2014.05.27

ヨーロッパが注目するスウェーデンの市民性教育――民主主義の危機と民衆教育の課題

澤野由紀子 教育学

国際 #スウェーデン#synodos#シノドス#市民性教育#反人種差別ライン17#生涯学習#民衆教育#能動的市民性

2013年12月15日、筆者が在外研究のために滞在していたスウェーデンの首都ストックホルム市では、日暮れの早い街並に家々の窓辺からクリスマスを迎える飾り付けが優しい光を放つ季節に、反人種差別を訴える市民のデモ行進が行われていた。ストックホルム中心部からメトロで15分ほど南の住宅街シャルトルプでのことである。

その2ヶ月ほど前から、このシャルトルプ地区では「スウェーデン抵抗運動」と名乗るネオナチの行動が目立つようになり、高校の校舎や駅ビルなどにナチスのハーケンクロイツのマークや人種差別的ないたずら書きがスプレーされたり、若者がネオナチからいわれのない暴行を受けたりする事件が発生していた。

小雨の降る土曜日の昼前から行われたこの日のデモは、この地区でのこうした動きを憂慮した「反人種差別ライン17」という活動家のネットワークが、ソーシャルメディアを通じて参加を呼びかけたもので、子どもから高齢者まで700人前後が参加していた。デモが始まって20分ほどすると、約30人のネオナチの集団がデモ隊に突然襲いかかり、瓶や爆竹、石などを投げつけ、警官を含む4人が病院に搬送される事態となった。

この様子はテレビやインターネットで繰り返し報道され、スウェーデン中に衝撃が走った。平和的な市民の抗議行動が、このような形で妨害を受けたのはスウェーデンでは初めてのことであったという。次の週末、クリスマスも間近の12月22日、同じシャルトルプに約1万6千人もの市民が集まり、警察による厳戒態勢のなかで、野外コンサートも交えた人種差別反対の集会とデモ行進が行われた[*1]。

[*1] http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE9BM01V20131223

スウェーデンといえば、経済の競争力や豊かさの国際ランキングだけでなく、民主主義や平等を示す国際指標においても、同じ北欧のフィンランド、ノルウェーやデンマークと並び常に世界の上位に位置している。スウェーデンの民主主義を支えてきたものとして、19世紀末から盛んになった社会変革のための民衆運動から派生した民衆教育の伝統がある。本稿では、21世紀に入った今もなお、その存在意義が高まっているスウェーデンの民衆教育の実態を明らかにし、民主主義の危機ともいえる最近の極右勢力の台頭にどのように対応していこうとしているのかをみていきたい。

北欧の「民衆教育」がヨーロッパで注目されるわけ

「北欧」地域は、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アイスランド、フィンランドで構成されており、2012年の総人口は約2490万人であった。そのうちスウェーデンの人口は約952万人(近年は難民を中心に毎年6万〜10万人の移民を受け入れているため人口は増加傾向にある)で北欧の中では一番規模が大きい。いずれも小国であるため、東西冷戦の時代にはどちらの陣営にも組みせず、北欧5カ国一丸となって国際社会で発言力を行使してきた。

1995年までにデンマーク、フィンランドとスウェーデンがEUに加盟したことから、20世紀末には北欧地域のみの協力関係を維持することの意義は希薄になっていくことが予想されていた。しかし、北欧諸国が一体となって民主主義を基調とする政治や社会の「北欧モデル」を他のEU諸国に広めていこうとする動きは21世紀になった現在も盛んである。生涯学習の分野には、こうした傾向が顕著に現れている[*2]。

[*2] 詳しくは、生涯学習研究e事典所収の澤野由紀子「北欧の生涯学習支援」を参照されたい。http://ejiten.javea.or.jp/content.php?c=TWpReU5qRTQ%3D

「生涯学習」とは、乳幼児期から高齢期までの生涯のあらゆる段階において、生活の全般において生じる幅広い学びを表し、保育所・幼稚園・学校・大学といった定型化された学びの場だけでなく、地域の図書館、博物館、青少年施設、コミュニティーセンター(日本の公民館、生涯学習センター等)や職場などにおける不定型な学び、家庭生活や私的な体験を通した偶発的学びを含む概念である。スウェーデンの場合は図のような教育機関における学びから自己学習までを含めて「生涯学習」と呼んでいる。

図1.
図1.

