2022.11.14

ヨーロッパの都市空間の現在――「灰色」から「緑」への潮流

穂鷹知美 異文化間コミュニケーション

国際 #都市のオープンスペースはどうあるべきか

コロナと気候変動は、都市空間のありかたを再考するものとなっています。コロナはオープンスペースの重要性を再認識させるものでした。また、気候変動はヒートアイランドと相まって、命の危険を伴うほどの酷暑をもたらしています。他方で、日本では都市再開発や公園の「活性化」のために、オープンスペースが変容していることが問題視されています。ネット署名サイトChange.orgには、複数の再開発反対の署名が立ち上がり、緑地・造園や環境アセスメントの研究者からも疑問の声があがっています。

本シリーズ「都市のオープンスペースはどうあるべきか」では、海外の都市の動向に詳しい研究者のお話をうかがうことで、こうした日本の現状を考えるためのヒントを得たいと思います。今回は、2022年9月、スイス在住の歴史研究者穂鷹知美さんに、ヨーロッパの視点や世界的な視座から、都市空間のありかたについてお話しいただきました(吉永明弘)。

ヨーロッパの都市環境の近年の変化を概観

ヨーロッパの都市の現況について、わたしが住むドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)を中心に概観してみたいと思います。

近年、ドイツ語圏では、大都市を中心に人口が顕著に増加しています。ロックダウンをしていた2020年においても、ドイツのベルリン、ハンブルク、ライプツィヒの3都市では人口増加を記録しました。他方、一人当たりの居住面積も年々拡大しています。ドイツでは1990年、一人平均の居住面積が34m2であったのが、現在は約4割増の47m2になっています。この結果、どこの都市でも住宅不足が深刻化しており、住宅供給と地域開発が都市行政の重要な課題のひとつとして進められてきました。ドイツ全体でみると、サッカー場50ヶ所分以上の広大な自然環境(草地や森、湿地など)が、毎日失われています。

コロナ禍で都市は、これまで想定しなかった新しい危機に直面しました。屋内外の集団的な活動が中止あるいは制限され、移動自体も厳しく制限されました。本来、都市空間は私的空間が少なく、共有して使う空間が多いのが特徴であるため、このような規制はとりわけ都市住民の生活に大きな支障や打撃となりました。私的空間に長く押し込まれることになった人々の間では、家庭内暴力や孤独を感じる人が増加し、全世代で体力的・精神的な不調に陥る人が増えました。

他方、2000年ごろから、都市を襲う自然災害の被害が深刻になっています。夏に過酷な暑さを記録したり、それが数日間続いたりすることが頻繁になりました。都市特有のヒートアイランド現象も重なり、都市部では特に被害が甚大になる傾向が強く、例えば2003 年8月記録的な暑さの影響で、パリを中心にフランスでは14800人が亡くなりました。今年2022年は、ヨーロッパは過去500年で最も暑く、また干ばつの被害が大きい年となりました。干ばつの被害がヨーロッパの約6割の地域で起こり、水の利用が各地で制限されました。40度を越す熱波のため、スペインとポルトガルだけでも1000人以上の死者がでました。干ばつや猛暑だけでなく、局所的な集中豪雨の被害も近年増えています。

人々の反応と短期的な変化

このような状況下、一般の都市住民の間でも、居住環境の悪化を切実に感じる機会が増えました。単に居住快適性が下がったというレベルではなく、猛暑や豪雨で生命を脅かすほどの危険を目の当たりにし、不満や危機感がつのってきています。このような問題意識は住民だけでなく、都市の自治体でも共有され、住民の個々人の行動から自治体の政策まで、様々なレベルで様々な変化が顕在化してくるようになりました。

まず短期的な変化として、都市の緑地や森を訪れる人が急増しました。猛暑やコロナ禍においても、安全で快適な憩いの機会を提供できる身近な場所として再発見され、それを最大限利用したいという要望が強まったためでしょう。自転車走行も増えました。ソーシャルディスタンスのためのモビリティ手段として、あるいはレジャーやスポーツの一環として、自転車が評価されたためだと考えられます。このような要望にこたえ、いくつかの自治体では、ロックダウンの最中、暫時的な自転車専用レーンが設置されました(穂鷹2020)。

