2020.01.29

安全保障をみるプリズム――連載開始にあたって

藤重博美

政治 #安全保障をみるプリズム

2020年は、米国によるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害というきな臭いニュースとともに幕を開けた。年末も、北朝鮮がいつ「クリスマス・プレゼント」を突きつけてくるかと落ち着かなかった。この数日は、中国で発生した新型コロナウイルスの爆発的な広がりが、なんといっても心配の種だ。日本でも大流行したらどうしよう。不安である。この不安をなんとかしてほしい。安心したい。

「不安を取り除いて安心したい。」――これが「安全保障」と呼ばれるものの本質だ。あなたは、どういったことに不安を感じているだろうか。もちろん戦争や軍事衝突は心配である。だが、人生、他にも不安の種はいくらでもあるだろう。健康上の懸念、子どもの将来、老後資金。

われわれの専門分野である国際関係論に関する問題に限っても、不安の種にはことかかない。EU離脱後の英国はどうなるのか。トランプは再選されるのか。こじれにじれた日韓関係に打開策はあるのか。香港の民主化要求は、平和的に着地できるのか。

だが、通常、「安全保障」というと、戦争や軍隊がらみの話になりがちだ。

これは「安全保障」のもっとも伝統的な理解なので、別に驚くことではない。ただ、21世紀の今日、軍事的な脅威に備えるだけでは、不安をすべて取り除くことはできない。

いくら日米同盟や自衛隊を強化しても、EU離脱後の英国の混乱に適切に対応できるわけではないし、従軍慰安婦問題が解決するわけでもない。中東で戦争が起きれば、日本への石油供給を阻害することは必至だが、これも軍事な安全保障で直ちに対応できる問題ではない。最近の台風や大雨の被害の大きさからすれば、地球温暖化も深刻な不安要因だといえるが、これも伝統的な安全保障では解決できない。

つまり、21世紀の今日、国際関係にまつわる様々な不安を取り除いて安心を勝ち取るには(=安全保障)、軍事と非軍事、硬軟さまざまなツールを組み合わせた柔軟な発想が必要だということだ。

ところが、日本では、「安全保障」というと、いまだに日米同盟や自衛隊をめぐる二択の問題になる。「日米同盟を強化するか否か」「自衛隊による米軍支援を拡充するか否か」。こうした問題に対する答えはイエスか、ノーかの二者選択になりがちだ。そこに柔軟かつ多面的な議論や発想が生まれる余地はほとんどうまれない。

こうした事態は、2015年の平和安全法制をめぐる不毛な政治対立において典型的にみられた。そこには、日本をとりまく様々な不安をいかに取り除くかという包括的で自由闊達な議論はなく、めったらやたらに法案成立を妨害しようとする勢力とこれをなんとか突破しようとする政府側との間で、硬直的で噛み合わない応酬があるだけだった。

21世紀の世界には、色々な不安が幾重にも折り重なっているというのに、こんなに意味のない議論に終始していていいのか。いいわけがない。不安である。

幸い、というべきか。国際関係論の研究者の間で、こうした不安を抱えるものは少なくない。そこで、同様の懸念を共有する研究者仲間3名で、この度、リレー連載企画を立ち上げることになった。

硬直した日本の安全保障論議に対する不安を軽減するにはどうすればよいか。そのためには、まず、安全保障を色々な角度から眺めてみることが大事だと考えた。「安全保障」=「日米同盟・自衛隊に賛成か、反対か」ではない。そこには、様々な色合い、グラデーションを持つ、豊かで柔軟な安全保障論があるはずだ。

こうした思いを込めて、シリーズ名を「安全保障をみるプリズム」とする。本シリーズでは、若手研究者を中心に執筆者を募り、それぞれの色合いをもった安全保障論議を展開してもらう。藤重、本多、松岡は、編者という位置付けだが、基本的に執筆者に対して、あれこれ注文をつけることはしない。自由に議論してくださいとお願いするだけだ。

「安全保障」を論じるうえでの題材も、各執筆者に一任する。これまで挙げられている案だけでも、経済的な国策(エコノミック・ステイトクラフト)、総合安全保障、離島防衛における国民保護、開発援助や平和構築、地方分権と危機管理といった非伝統的な安全保障課題など様々なトピックを取り扱うことを計画中だ。

日米同盟や基地問題、核兵器、憲法9条問題など伝統的な安全保障課題にも、若手の筆により斬新な視点を提供する(本シリーズは、軍事や戦争に関わる伝統的な安全保障を否定しているわけではない。硬直的な議論のあり方に異議を唱えているだけだ)。地域についても、日本だけでなく、中国やインド、パキスタン、さらに広くアジア太平洋、米国、欧州(北欧やロシアも含む)、中東、アフリカなど、世界各地の話題を取り上げていきたい。

こうして様々な安全保障観が展開されることで、本連載シリーズは、色彩豊かな安全保障論を映しだす「プリズム」としての役割を果たせるのではないか。

そして、ここで展開される自由で多角的な議論が、硬直化した安全保障論議に一石を投じ、現状に対する不安を少しでも減じてくれるのならーー。そんな願いを込めて、「安全保障をみるプリズム」を始動させる。

プロフィール

藤重博美安全保障研究・平和構築研究

青山学院大学国際政治経済学部准教授。ロンドン大学東洋アフリカ学院博士課程修了(政治学博士)。国際平和活動・平和構築論や日本の国際平和協力活動についての研究を専門とする。主要な業績は「ハイブリッドな国家建設――自由主義と現地重視の狭間で」(共編著)ナカニシヤ出版、2019年;「冷戦後における自衛隊の役割とその変容――規範の相克と止揚、そして『積極主義』への転回」(単著)内外出版、2018年;「国際平和協力入門――国際社会への貢献と日本の課題」(共編著)ミネルヴァ書房、2018年など。

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本多倫彬政策過程研究、国際協力論

キヤノングローバル戦略研究所主任研究員/中京大学教養教育研究院准教授。慶應義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程修了(政策・メディア博士)。政策過程研究、国際協力論、平和構築論や日本の対外政策研究を専門とする。主要な業績は「平和構築の模索――自衛隊PKO派遣の挑戦と帰結」(単著)内外出版、2017年など。

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松岡美里国際関係理論、安全保障研究

帝京大学外国語学部准教授。ウォーリック大学大学院博士課程修了(政治学・国際関係学博士)。国際関係理論、安全保障研究、日本の外交政策、アジア太平洋/インド太平洋における地域主義についての研究を専門とする。主要な業績は「Hegemony and the US-Japan Alliance」(単著)Routledge、2018年など。

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