2018.03.22

中国の「戦争に至らない準軍事作戦」――POSOWを読み解く

土屋貴裕 安全保障学

国際 #安全保障#中国#POSOW

1.中国のPOSOWとはどのようなものか

近年、中国は南シナ海や東シナ海において、軍事作戦ではなく準軍事作戦で実効支配を奪取、あるいは強化しようとしている。アジア太平洋安全保障センター(Asia-Pacific Center for Security Studies)のモハン・マリック(Mohan Malik)教授は、こうした作戦を「戦争に至らない準軍事作戦」(Para-military Operations Short of War、POSOW)と名付けた。それでは、中国の準軍事作戦とはどのようなものであろうか。

軍事作戦を行う主体(アクター)は軍隊である。中国の海上における武装力は人民解放軍海軍が主力である。しかし、準軍事作戦を行う主体は海軍ではなく、海上法執行機関である中国海警局や治安維持部隊である人民武装警察部隊、あるいは「軍事機関の指揮下で戦備勤務、防衛作戦任務、社会秩序の維持と補佐を担う」民兵である。中国は、こうした準軍事手段を用いて、戦争に至らない作戦を展開している。

たとえば、中国は自らが「藍色国土」と主張する海域や他国と主権をめぐる争議がある海域において、海洋権益を擁護するという名目で、海軍ではなく中国海警局など海上法執行機関の船を用いて活動している。これは武力侵攻ではないため、日本の法律では防衛出動を下すことができず、自衛隊は出動できない。そのため、海上保安庁や警察など法執行機関で対応することとなる。

中国の海上法執行船は、近年急速に建造が進められており、1千トン以上の船舶の数は既に海上保安庁を上回っている。それらの船は軍艦と同じ性能を持つものが少なくない。中国の海上法執行船の中には、76ミリ重機関砲などで武装した船舶もある。76ミリ砲は、世界の海軍艦艇の標準装備であり、日本の海上保安庁の高速高機能大型巡視船(PL型巡視船)に搭載されている40ミリ機関砲を大きく上回る。

また、古くなった軍艦を転籍させて、海上法執行船の塗装を施した船もある。その船体構造は軍艦構造であり、二重になっているため衝突しても簡単には沈まない。これに対して、日本の海上保安庁をはじめ諸外国のコーストガード船の構造は、民間船の構造と同様に一重であり、衝突で穴が空いた場合、容易に沈んでしまう。こうした中国の海上法執行船に対して、日本の海上保安庁を含む周辺諸国のコーストガードでは質的にも量的にも対応が困難な事態が生じる可能性がある。中国はこのいわゆる「グレーゾーン」と呼ばれる事態を突いた作戦を展開している。

2.中国のPOSOWの具体的事例

(1)周辺海域における中国のPOSOW

上述の通り、中国のPOSOWは海上法執行機関の船や漁船に扮した海上民兵による活動が有名であり、これまでに数多くの報道がなされている。これらの活動がPOSOW、すなわち戦争に至らない準軍事作戦である所以は、中国海軍が海上法執行機関や海上民兵との海上合同法執行訓練を行うだけでなく、指揮系統においても軍と海上法執行機関とが密接に連携しあうことで、中国の「領土主権」、「権益保護」を実施していることに起因する。

たとえば、2012年10月19日には、東シナ海において国家海洋局の海監や農業省漁政局の漁政が、人民解放軍海軍との海上合同演習「東シナ海協力―2012」を実施した。また、海南省三沙市では、2015年7月25日に人民解放軍、海上法執行機関、海上民兵(軍・警・民)からなる合同指揮センター(三沙軍警民聯防指揮中心)をウッディ(永興)島に設置した。このように、中国の海上法執行機関や海上民兵は人民解放軍とも連携して活動している。

南シナ海をめぐるUNCLOS付属書Ⅶに基づく仲裁裁判所の裁定直後の2016年7月下旬にも、南海艦隊某基地における実兵対抗演習で、防空、海岸防衛、戦闘機、潜水艦、特殊戦等の部隊に加え、公安、人民武装警察部隊、民兵等が演習に参加した。また同年8月22-24日には、トンキン(北部)湾で、南海艦隊某水警区艦艇、陸軍、空軍、海軍航空兵部隊、海警・漁政・海監・救助船、および漁船による大規模海上権益維持演習を実施している。

中国海警局の一部として統合された公安部・辺防海警の母体である人民武装警察部隊は、本年1月1日から中央軍事委員会直属に改編された。これにより、公安部の業務指導のもと中国海警局名義で海上権益保護法執行を展開してきた中国海警局の周辺海域における活動が、軍事作戦の一環として展開される。すなわち中央軍事委員会の下で、海軍による軍事作戦と人民武装警察部隊による準軍事作戦とが展開されるとの見方も出てきている。

