2016.11.18

米大統領選で浮き彫りになったアメリカ社会の断絶とは

松尾文夫×会田弘継×渡辺靖×荻上チキ

国際 #荻上チキ Session-22#トランプ#アメリカ大統領選#断絶

アメリカ大統領選挙で共和党のドナルド・トランプ氏が勝利したことを受けて、各地で抗議デモが行われるなど反発が広がっている。トランプ氏は8日の勝利宣言で「今こそこの分断の傷を修復し、ともに結束していくときだ」と融和を強調した。今回の大統領選挙で浮き彫りになったアメリカ社会の断絶とはいかなるものなのか?  長年、アメリカ社会をウォッチしてきた専門家の方々とともに議論する。2016年11月10日(木)放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「米大統領選で浮き彫りになったアメリカ社会の断絶とはいかなるものなのか」より抄録。(構成/大谷佳名)

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

メディアに表れなかったトランプ支持層

荻上 今夜のゲストは、1960年代からアメリカ大統領選を取材されている松尾文夫さん、『トランプ現象とアメリカ保守思想』などの著書がある青山学院大学教授の会田弘継さん、米国社会や政治に詳しい慶應義塾大学教授の渡辺靖さんです。よろしくお願いします。

松尾・会田・渡辺 よろしくお願いします。

荻上 アメリカ大統領がトランプ氏に決まりました。松尾さん、この結果についてはどのように捉えていらっしゃいますか。

松尾 意外な結果だったと思います。私は9月末にアメリカを訪れましたが、最初にオハイオ州に滞在した時は「ここではトランプが勝つだろう」と確信したものの、その後ワシントンに周り、ロサンゼルスで第一回テレビ討論を見た時には、クリントン優位の観測が圧倒的という感覚でした。

ただ、現地でトランプ支持の人々と出会う中で印象的な出来事もありました。シカゴ空港でパスポートのチェックをされた時のことです。係官の方は立派な階級章をつけた白人女性でしたが、私が「大統領選の取材でオハイオ州に行く。」と言った瞬間、がらっと表情を変えたんですね。そしてしばらく選挙談義をした後、彼女は「私はトランプ氏を支持している」と笑い、厳重なセキュリティチェックもパスして送り出してくれたんです。

トランプの支持層は主に「プアー・ホワイト」と呼ばれる白人の貧しい階級の人々だと言われますが、彼女のように階級の高い職に就いている方、それも女性が支持しているというのは意外でしたね。

荻上 なるほど。会田さんは今回の結果をどう思われますか。

会田 松尾さんがおっしゃったような印象は、私もこの夏にアメリカを訪れた際に感じました。私の興味の領域は共和党とその背後にある力についてですので、今回も共和党大会を見に行ったわけですが、その時に「Uber」を使ったんです。Uberとは一般の方が自分の車を使って空き時間などにタクシーの運転手の仕事ができるというサービスですが、これをしている人はほとんど、職を一時的に失って困っている人たちなんです。

中にはレクサスに乗ってくる運転手の方もいて驚きました。その人は60代くらいの品の良いおじさんで、話を聞くと彼はもともとエンジニアで幹部職に就いていたそうですが、突然クビになったと。まだ子どもが小さいので養育費を稼ぐために運転手をやっているとのことでした。選挙の話をすると、彼もトランプを支持していると言っていましたね。出会った白人のほとんどがトランプ支持者でした。

荻上 ただ、報道を見ていた印象だと、おそらくトランプは負けるだろうという予想が大半だったと思います。

会田 そうですね。CNNの討論会後の世論調査でも、クリントン60数%、トランプが20数%という結果が出ていたと思います。ただその一方で、討論会を見て受けた印象は、どうもこの数字やクリントン勝利という報道はおかしいんじゃないかと、何か騙されているような気もしていました。

結局、こうした主要メディアの報道を後から検証していくと、まったく酷いからくりなんです。後から公表されているデータですが、たとえばCNNの世論調査では対象の40数%が民主党員で、共和党員は20%くらいしかいなかったそうです。これでは当然、歪んだ世論調査結果になってしまいます。それを平然と公正な数字として、何度も繰り返し報道していたわけです。

そのうち、ニューヨークタイムスなどは、明らかにトランプを攻撃するような記事を一面で掲載するようにもなっていきました。社説ならまだしも、一般の誌面でこうした批判を繰り広げている。メデイアとしてはそこに正義や義務感を感じていたのかもしれませんが、やはり矩をこえているのではないかと思います。

