2019.03.28

深まる社会民主主義政党のジレンマ

近藤康史 比較政治、イギリス政治

国際

2018年10月に行われたドイツの2つの州議会選挙の結果は、日本でも大きく報じられた。それらの選挙でドイツのメルケル首相を支える保守政党(キリスト教民主同盟および社会同盟:CDU/CSU)が大幅に得票率を落とし、これまで18年にわたりCDUの党首を務めてきたメルケルが辞任を発表したからである。

しかし、その陰に隠れるかたちとはなったが、じつはそれらの選挙でCDU/CSUと同程度に得票率を落とした政党があった。戦後、ヨーロッパを代表する社会民主主義政党とみなされ、またCDU/CSUとともにドイツの二大政党勢力の一角を占めてきた社会民主党(SPD)である。

このバイエルン州議会選挙でのSPDの得票率は9.7%で、前回より10%以上落としている。その結果、保守政党であるCSUはもちろん、緑の党や、新興の右派ポピュリスト政党である「ドイツのための選択肢(AfD)」の後塵をも拝し、第5党となった。その後のヘッセン州議会選挙でも得票率19.8%と、やはり前回から10%以上も落としている。そもそもSPDは、2017年に行われた連邦議会選挙(国政選挙)でも得票率20.5%で、戦後最低の値であった。もはやドイツで社会民主党は、二大政党勢力の一角とは言いづらい領域に入りつつある。

このような社会民主主義政党の低落は、ドイツに限ったことではない。やはり2017年に行われたフランスの総選挙では、社会民主主義政党としてフランスの二大政党の一角を占めてきた社会党が、得票率7.4%と、壊滅的な結果に終わった。前回選挙から20%以上も得票率を減らすという、歴史的な惨敗である。また、かつては40年以上も政権を維持したスウェーデンの社会民主労働党も、2018年の総選挙での得票率は28.4%と、やはり戦後最低の値を記録している。

このように、近年における社会民主主義政党の低落は、ヨーロッパでは共通の傾向とみなすことができるだろう。それに代わって台頭しているのが、反移民・反難民などナショナリズム的主張を軸に据える右派ポピュリズム政党である。ドイツでは前出のAfD、スウェーデンでは民主党、そしてフランスではルペン率いる国民連合(かつての国民戦線)がそれにあたる。

これらの右派ポピュリスト政党の台頭は、社会民主主義政党の低落と表裏一体をなす。なぜならこれらの政党は、かつて社会民主主義政党が強固な支持基盤としてきた労働者層の支持を奪うかたちで、台頭しているからである。

その背景には、よく「グローバル化から置き去りにされた」と表現されるような、グローバル化の負の影響を受けた労働者層がある。その層が、反移民などグローバル化に対抗する主張を前面に打ち出す右派ポピュリスト政党へと、その支持を転換させているのである。これらの政党に政党システムの一角を奪われる可能性すらある点で、社会民主主義政党はかつてない危機にあると言えよう。

社会民主主義のジレンマ

ただし、社会民主主義政党が「危機に陥った」と言われたのはこれが初めてではない。戦後に限っても、現在ほどの水準ではないとはいえ、やはり社会民主主義政党の得票率が減少し、「社会民主主義政党の危機」が囁かれた時期がある。とくに1970年代から80年代にかけての時期はそれにあたる。では、これまでの「危機」と、現在の「危機」はどのように異なるのだろうか。

もともと社会民主主義政党は、工場で働く貧困な肉体労働者をおもな支持基盤とし、それらの層の経済状況の改善や、ざまざまな権利の保障を掲げて、1900年前後にヨーロッパ各国で相次いで登場した政党である。その後、戦後の高度成長期にかけてその勢力を伸長させ、福祉国家というかたちでさまざまな社会保障制度を確立するのに貢献してきた。しかし、経済成長や産業構造の変化が進むと、従来の工場労働者の支持に依存するかたちでは、社会民主主義政党の得票率が維持できない状況が生まれてきた。

1970年頃を境として、サービス業など第三次産業人口は、工業など第二次産業人口を上回るようになった。また戦後の高度成長の結果、経済的に豊かな新中間層と呼ばれる人々も増加していった。これらの層が増えることによって、従来の工場労働者だけの支持では、多数派獲得がままならなくなったのである。

こうした状況に直面した社会民主主義政党は、たとえばイギリス労働党を典型として、中間層の支持獲得に失敗し続けた政党を中心に低落していった。比較政治学者のアダム・プシェボスキらは、この時期に発表した社会民主主義政党の研究において、「左翼政党は長期的衰退の脅威に直面している」と表現している。

そもそも、とくに選挙での支持獲得という面からすれば、社会民主主義政党は原理的にジレンマを抱えた存在である。社会民主主義政党のコアとなる支持層は労働者であるが、その支持だけでは多数派を占めることができない。したがって、中間層や農民など、他の支持層を開拓する必要性に迫られるが、これらの階層から支持を得られるような主張へとシフトすれば、今度は従来のコアの支持層である労働者層が、自分たちがないがしろにされていると不満を感じ、支持を止めてしまう可能性もある。1970年代から80年代の社会民主主義政党は、産業構造の変化や中間層の増加に伴って、このジレンマに直面したのである。

