2023.07.28

「恒常的な危機」の下でメンタルを病むヨーロッパの若者たち

穂鷹知美 異文化間コミュニケーション

国際

精神的に不安定な若者が急増

ヨーロッパでは、精神的に不安定になったり、うつ病や不安障害、強迫性障害などの精神疾患をかかえる若者の数が、ここ数年、急増しています。コロナ危機以前から増加傾向にありましたが、コロナ危機下で加速化し、コロナ規制の全面撤廃以後、現在まで、状況はほとんど改善されていません。

たとえばスイスでは、2021年、10歳から24歳の年齢の人の間で精神疾患が、前年に比べ17%増加し、入院理由のトップとなりました (Luchetta, Mentale, 2022)。11歳から18歳の女性の精神疾患関連の診療費用は、2017年から2021年で二割増え、2021年のこの年齢層の女性の全医療コストの20%を占めました(De Carli, So verbreitet, 2023)。国内最大規模の若者支援団体 Pro Juventuteでは、自殺念慮がある若者を救急医療につなげる措置を行ったケースが、2022年に2019年の約3倍に増えました。2023年に入っても、依然、若者のメンタルヘルスの受け入れ先が逼迫した状態が続いており、初診まで2、3ヶ月待つのは当たり前で、受診ができるようになっても3週間に1度しか診療が受けられないといった状況です (De Carli, So verbreitet, 2023)。

一体なにが、若者を不安定な精神状態に追い込んでいるのでしょうか。 また、このような事態に対し、社会はどのような対応ができるでしょうか。本稿では、ヨーロッパの状況が現在、若者にどのように映っており、そこにはどのような社会的な背景があるのかを、ドイツとスイスの調査結果や議論をもとに考えていきたいと思います。そして後半では、それらを踏まえ、どのような対策・対応が考えられるのかについて、若干考察してみます。

※本稿で「若者」とは、通常「Z世代」と呼ばれる、1990年代半ばから2010年代前半に生まれ、デジタルテクノロジーを幼い時から身近に享受してきた人たちを指しています。

将来への希望を喪失し、ストレスをためる若者

まず、未来や現在の状況が、若者にどのように映っているのかを、最近のアンケート調査からみてみます。

2023年3月に、ドイツ、イギリス、フランス、スペイン、イタリア、ギリシア、ポーランドに住む16歳から26歳、7000人を対象に行われた調査(TUI Stiftung, Jugendstudie 2023)によると、将来、収入や生活水準が、親の世代に比べて悪化すると考える人は52%でした。ドイツはほかの国に比べ若干、悲観する人が少なく、悪くなると回答したのは44%でしたが、以前よりも悲観傾向が強まっていました(ちなみに良くなると回答したのは27%)。自分の個人的な将来についても同様で、楽観、あるいはどちらかといえば楽観とする人が、2017年のドイツでは64%いましたが、今回は56%と、一割近く減っていました。

将来への楽観視が下降している傾向は、スイスでも同様にみられます。2年おきに行われている若者国際比較調査「若者バロメーター」によると(穂鷹「若者」2018)、未来に希望をもっている、どちらかといえば希望をもっているとする16歳から25歳の若者の割合は、2018年では60%以上であったのに対し、2022年には44%でした(Credit Suisse Jugendbarometer, 2022)。2023年に発表された調査「世代バロメーター」では、さらに極端な悲観傾向がみられました。18歳から25歳で、30年後の未来に対して、楽観あるいはどちらかといえば楽観する人は19%で、2021年の調査結果の43%をはるかに下回り、逆に悲観する人は66%から81%に増えています(Generationen-Barometer 2023)。

将来だけでなく、現在の人生に満足していない若者も増えています。非常に満足していると回答した若者(18歳から35歳)は、2020年は32%であったのに、2022年末には一割減り21%となりました。2022年の同時期に、55歳以上の回答者で、非常に人生に満足していると回答した人は47%でほぼ半分いることを考えると、世代間で人生の満足度に大きな開きがあることがわかります(Generationen-Barometer 2023)。

また、2023年2月から3月にかけて行われた調査「ドイツの若者 2023年」では、若者がとりわけ強くストレスを感じているという結果がでています。調査対象者(14歳から69歳)を三つの年齢で分類し(14歳から29歳、30歳から49歳、50歳から69歳)、調査内容を比較したところ、50歳から69歳まででストレスを感じているのは20%であるのに対し、14歳から29歳の回答者の46%がストレスを感じていました。同様に、倦怠感がある人も30歳以下では35%で、50歳から69歳までの人(25%)より一割高く、自信を喪失していると回答している人の割合も、50歳から69歳では11%であるのに対し、30歳以下では33%でした(Krisen, 2023)。

