2013.10.23

宇宙飛行士の健康管理――トレーニングからコロンビア号事故まで

立花正一 宇宙医学 / 航空医学

科学 #宇宙医学#宇宙飛行士

1998年11月に地上約400kmの軌道上に建設が始まった国際宇宙ステーション(International Space Station :ISS)は、2003年のスペースシャトル・コロンビア号の事故により大幅に計画が遅れましたが、2008~2009年には我が国の科学技術の粋を集めた日本実験棟「きぼう」も首尾よく組み込まれました(図1)。

2000年11月から3人の飛行士が長期滞在を続けながら建設作業を続けておりましたが、2009年5月には組み立てがほぼ完了し、それまでの3人体制から6人の飛行士による本格的な長期滞在体制が始まっております。

ISSは宇宙大国のアメリカ、ロシアに加えて、欧州連合、カナダ、日本の5つの宇宙機関、15か国が参加する壮大な国際科学プロジェクトで、宇宙環境に設置されたユニークな研究所なのです。物質・物理科学、生命科学、宇宙医学、地球観測、天文学などの自然科学分野だけでなく、人文・社会科学の分野にまでにわたる広範囲な分野の研究者が利用可能であり、現在のところ2020年までの利用が計画されています。

日本人宇宙飛行士もすでに若田、野口、古川、星出の4人がISSでの長期滞在ミッションを無事完了しておりますし、2013年末には再び若田飛行士が2回目の長期ミッションに参加の予定です。若田飛行士はミッションの後半の3か月間は船長(コマンダー)として、チームの取りまとめの重要な任務も果たすことになります。

表1
表1  宇宙飛行と各種ストレス

宇宙飛行士達は、地上にいる我々研究者の代表として、多岐にわたる実験や研究に携わっておりますが、宇宙環境では地上とは異なりいろいろな身体的・心理的ストレスを被ります(表1)。彼らが、このようなストレス要因を上手にコントロールし、宇宙滞在中(最近は6か月が標準)健康を維持して、ミッションを完遂するために、健康管理は重要な役割を担っております。

図1: 国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS) 左舷の一番大きなモジュール複合体(黄色の輪の中)が日本実験棟「きぼう」 (NASA提供)
図1: 国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS)
左舷の一番大きなモジュール複合体(黄色の輪の中)が日本実験棟「きぼう」
(NASA提供)

健康管理の実際

選抜時の厳しい身体検査をクリアーした宇宙飛行士は基本的に健康体ですが、実際の飛行ミッションに任命されるまでには長い期間、地上での訓練や支援業務を続けなければなりません。その間に怪我をしたり病気に罹ることもありますし、自覚症状は無くても検査で異常が出ることもあります。従って、飛行士には飛行ミッションに選ばれる前から、きめの細かい健康管理が必要になってきます。

(1)ミッション前の健康管理

宇宙飛行士はパイロットの航空身体検査と同じように、年1回の医学検査を受けます。検査の結果は各宇宙機関の医学審査会で評価を受けた後、ISSに登録されている飛行士については国際医学審査会(Multilateral Space Medicine Board :MSMB)でも審査され、合否の判定が下されます。異常値などに疑義がある場合は、追加検査やフォローアップ検査が指示されますが、判定基準を満たさない重要な医学的問題がある場合は、宇宙飛行士として認定が取り消される場合もあるのです。

宇宙の長期滞在では下半身の筋力や骨量が低下することが知られていますし、船外活動や緊急事態に対処するための十分な体力も維持しなければならないので、年次医学検査に加えて体力測定も実施され、専門家による評価と指導が行われます。

宇宙飛行士は宇宙で完璧な仕事をするために、地上において各種シミュレーション訓練を繰り返し実施します。科学実験などに携わる飛行士は、もちろんその手順を主任研究者の指示や手順書に従って何度も繰り返し訓練しますが、とくに宇宙服を着てISS外に出て行う作業(船外活動)は危険を伴うので、念入りな訓練を実施します。

この訓練自体、実際に宇宙服を着て巨大なプールに10メートルほど潜って、ダイバー達の支援を受けての作業ですので危険です。この訓練の際には必ずフライトサージャン(航空宇宙医学の専門医)が立ち会い、心電図、酸素消費量、二酸化炭素分圧、体温などをモニターし、画面で飛行士の様子を見守ります。その他、海上や寒冷地でのサバイバル訓練、遠心力発生装置での耐G訓練、海中での居住訓練の際には、フライトサージャンが健康管理を実施します。

