2014.12.04

税金は有効に使われているか?――政策評価の現状と課題

藤原徹 公共経済学

政治 #政策評価#費用便益分析

消費税の増税をはじめ、税の負担が重く感じられる機会が多くなるのと同時に、その納めた税金が有効に活用されているのか、今まで以上に敏感になっておられる方も少なくないと思われる。視点を変えれば、税金を用いた「政策」がその費用にみあう効果を得られているのか、「評価」することの重要性がより一層増しているともいえる。

わが国の「政策評価」は、政策の必要性については定性的な評価が多く、アウトプット(結果)・アウトカム(成果)の指標についても、「それが経済的にどれくらいの価値があるのか(貨幣価値に直してどの程度の額になるのか)」という評価をしているものが少ないのが現状である。政策の効果を貨幣換算して、政策に伴う費用と比較する手法は「費用便益分析」と呼ばれているが、その普及が十分に進んでいない。また、政策担当者が評価も担当しているが、適切な動機づけや客観性の担保がなければ、評価することの効果が表れにくく、膨大な労力が無駄になりかねない。

本稿では、わが国の政策評価が何をするものなのか、何が行われているのかといった現状を簡単にご紹介するとともに、費用便益分析の概略を解説する。多くの方に政策評価や費用便益分析に興味を持っていただき、公共部門の「外部」の目が肥える(そのことを通じて政策評価そのものの質が向上する)ことを願っている。

わが国の政策評価の現状

わが国における政策評価は、「各府省が、自らその政策の効果を把握・分析し、評価を行うことにより、次の企画立案や実施に役立てるもの(総務省、政策評価Q&A)」と定義されている。こう聞くと、例えば道路を造ったら、その建設費用に見合うメリットがあるのか否か、といったことを各省庁の政策ごとに検討して、費用に見合う政策が選択・実施されているかのようにも読めるが、必ずしもそうではない。「政策評価」はもう少し広い意味を持っている。

政策評価制度における「政策」は、「特定の行政課題に対応するための基本的な方針の実現を目的とする行政活動の大きなまとまり」のことであり、「政策」を実現するための具体的な方策や対策を「施策」という。「施策」を具現化するための個々の行政手段の基礎的な単位となるものを、「事務事業」と呼び、「政策」、「施策」、「事務事業」全体で「政策体系」と呼んでいる(総務省、政策評価Q&A)。したがって、われわれの多くがイメージするであろう、個別具体的な「政策」はここでは「事務事業」のことを指している。

これを踏まえつつ、わが国の政策評価の方式を見てみると、主に、「事業評価」、「実績評価」、「総合評価」の3つに分類される(言葉づかいの話が続いて恐縮だが、ここを整理しておかないと話がかみ合わないことになるので、もうしばらくご辛抱願いたい)。

「事業評価」は、主に個々の「事務事業」を対象として、その事業を採択するか否かの判断材料とするためのものである。その事業によって期待される政策の効果や、事業の実施に伴う費用を計測、推定するのが主な作業になる。

「実績評価」は主として「施策」や「政策」を対象とし、あらかじめ設定しておいた達成目標や業績指標が達成できているかを評価するものである。

「総合評価」は、「政策」について、政策の決定後一定期間経過した段階で、政策の効果や問題点について、「さまざまな観点から」「総合的に」評価するものである。

総務省の「政策評価ポータルサイト」からリンクをたどっていくと、各府省が行っている政策体系の一覧と、政策評価の結果を見ることができる。一覧表には、当該省庁が担当する分野の政策目標、施策目標、施策の事前の分析、「施策」の評価書、行政事業のレビュー、政策評価の調書といった項目別に膨大な情報が掲載されている。

一番細かいレベルの行政事業のレビューを見てみると、一定のフォーマットに従って、事業名、目的、概要、予算額、アウトプット・アウトカムの指標、資金の流れ等が記述されている。また、国費投入の必要性、事業の効率性、事業の有効性、重複排除等のチェック項目についての評価もなされているが、その多くは定性的な評価にとどまっている。

そもそも、「必要性がある」と思って立案している政策・施策・事業なのだから、その担当者に必要性を言葉で記述させても(説明責任を果たそうとする姿勢としてはよいのかもしれないが)、「必要でない」という結論は出てこないであろう。事業の特性によってはやむを得ないものもあるが、本来であれば、アウトカムが政策の有無でどの程度変わってくるのか、またそのことは貨幣の価値に直してどの程度なのか(「便益」がいくらか)、といったことを数値で定量的に示さないと、「投入した税金に見合っているか」はなかなか見えてこない。