アメリカの有力なメディアは圧倒的にリベラル側なので、日本も含め世界中の報道がそれらに引っ張られます。世論調査の歪んだ結果もそのまま報道する。だから日本のジャーナリストは、ほとんど実態を理解できなかったのでしょう。

もう一度、選挙とメディアのあり方をしっかり考えなくてはいけません。いわゆる伝統的なメディアのみでなく、SNSなど新しい世論形成の手段が登場していく中で、現代の選挙をどう考えればいいのか。検証する時に来ていると思います。

荻上 こうしたメディアとの関係について、渡辺さんはいかがですか。

渡辺 世論調査がどこまで正確に測定できるのかは、ブレグジットの時にも課題になりましたよね。おそらく今回も反省が広がっていくと思います。

私が今回のトランプの発言で印象的だったのは、討論会の時にヒラリー・クリントンに対して「あなたは30年もワシントンにいたのに何をしてきたんだ?」と言ったのです。つまり、これまで何も変えれなかったじゃないか、と。それに比べて彼は暴言も吐くし人格的にも問題があるかもしれないが、何かポリティカルコレクトネスにめげずに言いたいことを言う度胸や大胆不敵さがある。そこに有権者は彼の実行力のポテンシャルを感じとって、今抱えている現状不安を解決してもらおう、と救世主的な役割を期待したのだと思います。

その深度は世論調査では救いきれないほど深いということが判明した。それがトランプの大きな勝因だったのでしょう。そこをどうやって、統計的なモデルの中に組み込んでいけるかが今後のメディアの課題かなという気がします。

ちなみに、日本でも最近はトランプの顔を模したマスクが売れているみたいで、それをかぶると普段言えないようなことも言えるようです。彼のような度胸が欲しいと思っている人は実はアメリカ以外にもたくさんいるんですね。

松尾氏
松尾氏

リベラル・デモクラシーが抱える根源的問題

荻上 トランプの勝利をどう考えれば良いでしょうか。

会田 今回の選挙で初めて我々が知ったのは、プアー・ホワイトたちについてアメリカ人自身が何も理解していなかったということです。今、彼らの実態と歴史を辿るような書籍が次々と出版されています。私がその原点だと思っているのが、1976年にドナルド・ウォレンという無名の学者が書いた『ラディカル・センター』という本です。この本は、ちょうどリチャード・ニクソンが登場してきたころに彼が言っている「サイレントマジョリティ」とは何なのか、科学的に考えようとしたものです。

この本を読んで、ようやく今起きている現象の根源的な意味が少しずつ見えてきました。どうもこれまでの我々の理解とは少し違った角度からアメリカを見ていかなくてはいけないんじゃないか。

一見、トランプはプアー・ホワイトたちの人種差別意識を煽ったことで大量に票を得て大統領になったというイメージがありますが、私は逆ではないかと思います。つまり、今までまったく無視されてきた人がトランプという表現手段を得て、彼を通して異議申し立てを行っているのではないかと。

荻上 その根源的な意味とはどういうものでしょうか。たとえば、これまで建前上は西洋的な普遍主義あるいは人権主義を推進していく姿勢を維持してきたアメリカが、今はその余力が衰え、信念までも失われてしまったことを象徴しているのか。それとも、人口動態が変わっていく中で長期的には思想も変化していく、それを予感した最後の反動のようなものなのか。どちらだと思われますか。

会田 よくトランプ現象は人口が減っていく白人たちの雄叫びというように解釈されますが、それも短絡的な考え方ではないかと私は思っています。たしかに、トランプだけ見ずにサンダースの方も見ながら考えると、まさに白人労働者階級を軸としてマルクス主義的な歴史観で語られるような、大きな時代変革を起こしうる階級闘争が起きている気配はあります。

しかし、そんな単純な話でもない。ここで起きている根源的な変化の一つは経済的なものと文化的なものが絡んできます。まさにリベラルなデモクラシーがずっと普遍的な価値を保ったまま進んできた末に、内在していた問題があらわになってきたわけです。

それはつまり、さまざまなグループごとにアイデンティティーを強調しあう「アイデンティティ・ポリティクス」と呼ばれる現象です。これはリベラルな民主主義の中でしか起こりえません。それが今アメリカ社会を、リベラルデモクラシー自身を、破壊するような形で作用し始めているのです。そうした動きに対して何か大きな反動現象が起きているのではないかというのが私の一つの見立てです。