「恒常的な危機」

このように、現在若者たちは、ほかの世代に比べて将来への悲観傾向が強く、精神的なストレスが大きいことが、精神的に不安定になったり、精神疾患を抱える人が多い背景にあります。とはいえ、これだけでは説明として不十分です。なぜ若者の間で悲観が広がり、ストレスが増えているのでしょうか。まだ十分に学術的に検証された段階ではありませんが、マスメディアでインタビューを受けたメンタルヘルスの専門家や社会学者など、若者に詳しい専門家たちは、現在、以下のような点を指摘しています。

まず、「恒常的な危機」状態にあることが理由としてあげられます。ここ数年、コロナ危機、気候変動、ウクライナ戦争、インフレと、「危機」と言われる問題に複数、直面していますが、これらの危機にもっとも強く社会的・経済的、そして精神的に影響・打撃を受けているのが若い世代である、という理解です。コロナ危機下では、一方で若者の経験の機会や現実の交流の機会が大きく制限されたことが精神的に大きな打撃となり、他方で、ドイツ語圏はどこもデジタル化が遅れていたこともあり、教育格差が一層、拡大しました(穂鷹「ロックダウン」2021)。ウクライナで戦争がはじまると、大量の難民が流入することになった教育現場は、本来の受け入れ容量をはるかに越える生徒が押し寄せることで混乱し(穂鷹「ウクライナ」2022)、戦争により引き起こされたインフレーションやエネルギー危機で、生活困窮など不安・不満が増えると、極右政党支持層の急増という、さらなる不穏・不安材料も社会にでてきました。

そして、気候変動です。ヨーロッパでは、各地で夏場の高温化や干ばつ、豪雨被害などが頻繁になり、年々最悪の記録を塗り替えています。河川や地下水の水量が減り温度が上昇することで、塩害などの二次被害も発生してきており、気候変動のもたらす深刻なインパクトは、都市でも田舎でもどこに住んでいようと関係なく、誰もが身近に実感するものとなりました。グローバルサウスが、ヨーロッパよりもはるかに厳しい気候変動の影響を受けているとニュースできくと、さらに後ろめたい気持ちや暗澹たる気持ちも抱かせます。

女性と男性の異なる傾向

現在、全般に精神疾患を患う人が増えていますが、男女両方で平均的に増えているのではなく、女性の患者数がとりわけ多くなっています。スイスでは、女性11歳から18歳の間の精神疾患に関わる費用は、2017年に比べ2021年に二割上昇し、この年齢層の女性の医療費全体の20%を占めていますが、同年齢の男性の全体のなかでは14%、スイス全体の医療費のなかでは6%を占めるにとどまっています(De Carli, So verbreitet, 2023)。2021年の10歳から24歳の年齢の人の精神疾患による入院も、前年に比べ17%増加していますが、女性だけでみると26%の増加です(Luchetta, Mentale, 2022)。

このように女性にとくに精神疾患が多いことは、「恒常的な危機」以外の問題、現在の若者たちを取り囲む環境やライフスタイルが関与していると、メンタルヘルス専門家たちはとらえています。女性はソーシャルメディアの利用がとりわけ多く、自分をほかの人と比較し、自分のコンプレックスを強めたり、極端な体型やライフスタイルを自分の理想として模倣するなどすることで、心身のバランスを崩す傾向が強いとされます。近年、ソーシャルメディアで精神疾患についての話題が多くでまわっていることで、自分のメンタルの状態への関心が強まり、専門家にアクセスすることへの躊躇も減っていることも、受診数増加の一因ととらえられます (Müller, An die Zukunft, 2023)。

他方、男性は女性に比べてソーシャルメディアよりもゲームをする時間が多い分、女性ほどメンタルヘルスの疾患が全般に少ないと解釈されます(Müller, An die Zukunft, 2023)。しかし、だからといって、若い男性の方がメンタルの問題が単純に少ないとはいうのは、いささか乱暴な結論かもしれません。むしろ、精神疾患者数に可視化されていなくても、現代の男性には、女性とは異なる男性特有の、不安やフラストレーションや問題意識を強く感じる領域があるように思われるからです。それは今日の社会にとりわけ特徴的な、男女同権に関連する領域です。この領域の問題と将来の悲観や精神疾患を直接結びつける議論は、少なくともドイツ語圏ではまだほとんどありませんが、男女同権に関わるテーマで若い男性がストレスを抱えたり、困惑している状況については、近年、少しずつ言及されるようになっています。

