2016.01.06

18歳選挙権導入を前に考える――東アジアの市民教育とナショナリズム

阿古智子 現代中国社会

国際 #それでもボクはやってない

主人公の金子徹平は会社面接へ向かう満員電車で、痴漢と間違われ現行犯逮捕されてしまう――映画「それでもボクはやってない」は刑事司法に疑問を投げかけた作品だ。

本作品を、中国、日本、台湾、香港の次代を担う若い人たちはどうみるのか。彼らの法意識を探り、市民教育とナショナリズムの問題を展望しようと、市民公開・国際シンポジウム「映画 それでもボクはやっていない海を渡る〜東アジアの法教育と大学生の法意識〜」を開催する。

監督である周防正行氏が登壇し、中国の弁護士と対談するほか、本映画を中国、台湾、香港、日本の若者がどう見たのか、本映画を用いた授業を教員がどう展開したのかを紹介する。

本シンポジウムは、日本学術振興会科学研究補助金《「中国」をめぐるアイデンティティとナショナリズムの研究》の成果の一部を発表する場でもある。本論では、東アジアの研究者たちが共同研究を通じてシンポジウムを開催するに至った経緯を述べる。

「中国」をめぐるアイデンティティとナショナリズムの研究

教育学や社会学の分野では、グローバル化を視野に入れた市民教育やナショナリズムに関する理論・実践的研究が幅広く行われている。

J. Banksによると、1960年代から1990年代にかけて、欧米でより多文化的かつ国家や民族を超えた「市民」の概念や市民教育が発展したが、近年、テロ、移民問題、グローバル化への批判、世界的な不況などの影響を受けてナショナリズムへの過度な傾倒が生じた結果、「社会の結束」(social cohesion)を呼び掛けるような理論研究や実践も見られるという。(注)

(注)The Routledge International Companion to Multicultural Education, 2009

また、IEA (The International Association for the Evaluation of Educational Achievement) は1990年代から2000年代にかけて、民主主義国における市民の知識と技能をナショナル・ローカルな市民権との関連で調査し、国際的な比較を可能にした。

(注)(J. Torney-Purta, R. Lehmann, H. Oswald, and W. Schulz (2001) Citizenship and Education in Twenty Eight Countriesを参照

しかし、中国のような政治・経済面において転換期にある国に特化した研究は十分にはなされていない。それは、なぜだろうか。

中国では伝統的に「公」の範囲が儒教文化や伝統的な皇帝や官(役人)との関わりから規定され、20世紀の西側の政治思想に影響を受ける中で「公民」や「国民」の概念が発達した。

中国共産党の政権下で社会主義の「人民」の概念が広まり、社会主義市場経済の進展に伴い、私営企業家にも党員資格を与える「三つの代表」思想が導入されたが、支配階級である「人民」(労働者階級と農民の労農同盟)が敵対階級(資本家階級)に対して独裁を加え、支配階級内部で民主を実行するという、憲法第1条「人民民主独裁」に変更はない。

こうした「革命的市民権」が権力の基盤を支える状況は中華民国期から現在まで続いており、中国の状況を西側の“citizenship”の概念では分析出来ないという議論も根強い。

しかし、エリート層のみならず、農民、労働者、少数民族、強制立ち退きや環境問題などの被害者といった「社会的弱者」が公民権や社会権を求める動きが中国においても加速しており(注)、国家権力から一定の距離を置こうとする「民間」の人々や組織の言論や社会活動が注目を浴びている。さらに、学界やインターネットの論壇でも市民社会に関する議論は盛り上がりを見せている。

(注)V. Fong and R. Murphy (2006) Chinese Citizenship: Views from the Margins

私たちは2013年度より、日本学術振興会科学研究補助金を得て、中国の伝統と変化の間に生きる人々のアイデンティティ及びナショナリズムについて、歴史研究や質的研究(参与観察やインタビューを含むアクションリサーチ)によって明らかにしようとしてきた(注)

(注)研究の概要やメンバーはこちら:https://kaken.nii.ac.jp/d/p/25285057.ja.html)。

「中国」のアイデンティティの形成が国境を行き来する「クロスボーダーな」現象であることを考慮し、香港、台湾などの中華圏を研究の対象に含めたほか、教育学、社会学、政治学、歴史学、法学など、さまざまな分野の研究者が研究に参加していることも、この研究の特筆すべき点である。

私たちはこの研究を通して、より開かれた国際関係と市民教育を展望するために重要な概念や要素を見出し、外交・教育・国際交流に関わる政策への示唆を提示することを目指している。

愛国主義や民族主義が高まる中国は「理解しにくい国」「異質な国」というイメージがあり、欧米諸国のように民主的市民社会の質的充実をはかるための「市民教育」が盛んではないこともあって、比較研究の対象から外されることが多い。

