2014.12.09
「共働き社会」の実現に向けて――「仕事と家族」政策からみた衆院選の争点
「少子化社会」において目指すべきは
現政権与党は、今月行われる衆院選の争点を「アベノミクス」への評価であるとしている。これをどう受け止めるかは有権者の自由だが、経済政策が選挙戦での大きな焦点であるということは動かないだろう。たしかに、ここ20年間のデフレは日本経済を病的な状態に陥らせており、このままでは少子高齢化対策など、基礎体力を改善する政策を大胆に展開する余裕などみいだせない。
こういう状態であるので、経済の体調回復を前提としている政策課題についてはなかなか争点化しにくいところもある。だが、少子高齢化対策が重要な課題であることにはまったくかわりがないので、ここで少し問題を整理してみよう。
ちなみにここで「少子高齢化対策」というとき、いわゆる両立支援政策、女性の活躍に関する政策も含むものと考える。女性の(雇用)労働力化と出生率の関係、ひいては有効な少子化対策のあり方については、必ずしも共通の見解が政策立案者や一般有権者に存在しているわけではない。だが、少なくとも筆者は、両立支援を通じたほんとうの意味での「共働き」カップルの増加こそが、根本的な少子化対策であると考えている。
この点、もう少し詳しく説明してみよう。ある人の所得が、求める生活水準を達成するのに足りないとしよう。このとき、その人はまず他に所得がある人と一緒に生活することを考えるはずだ。
学卒後しばらくについて、わが国では、そのような対象が(学卒前と同じく)親だった。それに対して、一緒に生活する相手が異性(や同性のパートナー)であったのが、少子化を克服した一部の欧米社会の特徴だ。日本と比べて、極端に高いヨーロッパでの若年層失業率は、その実(主に同棲というかたちでの)カップル形成を後押しするという働きさえ持った。
しかしこのカップル形成戦略が合理的であるためには、女性が(同じ事業主でなくても)長期的に雇用され、家計に実質的に貢献するレベルでの賃金を得ることができるような労働環境が存在していることが前提となる。そのためには、育児期と介護期についてはもちろん、それ以外の全般的な「働きやすさ」をどのように達成するかが課題となる。
育児支援や労働環境の改善は、現在、有配偶で子どもを作りたい人に対して、子どもをつくるインセンティブを与えることにとどまらず、「女性でもずっと働いて家計に貢献できるんだ」という展望を若い人たちに与え、共働きによる家計維持可能性をリアルに実感させる。それが未婚化の流れを変える力になるはずだ。
繰り返しになるが、少子化対策の根本的な鍵は「(真の意味での)共働き社会の実現」にある、と私は考えている。この観点からすれば、育児支援において優先すべきは休業期間の延長ではなく保育の充実(待機児童の解消と保育の質の向上)であり、配偶者控除などの「男性稼ぎ手」モデルに沿った政策ではなく、男女・雇用形態にかかわる均等待遇の追求である。
安倍政権2年間の成果
以上のような観点から、まずはこの分野での第二次安倍政権下での成果を確認してみよう。2012年末の衆院選での自民党大勝を受けて、2013年から本格始動した安倍内閣だが、少子化対策/男女共同参画担当大臣の森まさこ氏のもと、いくつか目立つ動きがあった。
2013年3月に「少子化危機突破タスクフォース」が結成され、例の「女性手帳」で混乱はあったものの、「子育て支援」「働き方改革」「結婚・妊娠・出産支援」の「3本の矢」で少子化対策を推進することが提言された。この提言の新規な点は、3つめの「結婚・妊娠・出産支援」だ。「結婚」については、これまでの少子化の主要な要因が未婚化であることを踏まえたもの、「妊娠・出産」は加齢に伴う妊娠可能性の低下等の問題への理解を進めよう、という趣旨があったと考えられる。
2013年は、いわゆる(狭い意味での)団塊ジュニアの、もっとも若いコーホート(1974年生まれ)が40歳にかかる年であり、この世代による遅れた子作りは、2005年の最低出生率(1.26)からの反転(2013年は1.43)のひとつの要因となった。だが、誰もが認めるように、これは物足りない増加であり、なによりも「時すでに遅し」であった。とはいえ、「タスクフォース」の提言は妥当な方向性を示したものである。