北欧各国には、学校教育体系と並行して、様々な年齢の市民を主体とする学びの場が豊富にある。スウェーデンではこれを民衆教育(folkbildning)と呼んでいる。Folkはフォークソング、フォークロアなどのフォークと同じで、一般の人々を指す。bildningはドイツ語のbildung(人間形成、陶冶)をスウェーデン語に翻訳した言葉である。

同様の民衆教育の伝統があるデンマークでは、民衆の集団による啓発を表す「フォルケオプリュスニング(folkeoplysning)」が用いられている。オプリュスニングは、自らの内面や仲間同士を「蝋燭の灯火で照らす」というようなニュアンスの言葉であるという。ここには、19世紀にラテン語による古典をひたすら暗記させるような、書物中心の「死んだ言葉の教育」を批判し、対話による「生きた言葉の教育」を提案したデンマークの宗教家、文学者、詩人で教育者のグルントヴィ(1783-1872)の影響が感じられる。英語には直接対応する用語がないこれらの言葉を、最近のスウェーデンやデンマークでは「能動的市民性を培う学び(learning for active citizenship)」と英訳して国際社会にアピールしている。

能動的市民性(active citizenship)は、ヨーロッパでは民主主義の維持と発展のために能動的に行動する市民の素養として位置づけられ、1990年代後半からEU(欧州連合)の生涯学習政策においてすべてのヨーロッパ市民が身につけることが目標とされてきた。2002年にEUの欧州理事会が定めた、2010年を目標年とするヨーロッパの教育改革の方針を示す「教育・訓練2010(ET2010)」では、13の目標のなかの一つに「能動的市民性の向上、機会の平等ならびに社会的結束の促進」が含められた。さらに2009年に「教育・訓練2010」のフォローアップとして定められた「教育・訓練における欧州協力のための戦略的枠組(ET2020)」では、2020年を目標年とする戦略的目標が設定されたが、能動的市民性の育成は4項目の戦略的総合目標のうちの一つに格上げされている[*3]。

[*3] 澤野由紀子、2013 「アクティブ・シティズンシップとヨーロッパ」近藤孝弘編『統合ヨーロッパの市民性教育』、名古屋大学出版会、pp.41-56)

EUの生涯学習政策といえば、2000年にポルトガルのリスボンで開催された欧州理事会議長国決定により設定された、2010年までにEUを「より多くのより良い雇用の創出とより強固な社会的結束を伴う、持続的な経済成長を可能とする、世界で最も競争力がありダイナミックな知識基盤経済とする」という目標と密接な関係がある。2000年11月には、欧州委員会が、このリスボン・ゴール達成のために生涯学習社会を実現する方策についての議論をEU加盟諸国で巻き起こすことを目的に「生涯学習のメモランダム」を作成した。

「生涯学習のメモランダム」では、生涯学習には能動的市民性の促進と就労可能性の促進という、等しく重要な二つの目標があることが強調された。前者は生涯学習の社会的側面、後者は経済的側面とされ、ヨーロッパのほとんどの国では生涯学習の推進にあたっては後者が重視されてきた。経済共同体を前身とするEUも、金融危機や失業問題を背景に生涯学習の経済的側面に重点を置く傾向がある。

そのなかで生涯学習の社会的目標と経済的目標の双方を既に達成しているのが、民衆教育の伝統をもつスウェーデンをはじめとする北欧諸国である[*4]。

[*4] Kjell Rubenson 2013, Towards lifelong learning for all in Europe: Understanding the fundamental role popular education could play in European Commission’s strategy, in Edit. A. Laginder et.al.,Popular Education, Power and Democracy, NIACE, pp.14-31.

2013年10月に発表された2011〜12年のOECD(経済協力開発機構)「国際成人力調査」(PIAAC)(表1)をみると、北欧諸国はヨーロッパの参加国の中で上位を占める優れた成績を収めたことがわかる。北欧各国共通して若年層ほど成績が悪くなる傾向があるなど問題点も明らかになっているが、この調査によって集積されたビッグデータを分析し、北欧型生涯学習の成功の理由を見出し、ヨーロッパだけでなく世界に発信しようとしている。

表1. (資料)Antra Carlsen 2013, PIAAC—What does that mean for adult learning? http://www.eaea.org/media/eaea/events/policy-events/brussels_3-12-2013_antra-carlsen.pdf  国立教育政策研究所編 2013、『成人スキルの国際比較:OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書』、明石書店
表1.
(資料)Antra Carlsen 2013, PIAAC—What does that mean for adult learning? http://www.eaea.org/media/eaea/events/policy-events/brussels_3-12-2013_antra-carlsen.pdf
国立教育政策研究所編 2013、『成人スキルの国際比較:OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書』、明石書店