それらの指摘をまとめると、男女同権を推進する動きが社会や生活に浸透してきている今日、男性のなかには、自分の立ち位置やふるまいに自信を喪失したり、自分に及ぶ不利益やデメリットを危惧することで、不安やフラストレーション、反感を感じている人がいるというものです。若い世代は、男女同権の思想とその正当性を教育現場でもっとも学んだ世代であるため、一見そのような感情を抱く男性が多いことが不思議なようにも思われますが、逆に、男性であるということだけで咎められているような気持ちにかられたり(Binswanger, Die Leiden, 2019)、どんなふるまいが「正しい」のかがわからず、負担や不安を感じ、自己防衛的になる男性がでてきているといいます(Hollstein, Gleichstellung, 2022)。

EUとスイスの最近の調査結果には、このような男性の心境が断片的に表れているようにみえます。EU27カ国で32400人を対象に行った調査では、18歳から29歳の男性がとりわけ女性推進政策によって、差別され不当に扱われていると感じる人が多いという結果になりました。男女同権を推進するために多くの国で導入されているクオーター制(役職を一定の割合で女性に割り当てる制度)に反発が強いのは、失業率が高い地域であるため、とりわけ女性を自分の競争相手とみなしているためだと推測されます(Weber, Genervt, 2022)。

男女間の賃金格差が依然二割近くあり、女性のキャリアアップも遅々としてなかなか進まないスイスでも(穂鷹、「女性は」)、クオーター制を2026年から徐々に導入することになっています(穂鷹「公平な」2018)。しかし、最新のアンケート調査によると、クオーター制について、18歳から34歳までの男性は78%が反対、あるいはどちらかといえば反対と回答しています。これは性別と世代で分けてみても、もっとも反対する人が高い割合です(ちなみに、女性の同世代は、反対あるいはどちらかといえば反対と回答した人は41%で、回答者全体では64%)。ただし、男女同権自体に反対するというのではなく、もう男女同権が社会でほぼ確立されているとみなすことで、クオーター制を導入する必要はないと考える人が多いためであり、端的にいえば、若い男性にとってキャリアのチャンスが減ることへの危惧が反発の理由と推測されます(Ballmer/Vögeli, Vor allem, 2023)。

さらに男女同権問題にかぎらず、ここ数年の間で、若い男女間で政治的志向が全般に異なる傾向があることも注目されます。特定の政党の支持傾向ではなく、左右にまたがる政治的方向性での志向を調べた調査によると、2010年では、中道左派寄りと答えたのが男女ともに30%前後、中道右派寄りと答える人も男女とも二割から三割の間に入っており、男女間で政治的志向に大きな差異はありませんでした。それぞれの性別の左派寄りと右派寄りのばらつきもほぼ均等でした。しかしその後、18歳から29歳の女性の間では中道左派寄りが増え、現在は52%と過半数を占めるまで増えています。これに対し男性は中道右派寄りの割合が増え、現在は43%の若い男性が中道右派志向となっています(Triaca, Sie und er, 2023)。

このような政治志向の違いは、近年の国民投票の結果に表れています。男性のほうが軍隊や政治、経済的な自由に賛成しやすく、協調的な外交に消極的であるのに対し、女性は環境保護や福祉国家に強い支持を示す、という傾向の違いがみられました。2021年に行われた顔を覆う服装を禁止するかを問う国民投票では(穂鷹「顔を覆う」2022)、若い男性の58%が禁止を支持したのに対し、女性で賛成したのは44%と、男女間の見解に大きな開きがみられました(Triaca, Sie und er, 2023)。

日常的な生活で体を包む衣類の問題が国民投票で問われたことに象徴されるように、政治的志向に男女間で違いが生じていることは、高次な政治レベルのトピックにとどまらず、生活の様々な局面でも男女の摩擦や対立を生みやすくし、新たな不安やフラストレーションの要因となるのかもしれません。

人工知能の進展でみえなくなる就労の未来

ChatGPTの登場で、近い将来、人工知能がめざましく進展していくことが、非常にリアルに実感されるようになりましたが、このような状況もまた、若者の不安や精神的な不安定さにつながっていると考えられます。