例えば、「地球温暖化対策として××を実施すれば、二酸化炭素(CO2)排出量を○%削減できる」というだけではなく、「二酸化炭素(CO2)排出量を○%削減でき、××億円の便益が生じる」といったことを示すことができれば、「それに対して投入した税金が△△億円で、炭素1トンを削減するのに■■円の費用がかかっている」、といったことを示すことができ、よりクリアな評価になる。また、同種の施策・事業どうしの比較も、貨幣換算にしておけば、容易に可能になる。

道路投資のような公共事業については、事業費が10億円以上であれば、事前の評価が政策評価法(行政機関が行う政策の評価に関する法律)によって義務付けられている。公共事業の評価では、必要な事業費と事業によってもたらされる便益(貨幣換算できない時は効果)とを比較している。これらは、「費用便益分析」あるいは「費用対効果分析」と呼ばれ、先に挙げた「政策評価ポータルサイト」では、「公共事業に関する評価実施要領・費用対効果分析マニュアル等の策定状況」として、各種公共事業のマニュアルが作成・公表されている。

道路の場合には、工事費、用地費、補償費といった道路整備に要する事業費と維持管理費を「費用(Cost)」とし、「走行時間短縮」、「走行経費減少」、「交通事故減少」の効果を貨幣換算したものを「便益(Benefit)」として[*1]費用便益分析を行っている。便益を費用で割った値(費用便益比、B/C)が1以上であるかを、費用に見合う道路かどうかの基準としている。

[*1] 経済学的観点からは、これを便益とするには問題がある。その点については、城所(2008)を参照されたい。

こういったマニュアルに基づいてどのようなことが行われているのか、評価結果が妥当かどうか、といったことを知るためには、費用便益分析の基礎に関する理解が必要である。以下ではその概略についてごく簡単に紹介する。詳細については、金本他(2006)やBoardman et al. (2010)、長峯(2014)などを参考にされたい。

費用便益分析

■便益と費用

費用便益分析でいう「費用」は、「いくら予算を使うか」、「いくらお金がかかるか」という、会計上の費用ではなく、「金銭評価していくらに相当する資源を使うか」という経済学的な費用である。また、政策実施主体が費やす費用だけではなく、社会全体でどの程度の費用が必要かという「社会的費用」である。ただし、経済学的な費用は計測するのが困難な場合が多いことや、広く一般に理解されるのがなかなか難しいこともあって、実務上では使用する予算を「費用」とすることが大半である。

会計上の費用と、経済学的な費用、社会的費用の違いについて、身近(?)な例で考えてみよう。ある会社が、週1回朝の1時間、全社員を動員して、会社周辺の清掃活動を行うことを義務化したとする。このことに伴う「費用」は何であろうか?

会計上の費用に着目すると、清掃道具やごみ袋を買い揃える費用が挙げられる。清掃活動キャンペーン用の幟を作ったりすれば、その費用も含まれる。一方、経済学的な費用はそれにとどまらない。勤務時間内に清掃活動を行えば、新たな人件費は発生しないので、会計上の費用はゼロである。しかし、全社員が通常業務を1時間行えば、どの程度の生産活動を行えたのであろうか。ごく単純に考えて、少なくとも

(1時間当たりの人件費)×(社員数)

だけの成果は生み出せたはずだ。清掃活動を行うことによってその分の成果が失われるので、これも清掃活動の費用(機会費用)とみなすのである。

清掃活動によって周辺環境が改善されるので、実施主体以外の人には費用は発生せず、むしろ「便益」が生まれている。もし、ある活動によって(市場取引を経由しない形で)周辺に負の影響があれば、それを金銭換算したもの(「外部費用」)を含め、「社会的費用」とよぶ。

われわれがガソリンを購入して車を利用する場合を例に外部費用を考えてみよう。ガソリン価格には、売り手側の費用(「私的費用」)が反映されているが、ガソリンの燃焼に伴って発生するCO2がもたらす地球温暖化の費用(被害額や対策費用)、排気ガスによる大気汚染の費用などは、ガソリン価格には反映されていない(一部は税金として政府が徴収し、それらの費用の支払いなどに充てている)。つまり、ガソリン市場での取引が、ガソリンの売り手ではない人にも費用を発生させていて、買い手はその人に対して直接何かを支払っているわけではない。この場合に、ガソリンの売り手ではない人が被っている費用が外部費用である。

費用便益分析では、費用に見合う便益が政策によってもたらされるか、を判定するものであるから、社会全体にとっての費用すなわち社会的費用と、社会全体にとっての便益とを比較する必要がある。したがって、「会計上の費用」では不十分である。