(2)ミッション中の健康管理

ISSプログラムでは、打上げの約2年前には搭乗クルーが任命されます。そうするとミッションに特化した訓練がスタートしますが、クルーの一人一人に担当のフライトサージャン(主治医のようなもの)が任命され、クルーの家族を含めた日常的な健康管理が行われます。宇宙飛行士が宇宙環境において心置きなく任務を全うするためには、自分の仕事に対する家族の理解やサポートは不可欠です。いわゆる「後顧の憂え」があってはいけません。家族に対しては、打上げの1年ほど前までに一度、精神心理専門家ないしフライトサージャンが、ミッションの概要と精神心理的ストレスについてブリーフィングを行い、家族がミッションのリスクに関して正しい理解をし、過剰な不安や懸念を抱いていないかどうかを評価します。

医学検査も打上げ日から逆算して6か月前からスタートしますが、とくに1か月前の検査は大規模に行われ、このデータを基に打ち上げ前医学審査会が開かれます。この審査に合格するとクルーも担当フライトサージャンも、いよいよ打上げを具体的に意識するようになります。

ちなみに、スペースシャトルが引退した現在は、ISSへの宇宙飛行士の往還は3人乗りのソユーズ宇宙船(図2)でなされます。打上げ12日前にはクルーは、カザフスタンのバイコヌール基地の専用宿泊施設で「隔離生活」に入ります。「隔離」は打ち上げ前のクルーに接触する人を限定することにより感染防止をすることが主な目的ですが、打上げ時刻に合わせた概日リズムの調整(打ち上げが真夜中になる際は、クルーは昼寝て夜起きるリズムになる)や、マスコミや外部の人々からの雑音を減らし、打ち上げ準備に集中しやすくする効果もあります。打ち上げ直前は、飛行士の家族の緊張も高まる時期なので、家族担当のフライトサージャンは精神心理面も含めた家族の健康管理を実施します。

図2
図2: ソユーズ宇宙船の打ち上げ
ソユーズはすでに40年以上の運用実績のある信頼性の高いロケットの一つである。現在ISSへの宇宙飛行士の往還は全てこの宇宙船で行われている。
(ロシア宇宙庁提供)

宇宙飛行士が軌道上に到達すると、彼らの健康管理はISSと地上とを通信で結ぶ遠隔医療となります。ISSの6人クルーの中に医師である飛行士がいることはそれほど多くはないので、健康管理担当者(Crew Medical Officer :CMO)を複数任命しておき、彼らが地上のフライトサージャンの指示に従って、同僚の健康管理をすることになります。

CMOはあらかじめ地上の訓練で、簡単な外傷の処置、気管内挿管、点滴、採血、心肺蘇生法などの技術を習得しています。ISSには心電図、血圧計、血液・尿分析装置、超音波診断装置、除細動器、点滴装置などの他、各種薬剤が搭載され、離島の診療所に相当する機能はあります。CMOはこれらの器材を使って、同僚飛行士の定期的な健康診断や各種医学実験をする他、医療事態(怪我や病気)に対処します。万が一、手におえないような緊急事態が発生した場合は、応急処置をしつつ速やかにソユーズ宇宙船で帰還することになります。

図3
図3 ISSに搭載されている超音波診断装置:
無重力環境での内臓の状態などの基礎データが既に
蓄積されている
(NASA提供)

クルーが健康を維持する上で欠かせないのが、毎日2時間の運動です。搭載しているトレッドミル、自転車エルゴメータ、抵抗運動器(図4)という3つの運動器具を用いて、計画通りしっかり運動できた飛行士は、頻繁に故障する性能の悪い運動器を使っていたISS初期の飛行士よりも格段にミッション中の体力維持ができており、帰還後のリハビリテーションでの体力回復も早いようです。

図4
図4 改良型抵抗運動器(ARED):
若田飛行士が使用中。2008年12月に搭載され30種類の運動ができる。
(JAXA/NASA提供)

ミッション中は、飛行士の精神的安定が任務成功の前提となりますので、種々の精神心理支援活動が行われます。とくに飛行士にとって、地上の家族や友人との交信や情報の確保が重要ですので、十分な機会を与えるように工夫されております。家族に対しても、折々にミッションの進行状況を担当者が説明するとともに、家族の心理状況を確認します。