歩行者を中心にした公共(交通)オープンスペースの再配分の潮流

短期的な変化と並行し、根本的で恒常的な都市空間の変革への要求も高まってきました。そこには、歩行者を中心にした公共(交通)オープンスペースの再配分と、気候変動に適応し都市を再構成するという、大きく分けて二つの潮流が現在あるように思われます。どちらの潮流も、これまで全くなかったというものではありませんが、とりわけ近年、変革への要望が住民たちのなかで強まっており、プロジェクト規模も拡大したり、プロセスが加速化したりしているといえます。

歩行者を中心にした公共(交通)オープンスペースの再配分の例としては、市の中心部の道路や駐車スペースなどを減らし、あるいは車の走行を規制(減速化や侵入禁止・制限)することや、歩行者のためのスペースを拡大すること、自転車専用道路を設置することなどがあげられます。バルセロナ(スペイン)やパリ(フランス)、ミラノ(イタリア)の都市再開発や改造計画は、そのパイオニア的な事例です。

「スポンジ・シティ」――気候変動に適応した都市の再構成

ドイツ語圏では「スポンジ・シティ」という掛け声のもと、とりわけ気候変動に都市を適応させる動きが活発になっています。スポンジ・シティとは、中国で2013年から実施されてきた、都市の総合的な水のマネジメント構想で、都市全体の緑地率と保水率を高めることを通し、干ばつや洪水、また猛暑の予防・緩和をさぐるというものです。

例えば、ドイツのハンブルクでは、市域の舗装率が年々上昇し、現在、全市域の4−5割が舗装されているため、集中豪雨の降雨を下水で処理しきれず、都市域が氾濫・冠水する危険も高まっています。このため、総合的な水マネジメントとして、公共運動施設などの公共オープンスペースの地下に遊水池を設けるだけでなく、全都市域を対象に屋根などを緑化し、保水性を高める対策に着手しました。将来、屋根の6―7割を緑化し、降雨の6割を都市内に保水することを目標とかかげています。

このような対策は従来の洪水対策とは全く異なるものであり、「水から守るというのではもはやなく、むしろ気候変動下の都市の生活の質を維持するための、水マネジメントという思考と行為のパラダイムシフト」(Günner 2019, S.234)と位置付けられています。

スウェーデンのストックホルムでも、街路樹の生育にスポンジ・シティと同種の原則をとりいれて画期的な効果をあげています。2000年初めの調査で街路樹の3分の2が生存の危機にさらされていることが判明し、その後、砂利とバイオ炭を配合した培土や、地下の植栽基盤の拡大、側溝などからの雨水の浸透などの措置を徹底したところ、街路樹の生育状態が劇的に改善されました。

この手法は、目下、EU 圏内で進められている開発プロジェクトで最大規模のひとつとされる、オーストリアのウィーンの最新市街区 Seestadt Aspernにおいても、全面的に導入されました。ウィーンではさらに2025年までに、同じ手法で2万5000本を植樹する予定で、将来的には降雨の90%を都市の内部に保水することを目指しています。これに並行して、気温の上昇や干ばつといった気候変動に強い街路樹の種類の選別が続けられており、最終的に150種類の樹木を選定する予定です。

都市空間の生物多様性の促進

二つの潮流(歩行者を中心にした公共(交通)オープンスペースの再配分と、気候変動に適応し都市を再構成する動き)に比べると、取り組む自治体もスケールもまだまだ少なく潮流とまではまだ言えないものの、都市空間の生物多様性の促進を上位の優先課題としてかかげて、都市空間の再編成をはかる動きもでてきました。

スイスでは、昨年から生物多様性ビンディング賞(ビンディングは賞設立者の名前)という新たな賞が作られ、毎年、生物多様性に寄与する優れた環境を設けた都市を表彰しています。今年選ばれたベルンでは、舗装撤去や壁面緑化などの既成建造物や道路表面の改変だけでなく、都市により多様な動植物が生息できるようにするため、湿地や岩かげなどの新たな自然環境を市内に設置したことが評価されました。今後、このような動きも、都市の変革の新たな一潮流となってくるのかもしれません。

都市デザインで存在感を増す緑とその理由

現在ヨーロッパ各地でおきているこれらの動きを俯瞰すると、緑や緑地がとりわけ重要な役割や期待を担っているようにみえます。これは、これまでの都市計画や地域開発と異なる、現在の大きな特徴といえるかもしれません。

今、とりわけ、都市デザインや開発の現場で緑が注目されているのだとすれば、それはなぜなのでしょうか。その理由を考えながら、改めて今日のヨーロッパ都市における緑、緑化や緑地のもつ意味を確認してみたいと思います。