この時点では、しかしながら、自民党全体として、「共働き社会」を目指すという方向性が共有されていたわけではない。2013年7月の参院選では、自民党は「家族成員による自助」の考え方から、配偶者控除を維持すると明言している。しかし、他方で参院選の公約には、「同一価値労働・同一賃金を前提に、パートタイム労働者の均等・均衡待遇の実現に必要な法整備等を行い、非正規労働者の処遇を改善します」とある。ある意味で一貫性がないが、党内で議論が熟していないということでもあり、また部分的に「共働き社会」への志向性がみられる、ともいえる。
しかし(他の記事でも触れたが)、2014年からは「共働き社会」に向けた方針に、はっきりと流れの変化が生じた。その背景にあったのは、きたるべき労働力不足にどう対処するか、という問題意識であったと思われる。その証拠に、6月の改訂版「日本再興戦略」でも書かれているように、「女性の登用」は外国人労働力の活用と並び議題として設定されることが増えている。同「戦略」では、「働き方に中立な税制・社会保障制度等への見直し」とあり、政府の方針として配偶者控除の廃止が目指されることが明確になった。
安倍政権の「女性活躍」政策の目玉とされていた「女性活躍推進法」だが、解散の影響もあり廃案となった。残念だという声もあるが、個人的にはこの法案が「目玉」になることには違和感があった。
コアとなるのは企業・官庁への「数値目標の義務付け」(300人以下企業は努力義務)だが、第一に、目標の水準は実情に即して各組織が決めることができ、かつどの項目の目標を公表するかは各組織が決めることができるなど、経済団体からの要望を汲み取って非常に緩い拘束性しか持たされていない。次に、企業がそういった目標を達成する上で、それを支える制度上の支援については条文案には盛り込まれているが、目立った方策が提示されていない。このため、表面的な数値合わせでごまかそうとする企業が多くなることが予想される。
現政権のこのような動きは、一部には、小泉政権下の2003年に内閣府男女共同参画推進本部が発表した、「社会のあらゆる分野で、指導的地位に女性が占める割合を2020年までに30%にする」といった目標へのコミットであるといえる。10年来の目標にようやく本気で取り組み始めたということだが、しかし具体的な手段についての議論が目立たないのは相変わらずだ。さらに、そもそも目標設定としてなぜ「指導的立場にある女性の割合」だけが重視されるのかが、実はよくわからない。男女賃金格差の是正など、複数の目標を総合的に追求したほうが、ひずみが出にくくなるので望ましい。
最後に、新たに獲得される予算をもとに期待されていた育児支援については、消費税増税延期の影響もあって行き詰まりの感がある。共働き社会化にともなってますますニーズが高まってきた保育の量と質を確保すべく、政府は2015年開始予定の「子ども・子育て新制度」のもとでの育児支援を前倒しして、「待機児童解消加速化プラン」を実施しているが、限られた予算ではどうしても限界がある。待機児童の解消に期待を寄せていたひとびとが失望し始めたなか、各政党が公約でどのような内容を盛り込むのかに注目が集まっている。
自民と民主の政権公約の評価
前回の参院選のときの記事では、一定数の議席をもつ政党の公約(政策集)に限って検討したが、今回は自民党と民主党のそれに限ってコメントをしておく。政権公約に注目する際のポイントを抑えれば、あとは有権者が各自の判断でそれを評価できると考える。
まずは自民党の政権公約から。
「共働き社会」の実現に向けた政策については、以下のような項目がある。
●「長時間労働を美徳とする働き方を見直すことにより、メリハリの効いた働き方を実現するとともに、仕事と家庭の両立支援を推進し、一人ひとりがワーク・ライフ・バランスを実現できるようにします」
●「「社会のあらゆる分野で、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度とする」という目標の確実な実現に全力を挙げます」
●「働く女性、働きたいとの希望を持っている女性の職業生活における活躍を促進させる「女性活躍推進法」を成立させます」
●「働き方に中立的な税制・社会保障制度等について、総合的に検討します」
●「「女性のチャレンジ応援プラン」を策定し、家事・子育て等の経験を活かした再就職の支援等を行うとともに、「働く女性の処遇改善プラン」を策定し、非正規社員の処遇改善や正社員化を支援します」