近年、若干教育の一部がデジタル化されたり、情報という新しい授業が加わったりしたものの、学校教育課程や職業訓練中の若者たちは、基本的に現在も伝統的な学業や就業のあり方にもとづいたプログラムやタスクをそれぞれこなしています(穂鷹「スイスの職業教育」2020)。

このような現在のカリキュラムが、この先10年、20年後の就業で役にたつものなのかは誰も予想できません。日々、試験の準備におわれて勉強したり、職業訓練に勤しんでいる若者も、人工知能が今後目覚ましく発達すると、どんな仕事が将来まだ残っているだろう、目指す仕事で生計がたてられる見込みがあるのだろうか、クリエイティブな仕事ややりがいのある仕事が人工知能に代替されてしまったりはしないだろうか、と考えはじめると、不安におそわれても不思議はありません。現在の教育投資が見合うものなのかがまったく見通せず、見切り発車同然に、キャリアや学業を選びとって進む、その最先鋒に位置する若者たちにとって、ストレスがたまらないほうが無理な話なのかもしれません。

イスラエルの歴史家ハラリYuval Noah Harariは、人工知能が目覚ましく進展する今後の時代は、人々はつねに学び続けなくてはいけなくなるだけでなく、「とりわけ非常に大きな精神的な試練だ。なぜなら、変化はいつも大きな負担だからだ」とし、すでに若い多くの人が精神的な問題を抱えていることについては、「私たちがいるのは、まだスタート地点だ。テンポはこれからもっと速まり、問題はもっと深刻になるだろう」と警告します。同時に、「人はストレスがたまって、自分が無力と感じると、秩序をもたらす強権的な指導者を求めるようになる」ため、「急激に変化する世界とうまくつきあう能力をつけさせる」など、政治や社会が積極的な介入するよう訴えます(Bandle, Künstliche, 2023)。

医療の限界と「社会的処方」の可能性

ここまで精神的に不安定な若者が多い状況や、その背景についてみてきましたが、最後にこのような状況下、社会にどのような対応が求められるのかについて、少し考察してみます。

まず、医療機関が精神疾患に苦しむ若者を受け入れるキャパシティを大幅に増やすことや、より予防的な措置をとることが要石となるでしょう。EUでは2023年6月、うつ病や自殺念慮予防などの若者を中心に、メンタルヘルス改善のためのプログラムに、新たに12億3000万ユーロを投資することを決めました。これまで社会保険の対象外であった、経験が少ないメンタルヘルス専門家や、周辺の資格所得者に研修を受けさせて、社会保険の対象としたり、メンタルヘルス関連専門家どうしの連携を強化し、アートセラピーやグループワークなど、さまざまな治療のかたちも取り込みながらより効果的な治療を目指すといった、制度上の改革や柔軟な発想も不可欠でしょう。

一方、若者の精神的な問題は、専門家の見解が示した通り、若者を取り囲む社会状況や生活、人間関係と切り離して考えることはできないため、医療機関で対応できることに限界があることもたしかです。ストレスや不安の主要因が、個人を取り囲む環境や社会構造にあるのなら、社会全体として若者の現在の状況を重く受け止め、若者にとってのぞましい社会や環境に近づけていくよう、多様な局面で取り組んでいくことが、医療改革と同様に重要でしょう。とはいえ、具体的にどんな取り組みが考えられるでしょうか。言うは易く行うは難しで、筆者がドイツ語圏の主要メディアを通して知るかぎり、新たなソリッドな取り組みや、議論の土台にあがり検討されている対応は、現在、残念ながら見当たりません。しかし、ここで簡単にあきらめず、少し視点をずらしてこの問題についてもう少し考察を続けてみます。

ところで、イギリスでは社会的孤立を解決する一つの手段として、社会的処方 social prescribing というものが、近年、提唱・実践されています。「社会的処方とは、患者の非医療的ニーズに目を向け、地域における多様な活動や文化サークルなどとマッチングさせることにより、患者が自律的に生きていけるように支援するとともに、ケアの持続性を高める仕組み」(西「社会的処方」2020、25頁)です。この取り組みを紹介しつつ、日本にあった実践的なかたちを模索してきた医師の西は、なぜ社会的処方が必要なのかについて、以下のように説明します(ただし以下の文章は筆者の言葉で要約したもので、西の語彙や表現と若干異なります)。