(3)ミッション後の健康管理

宇宙空間に長期滞在すると、我々の身体は無重力状態に“適応”して、下半身の骨・筋肉が萎縮し細くなります。サリュートやミール宇宙ステーションの時代は、狭い船内で運動もあまりできなかったのでとくに萎縮が強く、帰還した宇宙飛行士の足は、bird’s leg(鳥の足)と呼ばれたほどです。現在のISSでは運動器具も充実していますので、そんなにひどくはないのですが、それでも帰還した飛行士は日常生活や通常業務に戻るまでには、リハビリテーションが必要となります。

現行のプログラムではリハビリテーション期間を45日間確保し、飛行士が段階的にゆっくりと、安全にリハビリができるように配慮されております。筋力回復に加えて、平衡感覚の回復も重要で、リハビリプログラムに工夫がなされています。リハビリと並行して各種医学検査が行われて、飛行士の回復状況をモニターしております。帰還から1か月ぐらいで医学検査の大半は終了しますが、減少した骨量の回復には時間がかかりますので、さらにフォローアップします。稀ですが、精神的なストレスを抱えている飛行士には、精神科医や臨床心理士が対応することになります。

国際プロジェクトの困難さとやりがい

ISSは大規模な国際プロジェクトですので、協同にはいろいろな困難が伴います。参加各国政府間で取り交わされた了解覚書(Memorandum of Understanding :MOU)に基づいて活動するわけですが、各分野について細部にまで記載されているわけではなく、実際の活動には当事者たちの調整と合意の積み重ねの努力が不可欠です。

我々宇宙医学のグループでも、プログラムの初期にはいろいろな困難がありました。もっとも大きな困難は、アメリカとロシアという2大宇宙大国の医療思想の違いとプライドのぶつかり合いでした。アメリカ流のやり方は「医学基準を明確にし、運用マニュアルを定めれば、データに基づき、誰でも同じ判断と活動ができる」というものですし、ロシア流は「医学的課題はその道の権威者に意見を求め、その方針に従うべき」というものでした。

アメリカ流の医学教育を受けている私は、アメリカ流の医療思想に違和感はないのですが、ロシア勢はアメリカ流のやり方がどうも気に入らなかったのです。アメリカはISSプログラムのリーダー格としてプライドがあり、ロシアは宇宙ステーションの運用にはサリュートやミールの時代からの長い経験に基づくプライドがあります。当初は長時間の国際会議で議論を重ねても、宇宙飛行士の医学審査基準やステーションの医療器材の運用法などの重要な点で合意できませんでした。

アメリカ側がNASAで用いている飛行士の医学評価基準を、ISSに準用しようと提案したことがありますが、ロシア側が猛烈に反発し大演説をぶち(ロシア人は母国語で話し英語の通訳が入るため、ロシア人が話し出すと2倍の時間がかかる)、有人宇宙開発に経験の乏しい我々欧州・カナダ・日本の代表が、議論の行方を固唾を飲んで見守るという場面が繰り返されました。結局は「アメリカの飛行士はアメリカの医学基準と医療器材で、ロシアの飛行士はロシアの医学基準と医療器材で、それぞれ健康管理をする」という、まったく国際協働とは程遠い状態でした(ISS建設の段階では飛行士はアメリカ人とロシア人しかいなかった)。

ところがスペースシャトル・コロンビア号の事故により状況が一変します。この事故によりスペースシャトルの運航に目途が立たなくなり、ISSの建設どころか存続が危ぶまれる事態となったのです。補給が間に合わなくなり、それまでISSに滞在していた宇宙飛行士の数を3人から2人に減らしますが、彼らの健康の維持すら危ぶまれたのです。

アメリカ議会では公聴会が開かれ、NASAの宇宙医学代表(我々の仲間)が呼ばれて状況説明を行いました。このような状況の中で我々国際宇宙医学グループは、「補給が乏しい条件下でISSに搭載されている医療資源(器具や薬剤)によってクルーの健康が保てるかどうか」の評価を行いました。