しかし、民主主義国家の教育においても政治との関係を完全に切り離すことは不可能であり、グローバル化によって人間の学びや価値形成が国境を越えて行われていること、世界的な不況や貧富の格差の拡大で民主主義の危機が叫ばれていることを考えれば、政治体制の差異に関わらず市民教育に関する共通課題を見出すことは可能であろう。

具体的にどう研究するのか

中国や中華圏の人々を対象にナショナリズムやアイデンティティを研究するといっても、具体的に何をどう見ればよいのだろうか。私たちはまず、研究の方法として、

(1)教科書や政策文書などの資料及び史料の分析

(2)さまざまな活動に対する参与観察やインタビューなどを含む質的調査

を中心としようと考えた。

現在、日本及び海外の研究メンバーが、中学・高校における公民、歴史、国語といった科目がどのように教えられてきたかを、教科書や学習指導要領、各自治体や学校の取り組みを通して分析している。

そのほか、学校の課外活動、家庭での親子や親戚との交流、地域活動やボランティア活動、NGOの企画する人権学習プログラムなどへの参加状況、デモや抗議活動、陳情行動を通じた自己表現、サーバー空間における言説にも着目し、研究者がそれぞれテーマを設定し、論文を執筆している。

資料を分析するにしても、参与観察やインタビューをするにしても、私たちは、それぞれ設定したテーマにおける研究対象について、以下の4項目を統一的に考察することにした。

1.「自己」と「他者」の範囲

2.国家・集団への服従・不服従及び積極的・消極的な参加

3.ナショナルプライドと自国中心主義の表現

4.グローバル社会、地域社会、国際社会、国家、文化、民族などに関わるアイデンティティの形成とその相互関係

私たちは皆、複雑な国際的・国内的コンテクストの中でアイデンティティを育んでいる。研究対象となる学生は、学校、家庭、地域コミュニティ、サイバー空間、国家、グローバル社会の中でそれぞれ自己(我々:in-group)と他者(彼ら:out-group)の範囲をどのようにとらえているのか。また、彼らの意識や行動においてナショナルプライド(national pride)や自国中心主義(ethnocentrism)はどのように表れているのか。そして、グローバル社会、地域社会、国際社会、国家、文化、民族などに関わるアイデンティティはどのように形成され、それらはどのように相互に関わっているのか。

欧米の市民教育プログラムにおいて注目されている「行動的シティズンシップ」(active citizenship:権利を主張するだけでなく積極的に役割や責任を果たす中で国家や特定の集団のメンバーシップを得るという考え方)や「市民的不服従」(civil disobedience:非暴力的手段を通じて法律・政府・支配的権力による要請・命令に従うことを積極的に拒否すること)といった観点は、儒教文化の影響を受ける中国及び中華圏の若者の価値観や態度に表れているのか。

そうした欧米で発達した概念をもって、中国・中華圏の状況を分析するのは適切であるのか。それとも、他にもっとよい分析枠組みがあるのか。中国大陸、香港、台湾の人々の行動や意識の特徴には、どのような相似点と相違点があるのか。これらの問いを持ち、実地調査と資料収集を進めている。

映画ワークショップの展開

本研究では当初、各研究者がそれぞれテーマを設定して研究を進めるだけでなく、合同でアンケート調査や授業観察を行う準備も進めていた。どのような切り口で、どのような学生を対象に行うのか、私たちは何度も話し合い、学校と交渉し、試験的に実地調査を行った。

しかし近年、特に中国大陸において政治的引き締めが強化されていることもあり、学校に入り込んでの授業観察や継続的なインタビュー調査は、なかなか実現の見通しが立たなかった。私たちは試行錯誤と議論を重ね、最終的に、法学教育を通じてアイデンティティとナショナリズムの問題に接近することを思いついた。

法学教育といっても、テーマが大きすぎる。ならば、一つの映画を通して学生の法意識を探ろうということになり、痴漢冤罪事件を題材に刑事司法のあり方に疑問を投げかけた映画「それでもボクはやっていない」を使い、映画ワークショップを行うことになった。

大学生(一部、大学院生も含む)に、教員のファシリテーションに従って映画について議論してもらい、その様子をビデオと録音テープに収めた。

どのような学生が参加しているのかを把握するため、学生には自分の家庭環境や学歴、法や政治参加に対する考え方について、簡単なアンケート調査に回答してもらった。また、同じ儒教文化圏のコンテクストで比較を行うという考えもあり、日本の山梨大学でもワークショップを行った。全部で、中国大陸で76人、台湾で80人、香港で51人、日本で39人の学生が参加した。

1月10日の公開シンポジウムでは、この映画ワークショップを通して見出したことを、中国、台湾、香港、日本の研究者、教育者、学生がそれぞれ報告する。私たちは本シンポジウムも研究の一環と捉えている。それは、成果を社会に還元するという意味もあるが、私たちの研究に対する意見やアドバイスを、市民の皆さんからいただきたいという思いからである。ぜひ、この文章を読まれた方々にも、ご参加いただければ幸いである。