「客観的な状況」(痛みや治らない病気)と「主観的な想いや願い価値観」(治りたい、痛みをとりたい)の間にズレがあると人は苦しむ。そのズレをなくす、あるいは減らしていくために、キュアとケアという二つのアプローチ方法がある。キュアはいわゆる医療行為で、科学技術を用いて苦しみを和らげることで、客観的な状況を主観的な想いに近づけ、ズレを減らしていくというもの。これに対し、ケアは社会のいろいろな人を巻き込み(人どうしがをつなげ)ながら、主観的な価値観を(たとえ治る見込みがなくても病気に対する見方を変化させるなどして)客観的な状況に近づけ、ズレを減らしていくことである。キュアとケアはまったく違うアプローチで、できることもまったく違うが、患者にいい効果をもたらすという意味では、どちらも同様に価値がある(山納×西、社会的孤立、2023)。

つまり、キュアでなくケアの部分で当人に作用をもたらすことが、社会的処方であるということになりますが、当事者の物理的・心理的環境や社会との関わりかたを変え、これによって自己や他者への認識を変えていくことで状況の打開を図ろうとする、この社会的処方の基本原理を現在の若者の状況に応用することはできないでしょうか。このような視点からみていくと、昨年からたびたび議論されている、ドイツでのひとつの構想が目に留まります。成人したばかりの若者を対象にした奉仕義務構想です。

若者の奉仕義務構想

奉仕義務の発想はまったく新しいものではなく、たとえばベストセラー作家のプレヒトRichard David Prechtは10年以上前から若者の奉仕活動の義務化を提唱していました。しかし、2021年プレヒトが改めて『義務から』を刊行して(Precht, Vor der Pflicht, 2021)、メディアで話題となり、翌年の2022年には現職大統領シュタインマイアー Frank-Walter Steinmeier やキリスト教民主同盟(メルケルの首相退任後、下野した政党)が党大会で賛成の意を表面したことで、改めて大きく注目されるようになりました。

まだ実態のない構想段階にすぎず、提唱者により構想に若干の違いはありますが、若い人たちが社会への見聞を広め、人生経験を積む目的で、1年間社会奉仕をすることを義務化するというものです。通常の徴兵制とは異なり、性別を問わずすべてのドイツ在住の若者を対象とすること。また、ケア施設や環境保護活動、救済など、人に直接関わったり、社会(社会はドイツに限らず、EUあるいはグローバルな社会も場合によって意味します)に貢献できることが実感しやすい活動領域で、専門スタッフを支援するかたちで活動に従事することが念頭に置かれていることが、ほぼ共通しています(Das Freiwilligenjahr 2022, Schlink, Allgemeine 2023)。(ただし、プレヒトは成人したばかりの若者だけではなく、退職直後の高齢者にも同様に奉仕活動期間があることを提唱しており、若者だけの社会奉仕を提唱する今回の構想とは若干異なっています)ちなみにドイツでは、2011年にそれまであった成人男性の徴兵制がなくなりましたが、それまで年間約10万人以上が兵役のかわりに奉仕活動をしていました。

現在においても、20歳前後、高校や職業教育課程を修了し、大学入学や正規の就職をする前の約1年間、外国語の習得、旅行、ボランティア活動、バイトなど、新しいことを体験する若者はかなり多くいます。高校卒業者で高校卒業後このような活動をする人は、約半数にのぼるといわれます(Donner, Eine Generation, 2022)。英語圏ではギャップ・イヤー(ドイツ語ではZwischenjahr)とよばれる、若者が自らもうけるこのような人生の猶予期間において、ボランティア活動に従事することを希望する人はかなり多いにもかかわらず、現状では(受け入れたくても、有償ボランティアに支払う予算がないなどの理由で)できる人数がかなり制限されています。一般公募されている公共施設のボランティアでは、希望者の4人に1人しかボランティアできないでいるというのが実情です。

このような事情を背景に、この構想を支持する人たちは、誰もが若い時期に社会に奉仕する活動を行うことは、行為自体が有益であるだけでなく、若者の社会に向かう意識(連帯感や責任感)の向上や、社会に本格的にでていく前に社会を知るオリエンテーションのような役割も果たし、さらには(人員不足で悩むソーシャルな職業領域にボランティアが安定的に確保できることによって)社会にとっても有意義であるのでウィンウィンだとし、奉仕活動を一定の報酬と引き換えに義務化することを提唱します(Deistler, Freiwilligendienst, 2022)。