いろいろ書かれているが、全体的にやはり「共働き社会」の実現に向けた方向性がみてとれる。ただ、例の「指導的立場の女性を30%に」という10年来の目標以外には、具体的な数値目標は掲げられていない。それに、(これは他の政党でもいつもそうなのだが)目標と手段を切り分けた整理がされていないため、どうしても雑然とした印象が残る。やはり、公約発表までの時間がなかったのか、議論を詰め切れていないのである。また、参院選の公約には書いてあった「同一価値労働同一賃金」という文言は消えている。
子育て支援については、以下のような項目がある。
●「「待機児童解消加速プラン」を展開し、保育需要のピークを迎える平成29年度末までに約40万人分の保育の受け皿を確保し、待機児童解消を目指します」
●「1兆円超程度の財源を確保し、「子ども・子育て支援新制度」に基づく子育て支援の量的拡充(待機児童解消に向けた受け皿の拡充等)及び質の改善(職員配置や職員給与の改善等)を図ります」
「新制度」の財源については、11月末の「重点政策」の方では触れられていなかったが、公約でははっきりと「1兆円超程度」と書かれている。一部報道では「つなぎ国債」の発行が取り沙汰されているが、保育の質と量の確保に必要だとされる1.1兆円の財源が、消費税増税延期のなかでほんとうに確保されるのか、あるいはそれがいつからなのか(「子ども・子育て新制度」が本格始動する2015年度からなのか)、注目される。
次に民主党のマニフェストである。
まず「共働き社会」に関連する項目としては、以下のものがある。
●「「同一労働同一賃金推進法」を制定します。正規・非正規を問わず、すべての労働者の均等・均衡処遇、能力開発の機会を確保し、雇用形態を理由とした労働条件の不合理な差別をなくします。」
●「所得控除から(給付付き)税額控除・手当へ」を進めます。その流れの中で、配偶者控除も含め、人的控除全体の見直しを行います」
●「女性が社会で活躍できるようにするため、女性管理職比率の目標値の設定・公表を義務付けるなどの具体的な施策を実行します」
●「ひとり親家庭への支援、仕事と育児・介護の両立支援、「ワークライフバランス」(仕事と生活の調和)が実現できる環境整備を行います。女性の健康向上の支援、男性の育児参加の促進を図ります」
全体的に向いている方向性は自民党と同じであるが、「女性活躍」を成長戦略の一部として位置づける自民党(というか安倍政権)の立場と比べると、やはりリベラルな価値観を反映させたものとなっているようだ。参院選に引き続き「給付付き税額控除」(欧米諸国では多くの事例がある)の導入が掲げられており、また「ひとり親家庭」への支援の言及もある。
実際、この配慮はかなり重要だ。「共働き社会」は出生力促進という観点からはかなり効率的な社会のかたちなのだが、ほうっておくとふたつの問題が出てくる。ひとつには、共働きカップルを「標準家庭」とした制度設計をしてしまうと、カップルを形成しない/できない/解消した人が生活保障からこぼれ落ちてしまうかもしれない。ここで鍵となるのが、働く意欲を阻害しない公的扶助のかたち(有力なのが給付付き税額控除である)と、共働き家庭よりもさらに厳しくなる「両立」を実現するための、いっそう充実した子育て支援(具体的には保育の質と量の確保に加え、所得の低いひとり親世帯への保育補助金の積み増し)である。
もうひとつはあまり意識されていない点である。「共働き社会」は、ほうっておくと世帯間所得格差の拡大をもたらす。というのは、もし仕事と家庭の両立が制度的に完全な支援を受けることになれば、所得の高い男性/女性は躊躇なく所得の高い女性/男性とカップルを形成し、子どもをもうけることができるからだ。
これまでの「男性稼ぎ手」社会では、女性の就労には「意図せざる結果」として世帯間の所得格差を縮める作用があった。つまり、高所得男性の配偶者の就業率は低く、他方で低所得世帯では女性が追加的な稼ぎを家計にもたらすことで、格差が抑制されていたのである。しかし両立支援が充実すると、こういった調整の必要がなくなる。そうすると、現状の再分配制度では物足りなくなってしまうかもしれない。
民主党の政権公約は、さすがにこういった動きを見据えたものになっているわけではないだろうが、成長戦略に軸足を置く自民党の公約にはない視点が盛り込まれているのは間違いない。