社会民主主義の刷新

しかし社会民主主義政党はそのまま低落していったわけではなかった。1990年代に入ると、社会民主主義政党はこの危機を克服し、回復期に入っていく。おもな社会民主主義政党の得票率は、80年代に比べて軒並み上昇した。それは議会の議席数にも反映され、多くの国々で社会民主主義政党が政権を獲得した。1998年には、当時のEU加盟15カ国中13カ国で、社会民主主義政党がおもに第一党として政権に参加するほどとなった。

この「復活」を支えたのが、社会民主主義政党の自己刷新と政策的転換である。1980年代の危機を乗り越えるためにどの社会民主主義政党も、多かれ少なかれその政策的方向性を転換したが、とくに注目を集めたのがブレアを首相として政権を獲得したイギリス労働党や、シュレーダーを首相として緑の党と連立政権を形成したドイツのSPDである。

労働党は「第3の道」、SPDは「新中道」というキャッチフレーズを示しつつ、「大きな政府」を前提とする旧来の国家中心的な発想から脱却する一方で、80年代の保守政権が展開したネオ・リベラル的姿勢も克服する立場から、新たな理念や政策を提示したのである。

この転換の目的は、上記のジレンマを克服し、とくに中間層をその支持層に取り込むことであった。例えばイギリスの場合、サービス部門の労働者などが「ミドル・イングランド」と呼ばれる中流階級として拡大し、選挙結果を左右するようになっていたが、1980年代には対抗政党である保守党にそれらの層の支持を奪われることによって、低迷を招いていた。労働党は上記のような転換によって、これらの層をまずターゲットとして支持者を増やし、さらにはこれまでは敵対的関係にあった経営者層にも手を伸ばしていったのである。

これらの転換が功を奏して、社会民主主義政党は得票率を回復させ、次々と政権を奪取していった。それは理念的・政策的転換にもとづく成功であるため、それらが政権期に実現した諸政策も、かつての社会民主主義政権からは転換した内容となった。とくに福祉国家や社会保障の分野に関しては、ネオ・リベラル的手法を一部導入した再編が行われた。「フレキシキュリティ」や「ウェルフェア・トゥ・ワーク(福祉から就労へ)」というスローガンのもと、雇用の柔軟性を高めた上で、職業訓練などを充実させて就労促進を図る政策が展開された。

失業や貧困といった問題の解決を社会民主主義政党が重視していた点は変わりがない。しかし従来のような経済的再分配にとどまるのではなく、就労支援などを通じた積極的な問題解決を重視する点で「積極的福祉国家」と呼ばれたり、人々の雇用能力に投資するという点で「社会的投資国家」と呼ばれたりする手法へとシフトしたのである。

これらの社会民主主義政党の転換が、1990年代から2000年代において一定の成果を上げたことは、得票率の回復や政権獲得の実績を見れば疑いはない。しかし、上記のジレンマを解決しえたかといえば、そうではなかった。中間層の支持開拓へと舵を切った結果、それに不満を持つ労働者内での離反はじわじわと進んできていた。それを受け、ドイツではSPDの左派議員が離党し、左翼党が形成された。イギリスでは新たな左派政党は登場しないものの、投票率の低下などのかたちでそれは現れたのである。

経済的分断と文化的対立

1990年代以降の社会民主主義政党の復活の陰で積み重なった負の側面が噴出したのが、2010年以降である。本論の冒頭で示したように、各国の社会民主主義政党の得票率は、軒並み戦後最低を記録している。また、たんに得票率が低下しているだけではなく、その支持基盤を右派ポピュリスト政党など新しい政党に侵食され、取って代わられる可能性すらある点でも、その深刻度は大きい。

1990年代後半から2000年代に社会民主主義政党によって推進された「積極的福祉国家」や「社会的投資国家」の諸政策は、労働者内での分断を生んだ。それらの政策は、中間層や高学歴層、安定した職を持つ労働者層からは支持を獲得した。しかしそれらは雇用の柔軟化を前提としているため、それが生み出す負の影響を受けやすい不安定な雇用や低賃金の状況にある労働者層は不満を持ち、むしろ従来型の国家からの強い保護を求める。同じ労働者内でも、経済的リスクと求める政策の面で分断が拡大していったのである。

しかし社会民主主義政党は、そういった負の影響を受ける労働者からの要求を簡単には取り入れることはできない。なぜならそうしてしまえば、復活の鍵となってきた中間層の支持が離反する可能性があるからである。ここでまたしても、社会民主主義政党はジレンマに直面することになっている。

ただし、これが経済的な階層の面からのジレンマだけであれば、これまで社会民主主義政党が抱えてきたジレンマとそれほど変わりがない。現在の社会民主主義政党にとって問題がより深刻なのは、そのジレンマが単に経済的な面だけではなく、文化的対立とも接続している点である。