一方、海上民兵は、漁業・水産・港湾関係者(海洋・漁業局所属の企業を含む)を中心に構成されており、平時は漁業等に従事し、必要に応じて訓練や演習に動員される。民兵は、予備役とともに中央軍事委員会国防動員局(および国家国防動員委員会)が所管する中国の武装力の一部として位置づけられており、各地方の人民武装部が組織し、各地方の党委員会および人民解放軍の二重指揮を受けることとなっている。

(2)空域、サイバー空間へと拡大する中国のPOSOW

中国POSOWの作戦範囲は海域のみにとどまらない。2012年以降、尖閣諸島上空に無人機が飛来し、2017年5月には航空自衛隊のF-15戦闘機が無人機による領空侵犯に対して緊急発進を行うなど、空域においても海上法執行船に搭載された無人機による偵察や測量などの準軍事作戦が展開されている。このほか、中国は航空民兵を組織し、空軍の指揮の下で空中輸送支援などを行うことを企図している。

また、中国は民間航空機を用いた作戦も展開している。たとえば、2016年1月2日および6日には、スプラトリー(南沙)諸島の人工島・ファイアリー・クロス礁(永暑島)で、中国が岩礁を埋立て建設した滑走路の運用テストを実施した。同年7月12日、南シナ海をめぐる仲裁裁判に関する判決が下された当日にも、ミスチーフ礁およびスビ礁の飛行場へ民間航空機「CE-680」が検査飛行を実施している。これらの運用テストに用いられたのは民間の航空機であるが、中国政府がチャーターして実施したことが明らかになっている。

さらには、中国はサイバー空間における軍民融合や民兵の活用を進めている。2015年3月13日に公表された防衛省防衛研究所の「中国安全保障レポート2014」では、中国のサイバー部隊について「国家として産業スパイ行為を行っていることを推測させる」と指摘した上で、人民解放軍だけでなく、「IT関連企業や大学の工学部なども職場、学部単位で民兵組織に組み込まれ、サイバー民兵として活動していると推測される」とした。

しかし、サイバー民兵についてはそれよりも前から度々指摘されており、たとえば2011年10月12日には、「フィナンシャル・タイムズ」(The Financial Times)が南昊科技公司(Nanhao Group)という民間企業の従業員が2006年からサイバー民兵として活動していることを報じている。遡れば、2000年6月29日には、湖北省鄂州市国防動員局でパソコンを用いてメールに添付されたウイルスを想定したネット上演習が実施されている。

同じく2000年8月21日には、中国の武装力で初めての民兵ネット戦分隊とみられる「民兵ネット戦特殊分隊」(民兵網絡戦特殊分隊)が重慶警備区で成立したことが報じられた。また2001年には、初の「女性民兵ネット専業分隊」(原語は「女民兵網絡専業分隊」)が南京市で成立したことが報じられるなど、サイバー空間における非正規軍として、民兵の組織化や軍民融合が2000年代初頭から進められてきている。

3.中国がPOSOW戦略をとっている背景

中国がこうした準軍事手段で実効支配を奪い、強化するというやり方は、あらゆる手段を用いて制約なく行われる「超限戦」の一環であると解説されることがある。たしかに、1999年に中国人民解放軍の軍人によって提起された「超限戦」の概念は、軍事・超軍事・非軍事の領域で様々な作戦様式を指摘しており、「超限戦」の一環として行われている可能性はあるだろう。それでは、なぜ中国は近年積極的にPOSOWを展開しているのだろうか。

中国が準軍事的手段による作戦をとっているのは、積極的理由と消極的理由が挙げられる。積極的な理由としては、烈度の高い軍事的手段を用いることなく、日本や周辺国、あるいは国際法の「グレーゾーン」や陥穽を突いて実効支配を強化しようとしているからである。消極的な理由としては、中国の軍事力や法執行機関の限界や資源の制約を打破するための手段として準軍事的手段が用いられているからである。

この両側面の理由から、現在、中国は民兵を第一線、法執行機関を第二線、軍隊を第三線(三線化)と位置づけて、それらを一体的に運用し、準軍事作戦と軍事作戦とを「シームレス」に展開しようとしている。この「軍・警・民」の三線化、一体化による「辺海防安全の保衛」、「海洋権益の維持」は、特に2012年以降、今日に至るまで積極的に行われており、習近平政権下の特徴の1つとして挙げられる。