では、民主党公約における子育て支援についてはどうだろうか。以下のような項目がある。
●「待機児童の解消、地域の子ども・子育て支援を拡充するため、十分な予算を確保し、幼保を一元化する新制度への円滑な移行を進めます」
●「子ども・子育て支援の予算を増額し、新児童手当等により子育てを直接支援するとともに、待機児童の解消、仕事と育児の両立支援の充実のため、保育所・認定こども園・放課後児童クラブなどを拡充します」
ひとつ目は民主党年来の課題である「幼保一元化」政策である。しかし、具体的な手段についての言及がないので、どこまできちんと考えられているのか不明だ。ふたつ目は三党合意である「子ども・子育て新制度」についてだが、「予算を増額」と書かれているだけで、どの程度の財源を確保することを目指すのか、やはり不明である。議論を詰める時間がなかったのか、あるいは(議論・試算はしているが)追及を避けるために明示を避けているのか、どちらかなのだろう。
法制定で改革にコミットを
まとめると、「女性活躍推進」や「少子高齢化社会対策」という議題から見た場合、自民党も民主党も政策の大筋の方向性は同じである。違いがあるとすれば、自民党は不十分であるとはいえ数値(「2020年までに指導的立場の女性を30%」)や金額(「子育て支援に1兆円の財源確保」)を書き入れている、ということだ。民主党の政権公約には、(子ども手当でこりたのか)そういった言及がなく、不十分だ。しかし民主党の公約には、同議題に関連する弱者への配慮はみつけることができた。やはり民主党は基本的にはリベラル政党なのだ。
さて、選挙報道のいくつかでは、女性の活躍や少子高齢化対策が、経済政策・景気対策の影に隠れて争点化していない、ということが指摘されている。しかしながら、肝心なのは「あれもこれも」という姿勢ではなく、景気対策と少子高齢化対策の関係を、各政党・候補者がきちんと考えているかどうか、ということだ。
たしかに、景気回復政策と少子高齢化対策では、前者が後者の前提となっている部分が大きい。というより、景気がせめて上向きになるのでなければ、少子高齢化対策はすぐに頓挫してしまう。理由は、ひとつには子育て支援政策(保育の量と質の確保)には単純にカネがかかるということ。そして、すでに実施されている福祉(特に年金と医療費)の抑制は政治的に極めて難しいこと。これらを考えあわせれば、これから財源を確保していこうという家族関係社会支出や教育費については、結局は景気回復がその近道になるだろう。
もう一点は、「共働き社会」に向けた政策、具体的には同一価値労働同一賃金など均等待遇の実現に際しては、現在の雇用・労働のあり方を大きく変える必要がある、とうこと。そのため、労働者の雇用や賃金が伸び悩んでいるなかで大胆な介入を行うと大きなコンフリクトが生じてしまい、現場で「やっぱり均等待遇なんてダメだ」といった反動を生んでしまい、逆効果になる可能性がある。
「いや、経済が上手く回っているときには介入するモチベーションが失われてしまう、危機のときこそチャンスなのだ」という考え方もあるだろう。個人的には、そうならないために法律で政府が改革にコミットするように仕向けておけばよい、と考える。「景気条項」はなにも消費税だけに有効な装置というわけではないだろう。
このことは、逆に言えば、「◯◯は景気が回復してからなので、今回は争点としない」という言い訳は通用しない、ということでもある。議論は早めにきちんと詰めておいて、法律を成立させて改革にコミットし、しかるべきタイミングで改革を実施する。この意味でも、今回の参院選で「女性活躍」「少子高齢化対策」にも目を光らせておく意義は十分にあるのだ。
「20130202 Tokugawaen 4」Bong Grit
プロフィール
筒井淳也
立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科博士課程後期課程満期退学、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『社会学入門』(共著、有斐閣、2017年)、Work and Family in Japanese Society(Springer、2019年)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書、2020年)、『数字のセンスをみがく』(光文社新書、2023年)など。