互いに譲歩が行われ、それまでアメリカとロシアで別々に運用していた医療資源を共有とし、医学基準の早急な共通化をすることが合意され、真の国際協働が始まったのです。コロンビア号事故は大きな悲劇でしたが、これによって引き起こされた「ISSからのクルーの撤退」という我々共通の危機感が、それまでのギクシャクした相互の態度や関係を改善させ、真の協働へと導いたのです。以来、我々は統合医学グループ(Integrated Medical Group)として信頼と絆を強め、宇宙飛行士の健康管理に貢献しています(図5)。また2009年5月のISS完成以降は、米ロがいわば独占していた統合医学グループ会議や下位ワーキンググループの議長ポストも、欧州・カナダ・日本にも割り当てられるようになり、5つの宇宙機関が対等の立場で参加できるようになっております。

図5
図5: ISS国際統合医学グループ
ISSに参加する5つの宇宙機関の医学代表が定期的に会合を開き課題解決と調整に努力している。筆者もJAXA代表として参加。

後日、JAXAの他の分野の同僚に聞いた話ですが、コロンビア号事故をきっかけに医学グループと同様のことが、他の各分野でも起こり、協働体制が強まったようです。国際プロジェクトは考え方、価値観、あるいは文化背景の違う人々と、時間をかけて辛抱強く調整を行い、合意し、行動しなければなりません。時に「亀の歩み」のようにじれったい時もありますが、達成する成果は大きく、満足感や喜びもひとしおです。そのような現場に関われたことは私の貴重な体験の一つとなりました。

月・火星の有人探査に向けて

まだ具体的に決定したわけではありませんが、NASAは将来火星の有人探査を視野に入れており、その前段階として月に再び宇宙飛行士を送り込むことを考えているようです。JAXAも有人月探査を一つのオプションとして、準備的な調査・研究は行っております。最終的には各国の政府が方針を決定するわけですが、もし将来月・火星への有人探査が実現するとすれば、やはりISSと同じように国際的な枠組みで行われることになるでしょう。現行のISSプログラムで培っている経験や知識が有効に生かされることを期待しております。

医学的な課題について考えてみると、ISSと同様に宇宙放射線の被曝、下半身の筋・骨量減少(地球に比べて、月は1/6、火星は1/3の重力はありますが)、精神心理的ストレスが主な課題となるでしょう。1日あたりの放射線被曝量は、軌道上のISSと月や火星では、それほどの違いはないとの評価がなされておりますが、火星への往還となると2~3年は要するため、期間の長さに比例して被曝量は蓄積されます。

地球から遠く隔たった時の孤独感や隔絶感は、大きな精神的ストレスになることが予想されます。月・火星の探査隊は、ISSと違って地球からの支援が得られ難くなりますので、より自立的・自己充足的な活動をしなければなりません。冒険・探検的な要素が加わりますので、派遣隊の団結力や強いリーダーシップが問われるかも知れません。隊員が怪我をしたり病気になったりした場合も、自前で処置ができなければなりませんので、隊の中には医師が必要となり、しかも外科、内科、精神科などの総合的な高い能力を要求されます。

もし月に南極と同じように恒常的な基地が建設され、隊員の数も数十人規模に拡大すると、一つのコミュニティーができることになります。現在はマルチタスク(一人の宇宙飛行士が幾つもの役割を担っている)が当たり前のクルーの役割も、マネジメント、探検、科学研究、メンテナンス、補給・通信、医療、会計・事務、料理などに分業化されるかもしれません。将来の有人宇宙開発がそのような形態に発展することを願いつつ本稿を結びます。

プロフィール

立花正一宇宙医学 / 航空医学

防衛医科大学校防衛医学研究センター異常環境衛生研究部門所属。1981年防衛医科大学校卒業。医学博士。航空自衛隊の医官として、パイロットの健康管理、航空医学の研究、航空事故調査などに20年間かかわる。航空局(旧運輸省)の医官も併任し、民間航空のパイロットの健康管理にも長年かかわった。米国空軍の上級航空宇宙医学課程履修。2003年2月から宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙医学研究開発室(現宇宙飛行士健康管理グループ)長として、宇宙飛行士の健康管理と宇宙医学の研究推進に携わった。日本人飛行士のフライトミッションを6回支援している。2010年12月からは防衛医大異常環境衛生研究部門教授。著書に「臨床航空医学(共著)」「現代的ストレスの課題と対応(共著)」など。慈恵医大客員教授。JAXA国際宇宙ステーション・きぼう利用推進委員会(ワーキンググループ)委員。

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