実際、2013年に公表された中国の国防白書『中国の軍事力の多様化された運用』の中では、既に「民兵が戦備任務に積極的に参加し、辺海防地区の軍・警・民の共同防衛を行う」ことや、「海監・漁政などの法執行部門の連携した仕組みを構築し、軍・警・民の共同防衛を構築、整備する」ことが言及されている。あまり知られていないが、こうした戦略は、習近平が掲げる「軍隊と民兵・予備役の結合」(「軍・警・民」の一体化)戦略に基づいている。

この国防白書よりも10年以上前、習近平は福建省在任期間の2002年8月に南京軍区政治部の機関誌『東海民兵』に論文を寄稿しており、現役部隊と民兵・予備役部隊の同時建設・発展などの建軍理念を提出している。この軍と海上法執行機関と民兵とが一体となって中国の権益を擁護し拡大しようとする戦略が、いわゆる習近平の「軍事思想」の重要な柱の1つとなっていることは間違いないだろう。

こうした習近平が進める軍民融合は、毛沢東による「人民戦争」への郷愁であるように思われる。「人民戦争」の核心は正規軍と非正規軍(人民による武装民兵)との有機的結合にある。現在、海上民兵のみならず、サイバー民兵の構築や軍民融合による無人機をはじめとする国防科学技術工業の発展を加速している。これらの動きは中国の新しい「人民戦争」であると見るべきであろう。

4.中国のPOSOWがアジア諸国および国際社会に与える影響

2017年10月18日、中国共産党第19回全国代表大会における習近平の報告では、国防と軍隊の近代化に関して、「2020年に軍の機械化・情報化を概ね実現させ」、「2035年までに国防と軍隊の近代化を概ね実現させ」、「今世紀中頃までに世界一流の軍に築き上げる」ことを目指すという「3段階」のスケジュールを掲げた。今後、軍事力を一層強化するとともに、POSOWやいわゆる「グレーゾーン」を突いた「作戦」を展開することが想定される。

それに伴い、周辺海域において衝突や不測の事態が発生するリスクが増加することとなるが、中国は強化された軍事力を背景に、準軍事的手段や非軍事的手段も用いて周辺海域を中国にとって有利な形で管理、回避しようとするだろう。また、空域に関しても、民間航空機への飛行制限や識別を要求するといった可能性がある。今年1月には、中国が台湾海峡の上空を通る航路を事前に協議を行わずに設定し、運用を開始したことが報じられた。

とりわけ、南シナ海においては、中国は海洋権益の擁護のみならず、民間目的や研究開発、平和利用、海洋環境、海上交通の安全など、様々な名目を掲げて世論戦を展開し、同海域における実効支配を一層強化しようとするだろう。そうした軍事手段のみによらない手段で、中国が「紙くず」と呼ぶ南シナ海の仲裁裁判の裁定を無視し、乗り越える国際世論形成を展開するものと見られる。

東シナ海においても、軍艦による日本の国際海峡(特定海域)や領海に対する積極的な「無害」通航や領海侵入など、中国版「航行の自由」作戦とも呼ぶべき行動のエスカレーションや、大量の漁船や民間船、海上法執行船、無人機の来襲など、様々な「奇策」を想定しなければならない。また、危機管理メカニズムの構築などによる対立回避や緊張緩和、「ウインウイン」や共同開発などの甘言を含む、硬軟織り交ぜた心理戦が展開されるだろう。

中国が既存の国際法の解釈に対する法律戦を仕掛けてくる日も遠くない。中国は既存の国際法秩序の破壊者と受け取られがちだが、実際は国際法を全く無視しているわけではなく、国際法を熟知しながらもそれと相反する自国の国内法を制定して他国に強制するなどの二重基準を設けたり、自らに都合のいい国際法の解釈を積極的に打ち出したりすることで、自国の権益を擁護しようとしている。

日本を含む周辺諸国にとって、こうした中国の準軍事手段を活用した戦争に至らない作戦や、同時に展開される「三戦」(世論戦、心理戦、法律戦)に代表される政治工作に対して、量的に対応するのは早晩困難になる。そのため、抑止力を強化し事態に対処することは焦眉の課題であるが、その限界を認識して先手を打ち、攻勢に転じなければならない。さもなければ、中国のPOSOWが功を奏することとなるだろう。

プロフィール

土屋貴裕安全保障学

慶應義塾大学SFC研究所上席所員。防衛大学校総合安全保障研究科後期課程卒業、安全保障学博士。在香港日本国総領事館専門調査員等を経て現職。専門分野は、中国の地域研究、国際関係論、安全保障学。近著に、『現代中国の軍事制度:国防費・軍事費をめぐる党・政・軍関係』(勁草書房、2015年)など。

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