2016.03.18

「朝鮮半島をめぐる国際政治」という視座【PR】

平岩俊司 東アジア国際政治

国際

私に与えられたテーマは、北朝鮮情勢を中心に、東アジアの状況について、だと理解しています。

時間が限られておりますので、簡潔に3点ほどお話したいと思います。1点目は、核実験、そしてミサイル発射を行った北朝鮮をどのように受け止めたらいいのか。2点目が、北朝鮮に対する国際社会の対応、とりわけ鍵となる中国の対応について。そして3点目として、こうした状況の中で日本はどのように北朝鮮に向き合うのか、という点です。

写真(報告3)

金正恩体制は安定している

1点目についてですが、今回の核実験やミサイル発射については様々な分析がなされており、複合的な要素があるのだと思われます。

北朝鮮は今年5月に36年ぶりの党大会を開催します。党大会は金正日時代には一切開催されなかったのですが、それは前体制が危機的な状況に追い込まれていたのだろうと考えられます。金正日が権力を継承したのが1994年です。冷戦が終わり社会主義陣営そのものが崩壊し、朝鮮半島を取り巻く環境は、北朝鮮にとって不利な状況となりました。その中で、体制を維持するために金正日総書記は軍と一体化し、先軍政治というかたちをとってきた。おそらくこれが彼らの説明になるのだと思います。

現在は、そうした状況にようやく区切りがついて、従来の姿に戻そうとしている。それが三代目最高指導者の位置づけになるでしょう。金正恩政権はすでに発足から4年が経っています。成果が求められていく中で、アメリカに対する打撃力を手に入れたということを証明する方法として、核実験やミサイル発射が行われた。この行動が、交渉のカードとして行われたのか、それとも核ミサイルが目的なのか、という議論があります。しかしわれわれは、アメリカと北朝鮮が交渉する際に、「核を放棄させる」という選択肢があるように思いがちですが、北朝鮮からすれば、自らを核保有国であることをアメリカに受け入れさせることが交渉です。交渉すること、そしてミサイル能力の向上は、彼らの中では矛盾しないものなのでしょう。

南北関係がうまくいかなかったから、あるいは中国と北朝鮮の関係がうまくいっていないから核実験を強行したという分析があります。それは間違いではないと思いますが、核実験やミサイル発射は「やれ」と言われてすぐに準備できるようなものではありません。恒常的に核実験、ミサイル発射の準備は進められていたと考えるべきなのだろうと思います。それが明示的に行われるタイミングというのは、北朝鮮国内の情勢や国際環境に左右されるのでしょう。

残念ながら、国際社会の働きかけがあったにもかかわらず、北朝鮮は常に核ミサイルの能力を向上させようと思っている。これを後戻りさせるのはなかなか難しいでしょう。もちろん放棄させることを諦めてはいけませんが、北朝鮮は憲法の中に核保有国であることを書き込んでいるくらいですから、やはり相当難しいのだろうと思われます。

ところで、われわれが北朝鮮問題で関心を持つことのひとつに、現政権の体制の安定度というものがあります。メディアでは、いろいろなかたちで北朝鮮の人事の動きが報じられます。とりわけ軍の要職に就いている人間の入れ替わりが激しいとか、時には居眠りをしていて粛清されただとか面白おかしくも取り上げられています。排除の理由が本当に居眠りであったのかどうかは議論の余地があるものの、実際に人事が大きく動いていることには間違いないのだろうと思います。

2013年の年末に張成沢という、金正恩第一書記の義理の叔父さんが排除されました。大きな権力、広いネットワークが排除されたわけですから、その後の調整が依然として続いているという見方もできるでしょう。また、金正恩のパーソナリティーが関係している可能性もあります。ともあれ、こうした情報の発信源である韓国でも、今の政権は一定程度安定しているという評価が一般的となっていますが、今年の5月の党大会で、ある程度、現政権の体制やメカニズム、安定度などが明らかになると期待されています。

中国はなぜ北朝鮮へ強い態度を示さないのか

続いて2点目は、北朝鮮に対する国際社会の対応についてお話します。さきほどお話したように、北朝鮮に核兵器を放棄させることは非常に難しいと思います。そういう状況の中で、国際社会にはどのような選択肢があるのか。ひとつは、武力攻撃によって核ミサイルの能力を取り上げることです。これはアメリカが、実際には大量破壊兵器はありませんでしたが、イラクで用いた方法です。しかし、なかなか朝鮮半島で行うことは難しい。中国と韓国が極めて慎重な姿勢であるためです。朝鮮半島で紛争が発生すれば隣接する中韓が極めて大きな被害を受けるでしょうから、それだけは許せないということになるでしょう。

北朝鮮に核兵器を放棄させられないのならば、いまある核兵器をとりあえず認めて、これ以上悪化させない、というのもひとつの選択肢としてないわけではありません。例えばいまの北朝鮮の核兵器はプルトニウムを用いたものですが、これをウラン濃縮タイプに移行してしまったらこちらから管理するのが難しくなります。その前の段階で留まらせるために、北朝鮮の主張を受け入れる。こういう意見は確かに出ています。

しかしながら、もし北朝鮮がこれまでやってきたことを認めてしまったら、同じようなことをする国やグループが出てこないとも限りません。さらに北朝鮮の国際社会への対応を振り返れば、部分的にせよ北朝鮮を核保有国として受け入れることは現実的ではないのが実情でしょう。