このように生涯学習において優秀な成績を収めている北欧各国の民衆教育はヨーロッパで注目を集めているのである。次に、北欧型の民衆教育のスウェーデンにおける実践の実態を紹介したい。

スウェーデンの民主主義を支える「学習サークル」と「フォークハイスクール」

現代のスウェーデンの民衆教育は、主として学習サークルとフォークハイスクールにおいて行われている。いずれも学校教育とは異なり国の教育内容基準などは設けられていないが、必要な条件を満たしていれば、税収を基礎とする公的資金の補助を受けることができる仕組みになっている(後述)。このため、参加者は教材費や食費等を負担するくらいで、授業料は無料である。

これらの民衆教育の場で、スウェーデンの人たちはコーラスや外国語、文章の書き方、環境問題など様々なことを学ぶことができる。学習者の目的は、生き甲斐のため、転職のため、学ぶことが好きだから、など様々だが、教養があって能動的な市民こそが民主主義社会を支えるという考えのもとに、民衆教育は社会に利益を与える公共善として公的な支援を受けながら発展してきた。

民衆教育における学習活動は参加者とともに企画することが原則とされており、活動方法は、民主主義的な考え方と行動を実際に実践できるように、集団の目標に向かって集団で活動することが重要となる。したがって、教師が一方的に講義をして学習者はそれをただ受け身で聞くだけ、という形態の学習は行われず、成績や到達度による評価も不適切とされてきた。

学習サークルとフォークハイスクールについてそれぞれみていこう。

(1)学習サークル

スウェーデンの元首相のオロフ・パルメ(1927-1986)は、1969年の社会民主党の大会で、スウェーデンの民主主義の伝統について言及しながら、スウェーデンを「学習サークルデモクラシー」の国と呼んだ。

2012年には10の学習協会の下に約28万の学習サークルが組織され、のべ約200万人が参加していた。サークルには子どもから高齢者まで誰でも参加でき、一人で複数のサークルのメンバーになることも多いため、実際の参加者数は約63万人ということだが、人口規模を考えると参加率はきわめて高いといえる。

学習サークルには通常5人から10人の参加者がいて、週1回定期的に集まり、1回あたり2〜3時間、1シーズンに8〜10週間続けて活動を行う。スウェーデン語で「フィーカ」(コーヒーの逆さ言葉)というコーヒーブレイクに、皆が持ち寄った手作りのケーキなど食べながらおしゃべりをするのも学習サークルの楽しみの一つのようだ。

学習サークルは一定以上の時間を学習に費やさないと補助金が受けられないため、親団体に年間の学習時間を報告しなければならない。このため、中央レベルでは学習時間に関するデータが集まっている。のべ学習時間でみると、芸術系(美術、音楽、メディア)が最も多く6割以上を占めた。最近では音楽サークルが増加傾向にあり、とくに青年男子を中心とするポップスやロックのバンドが増えている。次に多いのが人文科学系(外国語、歴史等)で、総学習時間の14%であった。個人サービス(料理、旅行、健康予防、スポーツ、消費者科学)や農業、ガーデニング、林業、釣りなどのサークルも人気がある。

また各サークルが地域住民を対象に実施する講演会、合唱・音楽、演劇などの文化プログラムの総数は33万以上にのぼり、のべ1650万人が参加した。これは、スウェーデンの総人口の1.8倍に相当する。このほか単発のイベントが6万件開催され、のべ約73万人の参加者があった。

学習サークルを組織する親団体である学習協会には、19世紀末から20世紀初頭に始まった社会運動に端を発する労働者教育協会(ABF)、禁酒教育活動協会(NVD)、共通感覚(Sensus)、学習推進(Studieframjande)、国民大学(Folkuniversitetet)、形成(Bilda)、大人の学校(Vuxenskolan)のほか、2008年にイスラム教系の団体が創設したイブン・ルーシュド(Ibun Rushd)と、2010年に非営利の文化運動組織から学習協会となった文化活動(Kulturens)がある。社会運動から発生した学習協会のうち、ABF以外は、キリスト教会、政治団体、大学や環境運動団体等により組織された複数の学習協会が統合して再編されたものである[*5]。

[*5] 学習協会の歴史と現在については、太田美幸 2011、『生涯学習社会のポリティクス――スウェーデン成人教育の歴史と構造』新評論が詳しい。

旧来の学習協会では、関連する社会運動に関わっている人々のみを対象とした学習活動を行っていたが、1947年に学習協会に対する国の補助金制度が導入された際に、2年以内に学習活動への参加者の半数以上を一般大衆とすることが求められた。これによって学習サークルに参加する人々が著しく増えたという[*6]。こうして、各学習協会では、創設時の社会運動の理念にもとづく学習活動だけでなく、学習者の趣味や教養のための学びの機会も提供するようになった。現在の学習協会が用意している講座は日本でいえばカルチャーセンターのようなラインアップとなっているのはこのためである。

[*6] Rubenson, opp.sit.