一方、「便益」に関しては、会計上の「収入」との違いが誤解されやすい。「便益」は、「この政策には意味がある」というときの「意味」を貨幣換算したものであり、道路であれば、「みんなが便利になった」ことの価値を金額表示したものになる。したがって、道路料金収入が費用を上回るか否か、といった採算性と、費用が便益を上回るかどうか、といった政策の効率性とは全く意味が異なる。さらに言えば、政策を行うかどうかは費用と便益を比較すればよく、採算がとれるかどうかは関係がない。採算が取れるなら民間主体がやればよく、政策として行う必要はない。採算がとれないと「もったいない」とか「無駄だ」と感じがちであるが、それが本当に「もったいない」のか、「無駄」なのかを判断するのが費用便益分析である。

もう一点、よく誤解されるのは、費用便益分析はあくまでも「効率性」を測る指標に過ぎないということである。したがって、政策を実施するかどうかを自動的に判定する道具ではない。また、便益に地域間の格差是正といった項目を入れ込むなど、「衡平性」あるいは「公平性」といった考え方を混ぜると、何を評価しているのかわからなくなってしまう。

■費用便益分析のプロセス

費用便益分析の大まかな流れは、

(1)政策の代替案を決める

(2)各代替案のインパクト(効果や影響)を定量的に予測する

(3)インパクトを貨幣の価値に直して評価する(さらに、現時点での価値(割引現在価値)に換算して合計する)

(4)費用と便益とを比較する

(5)分析の前提条件を変えると便益や費用がどの程度異なるかを評価する(感度分析

といったものになる。

(1)は、通常はある政策をする場合(with)としない場合(without)を比較する。する前と後ではないことに注意が必要である。する前と後では、その他の社会経済の環境も変化してしまっているので、政策の効果だけをとりだすのが困難になる。

(2)については、例えば道路利用者数の予測や周辺環境への影響などについて、可能な限り科学的知見に基づいて予測し、具体的な体的な数値を示す。もちろん、時間、データ、資源などの制約で精緻な予測ができないことも少なくないが、どのような前提でどのような情報を用いて予測したのかを明らかにする必要がある。

(3)では、(2)の予測が貨幣の価値でどの程度なのかを示す。例えば、「CO排出量がXXトン削減できる」ではなくて、「CO排出量がXXトン削減でき、YY円分の削減効果である」といった計算をする必要がある。さらに、例えば10年後の50億円の便益を現時点の価値に換算するといくらか(割引現在価値)を計算する。そうすることで、すべての便益、費用を合計することができる。ちなみに日本では年率4%で割り引くことが一般的であるので、10年後の50億円は、現在の約33.8億円に等しいと評価される

環境の価値、時間の価値、人命の価値(!)等を貨幣換算する手法については、上記の金本他(2006)やBoardman et al. (2010) などを参考にされたい。費用便益分析に嫌悪感を持たれないために述べておくと、人命の価値については、「個人個人の命の尊さを貨幣の価値にする」という意味ではなくて、「社会全体で交通事故死者数を1人減らせることの経済的な価値を測る」といった意味での価値である(統計的生命の価値)。

(4)については、費用便益比(B/C)を算出し、それが1を超えているかを政策の採択基準とすることが多い。しかし、政策によってあるグループにはよい影響が、別のグループに悪い影響が発生するような場合、悪い影響を「負の便益」として、B/Cの分母である便益の一項目にカウントする場合と、「費用」の増加とみなしてB/Cの分子である費用の一項目としてカウントする場合とでは、結果が大きく異なる。こういった問題を避けるために、社会的純便益(B―C)を算出し、それがプラスであれば当該政策を採択する方法もある。アメリカにおける費用便益分析の定番テキストBoardman et al. (2010)では、社会的純便益を基準にすることを推奨している。

費用便益比の基準値として1を用いることは、必ずしも望ましくない。費用便益分析の過程で設定した諸条件を変えると、費用便益比の値が大きく動くことが頻繁に起きるからである。著者がドイツの研究者と共同研究(Baum et al.(2009))を行った際に聞いた話では、ドイツでは3を基準値として用いているとのことであった。

分析の前提条件を変えると便益や費用がどの程度異なるかを評価するのが感度分析であり、費用便益にどの程度の幅があるのかを示す、重要なプロセスである。費用や便益の値にばらつきが大きいと信用できない分析のように思われがちであるが、1つの結果しか提示しない分析の方が、「都合の良い結果のみを提示しているのではないか」と思われ、信用度を下げる。

さて、このように述べると、「費用と便益の各項目がすべて完璧にリストアップされ、定量化できていないと、費用便益分析は成立しない・意味がない」と思われる方もあるかもしれないが、必ずしもそうではない。例えば、「重要な便益の項目のうち、一つしか定量化できないが、その値だけで十分に費用を上回っている(純便益がプラスであることは確実である)」ということが分かれば、そのプロジェクトは採択してよいであろう。