この構想は、若者の精神的な不安定さや精神疾患といった問題と直接リンクさせて議論されているわけではありません。とはいえ大変示唆に富みます。奉仕義務構想の意義はストレスや不安、フラストレーションを感じ、自分や社会の人間関係にまだ自信がもてない若者にとって、問題の解決や緩和に貢献する可能性が多分にあるように思えるためです。これを医療領域にとどめず、社会に開き、社会のなかで解決・緩和に取り組もうとする動きととらえると、これはまさに社会的処方の拡大応用版といえるでしょう。

若者の間の不評からみえる問題と可能性

ただし、この構想には決定的に大きな問題があります。現与党が、この構想には消極的あるいは批判的であるだけでなく、なにより強制的に「ボランティア行為」を強いる制度として、当の若者の間で反発が強く、支持が非常に低いことです。2022年の調査では、14歳から29歳で賛成するのは男性で22%、女性においては11%にすぎません(Hurrelmann/ Schnetzer, Pflichtdienst, 2022)。

国民全体では70%の人が賛成しているのに対し(Schlink, Allgemeine 2023)、なぜ当事者である若者の間でこれほど賛同者が少ないのでしょう。わたしには、若者と国民全体のこのギャップ自体が、多分にその理由を暗示しているように思われます。

先述したものと若干重複しますが、具体的な賛否論者の主要な主張を、改めて紹介してみます。まず、奉仕義務を推奨する人たち(通常、高齢世代)は、若者には、社会にでても何をしたいのかわからず戸惑っていたり、仕事より自分たちのことばかり考えて、社会の絆というものを軽視する傾向があるため、奉仕義務は若者個人にとってとりわけ大変有意義だと考えます。

一方、若者を中心とする反対論者たちは、ボランティアをする余裕がない家庭の若者にとって理不尽だとするような、理路整然とした意見ももちろんありますが、他方、高齢世代への猜疑心に裏打ちされた以下のような厳しい口調が目立ちます。現在の社会を作り上げてきた高齢世代は、環境破壊に対策を十分講じなかったことで、若者の未来に大きな打撃を与えているのに、今度は若者に奉仕活動を強要するのか。若者の人生のオリエンテーションになるとか、分断ではなく社会の絆を強化するためなど、そこで謳われていることは立派だが、それだけか。奉仕分野として強く期待されているのが、人手が深刻に足りない分野、介護分野(穂鷹「求む」2019)であることなどを考えると、たんに高齢世代が自分たちの老後の生活の質を下げないために、若者に足りない仕事をさせようとしているだけではないか。若者に指図するならその前に、高齢世代が自ら社会奉仕を積極的にして見本を示すべきではないか ( Meine Generation, 2023, Ruhdorfer, Sozialer 2022, Hurrelmann/Schnetzer, 2022, Igel, Soziales 2022, Work-Life, 2023)。

こうしてみると、若者に社会奉仕の義務化に賛同しない人が多いのは、社会奉仕自体が気に入らないからではなく、ほかのことが気になっているからのようにみえます。ドイツではコロナ危機以前から、環境問題をめぐり、若者対高齢世代という対立が先鋭になることがあったため(穂鷹「欧州議会議員選挙」2019)、今回の構想においても、構想がもつ本来の意義を考える以前に、とくに高齢世代がこれを提唱しているということだけで、若者は過敏に構えているのかもしれません。

総じて未来への悲観が強く、社会やそれを作り上げてきた高齢世代への不信感やストレスが多い現状で、若者の疑念や言い分を軽視あるいは無視して、一方的に社会や社会奉仕構想を押しつけようとしても議論は堂々巡りでしょう。むしろ、ここで鮮明になった世代間の齟齬を出発点にできないでしょうか。若者と高齢世代がもっと近づき理解を相互に深めながら、社会をこれから共にどう変革し、それぞれの生きやすい環境や展望をつくりあげていけるのかを真摯に考える出発点に。

もちろん、グローバルで根深い「恒常的な危機」や社会の問題の解決の糸口が簡単にみつかるわけではないでしょう。しかし、危機や問題を抱えているのは、個人だけでも一世代だけでもありませんし、たとえば、近年は危機感を契機に気候変動に適応するビジョンを次々実施する都市(穂鷹「ヨーロッパの都市空間」、「ヨーロッパ都市」2022)を住民として後押しするなど、ローカルなスケールでできることはまだあり、それをみつけようとする作業自体、今後もずっと継続させていくことが重要です。社会の世代や背景の違いを超えて歩み寄っていき、いっしょに探っていくことができれば、若者の現状の改善だけでなく、社会のさまざまな局面で好循環が生まれてくるかもしれません。