1990年代から2000年代における社会民主主義政党の転換は、国民国家を超えたグローバル化とEU化の受容・推進や、多様な文化の承認など、文化的リベラリズムへのシフトという側面も持っていた。このシフトもまた、その恩恵を受けやすい中間層や高学歴層の支持を開拓できた理由の一つでもある。

このような文化的リベラリズムの側面は、具体的には、グローバル化・EU化への積極的な対応や移民・難民に対する寛容な政策というかたちで示されるようになる。しかし、低賃金や失業などグローバル化の負の影響を受け、権威主義やナショナリズムなど文化的に保守的な感情を持つようになった労働者にとっては、これらの政策は不満なものに映る。

経済的にも文化的にも、これまで受け皿となってきた社会民主主義政党によって要求を受け入れられないこれらの労働者の支持は、反移民など文化的には権威主義的・ナショナリズム的な主張を掲げながら、経済的にも国内労働者の保護を訴える右派ポピュリズム政党へと、その支持を転換させていったのである。

社会民主主義政党に展望はあるか?

このように、現在における社会民主主義政党のジレンマは、経済と文化を横断して重なり合うことで、その深刻度を増している。ただし、直近の選挙結果を見るならば、その中でもバリエーションがあることは確かである。

グローバル化の負の影響を受ける低賃金・不安定雇用の労働者の離反が進むことで、社会民主主義政党の支持層は全般的には中間層・高学歴層へと比重を移しつつある。しかし、緑の党(ドイツ)や、マクロン大統領率いる共和国前進(フランス)といったかたちで、これらの支持層に関しても競合政党が存在するドイツやフランスでは、社会民主主義政党が受ける打撃はより大きくなった。

その一方で、得票率や支持率という面では健闘を見せているのが、イギリス労働党であろう。2010年前後には、他のヨーロッパ社会民主主義政党と同様に、支持率・得票率の落ち込みを経験した労働党であったが、2017年の総選挙においては、政権を奪取するには至らなかったものの、得票率41%という健闘を見せたのである。労働党の得票率が40%を超えたのは、2001年以来16年ぶりのことであった。

その背景には、党内でも最左派に位置するコービンが党首に就任し、「反緊縮」を軸に大幅な「大きな政府」へのシフトを政策的に訴えたことがある。これは、従来型の社会民主主義への揺り戻しという性格を色濃く持つが、他方でこれらの政策をもって若い世代の支持を開拓したこともあり、今後の社会民主主義政党の進むべき道として注目する向きもある。

ただし、イギリス労働党の戦略が長期的に見て上記のジレンマを解決し得るものになっているかといえば、懐疑的にならざるをえない部分もある。経済的に見れば、従来型の「大きな政府」の志向に回帰したことは明確であるが、肉体労働者や非熟練労働者といった伝統的労働者からの支持は40%程度にとどまる。労働者の分断は依然として存在し、支持層としての流出は続いているのである。

また文化的な側面においては、例えばEUに対する立場も曖昧で、明確な戦略が形成されているわけではない。EU離脱をめぐる混乱の中で、EU残留派の期待が労働党に集まった面はあるが、逆に言えばEU離脱というイギリス固有の条件に支えられた面は否めず、長期的な観点から文化的なジレンマを克服しているとは、依然として言えないだろう。

では社会民主主義政党にとってこれらのジレンマを克服する展望はどこに見出せるだろうか。一つの鍵となるのは「グローバル化と国民国家」という、経済的分断と文化的対立とに共通する問題だろう。

1990年代以降の社会民主主義政党の諸政策は、経済的には雇用の柔軟化や人材への投資を通じてグローバルな競争を打ち勝とうとする点で、また文化的には移民や難民など国境を越える人の移動に寛容である点で、経済と文化の両面において、国民国家を相対化しながらグローバル化に対応しようとするものであった。しかしその中で、経済的にグローバル化から取り残され、文化的に移民や難民に敵意を向ける労働者たちの離反を招いてきたのである。

しかし、だからと言ってかつての社会民主主義政党が依拠してきたような国民国家や国民経済を前提とした諸政策に回帰することは、グローバル化でその前提が崩れている現在、容易ではないし期待された効果が得られる保証もない。他方で、グローバル化に対応する中で、貧困層の経済的状況の改善などの社会民主主義がもともと持っていた目的が失われてしまえば、その存在意義自体が失われかねない。

グローバル化に対応し国民国家の枠組を超える一方で、人々の社会経済的立場を改善するというもともとの目的を達成することはいかに可能か。その構想力が社会民主主義政党には問われている。しかしその課題は、口で言うほどには簡単なものではないことも、また確かである。

プロフィール

近藤康史比較政治、イギリス政治

1973年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程修了、博士(法学)。筑波大学人文社会系教授などを経て、現在、名古屋大学大学院法学研究科教授。専門は比較政治・イギリス政治。著書に、『社会民主主義は生き残れるか: 政党組織の条件』(勁草書房)、『分解するイギリス』(ちくま新書)など。

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