おわりに

本稿では、わが国の政策評価がどのような現状であるか概観するとともに、費用便益分析の基礎についてご紹介した。わが国の政策評価がより進歩していくためには、費用便益分析の普及が欠かせないが、いくつか課題が残っている。

第一には、公共部門のインセンティブの問題である。個人レベルでは費用対効果の高い政策を実施したい、という志があっても、現状でも「無駄がある」と思って政策を行っているわけではない(と期待している)し、費用便益分析や政策評価をより詳細に、厳密に行うことの労力に見合うリターンがなければ、個人のレベルを超えて、「よりよい政策評価をしよう」、とはなかなかならない。現状の政策評価でも膨大な書類作成があるし、他の業務もある。これは仕事をされている方なら同種の経験をされているのではないだろうか。

第二は、インサイダーが自ら評価している点である。シンクタンク等が請け負って費用便益分析を行うとしても、発注元に不利益な報告は外に出しづらいであろう。外部の者が評価することや、評価の前提となる数値や条件を可能な限り公表し、チェックや再現が可能な状況になることが望ましい。

第三は、結果の正しい解釈と利用である。「税金の効率的な利用」というと、採算性の問題や単なる経費の節約といった、会計上の問題に目が行きがちであるが、それらとの違いを明確にしておく必要がある。また、費用便益比が1を下回ったからといって、それが自動的に「政策をすべきでない」とはならない。政治的圧力などから、例えば利用者予測を大きめに見積もって便益の値を大きくしたり、予算上の費用を圧縮したりして、費用便益比が1を超えるように操作することは非常に望ましくない。効率性に劣る政策をどうするか、他の視点から見て実行すべきか否かを判断するのが政治の本来の仕事である。圧力をかけて費用便益比が1を上回るようにするのが政治の仕事ではない。分かりやすい数字が出てしまうので、どうしても後者になりがちであるが、それは費用便益分析そのもの信用を下げることにもつながる。

第四は、人材の育成である。公共政策大学院などで講義をさせていただいた経験からすると、費用便益分析の教育を受けられた方が政策に関わる仕事に就かれることが以前よりは増えたが、法学部や工学部などを卒業された方が、仕事をしながら、あるいは大学院に1・2年派遣されて、経済学を基礎とした費用便益分析をマスターするのはまだまだハードルが高いように感じている。また、経済学部であっても、費用便益分析を教えている大学は多くないと思われる。使っているツールは基礎的なミクロ経済学と統計学、計量経済学のものが大半であるので(それゆえに学術研究論文になりづらく、優秀な経済学者の参入の動機づけに乏しいのであるが)、多くの方が政策評価や費用便益分析に興味をもっていただけることを願っている。

■参考文献

金本良嗣、蓮池勝人、藤原徹、『政策評価ミクロモデル』、東京経済新報社、2006年。

城所幸弘、「交通プロジェクトの費用便益分析-現状と課題-」、『応用地域学研究』No.13、応用地域学会、2008年(http://arsc.tiu.info/downback2.html)。

総務省、「政策評価Q&A(政策評価に関する問答集)」(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/seisaku_n/q_and_a.html)。

長峯純一、『費用対効果』、ミネルヴァ書房、2014年。

H. Baum, 藤原徹, T. Geißler, 城所幸弘, U. Westerkamp, 「自動車横滑り防止装置の費用便益分析」、GRIPS Discussion Papers 09-07、政策研究大学院大学、2009年(http://www3.grips.ac.jp/~pinc/data/09-07.pdf)。

Boardman, Anthony E., David H. Greenberg, Aidan R. Vining, and David L. Weimer. Cost-Benefit Analysis: Concepts and Practice. 4th ed., Prentice Hall, Upper Saddle River, NJ, 2010.

リクエスト「balance」Hans Splinter

https://flic.kr/p/5tWKPt

プロフィール

藤原徹公共経済学

明海大学不動産学部准教授。東京大学経済学部卒業(1997年)東京大学大学院 経済学研究科 博士課程 単位取得満期退学(2002年)明海大学不動産学部専任講師(2003年)明海大学不動産学部准教授(2008年)ケンブリッジ大学 Land Economy学部 Visiting Scholar(2008年).政策研究大学院大学、東京工業大学、青山学院大学、上智大学非常勤講師。平成26年不動産鑑定士試験 論文式試験 試験委員(経済学)。浦安市行政改革推進委員会委員。日本不動産学会学術委員。

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