国境を越えた市民社会を展望

痴漢の容疑で逮捕された映画の主人公・金子徹平のように、あたりまえのように享受していた自由が、ある日突然、奪われることがあるかもしれない。金子は、警察や司法と自分が直接関わることなど、夢にも思っていなかっただろう。

金子の直面した問題は、誰にでも起こり得ることだ。国家は、常に国民を守る存在であるとは限らない。時に権力が適切に制御されず、国民の権利を侵してしまうこともある。そしてそれは、自分の国だけの問題ではない。グローバル化が進み、移動やコミュニケーションが海を越えるようになった今、海外で、自分が、あるいは友人が、警察や司法機関に不当に扱われるということも、そう珍しくなくなっている。

宗教や文化的背景、政治システムの異なる国々や地域の間で、立法に対する考え方や、法の執行・遵守を広めるための手法に、差異が生じることは少なくない。しかし、法律によって人間の権利を守り、人間の義務を規定することは全世界に共通する普遍的な課題であり、さらに、国を越えた人権保障のメカニズムの構築なくして平和を実現することは不可能だ。国家権力の濫用を阻止し、少数者の権利を守るために、民主主義は立憲主義との緊張関係の下に追求されるべきであろう。

本研究が始まる前の年の2012年、中国では、領土問題に端を発する反日デモにさまざまな年齢・社会階層の人々が参加した。自主的に参加した人も、動員に応じて参加した人もいると見られるが、いずれにしても、私たちは中国の人々のアイデンティティとナショナリズムの在り様を的確にとらえることが、いわゆる「チャイナリスク」を軽減し、将来に向けて友好的な日中関係を構築することにつながると考えた。また、香港や台湾の華人を研究対象に含めることで、政治体制や社会構造がアイデンティティの形成に与える影響を浮かび上がらせることを目指した。

こうした作業を通じて見出した「中国」をめぐるアイデンティティとナショナリズムに関わる概念や要素は、外交、教育、国際交流などにおける政策の立案や評価に活用できるかもしれない。より開かれた国際関係と市民教育を展望するための、政策インプリケーションを導くことが可能になるかもしれない。

本研究のメンバーの一部は昨年11月、ドイツ視察の機会を得、高校や大学を訪れた。そこでは、「暗記型」ではなく、「考え、議論する」教育が幅広く行われていた。また、障碍の有無や宗教、民族の差異に関わらず、誰もが地域の学校で学べるように工夫されたインクルーシブ教育の実践にも触れることができた。かつて民主主義から独裁者を生み出したことへの深い反省から、ドイツは戦後、教育改革に力を入れ、学生の政治的判断力を育てる教育を推進してきた。

日本では今夏、選挙権年齢が18歳に引き下げられるのに伴い、高校生に主権者教育をどう行うか、教師の「中立性」をどう保障するかといった問題について、議論が活発化している。

ドイツでは1972年に選挙権年齢が18歳に引き下げられ、1976年に政治的中立を保った政治教育の実現に向けて、

(1)教師の意見が生徒の判断を圧倒してはならない

(2)政治的論争のある話題は論争のあるものとして扱う

(3)学生の自分の関心・利害に基づいた政治参加能力を獲得させる

という「政治教育三原則」(ボイステルバッハ・コンセンサス)が導入された(http://news.yahoo.co.jp/feature/61)。

知識偏重の傾向が強い東アジアの教育において、ドイツのような国の経験は非常に参考になる。学生が身近な問題を通して、当事者意識を持ちながら司法や政治について考え、自分の関心に応じて政治に参加できるように、また、偏狭な国益意識や排外的なナショナリズムに縛られず、国境を越えた市民社会の形成を展望できるように、教育を改革することが重要であろう。その歩みを一歩進められるよう、本研究が基礎的な成果を示すことができればと考えている。

市民公開・国際シンポジウム

「映画『それでもボクはやっていない』海をわたる!〜東アジアの法教育と大学生の法意識」

【日時】2016年1月10日(日)13:00~17:45

【場所】 東京大学駒場キャンパス 18 号館ホール

入場無料 日中同時通訳付き

プロフィール

阿古智子現代中国社会

専門は現代中国社会の政治・社会変動。農村の社会関係資本、農村から都市へ向かう出稼ぎ労働者、土地・戸籍制度、知識人や市民社会の動向などを研究している。主著に『貧者を喰らう国−中国格差社会からの警告』(新潮選書、2014年;2009年、新潮社)「高まる社会的緊張」(川島真編著『シリーズ日本の安全保障・第5巻:チャイナリスク』岩波書店、2015年)「文明の衝突としての米中関係-中国人のアイデンティティの変容」(畠山圭一編著『中国の安全保障とアメリカ』晃陽書房、2010年)など多数

この執筆者の記事