学習協会は、スウェーデンの基礎自治体であるコミューンや雇用事業所からの委託を受けて、若年失業者のための講座、移民のためのスウェーデン語講座、学習障害のある人々のための後期中等教育、実用的民主主義の学習推進などのコースも実施している。実用的民主主義の学習推進では、学習協会の職員が、地域や職場において団体を組織したり、ネットワークを構築したりするためのノウハウを指導している。

(2)フォークハイスクール

フォークハイスクールは、19世紀にデンマークのグルントヴィが構想した農村の青年のための全寮制の教育施設で、20世紀にかけて北欧全域に広まった。2012年現在、スウェーデンには、宗教団体や協同組合、地方自治体等が運営するフォークハイスクールが150校あり、18歳以上であれば誰でも無料で参加できる。ただし、多くの参加希望者があった場合、各フォークハイスクールでは、障がい者、移民など学習ニーズの高い人を優先的に受け入れている。フォークハイスクールは学生と教員が寝食を共にしながら学べる寄宿制が基本だが、都市部では通学制のフォークハイスクールも増えている。

学習コースは各フォークハイスクールが自由に定めることができ、大学進学のために必要な資格を取得できる普通教育講座のほか、各施設の特色に応じて音楽、メディア、手工芸、演劇、外国語、スウェーデン語、保健、ツーリズムなどの特別講座が設けられている。青少年の余暇活動指導員や、演劇教育指導員、ジャーナリスト、聖歌隊指揮者などの資格取得講座もある。これら以外に学習協会と同様に、政府からの委託を受けた講座を開講する場合もある。短期コース(2週間から1ヶ月間)と長期コース(1〜3年制)があり、前者には約5万7000人、後者には約2万8000人が参加している。また単発のイベントなどの文化プログラムには、各学期に10万人以上の参加者がある。

近年は後期中等教育未修了者が多くを占める普通教育コースの参加者が増えている。政府は若年失業者対策として普通教育コースを重視しており、フォークハイスクールの活動の15%以上をこれにあてることを公費補助配分の条件としている。2010年には普通教育コースの参加者の30%が障がい者、38%は外国に背景をもつ人々だった。こうした人々に教養教育と職業訓練を施すことによって就労や進学を可能とし、スウェーデン社会に統合することが、フォークハイスクールの重要な任務となっている。

また、2008年にはスウェーデンのフォークハイスクールを代表する団体として「民衆教育:能動的市民性育成のための学習(FOLAC)」が設立され、全フォークハイスクールの国際部としてEUなどと連携しながら、グローバル世界における貧困撲滅、人権、ジェンダー平等や持続可能な発展等の課題に積極的に取り組んでいる。

21世紀の「民衆教育」

スウェーデンの民衆教育は政府のコントロールを受けることなく、社会運動を担う各種の非営利団体と強い関わりがあったことから、社会の変革に貢献することが可能となっている。だが、資金面では政府からの公費補助も受けている。そのことによって活動に制約が生じることはないのだろうか。

学習サークルとフォークハイスクールは、ともに「民衆教育に対する政府の補助金に関する法令」(1991年制定/2007年改正)によって、民衆教育協議会を通して公費補助を受けることが可能となっている。同法第2条には、政府の補助金交付の目的として次の4点があげられている。

1)民主主義の強化と発展に貢献する活動への支援

2)人々が自らの生活状況に影響を及ぼし、社会の発展に参画することを可能とすることへの貢献

3)教育格差をなくし、教育水準の向上と社会における文化的意識を高めることへの貢献

4)文化的生活への関心を広げ、参加を促進することへの貢献

また、同条では、政府が特に優先的に支援を行う領域として、次の7点があげられている。

1)共通の基本的価値:すべての人々の価値の平等、男女平等

2)多文化社会の課題

3)人口動態からの課題

4)生涯学習

5)文化

6)障がい者のアクセスと機会

7)公衆衛生、持続可能な発展、グローバルな公正

この法令にもとづき、たとえば2012年度には10の学習協会に対して合計16億5979万スウェーデン・クローナ(約200億円)、150のフォークハイスクールに対して合計15億9821万スウェーデン・クローナ(約192億円)の国の補助金が交付された。コミューンレベルの成人教育および民衆教育の予算は削減される傾向があるが、国の補助金はむしろ増加傾向にある。この背景には、ほとんどの国会議員が何らかの形で民衆教育に関わっているため、党派を超えた支援が受けやすいということがあるようだ。