都市の緑が重要になってきているのは、まず緑が、実際、都市の保水や猛暑緩和にすぐれた効力をもつためでしょう。正確には、そのことを証明する研究が昨今増えてきて、より広く認知されるようになったということでしょう。例えば、2021年公表されたヨーロッパの293都市の地表温度を比較した調査では、オーストリアなどの中部ヨーロッパでは、樹木があるところはないところより平均10度温度が低いことが明らかになりました。ウィーンでは、樹木のあるところとないところの温度差は11度あり、木がなくても緑地であれば5.5度の差がありました。ただし土壌が湿気を多く含む南欧での、木のある地表とない地表の温度差は2度程度にとどまるなど、地域差もありました(Schwaab, et al. 2021)。

スポンジ・シティ構想や、ストックホルムの街路樹育成手法のように、大きな効果が期待される画期的な手法がでてきて、都市の未来が「お先真っ暗」にならず、少しは希望を見出せる心境になれることも、都市の緑に熱い視線が集まる理由のひとつといえるかもしれません。

また、都市の緑のあり方は、都市改革の様々なプロジェクトでも、規模や予算が小規模でも可能で、しかも樹木の成長など目に見える効果も確認しやすいため、取り上げられやすいということもあるかもしれません。緑化は、小さなバルコニーのプランターから、街路樹、屋上緑化まで、規模も形も多様にとりくむことができ、個人や企業、自治体など様々なアクターや個別の次元で、取り組むことができます。

緑を増やすことはほかの問題の解決と連関していて、共通の目的のための手段として現在、認められていることも、緑化が評価され実施されやすい理由になっていると思われます。例えば、緑化したオープンスペースを増やすことは、前述のように、保水率を高め、干ばつや洪水対策の一助ともなりますし、猛暑緩和や生物多様性への貢献にもなりますが、公共スペースや歩行者の移動空間を効率的に緑化すれば、さらに夏場の歩行が格段しやすくなるでしょう。外に出やすくなれば、住民の心身の健康の向上も期待でき、ウィンウィンです。

都市の緑は、ジェンダーを包摂する(すべての人を置き去りにせずに配慮する、という意味)まちづくりを促進するという観点からも、歓迎されます。女性は男性よりも歩行移動が多い反面、歩道や公園などのパブリックスペースに、時間帯などによって危険を感じる人が多く、全般に男性に比べ、利用時間や利用用途が限定的であることが近年明らかになってきました。

一方、女性や高齢者、ほかの社会的マイノリティへより配慮した形に作り替えると、多くの人が頻繁に訪れやすくなり、それにより安心感が高まり、最終的にすべての人にとって社会福祉的な施設としての機能性が高まります。このように、都市の公共オープンスペースが、住民全体の生活の質の向上に広範に貢献している、あるいはそのような認識が高まったことが、(公共オープンスペースの質を高める要素のひとつと位置付けられている)緑の新たな需要も生み出していると考えられます。

もちろん、経済的なインセンティブも、都市の緑の奨励に重要な働きをしているでしょう。EU はコロナ禍においても、「グリーン・リカバリー」と称して、一貫して持続可能な社会への変革をいっそう加速される事業に集中投資をし、産業競争力をつけるのと同時に、社会変革を加速させることで、危機から脱却をすることを目指してきましたし、各地の優れた緑化関連プロジェクトを手厚く支援してきました。

後戻りしないヨーロッパの都市デザインの現状と展望

最後に日本に向けてのメッセージとして、ヨーロッパの現状を振り返りつつ、3点を提示してみます。まず、ヨーロッパの都市が、現在大きな転換期にあると思えることです。ヨーロッパの都市では、生活を難しくする危機に直面し、これまでの20世紀にルーツをもつ都市計画がつむぎ導いてきた都市のあり方が、これに十分対応できていないという認識が強まっています。その結果、現在、未来の気候変動などの課題に適応した都市の形を模索する只中にあり、今回示した事例は一般的な事例というより、ヨーロッパでも屈指の先駆的な事例の部類になりますが、そこで示された方向性は、今後、主流・スタンダードになるというのが、わたしの見立てです。

多様な人々や都市の要素をどうやって反映させていくのか

今日、ジェンダー包摂の視点から、都市のあり方を見直そうとする機運も非常に高まっており、これまで、十分に配慮されたり、可視化されたりしてこなかった、多様な背景の住民や様々な要素を、いかに反映させていくのかが、大きな課題となっています。