荻上 シンプルに言ってしまうと、「リベラル疲れ」というように表現されたりもしますよね。

会田 そういう部分もあるかもしれません。その中で、根源的価値においても危機が生じているということです。

私が今回の選挙で一番印象に残っているのは、映画監督のクリント・イーストウッドの言葉です。彼は「消極的にトランプを支持する」と言ったんですね。トランプが言っているようなことは、自分の子ども時代だったらレイシズムにはならなかった。アメリカはいつからこんな軟弱になったのか、と。

これを聞いて驚いた方も多かったかもしれませんが、まさに彼の初期の映画『許されざる者』(1992年)に出てくるのは、今反乱を起こしている「白いクズ」と呼ばれるようなプアー・ホワイトたちです。彼は古くから続く白人労働者階級たちの歴史を知った上で、一般的なインテリとは違う視点を提供しているのだと思いました。

会田氏
会田氏

「反知性主義」とアメリカ社会の分裂

荻上 一方で、大統領選後、反トランプ派によるデモが各地で起きています。渡辺さんは今回の結果をどうお考えですか。

渡辺 たしかに、今回の選挙戦を通してトランプの発言は非常に差別的で民主主義の根幹を否定するような面もありました。しかし、少し距離を置いてみると、ある意味、トランプが今回選ばれたというのはアメリカの民主主義が完全に機能している証でもあると思います。

というのも、歴史を振り返れば、政権が変わる際には大きな暴動が起きたり暗殺が起きたり、クーデターが起きたりしてきたわけです。それに比べると、今回は平和裡に権力の移譲が行われたと言えます。そもそも、大統領選挙とは小さな革命を平和裡に起こすための仕組みであり、それが機能している限りは、決してアメリカの民主主義が死んだという形では語れないと思います。

また、リチャード・ホーフスタッターによる『反知性主義』という本がありますが、その主張は決して知性を否定するという意味ではなく、ヨーロッパのように特定の層が権威主義的なエリートになることを、常にアメリカは否定していくべきだ、という建国の理念に基づきます。それが今回、既存政治家を否定するというムーブメントの中で、アメリカ史をずっと作り上げてきた運動律が、今回また発掘されたんだという解釈も忘れてはいけないと思います。

荻上 日本では「反知性主義」を誤った意味合いで使われることも多いと思います。アメリカ社会ではインテリ的な振る舞いが抑圧的な効果を持ってしまうときに、それに対する中流階級などの反発が非常に根深いが、そこにはまさにアメリカ建国の理念に通づる合理性がある。「反知性主義」は本来それを表現した言葉なのですね。今回はまさにそれを読み誤ったヒラリー陣営、という風にも捉えられます。

渡辺 はい。また、アメリカ社会の分裂についていうと、確かに今回の選挙ではオレゴン州の知事に初めてLGBTの女性が選ばれるなど、寛容度を増している側面はあります。しかし、経済格差においては数字の上でもかなり分裂していますし、党派対立もより明確になっているのは事実です。

さらに、あえて言えば熱心にクリントン氏を支持したりトランプ氏に熱狂したりする層と、どちらも嫌だ、政治にも興味がないという層もある。政治的関心が高い層と全く関心がない層とのギャップも、もう一つの分裂かと思います。

荻上 渡辺さんの指摘で重要なのは、アメリカだけでなくどの国でも、分裂している状態を修復するために議会や選挙が設けられたということですよね。国を二分するような議論であっても、それをなるべく平和裡に執り行うのが選挙の役割です。そうした中でトランプ氏は分裂状況を煽りながらも、「政治的正しさ」に対して挑戦するような振る舞いをした。この点が特色的だったという話でした。

渡辺さんに伺いたいのは、こうしたトランプの挑戦に多くの人が賛同したから一票を投じたのか。それとも、失言と言われるような発言は有権者にとってそもそも優先順位が高くなくて、それよりも経済の再生を本気でやってほしいということだったのか。どちらでしょうか? というのも、日本でも安保の時にあれだけリベラルなメディアが盛り上がったにもかかわらず、投票をする人は少なかったりしたわけですよね。

渡辺 そこも重要な視点です。リベラルな人からすると、トランプの差別的な暴言はアメリカ社会の根幹を破壊しているんだ、だから許せないという立場ですよね。しかし、トランプ支持者からするとそこはあまり関係ない。むしろ、今アメリカ社会の中に広がっている絶望感なり閉塞感なりを作り出したのは職業政治家の方だ。彼らこそアメリカ社会のデモクラシーを破壊しているんだ。それを解決してくれるのであれば、多少の暴言は大したことじゃない、というわけです。