このように、21世紀に入って、民主主義社会の構築のためにその存在意義が益々顕著となり、国をあげた支援のもとに発展しているスウェーデンの民衆教育であるが、関係者の側ではそのあり方について活発な議論が行われている。

2013年4月には民衆教育を管轄するスウェーデン全国民衆教育協議会、フォークハイスクール民衆運動利益団体、スウェーデン地方当局・レギオン協会ならびにスウェーデン民衆教育協会の4団体が、2年間に及ぶ議論の成果を『民衆教育の方向と意図』と題する報告書にまとめた。同報告書では、学習協会とフォークハイスクールにおける民衆教育の今後の優先的課題を、1)啓発と内容、2)アクセシビリティと包摂、3)市民と市民社会、4)職業生活と生涯学習、5)文化と創造性の5つの観点から検討し、次の課題に取り組んで行く方針を打ち出している。

まず第1は、情報化とグローバル化が進むなかで、社会、環境および経済の持続可能な発展に関する学びのニーズに対応するということである。

第2は、移民とマイノリティのスウェーデン社会への統合と包摂である。その際、とくに公衆衛生とデジタル・インクルージョンに配慮する。

第3は、持続可能な民主主義の維持のための能動的市民性の育成である。

第4は、外国に背景をもつ若年層の失業対策の強化である。こうした人々が国外でのノンフォーマルな学習や、仕事や地域活動などを通したインフォーマルな学習によって既に習得している知識や技能を適切に評価した上で、各人のニーズに応じた学びを提供することが重要な課題となる。

第5は、ローカルな文化の発展への貢献である。民衆教育はこれまでもスウェーデンの最大の文化活動の場となってきたが、今後もこの地位を発展させていく。とくに読書活動の推進を重視する。様々な文化活動を支援するが、先端的芸術教育プログラムも導入し、専門性の開発にもつなげていく。

21世紀に入って、スウェーデンでは、ソマリア、シリアといった紛争地帯からの難民を積極的に受け入れていることから、多文化化が一層進み、人種差別問題にもつながっている。スウェーデン社会の多文化化に不満をもつ若年失業者など社会的に疎外された人々の民衆教育への参加率は低い。民主主義の発展を目指した学習活動に、こうした人々をどのように巻き込んでいくかが今後の課題である。

欧米では、インターネットを活用した高等教育のオープン・エデュケーションへの対応が進んでいるが、スウェーデンでは高等教育だけでなく民衆教育においてもオープン・エデュケーションが進んでいる。現在はまだ指導者のための教材リソース提供や研修、ビデオ会議などが中心であるが、これらを学習サークルやフォークハイスクールに参加しない人たちのアウトリーチの手段として活用することも可能となるかもしれない。

<参考URL>

全国民衆教育協議会 http://www.folkbildning.se

民衆教育ネット www.folkbildning.net

民衆教育ネット教育リソース www.resurs.folkbildning.net

<参考文献>

澤野由紀子 2013「スウェーデン民衆教育における市民性教育」近藤孝弘編『統合ヨーロッパの市民性教育』名古屋大学出版会、pp.231-245

Folkbildningsradet, et.al. (2013) Folkbildning’s Direction & Intent, Stockholm

サムネイル「Goteborg, Sweden 2013 August 1602」Tiberio Frascari

https://flic.kr/p/fFz2oY

プロフィール

澤野由紀子教育学

聖心女子大学文学部教育学科教授。東京外国語大学ロシヤ語学科卒。東京大学大学院教育学研究科博士課程中退(単位取得)。文部省大臣官房調査統計企画課外国調査係専門職員、国立教育政策研究所生涯学習政策研究部総括研究官等を経て、2007年より現職。専門は、比較教育学、生涯学習論。主な著書に、”Popular Education, Power and Democracy: Swedish Experiences and Contribution”, NIACE, 2013(共著 Edit. Ann-Marie Laginder et.al.)、『統合ヨーロッパの市民性教育』、名古屋大学出版会、2013 (共著 近藤孝弘編)、『世界の学校』、学事出版、2014 (共著 二宮皓編)、『揺れる世界の学力マップ』、明石書店、2009 (共編著)、“International Handbook of Lifelong Learning”, Springer, 2001(共編著)。

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