このような文脈で、未来の都市のありかたをさぐるプロセス自体への住民の参画のあり方もまた、根本的に問われているように思われます。1990年代からジェンダーを配慮した都市計画に取り組んできたウィーンでは、夕方のミーティングという招集の仕方では、一定の年齢以上の男性に偏り、子育て中の女性や若者、また移民的背景の人はほとんど参加しないため、積極的に街頭で人々に声をかけるなど、新しいコミュニケーションのチャンネルをさぐりながら、多様な住民の声や需要をすくいあげようとしてきました。

気候変動や干ばつ、洪水対策、またほかの生物の生存圏なども、今後重点的なテーマは要素として都市デザインに反映していかれるのであれば、どのようなアクターたち、どのようなチャンネルやコミュニケーション・ツールが有効なのでしょうか。まだヨーロッパでもこのことについて模索中であり、方法が確立しているわけでも、十分検討しつくされているわけでもありませんが、ヨーロッパ同様、日本でも、このことは重要で回避できない課題であると思われます。

共通の課題や、合意できる点をさぐる

都市のなかで緑化や緑地について、近年、注目が高まっているのは、都市の緑が様々な都市問題の緩和対策に、共通して有効であるという認識があったことによるところが大きかったのでは、と今回、考察しました。これは換言すると、様々な都市の課題のなかで、最終的なゴールは違っても、部分的に目指す課題や方向性で共通項があれば、様々なアクターや課題の間で連携がしやすくなるということになるでしょう。つまり、共通して目指す課題や方向性をみつける努力と、そのための方法論は、多様な人の意見や層を配慮する都市デザインを目指す時の、決定的なポイントになるということではないでしょうか。

台湾では、2015年からデジタル・プラットフォームにおいて、対立的な意見や極端な発言よりも、むしろ広く人々に支持される意見を目立たせ、大勢の人が政策提案への合意点をみつけやすくなるアルゴリズムを導入することで、住民参加型の政策提案の実績を作りあげてきました(穂鷹2022)。立役者であるデジタル担当大臣のオードリー・タンは、「共通点をみつけ、分断ではなく合意を創出することに焦点をあてるかぎり、デジタル・テクノロジーは、人々の参加を向上させる最適のもののひとつだ」(Tang 2019)と言います。

自治体レベルでも2010年代後半から、バルセロナを皮切りに世界各地で、デジタルツールを使って地域行政やまちづくりへの参加がしやすいしくみが模索され、実績をつみあげてきています。このような手法を導入したり、それを洗練したりすることで、より多くの声を反映させていくだけでなく、様々なステークホルダーやアクターたちが協働するしくみがつくりあげられていき、今後、都市の未来がより民主主義かつ持続的なものになることが期待されます。

参考文献

穂鷹知美(2020)「コロナ禍を機に変化するヨーロッパの都市のモビリティ――この半年間を振り返って」『αシノドス』vol.280(2020年10月15日)

穂鷹知美(2022)「ネットワーク執行法でネット上の発言はどう変わったか――デジタル時代のメディアとコミュニケーション」『ドイツ研究』56号、26-33頁。

Günner C., F. Meinzinger & A. Kuchenbecker (2019): Paradigmenwechsel im Umgang mit dem Regenwasser in wachsenden Städten. In: Lozán J. L. S.-W. Breckle, H. Grassl, W. Kuttler & A. Matzarakis (Hrsg.). Warnsignal Klima: Die Städte. S. 233-239.

Schwaab, J., Meier, R., Mussetti, G. et al. (2021),  The role of urban trees in reducing land surface temperatures in European cities. Nature Communications, 12, 6763.

Tang, Audrey (2019), “A Strong Democracy Is a Digital Democracy“, New York Times, 15.10.2019.
https://www.nytimes.com/2019/10/15/opinion/taiwan-digital-democracy.html

プロフィール

穂鷹知美異文化間コミュニケーション

ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。地域ボランティアとメディア分析をしながら、ヨーロッパ(特にドイツ語圏)をスイスで定点観測中。日本ネット輸出入協会海外コラムニスト。主著『都市と緑:近代ドイツの緑化文化』(2004年、山川出版社)、「ヨーロッパにおけるシェアリングエコノミーのこれまでの展開と今後の展望」『季刊 個人金融』2020年夏号、「「密」回避を目的とするヨーロッパ都市での暫定的なシェアード・ストリートの設定」(ソトノバ sotonoba.place、2020年8月)
メールアドレス: hotaka (at) alpstein.at

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