参考文献

・西智弘編『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』学芸出版社、2020年。

・穂鷹知美「ウクライナの子どもたちの受け入れに奔走するドイツ語圏の教育現場」シノドス、オピニオン、2022年5月14日
https://synodos.jp/opinion/international/28133/

・穂鷹知美「顔を覆うイスラム教徒の服装について—スイスの国民投票を例に」『αシノドス』vol.295、2020年1月15日

・穂鷹知美「公平な女性の社会進出のルールづくりとは 〜スイスの国会を二分したクオーター制の是非をめぐる議論」、日本ネット輸出入協会、2018年11月5日
https://jneia.org/181105-2/

・穂鷹知美「「女性は職業選択についていまだに十分真剣に考えていない」のか?――賃金格差と女性の職業観のはざま」『αシノドス』vol.293、2021年11月15日

・穂鷹知美「求む、国外からの介護福祉士――ベトナムからの人材獲得にかけるドイツの夢と現実」『αシノドス』vol.269、2019年1月15日

・穂鷹知美「ロックダウン下の遠隔教育でみえてきたもの――ドイツを例に」『αシノドス』vol.284、2021年2月15日

・穂鷹知美「若者たちの世界観、若者たちからみえてくる現代という時代 〜国際比較調査『若者バロメーター2018』を手がかりに」、日本ネット輸出入協会、2018年10月29日
https://jneia.org/181029-2/

・山納洋×西智弘「社会的孤立を解決する居場所」がくげいラボ×Talkin’ About vol.21、2023年2月24日京都・オンライン

・Arbeitsmarkt: BDI-Chef: “Große Sympathie” für längere Wochenarbeitszeit, Zeit Online, 18.6.2022.
18. Juni 2022, 11:19 Uhr
https://www.zeit.de/news/2022-06/18/bdi-chef-grosse-sympathie-fuer-laengere-wochenarbeitszeit

・Ballmer, Dominik/ Vögeli, Patrick, Vor allem junge Männer sind dagegen. In: Tages-Anzeiger, 30.5.2023,S.11.

・Bandle, Rico, «Künstliche Intelligenz ist gefährlicher als der Klimawandel», Tages-Anzeiger, 29.4.2023.
https://www.tagesanzeiger.ch/kuenstliche-intelligenz-ist-gefaehrlicher-als-der-klimawandel-643969061107

・Binswanger, Michèle, Die Leiden der jungen Männer Bildung, Tages-Anzeiger, 16.9.2019, S.3.

・Blaudszun, Lilly, Die Generation Z ist nicht faul! Thomas de Maizière, Zeit Online, 23.6.2023.
https://www.zeit.de/sinn/2023-06/thomas-de-maiziere-gen-z-kirchentag

・Braun, Stefan, „Wir brauchen mehr Bock auf Arbeit“, Table Berlin, 23.2.2023.
https://table.media/berlin/analyse/wir-brauchen-mehr-bock-auf-arbeit/

・Credit Suisse Jugendbarometer 2022
https://www.credit-suisse.com/about-us-news/de/articles/news-and-expertise/credit-suisse-youth-barometer-2022-facts-and-figures-202209.html

・Das Freiwilligenjahr, alpha-demokratie, 27.9.2022.
https://www.ardmediathek.de/video/alpha-demokratie/das-freiwilligenjahr/ard-alpha/Y3JpZDovL2JyLmRlL3ZpZGVvLzNhNDcwNTJmLTU0NGEtNGZkNi04ZjRiLTk2OGM2ZTMzNTRlYw

・De Carli, Luca, So verbreitet sind psychische Probleme. In: Tages-Anzeiger, 12.4.20223, S.5.

・Deistler. Sophie, Freiwilligendienst: Weiblich, weiß, privilegiert, Zeit Online, 11.10.2022.
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https://simon-schnetzer.com/blog/veroeffentlichung-trendstudie-jugend-in-deutschland-2023/

・Haase, Claudia, Richard David Precht: “Zwei freiwillige Jahre Sozialdienst hätten heilsamen Effekt” Richard David Precht im Interview, Kleine Zeitung, 25.4.2021.
https://www.kleinezeitung.at/wirtschaft/5969835/Richard-David-Precht-im-Interview_Richard-David-Precht_Zwei

