2010.10.01

フェイスブック社は、アップル社もグーグル社もしのぐ勢い  

橋本努 社会哲学

国際 #フェイスブック#ソーシャル・ネットワーキング#社会的関係資本

カリフォルニアには高速鉄道が存在しない

去る9月14日、俳優で米カリフォルニア州知事のシュワルツェネッガーが来日して話題となった。最新型の新幹線「E5系」に試乗すると、シュワルツェネッガーは「静かで、近未来的だ」と語ったが、「えっ? 新幹線って、そんなに近未来的な乗り物なの?」と、その見識を疑った人も多いのではないだろうか。新幹線など、50年前の「近未来」ではなかったのか、と。

ところがカリフォルニアには、いまだに高速鉄道というものが存在しない。あるのは1時間に1~2本程度のローカル鉄道(カルトレイン)だ。19世紀中頃にスタンフォードが築いた鉄道網の遺産である。

同州は現在、2030年をめどに、サンフランシスコとロサンゼルスのあいだを高速鉄道網で結びたいという。いまのままでは、この地域はまるごと世界遺産と化してしまうのではないか。そんな危惧がある。

IT革命は都心の高層ビル群で生じたのではない

だが、そんな牧歌的な場所で生じたのが、IT革命だった。シリコンバレーとよばれる広域の郊外で、アップル社、グーグル社、ツイッター社、フェイスブック社、オラクル社など、情報技術を代表する会社が、90年代以降になってつぎつぎと成功を収めてきた。

IT革命は、都心の高層ビル群で生じたのではない。人口密度の低い田園地帯で生じたというその事実は、一考に値するだろう。

たとえば、アップル社のファンであれば、本社でしか買えないマグカップやボールペンを入手するために、ローカル列車とタクシー(約$25)を乗り継いでいくというその不便さに、誰しもストレスを感じるだろう。

当地に暮らす技術者やビジネスマンでも、コミュニケーションのために車で30分から1時間程度の移動を強いられる。そんな広大な空間で育まれてきたのは、まず全寮制の大学で濃密な人間関係を築くことであり、また心のこもったカード(手紙)を送るという慣習であった。

かかるコミュニケーションは現在、ネット上のソーシャル・ネットワーキングを進化させる原動力になっている。広大な郊外では、人と人との直接のコミュニケーションが難しいからこそ、ネット上で豊かな人間関係を築いていくニーズが生まれる。シリコンバレーでは、そのためのインセンティヴが旺盛に生まれているようだ。

フェイスブック社の躍進

アメリカの新聞『サンフランシスコ・クロニクル』が26日に伝えるところによると、フェイスブック社の社長マーク・ツッカーバーグ氏の自己資本は、今年になって、同じベイエリアに暮らすアップル社のスティーブ・ジョブス氏のそれを超えて、69億ドル(約5800億円)に達したという。ビル・ゲイツ氏の540億ドルには依然として届かないが、グーグル社の二人の創業者、ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏のそれぞれ150億ドルには、そろそろ迫る勢いである。

ツッカーバーグ氏はハーバード大学の学生の時分に、若干20歳にしてフェイスブック社を立ち上げた。現在6年目を迎え、従業員はすでに1,000人を超えるというが、彼は会社を創業するために、わざわざスタンフォード大学のあるシリコンバレーの田舎町(人口約6万人のパロアルト)のビルの一室を選んだ、というのも興味深い。

2010年3月7日付の『ニューヨークタイムズ』によると、フェイスブックの利用者は、世界で4億人を超え、その70%はアメリカ以外に住み、その50%以上は36歳以上であるという。

またユーザーたちは、一ヶ月に平均して7時間(つまり一日に15分程度)をフェイスブックでのコミュニケーションに費やし、その時間はグーグル利用の約3倍にもなるという。人びとの時間消費そのものを争うネットの環境のもとで、その威力は推し量れよう。

コミュニケーション社会に埋め込まれる市場経済

フェイスブックは、友達同士や家族・親戚同士のコミュニケーションをネットワークして、人間関係の「輪」を豊かに育てていく。また企業であれば、フェイスブックを通じて「自社製品のファン」を獲得し、情報を送ったりサービスを提供したりすることもできる。

こうしたサービスは、人びとのあいだの「社会的関係資本」を充実させながら商売に結びつける点で、疎外とは正反対の経済活動を促進する。

近い将来、フェイスブック社の人的ネットワークは、携帯電話の独自のプラットフォームを築いたり、あるいは貨幣やクレジットの独自の機能を発達させるかもしれない。そんな期待が同社の株価をつり上げている。

社会学的に興味深いのは、市場経済の営みが人びとを疎外するのではなく、人びとの言語的コミュニケーションが発展する空間に、まさにレント(地代)が生まれ、そこに広告が掲載されて市場経済が発展するという好循環だ。

もはやわたしたちは、市場経済に魂を売る必要はない。心の通ったコミュニケーション社会のなかに、市場経済が埋め込まれていく。その「再埋め込み」の可能性に、これからも注目していきたい。

推薦図書

90年代後半から00年代の初頭にかけて、アメリカ経済はニューエコノミーと呼ばれるブームに沸いていた。IT革命の恩恵である。そのときの経済を駆動していた要因は、何だったのか。イタリアの経済思想家マラッツィは、一流の経済アナリストの眼をもって現状を哲学する。

ポスト・フォーディズムの世界は、可能性に満ちている。私たちは労働していないときにも、新たな生産活動をしている。言語的な能力を磨いたり、ネット上でコミュニケーションしているときにも、新しい生産が始まっている。例えば、ミクシィやツイッターを使えば、それが生産活動に結びつく。労働時間と生産時間のあいだには、ギャップ(不均衡)が生じている。そのギャップが経済を駆動する、というわけだ。

プロフィール

橋本努社会哲学

1967年生まれ。横浜国立大学経済学部卒、東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。現在、北海道大学経済学研究科教授。この間、ニューヨーク大学客員研究員。専攻は経済思想、社会哲学。著作に『自由の論法』(創文社)、『社会科学の人間学』(勁草書房)、『帝国の条件』(弘文堂)、『自由に生きるとはどういうことか』(ちくま新書)、『経済倫理=あなたは、なに主義?』(講談社メチエ)、『自由の社会学』(NTT出版)、『ロスト近代』(弘文堂)、『学問の技法』(ちくま新書)、編著に『現代の経済思想』(勁草書房)、『日本マックス・ウェーバー論争』、『オーストリア学派の経済学』(日本評論社)、共著に『ナショナリズムとグローバリズム』(新曜社)、など。

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