そうであるならば、従来どおり、国際的な連携の中で、北朝鮮の姿勢が変化するように粘り強く働きかけることが唯一の選択肢です。そして残念ながらこれが功を奏していないんですね。

国際社会は核実験、ミサイル発射に対して厳しい姿勢に出ています。しかし北朝鮮に対して最も影響力のある中国が本気にならなければ効果はない、というのが一般的な見方です。ご案内のとおり、アメリカなどでも中国に対して北朝鮮への影響力を行使させなければならないという声が大きいのですが、これは軍事力を別にすれば、アメリカに有効な手立てがない、という現状を示していることにもなるでしょう。

貿易量だけみても、北朝鮮は中国に圧倒的に依存しています。これを影響力に転化して北朝鮮に働きかけをすればいいんじゃないか、と考えられますが、中国からすれば過度に北朝鮮を追い込んだら何をするかわからない。事態が余計に悪化するかもしれないですし、北朝鮮体制に動揺が走れば脱北者が増える可能性だってあります。だから北朝鮮への影響を簡単に行使できない、というのが中国の主張です。また米中関係が厳しいものになればなるほど、北朝鮮の役割が大きくなっていく、という見方もできるのでしょう。

もうひとつ中国が北朝鮮に影響力を行使するのに消極的な理由として、国連をはじめとする多国間での北朝鮮に対する圧力の中に、自分たちの役割を組み込まれたくない、というのがあります。例えば国連決議の中で、「経済分野についてこうしましょう」と義務付けられれば、中国もこの決議に拘束されることになります。北朝鮮に対して不満はある。働きかけもする。しかしそれは、アメリカや日本、他国にコントロールされるものではなく、自分たちで行うんだ、と中国は主張するんですね。確かに、ミサイル発射以降、各国それぞれが持っている独自の選択肢を行うという流れがあるように思われますが、その結果、自らにも被害がある場合があります。例えば韓国です。北朝鮮との経済協力の象徴になっている開城工業団地を全面的に中止することは進出している韓国企業にとっても大きな犠牲となります。日本も経済制裁を行ったことで、北朝鮮はストックホルム合意を前提として行われてきた拉致問題の再調査委員会を解体する宣言をしました。

ただ日本や韓国が自ら被害を受けることを覚悟の上でこうしたカードを切ることが、中国への働きかけになる場合もあるでしょう。要するに中国が国連をはじめ、国際的連携の枠組みで自らの影響力を行使しにくいのであれば、彼らが持っている影響力を、国連を介さず、自ら北朝鮮との二者間の関係の中で使うようにしていく。今の流れはそのように考えられます。今後、中国がどのようなカードを切るのかは、展開次第で変わっていくのだろうと思います。

ストックホルム合意は破棄されていない

最後に日本についてお話します。独自制裁を行った結果、ストックホルム合意に基く再調査委員会を解体するといわれました。ただし、決して楽観視するわけではありませんが、日本も北朝鮮も、ストックホルム合意そのものを破棄したとは言っていません。

もともとストックホルム合意に基いて北朝鮮が再調査委員会を立ち上げ、それに対して日本が一部独自制裁を解除する、という手順で進められたものです。ですから、日本が独自制裁を元に戻した。それもプラスアルファするかたちで独自制裁したので、前提条件となる再調査委員会も解体する、という理詰めの行動になっている。行動対行動となっているのであって、ストックホルム合意そのものを破棄した、ということにはなっていません。日本も北朝鮮も同様の解釈でしょう。今後の展開次第ですが、日本側は、日朝関係の交渉の再開をめざして、もう一度水面下を含めて行うのだろうと思います。

実はストックホルム合意以降の日朝関係は、日本が期待するようなかたちでは進んでいません。ストックホルム合意について、「国際社会の中で孤立し厳しい状態にある北朝鮮が日本に助けを求めてきたんだ」という評価が多くありました。残念ながらそうではなかった。安倍総理、菅官房長官はじめ「ようやく重い扉が開いて、これからが正念場だ」と繰り返していましたが、それはストックホルム合意がなされた時点でも、厳しい交渉が残っていることの表れだったのでしょう。

日朝関係が上手くいかない中、別の交渉ルートを探したほうがいいのではないか、という考え方も出てきています。北朝鮮との交渉については、いろいろな情報や売込みがあるようです。そうした中から、本当の意味で北朝鮮の中央とつながっているラインと交渉できるかどうかが重要になります。いろいろな評価はありますが、おそらく小泉総理のときの、田中均アジア太平洋局局長と北朝鮮の「ミスターX」のラインは中央につながっていたのでしょう。また今回のストックホルム合意も、中央とつながっていたのは間違いありません。そうなりますと、今あるラインだけに頼る必要はありませんが、これを大切にする、少なくとも日本側がこのラインを破棄する必要はない、というのが日本の判断になるのではないでしょうか。

日本は引き続き対話と圧力、行動対行動というかたちで、核ミサイルの問題でイニシアチブをとっていかなければなりません。そして、拉致の問題も含めて日朝関係を考えていく必要があるのだろうと思います。私の話は以上です。ありがとうございました。

プロフィール

平岩俊司東アジア国際政治

関西学院大学国際学部教授。主著に『朝鮮民主主義人民共和国と中華人民共和国』(世織書房 、2010年)『北朝鮮は何を考えているのか』(NHK出版、2013年)など。

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