・Krisen belasten vor allem junge Menschen.Trendstudie “Jugend in Deutschland”, Zeit Online, 16.5.2023.
https://www.zeit.de/gesellschaft/2023-05/studie-junge-menschen-klimakrise-inflation

・Kuhn, Annette, Psychosoziale Versorgung „Der Leistungsdruck in den Schulen ist Teil der Belastungsfaktoren“, Deutsches Schulpotal,  27.9.2022.
https://deutsches-schulportal.de/schulkultur/julian-schmitz-psychosoziale-versorgung-monitor-der-leistungsdruck-in-den-schulen-ist-teil-der-belastungsfaktoren/?=dis.int.tc.zeitde.Psychosoziale_Versorgung%20.zeitde.bild_text_teaser_startseite.Psychosoziale_Versorgung%20.x&utm_medium=dis&utm_source=zeitde_tc_int&utm_campaign=Psychosoziale_Versorgung%20&utm_content=zeitde_bild_text_teaser_startseite_Psychosoziale_Versorgung%20_x

・Meine Generation hat doch alles versaut” Harald Welzer, Interview, Zeit Online, 3.1.2023.
https://www.zeit.de/arbeit/2022-12/harald-welzer-sozialpsychologe-soziologe-arbeit-generation/komplettansicht

・Mentale Gesundheit der Jugend – Suizidberatungen bei Pro Juventute haben sich verdoppelt, SRF, 23.1.2023.
https://www.srf.ch/news/schweiz/mentale-gesundheit-der-jugend-suizidberatungen-bei-pro-juventute-haben-sich-verdoppelt

・Müller, Salome, “An die Zukunft kann ich gar nicht denken”, Zeit Online, 1.3.2023.
https://www.zeit.de/2023/10/psychische-erkrankungen-jugendliche-kinder-schweiz

・Luchetta, Simone, Mentals Belastung treibt Junge in die IV-Rente. In: Sonntagszeitung, 18.12.2022, S.43.

・Philosoph: «Aus asozialen Egoisten entsteht keine Demokratie». Precht über Pflicht, Sternsunde Philosophie, SRF1, 20.6.2021.
https://www.srf.ch/kultur/gesellschaft-religion/precht-ueber-pflicht-philosoph-aus-asozialen-egoisten-entsteht-keine-demokratie

・Precht, Richard David, Von der Pflicht, München 2021.

Ruhdorfer, Isolde, Sozialer Pflichtdienst: Nehmt doch die Boomer in die Pflicht, Zeit Online, 13.6.2022.
https://www.zeit.de/campus/2022-06/sozialer-pflichtdienst-frank-walter-steinmeier-bundespraesident

・Schlink, Bernhard, Allgemeine Dienstpflicht: Was uns zusammenhält, Zeit Online, 1.2.2023.
https://www.zeit.de/2023/06/allgemeine-dienstpflicht-gesellschaftsdienst-freiwillig/komplettansicht

・Triaca, Ladina, Sie und er verstehen sich nicht mehr. In: NZZ am Sonntag, 28.5.2023, S.8-9.

TUI Stiftung, Jugendstudie 2023
https://www.tui-stiftung.de/unsere-projekte/junges-europa-die-jugendstudie-der-tui-stiftung/jugendstudie-2023/

・Weber, Bettina, Genervt von der Frauenförderung. In: Sonntagszeitung, 23.10.2023, S.20-21.

・Weber, Bettina, Psychische Erkrankungen als Trend. Und auf einmal ist das Tourette-Syndrom hip, Tages-Anzeiger, 19.11.2022.
https://www.tagesanzeiger.ch/und-auf-einmal-ist-das-tourette-syndrom-hip-339828738376

・Work-Life-Balance? Abstrus!” Thomas de Maizière, Zeit Online, 6.6.2023.
https://www.zeit.de/2023/25/thomas-de-maiziere-work-life-balance-generation-z/seite-4

プロフィール

穂鷹知美異文化間コミュニケーション

ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。地域ボランティアとメディア分析をしながら、ヨーロッパ(特にドイツ語圏)をスイスで定点観測中。日本ネット輸出入協会海外コラムニスト。主著『都市と緑:近代ドイツの緑化文化』(2004年、山川出版社)、「ヨーロッパにおけるシェアリングエコノミーのこれまでの展開と今後の展望」『季刊 個人金融』2020年夏号、「「密」回避を目的とするヨーロッパ都市での暫定的なシェアード・ストリートの設定」(ソトノバ sotonoba.place、2020年8月)
メールアドレス: hotaka (at) alpstein.at

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