つまり、お互い見ているものがちょっとズレてしまっている。噛み合わないままレトリックはどんどん過激になっていって、誹謗中傷がそれをさらに深めていっている、というのが分裂かなという気がします。

荻上 今回の結果は意外なようで、実は日本の現状を見るだけでも意外ではないなと感じる点があります。トランプ氏は選挙後のスピーチで経済政策を積極的に進めていくと訴えましたが、保守主義者が保守主義的なメッセージを出しつつ同時に経済第一で進めていくという手法は、これまでも自民党や支持を得てきた知事などにも共通することで、やはりマジョリティに響くものです。

トランプの暴言に対して、政治的正しさをもって追求していくヒラリーのやり方は、むしろ「そんなことよりちゃんと経済政策を語れ」という反感につながっていたわけですね。

ニクソン政権との比較

荻上 松尾さん、今回の選挙でトランプ氏も強調していた人種的な分裂についてはどうお感じですか。

松尾 重要なのは、今回は暗殺も暴動も起きていないという点だと思います。というのも、私が考えるのはトランプとニクソンの対比です。今回の選挙に関して「アメリカ社会が分断された」と言われていますが、ニクソンが大統領に当選した1968年の選挙は、もっとそれ以上に様々な亀裂を生じさせるものでした。

一つには、民主党の予備選過程で有力候補のロバート・ケネディが暗殺され、その前にはマーティン・ルーサー・キングが暗殺されたこと。また、出馬予定だったジョンソン大統領が、ベトナム戦争で不利な状況だったために急に事態し、民主党が事実上自滅してしまったこと。今では考えられないような事態が起きていたんです。

とくにルーサー・キングの暗殺が起きたときは、黒人による激しい暴動が起きました。私も当時、現場で取材をしていましたが、その時にとても印象的だったのは、白人だけで構成された州兵部隊がデモ隊に対して用いた催涙弾が非常に強力だったということです。一ヶ月後のパリ和平会談へ取材に行った際に、学生によるデモとの衝突(五月革命)で用いられた催涙弾と比べても、かなり強力なものだったと記憶しています。それくらい、アメリカにおける白黒の亀裂が激しいものでした。

そうした状況の中から、ニクソン大統領が出てきたんです。今回、私が一番心配したのは、トランプが「法と秩序(Law & Order)」というニクソンの言葉を使った時期があったんです。今も白人警察官による黒人への暴力や銃殺事件が問題になっていますが、もしかするとニクソン時代の動きがまた繰り返されるのではと思ったのです。

しかし、結局は暴動も起こらず、穏やかに和解の儀式が進みました。言葉の上での争いはあっても、最後にはトランプ氏も手のひらを返したようにクリントン氏を褒め、彼女も負けを認めたわけです。こうした状況を見ると、少し楽観的かもしれませんが、アメリカは多様性の歩みの中で良い形で発展してきているんじゃないかと思います。一言で言えば、この発展を今後トランプ氏がさらに進めていく可能性もゼロではない、と。

荻上 トランプ氏は世界の警察としてのアメリカの役割を縮小することを強調しているので、その点は各国が歓迎している部分もありますよね。

松尾 外交面ではプーチンとの関係も注目すべき点です。プーチンは早くも歓迎ムードですよね。もしかすると、この先ロシアとアメリカとの和解がトランプ氏の一つの業績になりうる可能性もあるかと思います。

ニクソンの例を挙げると非常に分かりやすいのですが、当時は米中が戦争するとみんなが思っていた中で、彼だからこそ和解することができました。かつてニクソンはベトナム戦争反対デモを抑え込むことに成功した際に、自らを支持する層を「サイレントマジョリティ」と呼びましたが、これは今回のトランプ勝利の原動力となった「隠れトランプ票」、正確に言えばグローバリゼーションの中で芽が出ない白人の中産階級の不安・不満と、極めて相似性があると思います。

トランプ氏も、今や国内的には怖いものはないわけですよね。したがって、ニクソンが対中和解に踏み切ったような、思い切った外交政策を展開できる側面もあるかと思います。

荻上 これまでのしがらみに囚われない分、たとえばウクライナ問題を認める代わりに別の条件を出したり、外交面でさまざまな変化をもたらす可能性もありますね。それはトランプゲームにおける“King”というより“Joker”のような役割で、政界の外部から来た特殊なカードだからこそ、飛び道具的に使える側面があるのかもしれません。今のお話、会田さんはいかがでしょうか。

