわけですから大変なのです。

ただ中国は尖閣諸島周辺で海軍も空軍も(中国海軍の東海艦隊、中国空軍の南京軍区などは習近平の攻撃の対象となっている江沢民(江蘇省、浙江省に強い)の影響下にあるといわれている)もいろいろとやっていますし、南シナ海でもなんだかとても忙しくやっている。こればかりは、どうなってしまうのか何とも言えないというのが現状なのでしょう。

国際体制はいまどこに向かっているのか。かつて戦争が普通だと考えられていたwar normalな時代がありました。おそらくいまは、new normalの時代なのではないか。つまり、戦争でもあるような、平和であるような状態、経済的な相互依存がかなり高いままで安全保障の面では激しく競い合う状態がこれからまだまだ続くのだろうと私は思っております。(「地殻変動する東アジアと日本の役割/新潟県立大学大学院開設記念シンポジウム」より)

⇒「報告2 習近平政権と大国外交、日中関係/天児慧」へ

 

プロフィール

猪口孝新潟県立大学学長兼理事長

東京大学教養学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院政治博士号取得。東京大学名誉教授、中央大学教授を経て2009年より現職に至る。日本政治学術研究主催編集長、アジア太平洋国際関係学術誌創立編集長。アジア全域の「生活の質」世論調査指導者。専攻は政治学、国際関係。最近では『実証政治学構築への道』(ミネルヴァ書房、2011年)『データから読むアジアの幸福度:生活の質の国際比較』(岩波書店、2014年)『政治理論』(ミネルヴァ書房、2015年刊行予定)『Japan and Korean Politics: Alone and Apart from Each Other』 (Palgrave Macmillan、 2015年刊行予定)『Japanese and Russian Politics: Polar Opposites or Something in Common?』 (Palgrave Macmillan、2015年刊行予定)

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