会田 ニクソンとの対比は面白いですよね。ただ、彼は歴史的に評価できる実績があるのは確かですが、同時に人種差別意識を上手に煽りながら南部戦略を進めていったのも事実です。

当時、公民権法で人種平等が進んでいく中で、リベラル派エリートたちは白人居住地域でのんびり暮らしているけれども、南部の白人たちは黒人たちと近接して暮らしていました。これまでの生活とは全く違うことを強いられ、彼らは戸惑い、苦しんでいたのです。ニクソンは彼らを上手に取り組みながら南部に共和党の地盤を広げていった。その時に使ったのは人種差別です。今度のトランプの口先だけよりも、もっと差別的なことをしていました。

しかし、実際にニクソン政権ができたら何が起きたか。あまり知られていないことですが、アメリカの公立学校の人種統合が一気に進んだのです。それまでは白人も黒人も一緒にスクールバスに乗るよう強制されていましたが、彼は全て地域での話し合いで決めるようにしました。この納得ずくの方式が功を奏したわけです。

矛盾があるようで、そこにニクソンという現実的な政治家の面白さもあると思います。ご存知のように環境庁を作ったのもニクソンだし、労働基準を統一的に適用するための労働安全局を連邦レベルで作ったのも、物価の高騰を抑えるためのプライスコントロールを進めたのもニクソンでした。また、飢餓の問題が深刻だったため、食料用のクーポン券を配る「フードスタンプ」の制度も飛躍的に拡大させました。こうした実績を築く一方で、彼は政治的な権力を広げるためには人種差別意識をどんどん使っていったのです。

荻上 特定の層へのスケープゴートは残しながら、そうではない層から徐々に支持を拡大していく。結果として統合を進めた面もあるが、しかしヘイトの理念を除くようなことは正面からは行わなかった。そうした矛盾があるわけですね。

マイノリティへの差別

荻上 今語られている分裂というのは、たしかに新しく生じたもののように見えますが、歴史を振り返ればアメリカは同じようなことを繰り返しながら進んできているし、一方で揺るがない普遍主義もある。ただ、会田さんが指摘されたように、その普遍主義の根幹が揺らいでしまう可能性も内在しているので、今後も寛容性や思想を鍛えていく必要があるということでした。

しかし一方で、ムスリムや移民の方へのヘイトなど具体的な差別について、大統領自らゴーサインを出している状況があるのは確かです。オバマ大統領は、たとえばセクシュアルマイノリティの子どもが差別を受けて自殺してしまった時に、即座にYouTubeにメッセージを出して社会に反差別を訴えていましたよね。ただ、トランプ氏はそれをするだろうか。その部分も含めて差別問題が放置・容認されることを懸念する声は非常に多いと思います。渡辺さん、この点はいかがでしょうか。

渡辺 さきほど松尾さんと会田さんがおっしゃったことはその通りで、かつてのレーガン政権もソ連のことを「悪の帝国」と言いながらも、結局は和平を成立させましたよね。その流れでいうと、むしろ鷹派のメッセージを発している人ほど和解をしやすい部分もあると思います。

トランプさんもマイノリティを侮辱するようなことを言っていますが、案外そうしたラフな言動を発しているがゆえに、国民統合や融和を導きやすい面もあるかもしれません。たとえば過激な発言をするトランプさんが融和を語るよりも、オバマ大統領がそれを語る方がより重いメッセージを発してしまう部分もあると思います。

荻上 ただ、それはポジティブシナリオであって、実際の共和党支持者やトランプ支持者は、経済政策に期待している、あるいは既存のものを破壊してほしいという層が多数であると思います。また、一部に強固な排外主義の人たちもコミットしている部分もありますよね。

渡辺 一つの試金石になるのは、たとえばアメリカの中で白人とアフリカ系の人が対立する場面になった時に、トランプ氏が大統領としてどういう発言をするかですよね。ニクソンが発した「法と秩序(Law & Order)」という言葉の背後には、白人の側に立っているという隠れたメッセージがあると思います。同じようなことをトランプ氏がやってしまうと、マイノリティの側はますます不信感を抱いていき、人種的あるいは宗教的な亀裂をさらに深めてしまいます。こうした悪いシナリオの方が現実になってしまう可能性もあるでしょうね。

荻上 そうすると、当然ながらアメリカの分断をより増長させることもありうる。政治的なレベルで考えると、共和党はこれから白人が少数派になっていく中で他の層の支持も得ていかなければいけませんよね。トランプ氏の差別的な言動によって、こうした層の人々が共和党に反感を抱くようになると、党としての立場も危うくなると思います。

渡辺 そうですね。共和党はトランプ氏に乗っ取られないように、人口構成が多様化していくアメリカ社会に適用した党を目指してアイデンティティを刷新していく努力が必要だとは思います。

渡辺氏
渡辺氏

共和党との関係

会田 ただ、人口構成の話は今のアメリカ政治を語りやすくするための物語であって、実はもう少し複雑な動きがあるということも念頭に置いておかなければいけません。たとえば2040年代には白人が50%以下になると言われていますが、ここにはヒスパニックと呼ばれる中南米系の人たち一部であるホワイト・ヒスパニックは含まれていません。彼らの人口は膨らんでいますし、だんだんと豊かになり、白人と行動を共にするようになっています。

これから共和党は、白人政党化していくことによって政党としての力は弱まっていくかもしれません。それを避けるためにこそ、今回の選挙の初期の段階ではマルコ・ルビオ氏を立てて、より中道化した政党に変えようという運動が起きていたのです。今はそれが一旦、潰えた段階ですが、今後はどうなっていくのか。トランプは選挙のために分断を利用したのか、あるいは大統領に決まったところで、今後は改革主義者たちと手を組む道もあるのか。その辺はこれから注視していかなければいけません。

また、トランプの周りには人種差別主義者たちが集まっていることは確かです。彼らが政権の中でどういう立場を得ていくのか。これも見ていかなければいけません。

荻上 トランプと共和党との関係については、こんなメールも来ています。

「予備選から首班指名まで、共和党の大物はトランプ氏を毛嫌いしていたようでしたが、選挙戦ではどの程度、党として支援していたんでしょうか。」

党の側も一時期、「トランプ下ろし」のような動きもありましたが、今はどうなのでしょうか。

渡辺 トランプ氏の敗北が一時期濃厚だと言われた時には、大統領選を諦めて議会の多数派を守ろうという動きが活発になっていました。ところが今回、予想以上に大勝したということで、中にはトランプ氏になびく人たちも出てくると思います。そういう状況なので、しばらくトランプ氏としては、共和党内の融和を図るためにも、派閥を超えて一致して取り組める課題を進めていくのだと思います。たとえばオバマケアを事実上骨抜きにするとか、イランとの核合意を白紙撤回化するとか、気候変動のパリ協定から離脱するとか。

荻上 共和党内で意見が一致する部分から手をつけていきつつ、少しずつ大統領令など独自の取り組みも進めていくことになりそうですね。その中で、今後は周囲の意見を交えながらマイルドで現実路線になっていくのか、あるいは攻撃に応答するような中でより過激化していくのか。この部分は過去の歴史と照らし合わせても予想できないところですね。長期的なスパンでトランプ氏の動きには注目していきたいと思います。松尾さん、会田さん、渡辺さん、ありがとうございました。

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プロフィール

会田弘継

1951年埼玉県生まれ。共同通信社ワシントン支局記者、ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長を歴任。現在、共同通信社客員論説委員、青山学院大学地球社会共生学部教授。主な著書に『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』『戦争を始めるのは誰か』『トランプ現象とアメリカ保守思想』、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』ほかがある。

この執筆者の記事

松尾文夫ジャーナリスト

1933年東京都生まれ。学習院大学政経学部政治学科卒業。共同通信入社後、ニューヨーク、ワシントン特派員、バンコク支局長、ワシントン支局長を経て、共同通信マーケッツ社長などを歴任。2002年5月、ジャーナリストに現役復帰、04年『銃を持つ民主主義』で日本エッセイストクラブ賞受賞。主な著書に『ニクソンのアメリカ』 (1972年,サイマル出版会)、『銃を持つ民主主義 – 「アメリカという国」のなりたち – 』 (2004年,小学館)、『オバマ大統領がヒロシマに献花する日』 (2009年,小学館)。

Webサイト『アメリカ・ウォッチ』:http://matsuoamerica.sakura.ne.jp/

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渡辺靖アメリカ研究

1967年生まれ。慶應義塾大学SFC教授。専攻は、文化人類学、文化政策論、アメリカ研究。上智大学外国語学部卒業後、92年ハーバード大学大学院修了、97年Ph.D.(社会人類学)取得。著書に『アフター・アメリカ』(慶応義塾大学出版会)、『文化と外交』(中公新書)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)、『<文化>を捉え直す』(岩波新書、近刊)など。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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